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122 雪山での野営

 山を越えた先にあるエイブ王国とセト王国との国境を越えて暫く進むと、辺りにはちらほらと雪の降ったあとがみえ始めた。


 外気は更に冷え込み、長く続く山道を更に進むと、そこはもう銀色の世界が広がっていた。


 雪化粧を施された景色は美しく、陽の光が反射してキラキラと輝いている。


 ただ、想像以上に寒いのが難点である。


 加えて、カインたちの乗る馬車の車輪が、雪道を滑って上手く進まない。


 アグニーが力任せに引いているが、このまま山道を進むのは危険である。カインたちはそう判断し、馬車を停車させて雪道用の凹凸のある車輪へ交換を行うことにしたのだった。




「まだ陽は高いが、今日はここで野宿しよう」


 車輪の交換を終えてから、カインは一同に向かって言った。


 ケルナドの街を発ってから五日。旅程は順調であったが、ずっと馬車の中にいるのも息が詰まる。


 ここから更に四日ほど進んだ先にあるラントックスの街に到着すれば、色々と忙しくなる事も予想された為、今の内に少し息抜きをしておこうとカインは考えたのだ。


「山の天候は荒れ易いわ。検問で特に止められる事もなかったし順調なのはわかるけれど、進める内に先へ向かわなくて大丈夫かしら?」


 晴れ晴れとした空を見上げながら、ファライヤが言った。


「多分、大丈夫だろう。今の時期、この辺りの天候は急には崩れない」


「この辺りに詳しいのかしら?」


「ああ、故郷みたいなもんだからな」


「あら、意外ね。セトの出身だとは思わなかったわ。アルストレイと言われた方がしっくりくるのに」


「エリシュナにも同じような事を言われた。小さな村で育ったから、お国柄に影響を受けていないだけだ」


「そう、国は関係のない生活だったのね。けれど、よく知った人間が言うのなら天気の心配はなさそうね」


 そう言ってファライヤはスタスタと歩き始めた。


「何処へ行くんだ?」


「狩りをしてくるわ。野ウサギか鹿ぐらいは獲れるでしょう」


 振り返らずに立ち去るファライヤを見て、カインは首を傾げる。


 普段は訓練とばかりに他の者に向かわせる狩りを、ファライヤが率先してやろうとする姿は珍しい。


 我慢強い彼女が、馬車の移動で息が詰まったという事もないとは思われるのだが……。


「マリアン、あいつに何かあったか?」


 ファライヤの背を見送りながら、雪景色に興奮してクルクル回りながらはしゃいでいるマリアンに、カインは声をかける。


「なんにもないとおもうけど? 雪を見てテンション上がってるんじゃないかな?」


「お前じゃあるまいし、あいつがそんな事ではしゃぐか!」


「えー、ファライヤって意外とお茶目さんだよ」


「お茶目を装って悪巧みをする様子しか想像できないんだが」


「あ、それは正解かも! 凍結耐性付ける為に、雪薔薇でもないかしらね、って言ってたから探しに行ったんじゃない?」


「また俺たちは毒を飲んだ時みたいな無茶をさせられるのか!?」


「スキルを全部取得するにはそうするしかないとおもうけど?」


「呑気なお前が恨めしいな!」


「スキルに影響されないマリアンちゃんは、スキルを取得する意味がないのでした」


 そう言うとマリアンはタタタと駆けて行って雪と戯れる。


 本当に子供みたいだなと思い、カインは溜め息を吐いて馬車の荷台に足を向けた。


 野営をするにしても、全員で馬車の中に寝泊まりするわけにもいかない。雪を掘り起こしてテントを張らなくてはいけないのだ。


「アーマード、マリアンが一人で危ない事をしないように見張っていてくれ」


「言われずとも、そうしている」


 腕を組んで仁王立ちしたまま透かさず答えたアーマードに呆れ顔を向けつつ、カインはテントの設営に取り掛かった。


 程なくしてテントの設営も、地面に穴を掘って作った竃の設置も完了する。


 マリアンズの面々はスキル取得により高いステータスを得ている為、力の強い者が多い。硬い土も軽々掘り起し、大きな石も容易く運んで来る為、作業にそれ程時間が掛からないのである。


 馬車の車輪交換の時も、アーマードが一人で馬車を浮かせている間に、カインが片手で車輪を持ち上げて交換するものだから、特別な工具も要らず作業は直ぐに終了したのであった。


 ここ最近では、このぐらい当たり前の光景となっているのだが、この異常な集団に慣れない者もいる。


 デバイスレインのガナックとカデナの両名は、傘下の組織としてではなくマリアンズへと正式に移籍して、今回の旅路にも同行することとなっていた。


 その為、ジェド監視の下、ファライヤの訓練を受けて着実に力を付けてはいるのだが、この色々と非常識になりつつあるマリアンズには、驚かされてばかりで未だに慣れない。


 それでも、マリアンの咄嗟の判断で命を救われたカデナ。そして、エリシュナに向かって騎士団を仕向けてしまったガナックは、それぞれがマリアンズに対して大きな借りがあると考えている。


 その為、どんな無茶な指示を受けても文句も言わずに従っているのだが……都度、我が目を疑うような光景に目を瞬き、頰を引きつらせているのであった。


「ミーアやジェドが急激に強くなった理由もわかるな」


「はい、私たちが思っていた以上にカインさんたちは規格外ですね」


「何を他人事のように言っている。マリアンズにいる以上、二人にもそうなって貰う」


 ジェドが平然と言ってのけると、ガナックとカデナは眉をピクリと反応させる。


「私、事務仕事がメインだから、体を動かすのはあまり得意じゃないんだけど」


「ミーアは魔術士であるにも拘らず、近接戦闘が出来るようになった」


「俺はその魔術士に簡単にのされたんだが?」


「頑張れ、次は負けないようにしろ」


「「……………」」


 ジェドが言い放った言葉に二人は顔を見合わせて沈黙する。


「おいっ、ジェド! どうしちまったんだよ? お前はそんな冷たい事を言う奴じゃなかっただろう?」


「そもそもそんなに喋らなかったと思ったけど」


 二人の問い掛けにジェドは溜め息を吐く。


「つまらない事を言っていないで早く作業を続けるんだ。少なくともファライヤが戻ってくるまでに終わらせなければ、酷い目に合うぞ」


 ジェドの冷たい言葉に二人は沈黙し、手元の枯れ木に目をやる。


 二人が今やらされている事は薪作りであった。


 雪で湿った枯れ木を集め、それに魔力を通して熱を起こす。微細な振動をイメージして行うそれは術式を使用しない為非常に難しい。


 だが、しっかりと熱を作り出す事が出来ると、水分が飛んで二、三年乾かしたようなしっかりとした薪となる。


 取り急ぎで必要となる分は、他の面々がさっさと作り上げてしまったのだが、後々使用する分は訓練と称して二人が作ることとなったのだ。


 とはいえ、現状では六つの身体強化の三つ目。『細部部分強化』までしか修得できていない二人に、魔力を直接扱う事は難しい。というか出来ない。


 だが、それでもやれというのだからタチが悪いのである。


 二人は枯れ木を掴んで唸り声を上げるが、枯れ木が乾く様子は見られない。


「なんだなんだ! 雑用をやらせて! 新人いびりは良くないんだぜ!」


 雪の積もる山の中でも、普段と変わらぬ軽装をしたバッカーがジェドたちのところへやって来て声を上げた。


「別にいびっているわけではない。俺たちも無茶をやらされて来ただろう?」


「そうかもしれねえけど、先輩は後輩に優しくするもんだぜ! よし、俺様がコツを教えてやるぜ!」


 バッカーはそう言って、枯れ木の一つをヒョイっと手に取ると掲げてみせる。


「大事なのは想像力だぜ! この木は燃える! あっつあつに燃える! 気持ちを燃やして念じるだけでほら、この通り!」


 そう言ったバッカーの手に持った木から、煙が上がった。そして、その煙は次第に勢いを増し火が着いた。


「うぉっ! あちちっ!」


 バッカーが取り落とした木が、雪に埋もれてジュッと音を立てる。


「バッカー。燃やすのではなく、乾かすんだ」


「細けぇことはいいんだぜ!」


 よくねえよ!


 と、ジェドは内心でツッコミを入れたが、特に言葉にはしなかった。


 この男に理屈をこねても無駄である。


 それはジェドとてわかっている。


「なるほど、大した男だな。では、あとでざっくりとバッカーが邪魔をしたとファライヤに報告しておくとしよう」


「こらっ、ジェド! そこは細かく説明しなくちゃいけないところだぜ!」


「細かい事を気にする男だな」


「ばっか、おま、それはやっちゃいけないやつだ! 空気読めな過ぎるぜ!」


 お前に言われたくない!


 顔を顰めてジェドはそう思った。それと同時に面倒くせえな、とも。


「なら、ファライヤに報告はしないでやるから、向こうへ行け。こっちの邪魔をするな」


「そう言われて引くわけにもいかないんだぜ!」


「どうしろというんだ!」


 ジェドは意味不明なバッカーの発言に珍しく大きな声を上げていた。


 すると突然、バッカーの背後から迫った何かが、バッカーの頭部を殴りつけた。


 恐ろしく速い一撃にバッカーは反応出来ず、そのまま前のめりに突っ伏し、雪に顔面を沈める。


 バッカーが倒れるとその後ろには、ミズシゲが剣を鞘ごと振り下ろした姿勢で立っていた。


「珍獣に言葉で対応しては駄目です」


 ミズシゲはそう言うと、昏倒したバッカーの襟首を掴んでズルズルと引きずって行ってしまった。


 その成り行きをガナックとカデナは唖然とした様子で見つめていた。


「……俺、ここでやっていけるか不安になってきた」


「……いつも強気なガナックが珍しいわね。でも……まあ、わからなくもないわ」


「無駄口を叩いてないで、さっさと薪を作れ」


 何事もなかったかのように平然と指示をするジェドに対して、二人は小さく溜め息を吐くのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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