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121 ヴァルキュリアの由来

 肌を刺す様な冷たい風が吹く山道を一台の馬車が走っていた。


 縦に長い荷台とそれを引く動物が馬でないことから、果たしてそれを馬車と呼んでいいものかと疑問は残るが、その事に疑問を抱く者はいない。


 冬の山道を走る為には、馬よりもアグニーという動物が重宝される。


 馬よりも足は遅いが、全身を覆う体毛のお陰で寒さに強い為である。


 加えて力が非常に強い為、大人が三十名乗れる大型の荷台も平然と引くことが出来る。


 よって、コルネリア領から、セト王国領であるトレンスティア領の間にそびえる山を越える手段として、冬場にアグニーを用いない者はおらず、馬車での移動といえばアグニーに引かせる事は常識的なことであった。


 山道を移動している馬車は、例に漏れずアグニーを使用したカインたちの馬車であった。


 二十五名ほどが乗車出来る大き目の荷台だが、縦に長い形状は、細い山道を進むのにも適している。


 そんな馬車の御者台にはカインが腰掛け、アグニーの手綱を握って操縦していた。


 御者台には風除けの魔道具が取り付けられ、冷たい風が直接当たらない様に細工はされているが、外気に晒されているそこはやはり寒い。


 馬車がゆっくりと進行していると、アグニーの手綱を握り締めるカインの膝の上で、青白いモコモコした毛皮の塊がブルリと動いた。


「エリシュナ、寒いなら荷台の中へ入っていろ」


 カインがそう言うと、深く被ったフードからひょっこり顔を出し、エリシュナが恨めしそうな顔を向ける。


「私が何故お前の側にいるのかわかっているのか?」


「甘えん坊だからだろ?」


「違う! お前の魔力を吸い取る為だ!」


「寄生虫みたいな事をするな。足の怪我はもう治っただろう?」


「誰が寄生虫か! お前が無駄に散らしている魔力を私が美味しく頂いているだけだ。実害は無い」


「なるほど、益虫の類だったか」


「虫から離れろ!」


 エリシュナが金色の瞳を細めて睨みつけると、カインは笑みを漏らした。


 その優しさの浮かぶ視線を受けて、エリシュナはサッと顔を逸らしてフードの中へと逃げ込んだ。


 エリシュナの言っている事は本当だ。だが、それと同時にカインの言った台詞も事実であった。


 長いこと孤独に荒んでいたエリシュナであったが、カインと出会い触れ合うことで人の温もりというものを知ってしまった。


 心許せる相手に抱かれる事は、暖かくなんと心地良いことか。


 寒いと感じる外気の下であっても、他者の温もりは心地良い。


 そう感じるエリシュナは習慣付いてしまったこともあり、今もカインの膝の上に腰を下ろしている。


 魔力を吸収する為だという言い訳をして。故に、カインの言う、甘えん坊という言葉もあながち間違いではなかったのである。


「カイン、セト王国へ向かうのは、ルクスの件とテンペストへ向かうという理由だけか?」


 カインの胸に背をもたれてエリシュナは言った。


「そのつもりだが、何か気になる事でもあったか?」


「……別に、ただあの国はこちらに比べて差別が激しいと感じる。獣人……だったか? 亜人と呼ばれる奴らは、あの国では奴隷として扱われていたぞ。それを見たお前はどう感じるのかと思っただけだ」


「確かに昔から気にはなっている。だが、あの国で信仰されているゼオン教は、人間中心主義の宗教だ。その影響も強く受けているだろうから、染まった思想を覆せるだけの影響力を得るまで俺には何も出来ない。一先ずはこちらの都合を解決するだけだ」


「……そうか。何れは噛み付く気もあるのだな。というか、昔から気にしていたのか?」


「ああ、そういえば誰にも言ってなかったな。俺は元々セト王国出身だ。とは言っても田舎で育ったから世情には詳しくなかったがな。それでも、獣人の扱いが悪い事は元々気にはなっていた」


「あの国で、よくもまあカインの様な男が育ったものだな?」


「考え方が染まる前に、大切な事を教えてくれた奴が居たからな」


「……お前が愛した魔族だったか」


「……ああ、そうだ。自分の気持ちに気が付いたのは、別れの時だったけどな」


「つまらん事を聞いた……」


「いや、別に隠してもいないしな」


 そう言ったあと、二人は暫しの間沈黙した。


 別に気まずい雰囲気となったわけではないが、カインの優しい声音に、エリシュナはチクリと胸を刺す痛みを感じた。


 嫉妬だろうか? いや、恐らくは違うのだろう。エリシュナが胸の内に感じたものはもっと複雑なものだ。


 己が最初に出会ったとして、カインの考え方にここまでの影響を及ぼす事が出来ただろうかという疑問。


 その者が居なければ、己とカインの出会いはなかった事に対する感謝。


 世界は何故、カインがその者と添い遂げる事を許さなかったのかという怒り。


 そして、もし自分が命を落とす事になったとしたら、その者と同様にカインは悲しんでくれるだろうかという不安。


 そんな感情が胸の内でないまぜになる。


 そんな事を考えていたエリシュナの頭を、カインが優しく撫でた。


 エリシュナはムッと顔を顰めるが、カインからエリシュナの表情は見えていない。


 だが、エリシュナは抵抗する素振りは見せず、声だけで反抗してみせた。


「子供扱いをするな」


「別にしてないが?」


「なら、なんだその手は?」


「なんとなく? ヴィレイナはこうすると喜ぶぞ?」


「アイツはお前が何をやっても喜ぶだろう。よくもまあ、あそこまでしっかりと洗脳したものだな」


「人聞きの悪い事を言うな!」


「初対面の魔族に対して、平然と叱りつけてくる女だぞ? 余程強い洗脳を受けていなければそうはならん」


「エリシュナに敵意が無かったからだろう? ヴィレイナはしっかりと自分の考えを持っているだけだ」


「その考えの中心には、必ずお前がいるのだがな。ヴィレイナはいつか大物になるぞ。将来尻に敷かれない様にせいぜい気を付けろ」


「なんの話をしているんだ!」


 カインがそう言うと、エリシュナはフードから顔を出し振り返ってジト目を向けた。


「……カイン、まさかとは思うが、ヴィレイナの好意に気が付いていないわけではないだろうな?」


「……まあ、わかってはいる」


「ならば、その想いに応えてやれ。見た目も良い。器量も申し分ない。何よりお前に従順だ。これ以上に何を求める必要がある?」


「色恋にうつつを抜かせる状況じゃない」


「状況など関係ないだろう。戦いに明け暮れた中、大英雄でさえ必要に駆られた恋愛はしていたのだ」


「……必要に駆られる恋愛とは何だ?」


「ん? カインはヴァルキュリアがどの様に誕生したのかを知らないのか?」


「大英雄に力を認められて、それに付き従った奴らが始まりだろう? 女がヴァルキュリアとなり、男がシグルズとなった」


「まあ、大筋はその通りだが、厳密には違う。ヴァルキュリアは皆、大英雄の恋人だったのだ」


「なにっ!? そんな話は聞いた事がないぞ?」


「やはり人の世では、魔国と違い物語が多少曲解されているのだな。いいか、ヴァルキュリアとは、マリア様の命令によって大英雄が育て上げた完全なる戦士だ。決して裏切らず、決して敗北しない兵としての究極の形なのだ」


「恋人の話はどこへ行った」


「……そうだな。カインは決して裏切らない兵を作り出せと言われたらどうする?」


「難しい問い掛けだが……信頼出来そうな相手に声をかけるぐらいか」


「それも一つの手ではあるのだろうな。だが、幼少の頃に立てた誓いを果たす為、強さのみを求めた大英雄には、そんな相手など居なかったのだ。だから、そんな相手を作り出す為に、大英雄がとった手段は強くなる素質のある女を口説いて回ることだった」


 口説く? 大英雄がそのような事をしたのだろうかと、カインは首を傾げた。


「お前がヴィレイナを口説いた時の様に、大英雄は女たちの憂いを晴らしていき、力を与え愛情を注ぎ続けた。その結果、女たちは大英雄に心酔して行き、強い感情に支配されていったのだ。

 マリア様はそんな彼女たちの心を更に縛り付ける為に、一つの称号を与えられた。それが、大英雄の戦乙女と呼ばれた戦士、ヴァルキュリアという称号だったのだ」


「そんな話があったのか……」


「そうだ。そして、ヴァルキュリアの称号はある種のステータスだった。大英雄に一番目をかけられ、一番の信頼を得た者たち。その自負が、彼女たちの心をより堅固なものとし、強い結束を生み出したのだ。それが、ヴァルキュリアが世に誕生した経緯だ」


「つまり、大英雄は裏切らない兵を作る為に、恋心を利用したということか?」


「その通りだが、決して騙したわけではない。ヴァルキュリアとなった者たちは、全ての事情を理解した上で大英雄に付き従った。何よりも大英雄は彼女たちの想いに出来うる限り応えている。それだけの器量があっただけだということだ」


「……俺にそんな甲斐性はないな。女を扱うのは得意じゃない」


「そうも言ってられないだろう。恐らくだが、マリアンとファライヤはその経緯を知っているぞ。だから、面白がってお前に女を当てがおうとするのだ」


 そう言われてカインには思い当たる節もあった。


 ミーアを必要以上にからかってカインの事を意識させようとしたり、ミズシゲの婿話に興味深々だったり、酒に酔い潰れた時、裸でベッドに放り込まれたこともあった。


 そもそもが、マリアンはヴァルキュリアやシグルズに代わる戦士の育成を目的として、その知識を仲間たちに共有しようとしているのである。


 大英雄の物語に寄せようとするその姿勢から考えるに、女性たちを皆、カインへ恋心を抱く様に仕向けている様にも見受けられる。


 その事に今更ながら気が付いて、カインは頰を引きつらせた。


「あいつらは、碌な事を考えないな!」


「非常に興味深い事をするな」


「エリシュナは俺の味方だと思っていたんだが!」


「私はカインの味方だ。安心しろ、お前が上手く出来ず皆に愛想をつかされても、私だけは最後まで付き合ってやる」


「そういうことじゃねえ!」


 カインが声を荒げるとエリシュナは静かに笑い声を漏らした。


 確かにカインをからかうのは面白い。


 なんとも言えない心地良さが胸の中を満たす。


 これがファライヤやヴィレイナの言っていた、カイン成分というものなのかもしれない。


 魔力と共にこれをもう少し補充しておこう。


 エリシュナはカインの膝の上で、密やかにそう思うのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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