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120 冬と物語の始まり

 熱鋼騎士団との争いが終結して、ふた月の月日が流れていた。


 ふた月の間、カインたちマリアンズはケルナドの街に滞在し、必要な訓練と共にこの街を拠点とする為の手筈も整えていった。


 マリアンズの本拠地であるが、ひとまずは元々宿泊していた宿の半分を借り受ける事となった。


 あまり宿泊客の多くないこの街で、部屋数の多いこの宿は常に半分以上が空室となっているらしい。加えて宿屋の主人がエラー教徒であることもあり、魔族を伴うマリアンズが拒否されることもなかった。寧ろ、エラー教の英雄であるカインと聖女として扱われるマリアンが滞在する事を大いに喜んだ様子であった。


 ただ、いつまでもその状況では問題がある為、マリアンズの本拠地は現在建築中である。


 正直それほどの資金があるわけでもなかったが、そこはエラー教とミリアム教が惜しみなく援助をしてくれている。いわば借金のようなものだ。


 それ以外にも、施設の建造は行われていた。


 キリエ村の孤児院横に大きめの工場を一つ。そして、建造中のマリアンズ本部の直ぐ近くには、ミリアム教会の建造が進んでいたのだ。


 これは、カインが関与しているわけではないが、シュヴァイツとベネディレイの間で何やら話し合いが進んだらしく、取り急ぎの工事を行なっている。


 仕事がそれほど多くないキリエ村やケルナドの街では、工場や教会の建造に多くの人手が集まり、街は普段よりも賑やかな様相を見せていた。


 そして、マリアンズの傘下に加わったデバイスレインであるが、コルネリア領にて大きな実権を握るクランとなった。


 マリアンズに加わることで、エラー教やミリアム教の後ろ盾が出来た事もあるが、何よりもここふた月で在籍するメンバーの実力が大きく向上したのが大きい。


 手の空いたマリアンズのメンバーも、舞い込む依頼をこなしていたというのもあるが、ファライヤ指導の下、スキルの取得を行なった者たちがメキメキと腕を上げていったのだ。


 スキルの詳細は主要のメンバーにしか伝えておらず、末端は己が何をさせられていたのかさえ理解していないだろう。だが、目に見えて実力が向上した事から、文句を言う者は誰も居ない。


 寧ろ、ファライヤの事を師と仰ぎ、従順に従っている者が多くいるほどである。


 ファライヤは時折喝を入れに来て、簡潔にアドバイスをしただけで、細かく指導をしたのはローレンだったのだが、その働きは全てファライヤの成果となっていた。


 哀れローレン。


 そう思われたが、彼はその事をあまり気にしていない。


 デバイスレインの古株たちは皆、スキルの取得だけでなく六つの身体強化についても学んでいるのだ。


 その技術を学ぶことにより、頭打ちになっていた己の実力が更に向上した事を喜んだ彼らは、不満に思うことなど何もなかったのである。


 呪いの一件もそうだが、多くの恩を受けたデバイスレインは、カインたちマリアンズに感謝以外を述べられる状態ではなかった。


 魔族を受け入れられない者も多くいたのだが、それらの事情もあり不満の声を上げる者も出ていない。


 実際、このふた月の間、エリシュナは特に暴れる事もなく静かに人間と共に生活をしている。


 世間の噂話よりも、実際はカインの主張する共存の方が正しい姿なのかと思えてくるほどに。


 デバイスレインが力を付けている間、当然カインたちも更に実力を伸ばした。


 マリアンズ全員が、EXスキル『才能』を取得し、加速度的にスキルレベルを上昇させ、カインとミーアに至っては既に拙いながらも七つ目の身体強化『操術』を扱っている。


 その他の面々も六つ目の身体強化『流動反射強化』をものにしており、マリアンズのメンバーは着実に力を付けている。


 そんな日々を過ごして季節は冬へと移り変わり、肌を刺すような風が吹き荒ぶ中、カインたちの物語は再び動き始めるのであった。




「うぅ、寒い」


 宿の広間に入り、マリアンは体を震わせた。


 雪の様に白い毛皮のコートと、ふわふわの毛並みの帽子を被り、手にはミトン型の手袋をはめたまま、部屋に設置された暖炉の前に直行する。


 マリアンに同行していたファライヤも同時に部屋へと入って来たが、彼女は普段通り平然とした様子だった。


 袖の無い和装の上に、ファーの付いた上着を気持ち程度に羽織っているが、マリアンと比べると随分と薄着である。


 暖炉の前にコの字型に設置されたソファーでは、エリシュナが毛布にくるまって丸くなり、その隣にはヴィレイナが姿勢良く腰掛けていた。


 マリアンはタタタと駆けると、「ただいま」と声を掛けてエリシュナに向かって抱き着く。


 その突然の行動にエリシュナは小さく悲鳴を上げた。


「やめろっ! 抱き着くな!」


「えー、私すっごく寒いんですけど」


「冷えたお前に抱き付かれると私が寒くなる!」


「こんなに暖かそうにしてるのに?」


「蛇は寒さに弱いのだ」


「蛇じゃなくても寒さには弱いとおもうけど」


「お前に抱き付かれると魔力が霧散して、余計に寒くなるのだ! いいから離れろ!」


 エリシュナがマリアンの頭をぐいぐい押すが、マリアンはイヤイヤとエリシュナへと顔を押し付けた。


 そんなやり取りにくすりと笑みを零し、上着を服掛けに掛けるとファライヤはソファーへと腰を下ろす。


「ファライヤさん、準備はどうですか?」


 ヴィレイナが暖炉で温めていた土瓶持ってお茶を淹れると、ファライヤに差し出しながら言った。


 礼を言ってそれを受け取り一息付いたあと、ファライヤはヴィレイナの問い掛けに答える。


「大体整ったわ。後はカインたちがやっているから、私たちは早々に切り上げて来たのよ」


「明後日にはここを発つんですよね」


「そうね。何も問題が無ければね」


「私もお手伝いに行った方が良かったのでは?」


「人手は足りているわ。あなたにはそこのお蛇ちゃんの面倒をみるという、大事な役目があるでしょう?」


「私を子供扱いするな!」


 ファライヤがそう言うと、マリアンを引き剥がそうとしながらエリシュナが反論した。


「子供扱いなんてしてないわ。カインがあなたを宝物の様に扱うから、マリアンズのマスコット的存在となったあなたをみんな甘やかしているだけよ」


「魔族をマスコット扱いするなど、頭がいかれているのかお前たちは?」


「確かにカインはちょっと頭がおかしいかもしれないけれど、あなたを私たちの旗の一つとする事は、マリアンズの行動目的にも沿っている事なのよ」


「私はお前も大概いかれていると思うがな」


「あら? そうかしら? けれど、私に対してそんな口の利き方ができる子は、甘やかしたくなるのも事実ね」


「私の方がお前よりも歳は上だと思うのだが……」


「細かい事はいいじゃない。エリシュナはカッコいいし、可愛いからマリアンズのマスコットで決定! 私と一緒に存分に甘やかされてれば良いの!」


「私を言い負かした聡明なお前は何処へ行った」


「やる時はやって、やらない時はやらない。それがマリアンちゃんクオリティです」


「……はぁ、お前たちが特別変わった人間だという事はこのふた月で良くわかったが……ええいっ、いいから離れろ!」


 エリシュナがマリアンとじゃれている様子を微笑ましく見つめたあと、ファライヤへと視線を戻してヴィレイナが言った。


「しかし、この時期にテンペストへ向かうべきなんでしょうか? もう少し暖かくなってからでもいいのでは?」


「セトの宰相がルクスを急かしているようなのよ。あまり放って置くと、余計な者を送り付けて来る可能性もあるし、身動きが取れなくなるとルクスが動き難くなるわ」


「セトの王都カルドブルグから、ルクスさんの妻子を連れ出すんですよね? こう言ってはなんですが、連絡を入れて向こうから出国して貰った方が良いのでは?」


「女子供が二人で山脈を越えるのは厳しいでしょうね。人を雇ったり迎えに行くのも良いけれど、それだと私が拐ってくるのと変わらないわ。作り上げたい状況は、ルクスたちが己の意思で亡命してきて、私たちがそれを保護したという建前なのよ」


 ファライヤがそう言うと、ヴィレイナは首を傾げた。


「謀り事は詳しくありませんが、その建前があれば、セト王国はこちらに強く出られないと言う事でしょうか?」


「そうよ。こちらの領主を引き入れての牽制になるから、前提として私たちが(・・・・)問題を引き起こしてはいけないのよ」


 ファライヤの言葉に頷き、ヴィレイナは素直に納得した。


「小難しい話はそれくらいにしろ。それよりもファライヤ、私の鎧は修復できたのか?」


 ようやくマリアンから解放されたエリシュナが、毛布にくるまったままヴィレイナに寄り添う様に腰掛けて言った。


「申し訳ないけれど、あの鎧はこちらでは修復出来ないわ。そもそも使用している材質がこちらの装備と全く違うもの」


「お前もおかしな鎧を持っていただろう?」


「あれこそ、壊したら修復出来ないわ。正直どうやって作られたのかさえ理解できないもの。まあ、あなたの鎧に関しては、素材さえ手に入ればなんとかならなくもないのだけれど」


「そんなこともあろうかと! マリアンちゃんは用意して来ました! ファライヤ、出してくれる?」


 マリアンに促されてファライヤは懐から、一つの服を取り出した。


 青白いモコモコとした毛皮で覆われたその服を、マリアンはファライヤから受け取ると掲げてみせる。


「鎧の要素が全くないのだが……」


「可愛いし、あったかいとおもうよ!」


「暖かいのは良いが、私は何か有れば戦うのだぞ?」


「私は知ってます! 魔力を這わせることで、物の強度を高める事が出来ることを。そして、なんと! これは魔力伝達の優れたブイジールの毛皮で作られた物なのでした」


 マリアンが言うとエリシュナが唸った。


 確かにマリアンの言う通り、膨大な魔力を持つエリシュナは、その扱いにも秀でている。


 エリシュナの肉体が人間よりも頑丈なのは、ひとえに魔力そのものが膜として体を覆っているからである。


 体を覆う魔力を伝達のいい服に通せば、その強度はただの鎧などよりも余程頑丈なものになるのは間違いないのだが。


 いかんせん。戦場に赴くには、似つかわしくないデザインである気がする。


 エリシュナが渋っていると、マリアンは早く着てみろと急かす。


 仕方なくエリシュナはその服に袖を通すと……。


「なにっ! 尾の先まで覆えるのか!」


「その通り! エリシュナ用に作ったんだから、そこは抜かりないわ」


 尻と腰の間に設けられた尻尾穴に通すと、しっかりと尾の先端まで覆える様に作られたエリシュナ専用の服。首元のフードを被ると着ぐるみの様に見えなくもないが、保温性は抜群に良い。


「どう? 気に入ってくれた?」


 マリアンが笑顔で聞くと、エリシュナはプイッとそっぽを向く。


「……別に、悪くはない」


 そう言ってエリシュナは、その服を着たまま毛布にくるまってしまった。


 実のところマリアンがファライヤを連れて外出していたのは、カインの様子を見に行ったあと、この服を受け取りに行く為だったのだ。


 エリシュナの反応を見てうむうむと頷くマリアンは、一仕事やり遂げた様な満足気な表情を浮かべるのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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