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119 勝負は真剣であれ

 薄暗い洞窟の中で、数人の男たちが一人の少女を取り囲んでいた。


 薄汚れた皮鎧を纏った男たちは、清潔感があるとは思えない。その顔には相手を卑下した表情が浮かび、舌なめずりをする者までいる。


 そんな男たちの様子に、癖のある桃色の髪をした少女は怯える様に手に持った杖を握りしめ、困惑した表情を浮かべていた。


 魔術士らしくローブを羽織る少女は小柄で、線の細い非力そうな姿をしている。


 その姿から、男たちは少女の事を侮っていたのだろう。


 それも仕方ない事ではある。


 ただでさえか弱い筈の少女。そして武器は握り締めた杖のみ。見た目からも分かる通り、魔術士らしい少女がたった一人で術式を編む時間など、この状況では許されない。


 そうなると、当然少女が男たちに対抗できるすべは限られてくるのである。


 男の一人が少女に向かって一歩踏み出した。


「へへ、怯えちまって可哀想に。安心しろや、優しく可愛がってやるからよ!」


「おめえ、そう言っていつも壊しちまうじゃねえか」


「ちげえねえ」


 男たちの下品な笑い声が洞窟内に響き渡る。


 その声を聞いて少女の顔は青褪めた。


 うええ、気持ち悪い、と。


「あの、大人しく御用になる気は無いんですか? いえ、無いんでしょうけど念のため」


 少女が小さな声でそう言うと、男たちは顔を見合わせて再び笑った。


「は? お前状況がわかってんのか?」


「はい。気持ち悪い人たちに取り囲まれてます。臭いもキツイので早く終わりにしたいんですけど」


 少女がそう言うと男たちの顔付きが変わった。


「てめえ」


 気の短い男が、怒りに任せて少女へと拳を振るった。


 だが、その拳はあえなく空を切る。


 なにっ!? 男がそう思った時には、少女の持つ杖が振り下ろされて、男の頭部にポコンと音を立てて直撃する。


 何が起きたのかも理解出来ないままその男が昏倒すると、その様子を眺めていた男たちは短剣を抜き放って警戒の色を強めた。


「何をやった!」


「え? ご覧の通り杖で殴っただけですけど?」


 首を傾げる少女。


 その姿は先程までの怯えた様子は一切見えない。


「あの、別に私、怖がってるわけではなくて、すえた臭いのするここの空気が不快なんですよ。気絶した皆さんを縛り上げるのも凄く嫌なんで、自発的に降参してくれませんか?」


 挑発的な少女の言葉に男たちは容易くキレた。


 今しがた、目の前で自分たちの仲間が、少女によって容易く昏倒させられたという事も忘れて。


 少女へ一斉に襲いかかる男たち。


 そして、暫くあと、洞窟内には男たちの悲鳴が響き渡った。




 紫色のセミロングの髪が風を受けて踊った。


 鋭い眼光で疾駆したのはトリティ。


 剣を構え、普段着用している聖騎士の鎧ではなく、冒険者の様な皮鎧を身に纏っている。


 その彼女が駆ける先には、袴の上に軽鎧を纏った大柄な男―――ゲンゴウが刀に手を添えて待ち構えていた。


 トリティは構えた剣を容赦なくゲンゴウへと振るう。


 その一撃をゲンゴウは僅かに体を動かすだけで躱してみせた。そして、躱しざまに抜き放った刀の柄でトリティの脇腹を打ち抜く。


 グッと呻き声を漏らして体勢を崩すトリティであったが、衝撃に逆らわず打たれた方向に飛んで転がると直ぐに起き上がって再びゲンゴウへと向かった。


 突き出された剣をゲンゴウの刀が弾き、それでも食らいつく様な猛攻を繰り出すトリティ。


 しかし、上段からの大振りな一撃を放った際に、トリティの手から剣が離れ、後方へと弾き飛ばされたのだった。


 クルクルと回った剣が地面へと突き立てられる。


「くっ、参りました。今のは?」


「ただの巻き上げだ。魔法の技術を持つ者同士の戦いでは、使えぬ技だ。覚える必要はない」


「そうだとしても、一つでも多くの技を教わりたい。門外不出の技でないのであれば、ご教授いただけないだろうか?」


「ふん、酔狂な奴だ」


 洞窟の入り口でトリティとゲンゴウは手合わせをしていた。


 この場所へやってきたのは、キリエ村の周辺に居座った山賊を退治する為だったのだが、何故か二人は任務の最中に剣の稽古に励んでいる。


 この場にやって来たのは二人だけではない。


 他にもミーア、ジェド、ガナック、カデナと六名で行動をしていたのだが、山賊の規模があまり大きくない事が分かると、ジェドの引率でガナックとカデナは森へ入って行ってしまった。


 デバイスレインの主要メンバーたちは、マリアンズの傘下へ加わることが決まったあと、ファライヤの強化訓練を受ける事となったのである。


 時間を見つけては繰り返されるスキル取得の為の訓練。それは、デバイスレインがクランとして受けた任務の最中でも適用される。


 ファライヤの目の届かないこの場所で、そこまで生真面目に行う必要もないのだが、後々その事がバレると監視役を任された者が酷い目に合う。


 そして、現在監視役を任されているのはジェドだったのだ。


 山賊狩りの最中、ジェドは隙を見つけてはガナックとカデナにスキルの取得の訓練を強いる。


 最早、ファライヤの犬と呼ばれても仕方ないほどの忠実な働き振りであった。


 その所為で、ガナックとカデナは日に日にやつれていく。一時いっときのジェドやミーアたちと同様に。


 そんなこんなで山賊の隠れ家を見つけ、取り残されたゲンゴウ、トリティ、ミーアの三名だったが、この三名の力量はここ数ヶ月の訓練により冒険者でいうところのSクラスに匹敵するものとなっていた。


 ゲンゴウに関しては、元よりそれだけの力を有してはいたが……。


 ともあれ、Bクラスの討伐依頼として出された山賊相手に、三名で向かう必要もないという結論に至り、誰が行くかをじゃんけんで決めたのだ。


 そして、じゃんけんに敗北したミーアは一人、山賊の隠れ家へと入り込み討伐依頼をこなしており、暇を持て余したトリティがゲンゴウに剣の稽古をつけてもらっているという状況だった。


「あのっ! この人たちを縛るのを手伝ってくださいよ!」


 突然声が鳴り二人が視線を向けると、洞窟内からズルズルと男たちを引きずって桃色の髪の少女―――ミーアが現れた。


 言われるまま、トリティがミーアへと近付くと、なんとも言えない異臭が鼻先をかすめた。


「え、くっさ! ちょっとミーア、臭いのですが」


「わ、私じゃありませんよ! この人たちが臭いんです! とにかく手伝ってくださいよ」


 明らかに嫌そうな顔をするトリティの横にゲンゴウが立ち、顔を顰める。


「ミーア、じゃんけんに負けたのはお主だ」


「そうですけど! 私が負けたのは退治するまでの話で、それ以降は関係ないですからね!」


「うむ、では今一度勝負しよう」


 そう言ってゲンゴウは手を突き出した。


 トリティもコクコクと頷き、片手を突き出す。


「いいですよ! なら負けた人がこの人たちを縛り上げて、街へ連れて帰る。いいですね?」


 ミーアの言葉に二人は頷く。


「それじゃあ、行きますよ!」


 そうして再度行われたじゃんけん。


 その結果。


 ミーアは再び負けた。


「なんでですかー!」


 口元に布を巻き、泣く泣く男たちを縛り上げるミーア。


 そんなミーアに聞こえない様に、トリティがゲンゴウに囁く。


「ミーアはチョキしか出しませんね?」


「うむ、本人は気が付いていないようだがな」


「流石に気の毒な気もしてきました」


「気にするな。いかなる時も勝負ごととは、真剣に向き合うものだ。己の打つ手に意識を向けぬなど言語道断。その身を以って学ぶのがいいだろう」


「至極真っ当な事を言ってますが、やりたくないだけでは?」


 トリティがそう言うと、ゲンゴウはスッと目を逸らした。


 暫くして、戻って来たジェド、ガナック、カデナを相手に、ミーアはじゃんけんを挑む。


 しかし、その勝負にも負けたミーアは、一人山賊を街まで連れて帰る事となったのだ。


 付き合いの浅いトリティやゲンゴウにさえ見抜かれるミーアの癖。その癖を付き合いの長いデバイスレインの面々が気が付いていない筈もなく、ミーアは必然的に敗北し続けたのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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