116 三者の幕間
ここからは、三章になります。
章分け後日行います。
カツカツと足早に廊下を進むセイナ・シンシアのあとを、アンジェは小走りになって追いかけた。
「シンシア様。お、お待ち下さい!」
「黙れ、お前の報告は聞くに耐えない」
「ですが、私は間違った情報をお伝えしているわけではありません!」
アンジェが声を張り上げると、セイナはピタリと立ち止まる。
「当然だ! 情報に誤りがあるなど論外だ。そこに私見を混ぜることに腹を立てているのだ!」
「ですが、それも含めて報告すべきだと判断致しました」
膝を折って深々と頭を下げるアンジェを見て、セイナは苛立たしげに眉を顰めた。
「私は直接拳を交え、この目で見て参りました。その上であの男―――カインは、マークレウスを名乗るに相応しい男であると愚考致します」
アンジェの言葉にセイナの皺が更に深く刻まれる。
セイナとて、アンジェの報告を疑っているわけではない。セイナの直属として、長いこと従って来たアンジェの事を、今更疑う余地などどこにもないのである。
だが、己を―――ヴァルキュリアを信奉するアンジェが、感情を露わにしてまで報告してくることなど、過去に一度としてなかったのだ。
その彼女が、子供のように瞳を輝かせて語る姿に対して、僅かに苛立ちのような感情が湧いた。
しかし、それ以上にマークレウスを名乗るに値する人物がいるという内容を、頑なに認めたくはなかったのだ。
そんな人物がいるわけがない。
その考えと乖離するように告げられた報告。
セイナはそれが、どうしようもなく気に入らなかった。
「レーヴェンはなんと言っている?」
「はっ! レーヴェン様はただ一言、お認めになると」
「あの堅物が認めるか……」
「畏れながら、魔族を抱き上げるあの姿を目にして、胸を打たれない者は、アルストレイの戦士には居ないかと……」
アンジェがそう言うと、セイナはきつく睨みを利かせる。それを受けて、アンジェはサッと頭を下げて俯いた。
「……まあ、いい。どちらにせよレーヴェンが認めたとなれば、我らも直接見定めなくてはなるまい。本来であれば、私一人で討ち取りに行く筈だったものを……アンジェ、ヴァルキュリアとシグルズに伝達しろ! マリアンズとか言うその組織を謀りに行くとな。陛下には私から報告を入れる」
「はっ!」
アンジェは再度深々と頭を下げると、足早にその場を去っていった。
残されたセイナは窓の外へと視線を向ける。
仮に、あくまでも仮にではあるが、カインという人物がアンジェの報告した通りの男であったのならば、頑ななセイナとて認めなくてはならない。
次代の大英雄。
もし、そんな者が現れたというのならば、この先大きな流れを生み出すことだろう。
「時代が変わるか……。はたまた……」
はるか遠くを見通しながら、セイナの呟きが漏れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「随分と時間がかかっているな」
伝話機の向こうから響く声に対して、マルセイ・ランタラルは厳しい言葉を告げた。
「申し訳ございません。ですが、彼らは今後、自発的にセト王国領へと足を踏み入れる予定です。無理に誘導しては、疑いの目を向けられる可能性が御座います」
「わかっている。だが、王は神の恩恵を心待ちにしておられる」
「はっ! 承知しております。間もなく動き出すと思われますので、暫しのご辛抱を頂きたく」
「私にそれを言ってどうする」
「申し訳ございません」
マルセイはフンッと鼻を鳴らし、椅子に背をもたれて瞑目する。
「しかし、テンペストか。あの山岳地帯で我が兵を動かすのは少々難しい」
「はい。かといって、領内に踏み入れた直後に襲撃しては、エイブ王国領に逃げられる恐れも御座います」
「更に奴らは、領軍とはいえ騎士団を退けるほどの力を有し、魔族すらも取り込んだらしいな」
「はい、少数とはいえ、その戦力は侮り難いものがあるかと」
「であるならばルクスよ。お前ならどうする?」
マルセイに問われ、伝話機の向こう側でルクスは暫しの沈黙をした。
「……寝込みを襲うのが最善かと。テンペストから帰還する際には、彼らもそれなりに疲弊しているかと思われます。近場の街に到着し、気を抜いたところで襲撃に遭うというのはいかがでしょう」
「ふむ、なるほど」
そう言ってマルセイは閉じていた目を開いて顎を撫でた。
暫しの沈黙が訪れる。
「確かに、神の恩恵を奪う為だけに兵を動かすとなると、些か金がかかり過ぎるな。暗部を送り込むのが最善か……」
「はい。襲撃する宿は私が誘導致しますので、事前に薬を盛れば容易く事は運ぶかと思われます」
「よろしい。では、その手筈で行くとしよう。奴らの動向は逐一報告しろ。決して悟られるなよ」
「心得ております」
そう言って、ルクスが伝話機を切ろうとした時、マルセイが言った。
「ルクス、この一件が上手く運んだ暁には、お前に爵位を与えるよう王に進言しよう」
その言葉にルクスは驚きの声を上げた。
「しゃ、爵位ですか!」
「そうだ。日の目を見る事のないお前の家系に対しては特例だが、私はその働きを高く評価しようと思う。折角だ。この場の口約束とならぬよう、お前の家にも事前に伝えておいてやろう」
「そ、そのようなことまで」
「遠慮はするな。確約があった方が、お前も安心出来るだろう」
「はっ! 有り難く!」
「うむ、では確と励めよ」
そう言ってマルセイはルクスとの通話を切った。
沈黙した伝話機を眺めながら、マルセイは顎に手を当てて物思いに耽る。
そして、何を思い浮かべたのか、その口元がニヤリと歪んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
薄暗い部屋の中で、ソファーにもたれかかる三白眼の男。その男が手に持つグラスの氷が、カタリと音を鳴らした。
「エドは死んだか……」
「はい、ボスの言う通りになりましたね」
背の低いテーブルを挟んで、ボスと呼ばれた男の対面には、ガタイの良い男が腰掛けていた。
「予言をしたわけじゃない。ファライヤが俺の想像通りの力を付けていたなら、そうなると思っただけだ」
「ダンジョンの五階層をぶち抜いたらしいですね。正直戦いたくないんですが?」
「お前がやり合う必要はない。エドのお陰でハッキリとわかったが、あいつを倒せるのは俺だけだ。お前たちを何人送り込んだところで、死体の山が出来るだけだろうな」
「いや、そう言われると面目なくて、申し訳ない気持ちになってきますね」
「思ってもいないことを口にするな」
「ヘヘっ、わかります?」
調子の良い口調で述べた男は、手に持ったグラスを一気に呷る。
「ファライヤの相手もしたくないですし、エドの相手もしたくなかった俺からすると、有難いことばかりなのは本当ですよ。強い奴は相手にしたくないんですよ。俺は弱い者虐めが好きですからね」
「そうだったな。だが、お前には付き合ってもらうぞ。マリアンズの戦力はファライヤだけではない。俺がファライヤの相手をする際、お前たちが他の連中を足止めするんだ」
「魔族もいるって聞いたんですが?」
「だからその魔族諸共足止めをしろと言っている」
「うげ、まじですか? 弱ったなあ」
「まともにやり合う必要はない。ただ、俺とファライヤが一対一となれる状況を作り出せればいい。他の連中はファライヤを潰した後だ」
「まあ、それならなんとか……あちらさん可愛い女子がたくさん居るって話ですけど……」
「お前の好きにしていい」
「さっすがボス! 話がわかりますね! 俄然やる気が出てきましたよ」
騒がしい男を尻目に、三白眼の男はグラスに口を付ける。
そして、息を吐いた男の視線は、手に持ったグラスに注がれていた。
ファライヤの実力を知った上で、己が相手にすると豪語する男。その男の瞳には、恐れも、躊躇いも、不安も宿っていなかった。
ただ一つ、揺るがない自信だけが、男の目には映し出されていたのであった。
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