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114 次代の英雄

 風がそよぐ丘の上。


 肌寒い季節になっては来たが、日差しが照りつける場所はぽかぽかと暖かい。


 雲一つない青空。


 その晴天の下、カインは木に背を預けて腰を下ろしていた。


 眠るように瞳を閉じるカインの膝の上には、カインと同じく瞳を閉じるエリシュナの姿があった。


 先の戦いで壊れた鎧は来ていない。肌に張り付くような黒い服とショートパンツの上に、ぶかぶかなパーカーを着た少々だらしない格好。その格好のまま、心地良さそうにカインへと背を預けて大人しくしている。


 目を閉じたまま、一言も喋らずに静かな時を過ごす二人。


 その二人の下へ、息を弾ませながら近付く者があった。丘を駆け上がりやって来たのはヴィレイナ。その後方からは、トリティが付き従っている。


「カイン、そろそろ時間です……って! またそんなにベタベタして!」


 ヴィレイナが声を上げると、パチリと目を開けたカインとエリシュナがヴィレイナへと視線を向けた。


 そして、エリシュナは何も言わず、寝返りを打つようにヴィレイナとは反対の方向へ体を向ける。


「エリシュナ。カインから魔力を貰っているのはわかりますが、怪我なら私が治すと何度も言ってるじゃないですか」


 ヴィレイナがそう言うと、エリシュナは顔を背けたまま反論した。


「少しは察しろ。逆に聞くが、お前が魔族のように怪我が癒せるとして、そこに神官がやって来たら怪我を癒してもらうのか?」


 エリシュナの言葉に、ヴィレイナはぐぬぬと唸った。


 エリシュナが言っているのは、信頼が出来ないとかそういった事ではない。好意を持った相手と触れ合う機会を、自ら棒に振るのかと言っているのだ。


 エリシュナは当然、ヴィレイナがカインへ好意を寄せていることを知っている。それを知った上で、お前ならカインではなく神官に怪我を癒して貰うのか? と問われれば、答えは当然否であった。


 カインに心を救われたヴィレイナからすれば、エリシュナの心情は痛いほどにわかる。寧ろエリシュナ以上にヴィレイナの心情を理解出来る者も居ないだろう。


 意外にもこの二人はそんな共通点から直ぐに打ち解けていた。


 人を信じる努力をするエリシュナと、カインの信じるものを信奉するヴィレイナ。人と魔族との間に生じる軋轢あつれきは、二人の間には生まれなかったのだ。


 エリシュナの言葉に言い返せなかったヴィレイナは、溜め息を吐くとカインの隣に腰を下ろしてピッタリとくっ付いた。


 突然の行動にカインが困惑していると、緩慢な動作でエリシュナが上体を起こし、ヴィレイナを見て言った。


「……何をしている」


「傷を癒しているんです」


「お前にそんな力はないだろう?」


「いいえ、こうしてると心の傷が癒えるんですよ。なんでもカイン成分が補充出来るとか」


「誰がそんな事を言った! ……いや、いい。想像出来た」


「カイン、お前からはそんなわけのわからんものが出ているのか?」


「出てねーよ! 真に受けるな!」


「いいえ、出てますよ」


「出てない!」


「そうか、出てるのか」


 そんな良く分からない言い合いが暫し続くと、苦笑いを浮かべていたトリティが声を発した。


「お三方、楽しんでいるところ申し訳ないですが、本当にそろそろお時間が迫って来ています」


 トリティの言葉にヴィレイナ「あっ!」と声を上げて、恥ずかしそうに俯いた。


「す、すみません。私ったら、二人を呼びに来たというのに……」


 エリシュナがヴィレイナの頭をポンポン叩くと、ヴィレイナは顔を真っ赤にした。


 そんなヴィレイナを見て、クスリと笑みをこぼしカインは言う。


「よし、最後の締めだな。行くか!」


 そう言って立ち上がり、街に向かって歩き出すと二人も立ち上がり、一同はそれに続いて歩き始めた。




 争いが終わった後、ダンジョンから出て来たカインたちを、多くの者たちが出迎えた。


 エラー教の聖騎士が三百名。冒険者たちが五十名。そこに撤退した熱鋼騎士団の騎士が百五十名。入り口で縛り上げていた冒険者が五十名。計五百五十名もの人々が岩山にひしめいていたのである。


 誰も何も言わず、互いを牽制するように大人しくしているが、この状況が出来上がるまでに一悶着あったようである。


 聖騎士が到着するまでの間、入り口を死守していたローレンと、新たに現れた冒険者たちの間に諍いが生じたのだが、五階層を貫通させたファライヤの一撃が余波を生み出し、そのあと何処からともなく現れたウルスナによりその争いは速やかに終結していた。


 そして、そのあとやって来た聖騎士。囲うよう配置された聖騎士に対して、ダンジョンから出て来た騎士団が反発したのだ。


 それも結局は、ファライヤの一喝によって収まることとなった。


 そうなると、内部の状況を知らされてなかった彼等は、ただ待つことしか出来ない。


 そうして睨み合いが続く中、ようやくダンジョンから顔をみせたのはカインたちだったのだ。


 カインの腕に抱かれた魔族の姿を目の当たりにした彼等は、言葉なくただ沈黙した。


 人間が魔族を抱き上げている姿。それを抵抗もせず、恥ずかしそうに受け入れている魔族の様子に、理解が追いついている者はいなかったのだ。


 そんな状況の中、聖騎士や騎士に取り囲まれた中央では、設置されたテーブルに腰掛け、優雅にお茶を啜っているマリアンの姿があった。


 ペリッドの街でもそうだったが、何故この状況でくつろげるのかは誰もわからない。


 マリアンの対面に座らされているヴィレイナも堂々としてはいるものの、どこか落ち着きがないようにも見て取れる。


 その二人の後ろには、ファライヤとアーマード。リンドーとトリティが控えるように立ち、少し離れた場所でバッカーとアンジェが地面に腰を下ろし、ウルスナ、ゲンゴウ、アルタイルは腕を組んで立っていた。


 カインたちの帰還に気が付くと、一同は一斉に向き直り、腰を上げた。


 そして、マリアンが声を発する。


「お帰りカイン。ようやく魔族と仲良くなれたんだね」


 マリアンの言葉にカインはしっかりと頷いた。


 それを見ていた一同に騒めきが走った。


 魔族と仲良くなる?


 どういうことだ?


 疑問が疑問を呼び、受け入れられない感情が言葉になって周囲を騒つかせる。


 だが、その意味を理解出来た者たちも居た。


 マリアンズのメンバーだけでは無い。聖騎士の中にも、騎士の中にも、冒険者の中にもその事実を受け止めた者は、僅かではあったがいたのだ。


 突然拍手が鳴った。


 両手を打ち鳴らして称賛の声を上げたのはアンジェ。


「凄いよっ、あんた! どんな手品を使ったんだい? ああ、どんな手段でも別にいいか。感動した! 私はあんたを認めるよ! 素晴らしい、あんたは間違いなく次代の大英雄だ。カイン・マークレウス!」


 マークレウス。


 その名が響くと周囲の騒めきは更に大きくなった。


 過去にただ一人、人間と魔族を繋いだ大英雄。


 その名を語る者。


 その者は今、その腕の中に魔族を抱き上げている。


 の大英雄と同じように。


 注目が集まる中、その場の誰もがカインを見つめた。


 その視線を受け、カインはやれやれと溜め息を吐いた。


 そして、静かに声を上げる。


「お前たちは知らないかもしれないがな。魔族と人はわかり合えるんだ。それを俺は今日、証明した。いや、俺だけじゃない。俺とこいつが二人で証明したんだ。そして、これが嘘じゃないとこれからも示し続ける!」


 カインの言葉に息を飲む声が聞こえた。


「今回の件は、俺がやろうとしていることを、領主が騎士団を使って邪魔したことになる。エラー教とミリアム教の英雄である、俺の邪魔をしたんだ。喧嘩を売って来た領主に対しては、落とし前をつけてもらわなくちゃいけない」


「馬鹿を言うな! 俺たちは魔族を討伐しに来たのだ!」


 それの何がいけないのか? 言外にそう告げる騎士が居た。


 未だこの光景を目にして、それでも頑なに受け入れようとしない者たちも多くいる。


 だが、その心情も理解できなくはない。彼らの常識はこれまでずっとそうだったのだから。


 故にカインもそれを否定しようとはしなかった。


「この戦いで勝利したのは俺たちだ。敗者は勝者の言い分を少しは聞け! せめて耳を傾け、理解しようと努力しろ。それが嫌なら、俺たちに勝ってから文句を言え!」


 そう言われて、騎士は押し黙った。


 ダンジョンから出てきたのが、自分たちの団長ではなく、魔族とそれを抱え上げる英雄だったのだ。それだけで、自分たちが敗北したことを察する事は出来る。


 それでも、納得がいかなかった別の騎士は声を上げた。


 しかし、カインはそれ以上、騎士には取り合わず歩き始めた。


 そして、エラー教の聖騎士の前で足を止めると、一人の男が前に出て跪いた。


「ご苦労だったな。無駄に呼びつけてしまった」


「とんでも御座いません。マークレウス様とマリアンたんに従うのは、我らが意思。今後とも我らをお導きください」


「そうか。あとでシュヴァイツにも礼を言っておく」


「もったいなきお言葉」


 騎士が頭を下げると、カインはマリアンズの面々に目を向けた。


「疲れたな。美味い飯でも食いに、さっさと帰るか」


 これだけのことを成し得たというのに、普段と変わらない様子で言ってのけるカインをみて、一同はやれやれと苦笑いを浮かべて頷く。


 そうして歩き出すマリアンズの背を、その場にいる者たちは誰も止める事が出来ずに見送ったのだった。

読んで頂きありがとう御座います。

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