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113 繋ぐその手

 グレイシスが放つ魔剣による剣戟は、全てカインが受け切った。


 ダイモンドの突撃はエリシュナが力でねじ伏せ、モーリスは魔弓をミズシゲに破壊されている。


 ジェド、ミーア、ルクスの三名が目まぐるしく動き回り、隙の出来た相手に六つの身体強化を用いて攻撃を仕掛け、相手へのダメージを蓄積させていった。


 戦況はカインたちに有利であり、勝敗は火を見るよりも明らかである。


 しかし、それでもグレイシス、ダイモンド、モーリスの三名は攻撃の手を緩めようとはしなかった。


 傷付き倒れても立ち上がり、武器を振るう。


 そして―――ギンッと硬質な音が鳴り響き、遂にはグレイシスの手から大剣が離れた。


 カインによって打ち上げられた大剣は、ぐるぐると旋回して地面に突き立つ。


 武器を取り落としてしまうということは、グレイシスの体力は限界に来ているということだ。それでも、グレイシスは負けを認めようとはせず、拳でカインに殴りかかった。


 その拳をカインは魔剣で打ち払うようなことはせず、自身の腕を折って受ける。意外な行動にグレイシスは目を見張った。


「もう、満足したか?」


 その言葉にグレイシスは俯き、くつくつと笑い声を上げた。


「……確かに、貴様らは強いな。だが、だからと言って負けるわけにはいかない!」


 グレイシスが目を剥いて再びカインへと殴りかかった。


 頰を殴りつけられ、カインの唇が切れ赤い血を滴らせる。そのまま数歩後退したカインは、魔剣を地面に突き立てると、拳を構えてグレイシスに向かっていった。


 今度はカインの拳がグレイシスの頰を殴りつける。


 グレイシスも口の中が切れ、溢れた血をプッと地面に吐き出す。


「なんのつもりだ?」


「別に、剣なんて使う必要が無いだけだ」


「馬鹿にする気か!」


「馬鹿になんてしてねえ! 勝敗は決している。後はお前の気持ちと俺の気持ち。どっちの方が強いかってことだろう? それを試すのに剣なんて必要ない!」


「……馬鹿な男だな。貴様は」


「うるせえ! いいからかかって来い!」


 グレイシスとカインが殴り合いを始めた。


 体格の良いグレイシスの方が、殴り合いとなれば有利であった。


 だが、一度打たれれば無理矢理にでも一度返す。そんな、街中の喧嘩でもしているかのような殴り合いを、二人は意地を張りながら続けた。




 ぜいぜいと互いに息を切らす二人。


「二年だ。あの魔族に敗れて二年、血反吐を吐くような訓練を重ねて来た。他の連中が呆けている中、強くなることだけを考えてきた!」


 グレイシスが唐突に声を上げた。


「二年間も頑張りたくなるほど、あいつが何かしたのか?」


「俺の仲間たちはあの魔族に殺されたんだぞ!」


「先に手を出したのは、どうせお前らの方だろう?」


「そうだ! だが、魔族は敵だ! 倒すのは当然のことだ!」


 カインは溜め息を吐いた。


「……お前みたいに凝り固まった考えの英雄が居たな。あいつは笑いながら言っていたよ。正しいとか間違っているとかじゃなくて、英雄であり強い自分こそが正義なんだと」


「そんなやつと同じものか!」


「いや、一緒だな。力のあるお前は、自分の考えを無理矢理押し付けているだけだ。何故耳を傾けない? 何故訴えを聞こうともしない? お前たちが魔族を悪と定める根拠は何だ? 俺にはそれがわからない」


「人々の世に災厄を撒き散らすのは、いつも魔族だ! それは歴史が証明している!」


「その目で見たのか? 直接聞いたのか? その災厄とやらを、人間は起こした事がないのか?」


「見るまでもない! 現にそこの魔族は俺の仲間たちを殺している!」


「俺は直接この目で見た! お前と違ってな!」


 被せるようにカインは大声を上げた。その声にダイモンドもモーリスも動きを止める。


「……」


「短い期間だったが、共に過ごした。飯を食って、風呂に入って、一緒に狩りをして笑い合った。お前らが毛嫌いしている魔族とだ!」


「……そんなもの、ただのまやかしだ」


「まやかし? お前たちは直ぐにそうやって耳を塞ぐ。お前は一度でも魔族を相手に耳を傾けた事があったか? 話し合おうとしたのか? あいつに対してもそうだ。決め付けて、手をあげて、怒りを買って、返り討ちにあったから憎んでる? はっ! 笑えるな!」


「貴様!」


「魔族が悪だと決めつけるのは良い。だがな、自分が最初に仕掛けたことを棚に上げて、それを言い訳に使ってんじゃねえ! 反撃される覚悟が無いなら、最初から相手に剣を向けるな! そんな卑怯な態度で騎士を名乗ってんじゃねえ!」


「ぐ、お前に! お前に騎士の何がわかる! ただの冒険者風情に、俺たち騎士が積み上げて来たものを理解出来るものか!」


「ああ、わからねえよ! 逆恨みを二年間も積み上げたお前らの苦労なんか知りたくもねえ!」


「ふざけるな! 俺たちの時間が無駄だったとは言わせない! お前には決して分からん! あいつらの苦悩の声が! 死の恐怖に怯えながら息絶えていった嘆きが! 俺はあいつらの墓標に勝利を収めなくてはいけないのだ!」


「てめえも分かってねえだろっ! 死んで行った魔族たちの嘆きが!!」


 激高するカインの背にスッと手が添えられた。


 優しく添えられたその手が、昂ぶったカインの心を次第に鎮めてくれる。


「もうやめろ。その男はお前のように強くはないのだ」


 カインは振り向き、エリシュナの瞳を見た。そして、エリシュナはカインの手を取るとギュッと握りしめた。


「……俺が、弱いだと!」


 更に怒りを露わにするグレイシスに対して、エリシュナはカインの手を握りしめたまま言った。


「ああ、弱い。力ではなく心がな」


 そう言われてグレイシスが奥歯を噛み締める。


「……私はずっと考えていた。何故、私たち魔族は受け入れられなかったのだろうと。大英雄の物語に焦がれて人の世にやって来た魔族は一人や二人ではない。だというのに、何故誰一人として、人間と手を取り合うことは出来なかったのか。

 不思議だったのだ。何故、人間は私たちの言葉に耳を傾けないのか。この男がやって来なければ、私はその答えを永遠とわに得ることは出来なかっただろう」


 エリシュナはチラリとグレイシスへ視線を向ける。


「私たち魔族は強い。人間を遥かに凌ぐ力を有している。人間からすれば、それは猛獣の類と変わらないのだろう。

 決して襲わないと理解していても、猛獣の檻に入れられて落ち着ける者はいない。決して襲われないと信じ切ることなど出来はしない。

 つまり人間は、私たちの力を恐れたのだな」


 エリシュナの瞳が悲しげに細められた。


「魔族とは何か? それを忘れてしまった人間にとって、私たちの力はただ脅威だったのだ。手を取り合うどころか、恐れの対象となるのは自然な流れだったと思う。だがな、この男はその流れに逆らったのだ。私に対して恐れを見せず、ただ執拗に話をしようと迫って来た。

 自分を殺すことの出来る猛獣に対してだぞ? 今まで誰一人としてそんな事をしようとする者はいなかった。名のある剣士も、騎士も、冒険者も強い力を有している者とも多く出会ったのだ。

 お前もそうだが、この男よりも強い者は多くいたのだ。だが、力を持つそんな者たちですら猛獣に話しかけようなどと思い至る者は誰もいなかった。

 ……この男だけだったのだ。私に問い掛けて来たのは。そんな事が出来る者を、強いとは思わないか? 真似ようと思って、お前に出来るか? 出来ないだろう? だからお前の心はこの男よりも弱いのだ」


 グッと奥歯を噛み締め、グレイシスが何かを言おうとした。しかし、エリシュナはグレイシスが声を発するよりも早く言葉を続けた。


「それは、私も同じ事だ」


 グレイシスの眉間に皺が寄る。


「私もお前と同じで心が弱かった。だから、お前たち人間が何を思っているのか、どう感じているのかを深く考えず、怒りに任せて力を振るった。美しき大英雄の物語に焦がれていたというのに……。

 ……気が付かなかったのだ。己がどうしたかったのか。求めた理想がどれほど高い場所にあるのかも。

それを、この男は気が付かせてくれた。体を張って私に教えてくれたのだ。

 求めているばかりでは届かない理想がある。それを手にする為には、相応の覚悟と意思を貫き通さなくてはいけない。己から歩み始めなくては何も始まらないのだと、それを教えてくれたのだ」


 エリシュナは黙って話を聞くカインの瞳をチラリと見ると、真剣な顔付きでグレイシスに向かって言った。


「私はこの男と共に道を歩く事を決めた。この男を信じ続けると心に誓った。だから、その意思をここで示そう。

 けじめにはならないだろう。既に起こしてしまった出来事を変える事は出来ないのだから。だがそれでも、私はお前たちに、私の非を認め謝罪しようと思う」


 そう言ってエリシュナは深く頭を下げた。


「すまなかった」


 エリシュナの行動にグレイシスは目を剥いて驚いた。グレイシスだけではない。モーリスもダイモンドも驚きに硬直する。


 魔族が。悪意の権化とも言われた存在が、彼らに対して頭を下げているのだ。消して相容れない筈の相手が、己の非を認めて謝罪をする。


 その行動を誰が予想出来ただろうか。


「許してくれとは言わない。だが、浅はかな私の行動が、お前たちを苦しめることとなった。その事実は深く反省している」


 眉間の皺を深く刻み、グレイシスは喘いだ。


 そして思う。


 こいつは何をしている!?


 災厄の元凶が何故、人に頭を下げる?


 どうして悪意にその身を染めない?


 それでは……。


 それではまるで……。


 人間のようではないか!


 過ちを認め、礼を尽くす姿は、人間と同じではないか。


 悪の化身である、魔族がそんなことをするわけが……。


「そんな事で! 私の気持ちが収まるとでも思っているのですか!」


 グレイシスの思考を遮るようにモーリスが声を上げた。


 エリシュナは顔を上げて、モーリスの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「すまないが、お前の気持ちを収めてやるつもりは無い。私はただ、己の行いを恥じ反省をしただけだ」


「反省をしたところで、罪は消えない! 死んだ人間は戻ってこない!」


「……誰かの仇討ちか。お前の言う通りだろうな。だから、私はお前にしてやれることは何も無い。だが、誰かを手にかければその分他の誰かに恨まれるのだということは、この身を以って学んだ。今後は、無益な殺生はしないと約束しよう」


「あなたの約束など!」


「やめろ! モーリス!」


 突然ダイモンドが声を上げた。


「魔族の肩を持つわけじゃ無いがな。お前もグレイシスもその辺にしとけ。お前らが仇を討とうとしてる連中は、戦士だろう! 戦士ってのはな、いつか死ぬもんなんだよ。シクれば死ぬ。負ければ死ぬ。その覚悟が出来てねえ奴は戦士じゃねえ! 誇りを持って戦った戦士が、負けたからといって仇を討ってくれ何て考えるわけがねえだろう! お前らが必死になってやろうとしてることは、戦士の誇りを貶める行為だって気が付かねえのか!」


 核心をついたダイモンドの言葉に、グレイシスもモーリスも反論する事は出来なかった。


「俺は不器用だからよ。真っ直ぐ突き進むしか能がねえ。お前の真っ直ぐな気持ちがわかってもよ。弾丸は引く事ができねえんだ。だから、これで仕舞いにしようぜ」


 そう言ってダイモンドは突撃の構えをとった。


 ダイモンドが何をしたいのか。それを察したエリシュナはカインから手を離し、受ける構えを見せる。


 兜の中の口元がニヤリと笑う。


 そして、ダイモンドは引き出せる全ての力を込めて突撃を繰り出した。


 その突撃は文字通りの弾丸。


 一切の揺らぎを見せない真っ直ぐな動き。


 ダイモンドの突撃を、エリシュナは躱すことなく受け止めた。


 衝撃で地面に大きな亀裂が走る。


 全力の突撃を受け切ったエリシュナは、そのまま、容赦のない全力の一撃を以ってダイモンドを殴り飛ばした。


 殴られた衝撃でダイモンドの兜が割れ、吹き飛んだ体は岩壁へと突き刺さる。


 鎧がひしゃげ、口元から血を吐き出すと、ダイモンドはニヤリと笑った。


「……と、とんでもねえ一撃だぜ。……ぐはっ、お、俺の負けだ」


 そう言ってダイモンドは意識を手放した。


 しんと静まりかえる広間。


 沈黙の中、グレイシスが口を開いた。


「……モーリス。引くぞ」


 グレイシスの言葉にモーリスは項垂れながらも従った。


 納得できないこともあっただろう。認めきれないことも。


 だが、そんな二人の代わりに、引くことを知らない男がケジメを取ってくれた。頭の片隅にあった気持ちを言葉にしてくれた。


 それを目にして、これ以上無駄な意地を張り続けることは出来なかったのだ。


 ダイモンドを担ぎ上げ、グレイシスは水の引いた階下へと向かう。


 そして、足を止めると言った。


「今日は引く。だが、俺は魔族を認めたわけじゃないぞ! いつかその本性を暴いてやる。おいっ! せいぜい寝首を狩られないように気を付けろ、英雄!」


 そう言うと、グレイシスは階下へと降りて行った。


 再び静寂が満ちる広間の中で、エリシュナはカインの手を再び握った。


 その手をカインは力強く握り返す。


 再び取り合えたその手を、二度と離さないと誓うように。


 こうしてこの争いには、終止符が打たれたのであった。

読んで頂きありがとう御座います。


励みになるコメントをありがとう御座いました。

二章は間もなく完結となります。あとは後日談的なあれですね。

締め方がどうだったとか自分では判断出来ないので、ご意見ご感想があればなんでも言ってくださると嬉しいです。もちろん手厳しいご指摘も大歓迎です。

どうぞよろしくお願い致します。

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