112 終結する争い
激流に流されるようにして、カインはエリシュナを抱えた状態で横穴を進んでいた。
幾重にも枝葉のように分かれる道を、僅かな光量と魔力の流れを見ながら選択していく。
正確に道順は覚えていない。だが、出口の外ではミズシゲが待っている筈である。他の道筋よりも僅かに魔力を強く感じる方向へと流れを向けて突き進む。
「左だ!」
カインが声を上げると、エリシュナが壁に向かって尾を振るい、流される方向を変えた。
そうして勢いのまま飛び出したのは、十二階層でカインが潜り込んだ横穴であった。
ミズシゲの姿は見当たらない。
「ミズシゲ!」
カインは叫ぶが反応はない。
しかし、既に水流は川のような流れを作っており、筏の代わりにしているシールド・ゴーレムの鉱石を押し流していた。
道の奥からは、騎士たちの怒声も聞こえてくる。
徐々に水位を増し、流れの勢いも増していく。
十二階層が水没するまで、それほど猶予があるわけでもない。
このまま待つわけにもいかず、カインは流れに任せて進むことにした。
彼女ならば、なんとかしているだろう。そう思って。
ウルスナの使用した魔術『浸水』はダンジョンを水没させる魔術である。
広域のダンジョンでも一階層は沈める事が出来るようにと設計したらしく、このダンジョンだと二階層分は水の中になる。
早急に十一階層の階段まで辿り着き、十階層へ行かなければ、カインたちも水の中に沈むことになるのだ。
水没する時間はそれ程長くはないが、水の耐性がない魔物が活動できなくなるぐらいに設計されているらしい。
人間ならば意識を失うほどか、状況が悪ければ最悪死ぬぐらいの長さだ。逃げ遅れたとしても、なんとかならなくもないが、その後の状況が悪くなる。
無理をしてでも、『浸水』から逃れる必要はあるのだ。
道順はわかる。
だが、水の流れが早すぎて、方向を操作するのが難しい。シールド・ゴーレムの鉱石は板状にはなっているがあくまで鉱石だ。とっても付いていなければ、本来水になど浮かない。これが魔術で作り上げた水だからこそ、耐性により反発する力が鉱石を浮かせているに過ぎない。
天井も低くなって来ているこの状況だと、棘のように天井から連なっている岩が度々行く手を阻んでくるのだ。
エリシュナが尾を振ってそれらを排除してくれてはいるが……。
さすがにこれは無理だ。
カインたちの行く手に柱のように連なる岩が見えた。
地に足がついた状態であれば、破壊する事も出来るだろうが、流されながらでは力の強いエリシュナでも破壊は難しい。
仕方ない。リスクはあるが、一度水中に身を委ねてやり過ごすか……。
カインがそう考えた時だった。
剣が閃き、行く手を阻んでいた岩を切断し、水中に沈めた。
「ふむ、またお会いしましたね、メドューサさん」
カインが目を向けると、シールド・ゴーレムの鉱石の上に器用に立ったミズシゲがすぐ隣にいた。
「今のは貴様がやったのか?」
「その通りです。私はミズシゲ、以後お見知り置きを」
「ふん、貴様からは嘘つきの匂いがするな」
「なっ! それは心外です! 毎日紅花の香水をつけて女性らしくしているのですよ!」
「その惚けた返しも嘘つき特有のものだ」
「私は嘘つきではありません。お家の事情がある為、口に出来ない事が多いだけです」
「嘘つきと何が違う?」
「違いますよ。私は真実しか口にしていません。言えない事は言えないとハッキリ口にしているのです」
「ふん、まあいい。どの道貴様が嘘をつこうがつくまいが、私には関係ない事だった。カインがそれでいいと思っているのなら、私が口を出すことではないからな」
「む、カイン、嫁が貶められてますよ。なんとか言ってください」
「何? こいつはお前の嫁だったのか!?」
「ちげえよ! 勝手な事を言うな!」
「私の家系は大英雄を信奉しているのですよ? 魔族に嫌がられる事なく抱っこ出来る殿方など、世界広しといえどカインしかいないでしょう。文句無し、満場一致で我が家に受け入れられるだけの成果を上げている。つまり、あなたは私の婿です!」
「結論がおかしいだろう! つか、そんなくだらん話をしている場合じゃない!」
「……ふむ、至極真面目なお話なのですが、まあ一先ずいいでしょう」
不満げに納得しながらも、ミズシゲは前を向いた。
細かな岩はエリシュナが。大きな柱のような岩はミズシゲが払い、カインたちは何とか階段部まで辿り着いた。
そのまま一気に階段を駆け上がり、十一階層へと辿り着く。
十一階層はまだ大きな流れは出来ていないが、足元は既に水浸しになっている。
カインはエリシュナを抱き上げたまま、ビチャビチャと音を立てて十一階層を駆けた。
「いい加減降ろせ! 一人で走れる!」
「足の怪我がまだ治ってないだろう。戦闘中もほとんど足を動かしてなかっただろう?」
「む、それはそうだが……」
「別に大して重くない。この後何があるかもわからないんだ。温存しておけ」
カインにそう言われて、エリシュナは決まりが悪そうに俯いた。
そして、十一階層の半ばまで来る頃には、足元の水位は大分高くなり腰を沈めるほどになっていた。
水も強い流れを作り始めたところで、再びシールド・ゴーレムの鉱石を筏代わりにして先を進む。
カインたちが十階層へと辿り着いた時には、階下は全て水の中へ沈んでいたのだった。
「カインさん!」
十階層の広間で待機していたミーアが声を上げた。
腰を落としていたルクスとジェドも立ち上がる。
「てめえ、くっそ! 流石だな!」
ルクスがカインの抱き上げているエリシュナを目にして、口悪くそんな事を言う。
「こっちは問題なく片付いた。さっき『転移』したウルスナからも『伝意』で連絡があった。あいつも無事だ」
「騎士団の方々は?」
「さあ? 水の中でちゃんと息が出来てれば無事なんじゃないか?」
「それって無事じゃありませんよ!」
「ミーア、思っている以上にあいつらはしぶとい。半端な事をやればこっちがヤバくなるんだ。現に見ろ」
カインが十一階層へと続く階段へと目を向ける。
すると、ザパンッと水飛沫を上げて一人の男が飛び出てきた。
大柄な体型で、顔に大きな傷跡がある騎士の格好をした男―――グレイシス。
グレイシスは大剣を担いでのしのしとカインの前に歩み出た。
グレイシスの後からは、続々と騎士たちや冒険者が水面から飛び出して来る。
だが、その数は少ない。
二百名いた騎士団は、三十名ほどにまでなっていた。
「やってくれたな! 生きて帰れると思うなよ!」
カインはエリシュナを降ろして、魔剣を受け取るとグレイシスに向かって構える。
「どう見てもお前らの負けだろ? 逆に聞きたいんだが、その人数で勝てると思ってるのか?」
カインの言葉でミズシゲ、ミーア、ジェド、ルクス、そしてエリシュナが構えを取った。
人数では確かに騎士団の方が多い。しかし、二百名を以って押さえ込んでいた魔族が相手にいる状態では分が悪いのは明らかだった。
加えて、主戦力であるバレンシアが脱落しており、復帰したとはいえメイガンも利き腕を落とされた状態である。
「貴様の後方には、まだ百五十名の騎士とSクラスの冒険者が二人控えている。魔族以外の有象無象が何人居ようと同じ事だ」
「俺の仲間を舐めないで貰いたいな。あいつらが、騎士団をここまで通すわけがないだろう?」
「数の有利を知らないのか? 闘千でもなければ、その有利を揺るがすことなど出来はしない!」
「なら、聞いてみるか」
カインはそう言って、『伝意』の魔晶石を使用した。
『アーマード。状況は?』
暫くするとアーマードの言葉返って来る。
『問題ない。ファライヤが到着した。間も無く終わる』
短い言葉を二度繰り返し、『伝意』は終わる。
「そちらさんは、もうすぐ撤退するみたいだぞ?」
「嘘を付くな!」
グレイシスは怒りに声を震わせて、自身で状況の確認をとった。
『敵七! S三、SSS一! 鐘ゼロ、死傷ゼロ、撤退します! 敵七! S三、SSS一! 鐘ゼロ、死傷ゼロ、我々では抑え込めません』
馬鹿な!
グレイシスは思った。たった七名の中にSクラスに相当する戦士が三人もいる。そして、何だSSSとは? 闘千や英雄クラスでも、取り決めではSSと呼称する。それをSSSとわざわざ言い換えるような相手。そんな相手が敵の中にいるというのか。
魔族一人でも手を焼くこの状況で、そんな敵を相手に出来るわけもなかった。
「ぐっ!」
グレイシスが奥歯を噛み締め、拳を握りしめた。
「撤退する! 階下に取り残された者たちの救出を優先して動け!」
そう言ってグレイシスは背負った大剣を引き抜いて構えた。
「団長! どうされるおつもりですか!」
「お前らは撤退しろ、俺はこいつらとかたをつける」
「そんなっ! お一人では無茶です!」
「うるさい! 騎士団としては引かなければならんが、戦士としてここで引くわけにはいかないんだ! お前たちはさっさと行け! これは命令だ!」
騎士たちは苦しげに頷いて行動を開始した。
そんな中、モーリスとダイモンドがグレイシスの隣に立つ。
「我々は騎士ではないですからね。あなたの命令に従う義理はありません」
「馬鹿が、やる気になっても報酬は出ないぞ」
「いりませんよ、そんなもの。私は弟の仇を討ちに来たのですから」
そう言ってモーリスは魔弓を構えた。
「俺は今まで引いた事が一度もないんでね」
そう言ってダイモンドが突撃の構えを取る。
「チッ、馬鹿共が! 帰ったら美味い酒でも奢ってやる!」
そう言って、ニヤリと笑うとグレイシスは走り出した。
カインがそれを迎え撃ち、騎士団とマリアンズの最後の戦いが幕を上げた。
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