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111 埋め尽くす水流

「で? あなたたちは続きをやらないのかしら?」


 ファライヤの問い掛けに答える者はいなかった。


 しんと静まりかえるダンジョン内。この場にいる誰もが判断しかねた。


 この後どうしたらいいのだろうかと。


 誰もが沈黙する中、ゲンゴウだけは普段と変わらず不遜な態度で刀を収めると言った。


「ふん、きょうが削がれた」


「あら、それは申し訳なかったわね」


「全くだ。最初からおぬしが居れば事足りたであろう」


「別に遊んでいたわけではないのだけれど?」


「わかっておる!」


 何が気に入らないのか、ファライヤを目にして不機嫌になったゲンゴウは、腕を組んで壁に背をもたれて瞑目した。


 ファライヤはそんなゲンゴウから視線を外し、今度はバッカーの方へと顔を向ける。


 バッカーがビクッとなってアンジェの方へ視線を向けると、アンジェは首を振って降参のポーズをとった。


「私はもう満足したよ。あんたにいられちゃ、素直に戦いを楽しむのは難しそうだしね」


「姉さん! 俺様は負けてないんだぜ!」


「何を主張してんのよ? というかそいつがさっき言ってた姉さん?」


 全力で放った一撃を受けたバッカーに、自分よりも五倍は強いと言われた相手。


 とんでもない。


 この相手との実力差は五倍なんてものではない。


 アンジェが知り得る最強の戦士。その戦士と互角、いや流石にそれは無いとアンジェは思い直した。


 そうであった場合、目の前に立つ女は人類で最強と謳われた戦士と互角ということになってしまうのだから。


「そっちのあなたは?」


 続いてアルタイルに顔を向けるファライヤ。


 アルタイルは焦燥しきった様子で首を振った。


「僕の相手もやる気を無くしてしまいましたので、これ以上は無意味でしょう」


「私が相手をしてあげても良いのだけれど?」


「……いえ、それこそ遠慮したいところです」


 アルタイルは肩を竦めてみせた。


「そう。であれば、こんなジメジメしたところに長居はしたくないわね。全員表に出るわよ」


 さも当然のように言われた一言に、一同は困惑した。


「あ、あのファライヤさん。カインはここで騎士を足止めするように言っていたのですが」


 おずおずとヴィレイナが言うと、ファライヤはニコリと笑みを浮かべる。


「全員と言ったのは、あそこの騎士も含めてよ。これ以上先へは誰も進ませない。それであれば、カインの意思にも反していないでしょう」


 そう言ってファライヤは騎士の前に進み出た。


「さあ、早く撤退の準備を進めなさい」


「そ、そんなことが出来るものか!」


 騎士の一人がそう言った瞬間だった。


 いつの間にか近付いていたファライヤに、気が付けば頭を掴まれていた。


 兜がひしゃげるような力を込められ、男から苦悶の声が漏れる。


「ぐっ! がっ! やめ……」


「指揮官はこいつかしら?」


 慌てて騎士たちが剣を抜き放ち構える。


「指揮官はこいつかどうかを聞いているのよ? 早く答えて頂戴。でないと皆殺しにしてしまうわよ」


 ファライヤから殺気が膨れ上がり、騎士たちを凍りつかせた。


「ま、待ってください! ファライヤさん。そんな暴力的な手段に出なくても……マリアンさんも黙ってみてないで何か言って下さい」


 周囲が硬直する中、ヴィレイナが声を上げる。


 この状況でファライヤに意見出来るヴィレイナの精神力は、この場の誰よりも高かったのだろう。そんなヴィレイナの姿にトリティは一人、羨望の眼差しを浮かべる。


 そして、ヴィレイナに話を振られたマリアンもまた、常人ではない程の胆力をもっていた。


「えー。戦いに犠牲はつきものだとおもうけど」


「施設で一人でも多くを救おうとしたあなたは、一体どこへ行ってしまったんですか!」


「状況が違うとおもうけど」


「カインでしたらこんな脅しかた……するかもしれませんが、とにかくダメです!」


「……すると思ってるんだ」


「あ、あの方は必要だと思ったことだけをします! 力があるのに面倒くさがるようなことはしません!」


 言い切るヴィレイナに対して、ファライヤとマリアンは顔を見合わせて肩を竦ませた。


 物事を効率よく進めようとするファライヤやマリアンと違い、ヴィレイナは真面目だ。


 だが、その言い分は的を得ている。


 現状では、誰もが認めているのだ。ファライヤという圧倒的な存在を。


 これ以上脅すような真似をしなくても、騎士たちを引かせる手段はいくらでも選べるのである。


 ヴィレイナの言い分を認めたファライヤは、掴んでいた騎士から手を離した。


「仕方ないわね。うちの聖女様がご不満らしいから、皆殺しは勘弁してあげましょう。けれど、説得するのも性に合わないのよね」


 そう言ってファライヤは壁際に足を向けると、腰を沈めて構えた。


 何をする気かと騎士たちは動揺しながらも、警戒の色を強める。


 そして。


 ファライヤは恐ろしい速度の拳を、壁へと向けて放った。


 ミズシゲの抜刀のように初動が見えない拳速で放たれたそれは、硬質な岩壁を容易く破り、奥に繋がる通路までの大きな穴を開けた。


 ダンジョン内に大きな揺れが起こる。


 カランッと剣が落ちる音がした。


 そのあまりの威力に放心して、思わず手に持った剣を取り落としてしまった騎士がいたのだ。


 唖然とする騎士たちにファライヤは顔を向けて言った。


「早く撤退してくれないと、死なない程度に殴りつけるわ」


 とんでもない。


 こんな威力で殴られたら無事では済まない。


 ブルリと身を震わせた指揮官から、絞り出すような声が上がった。


「……て、てったいする。……全員、さがるんだ」


 ゾロゾロと動き始める騎士団を、ファライヤは満足そうに眺めた。


「……あまり、変わってない気もしますが」


 ヴィレイナから、そんな呟きが漏れた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 最初に地を蹴ったのはダイモンドだった。


 持ち前の弾丸のような突進で、背を合わせて立つカインとエリシュナに突撃する。


 その攻撃をカインはエリシュナの腕を引いて容易く避けた。


 突撃した勢いのままダイモンドが壁に突き刺さる。


 瞬間的に目にも止まらぬ速度を出すダイモンドの突撃は驚異的だ。


 しかし、その攻撃は余りにも直線的過ぎる。


 初動が読めなければ受けるのは困難だが、探知と予測を得たカインにとっては、逆に動きが読みやすい。


 だが、相手も手練れである。


 攻撃を躱されることは想定していたのか、モーリスの魔矢が既に迫っていた。


 直前で三つに分断されたそれは、正面と左右からカインに向かって迫る。


「頭を下げろ!」


 エリシュナの言葉にカインは、躊躇うことなく従う。


 そして、カインが頭を下げると、その頭上をエリシュナの振るった尾が通過し、迫り来る魔矢を打ち払った。


 その攻防が行われている最中、グレイシスとバレンシアは走り出してカインたちへと迫っていた。


 判断も動きも速い。


 しかし、状況を見据えるカインの判断も早かった。


「エリシュナ! 魔眼だ!」


 言われて即座に金色の瞳を輝かせるエリシュナ。


 その行動に二人の動きは止まり、慌てて腕に取り付けた『神気の盾』をかざす。


 それと同時に、カインは動いていた。


 足を止めたグレイシスとバレンシアへ向かって真っすぐと駆ける。


 魔力の流れを感じ、目視出来るカインには、エリシュナが放つ網の目のような魔力の流れが見えている。

それを理解しているのか、エリシュナも全てを埋め尽くすように魔力を展開せず、カインが駆け易い道筋を魔眼の範囲から外していたのだ。


 魔力を目視出来ない者からすれば、カインが何故魔眼の効果を受けないのかがわからない。


 カインの行動に驚きながらも、グレイシスは眼前に迫り、振り下された刀の一撃を大剣で受けた。


「熱鋼!」


 グレイシスの発声と共に、魔剣クリムゾンスレイブが赤く熱を帯び始める。魔剣から発せられる魔力を見て、カインは咄嗟に刀を引いた。


 鍔迫り合いを続けていれば、おそらくカインの刀は折られていただろう。厄介な。そう思ったカインに横合いから剣が迫った。


 グレイシスが持つ魔剣と同じ輝きを放つ剣。片腕を掲げた体勢のままバレンシアがクリムゾンフォロウを振るったのだ。


 これも魔剣か! なら!


 そう思い、カインは勢いに乗りきれないその一撃を、身を引いて躱す。そして、バレンシアの方へ大きく踏み込んだ。


 むっと警戒するバレンシアであったが、カインはバレンシアとすれ違うように進むと足を大きく上げて地面を踏みしめた。


 カインが踏みしめた先には、一本の剣が転がっていた。先程切り落としたメイガンの腕に握られていたもう一対の魔剣。


 その魔剣の柄の端を踏み込むと、魔剣はクルクルと回りながら浮き上がる。空中で旋回する魔剣の柄を器用に掴み取り、カインは声を上げた。


「熱鋼!」


 カインの手に握られた魔剣クリムゾンフォロウが赤い輝きを放つ。


「ぐっ! 貴様!」


 バレンシアが声を上げて、カインへと斬りかかろうとするが、その体を這うように石化が進行する。


 踏み留まり、慌てて腕を掲げるバレンシア。


 そこに、カインの魔剣が振り降ろされた。


 『流動反射強化』により、高い膂力で振り降ろされた一撃を片腕で受けきることが出来ず、バレンシアは体勢を崩して大きく後退したのだった。


 入れ替わるように大剣を振るってくるグレイシス。


 カインは魔剣でそれを受けるが、予想以上にその一撃は重い。片腕を掲げたまま、もう一方の腕で振り降ろされた大剣は、カインの一撃よりも力強かったのだ。


 さすがは闘千と呼ばれるだけのことはある。


 どのような過程でこれ程の力をつけたのかは知らないが、この男は知識もなくステータスを高め、体に魔力を這わすことを感覚的に覚えたのだろう。


 戦闘においては、カインよりも数段高い才能を持っている。正確な知識さえあれば、この男はより強くなるだろう。


 だが、魔力の扱い方に掛けては、現状でカインの方が上だ。瞬間的な爆発力は未だ出せないが、ゆっくりと落ち着いてやれば、魔力を直接力に変えることは出来る。


 カインは体内に巡る魔力をひと所に集中して、受け止めたグレイシスの大剣を押し返した。


「なにっ!」


 自分よりも遥かに強い力で押し返され、グレイシスが驚きの声を上げた。


 片腕で押し返され、もう一方の手に握られた刀が振り抜かれる。


 グレイシスの肩に直撃した刀が鎧によって弾かれた。


 だが、その衝撃でグレイシスは体勢を崩す。


 出来た隙を突いて攻める事はせず、カインは一度エリシュナの元まで後退する。と同時にエリシュナが石化の魔眼を収めた。


「カイン、倒し切らなければ奴らは無限に回復してくるぞ」


「わかっている。だが、もうそろそろだ」


 カインがそう言った直後だった。


「いつでもいけるわ!」


 カインたちの飛び出して来た横穴から声が鳴った。


 その声を合図にカインは刀を収めエリシュナへと魔剣を渡す。


 困惑しながらも魔剣を受け取ったエリシュナを抱き上げると、カインは突然走り出した。


 突然の行動にエリシュナが声を上げる。


「な、な、何をしている!」


 僅かに頬を染めるエリシュナの様子など気にも留めず、カインは言った。


「もう一度、魔眼だ!」


 わけが分からなかったが、エリシュナはカインに抱き抱えられたまま、金色の瞳を輝かせた。


 カインを追い掛けようとしたグレイシスたちが、舌打ちをして足を止めた。


 そして、横穴に向かうカインたちと入れ違うように、身を潜めていたウルスナが広間に飛び出した。


「そんじゃあ、ちゃっちゃとやるわよ!」


 広間に降り立つとウルスナは間髪入れずに、魔術を発動させる。


 ウルスナの周囲に展開した術式。その術式が、出現すると同時に広間全体を覆うほど大きく広がった。


「馬鹿が! こんな場所でA級魔術を使うつもりか!」


 声を荒げるグレイシス。


 ウルスナの行動を阻止しようとダイモンドが突進を繰り出した。いや、繰り出そうとしたところで、眼前に投げ込まれていた『爆風』の魔晶石が爆発した。


 ダイモンドの行動を予測していたカインが、抱き上げているエリシュナに腰袋から魔晶石を取り出させて放らせたのだ。


「ぐおっ!」


 動きを止められたダイモンド。そうなると、ウルスナの魔術を止められる者は誰も居なかった。


 そうして発動した魔術。


 ウルスナが一人でもダンジョン攻略が出来るようにと編み出したオリジナル。


 A級魔術『浸水』


 大きく広がった術式から、大量の水が溢れ出し、濁流のように広がっていった。


 一瞬の間に広間を浸水させたそれは、横穴に辿りついているカインたちにも迫っていった。


 カインは腰袋から取り出した、シールド・ゴーレムの鉱石を盾にし、迫り来る水流に押し流されるように横穴を進んでいくのであった。




 穴という穴から水が流れて、ダンジョン内を浸水させていく。その中心部である広間では、未だ濁流のように水が溢れ出ているが、腰程の高さで落ち着いていた。


 徐々に水位を上げている状況だが、まだ呼吸が出来ない状況ではない。


「一旦引くぞ! バレンシア、あの魔術士を始末しておけ!」


 グレイシスたちが、騎士団を先導して動き出すと、腰まで水に浸かった状態でバレンシアが剣を構えていた。


「あんたもさっさと逃げたら?」


「聞いてなかったのか? 儂はお主を始末しろと命令されておる」


「それはちょっと、ごめんなんだけど?」


「こんな自滅するような魔術を使っておいて、何を言っておる。魔族を助ける為に、お主が犠牲になっては本末転倒であろう」


「犠牲になるような話に私が乗ると思うわけ?」


「では、この状況でどうする? さっさとその魔術を止めるのが懸命だと思うが?」


「あー、これは発動させると自分じゃ止められないやつなのよ。残念だったわね」


「残念なのは、お主の頭の方だと思うが」


耄碌もうろくしてるわね。そういうのは、一人でやって」


 そう言うと、ウルスナは準備していたもう一つの術式を展開させた。


 ウルスナの持つ奥の手『転移』。


 一人だけしか移動させる事は出来ないが、これは元々己の為にのみ使用する魔術である。


「それじゃあ、さようなら。死なないように気を付けて」


 そう言ってウルスナの姿は空間に引き込まれるように消えていった。


「ま、待て!」


 既に撤退した騎士団。


 勢いよく浸水する最奥の広間には、バレンシアだけが取り残されていた。

読んで頂きありがとう御座います。

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