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110 研ぎ澄ませた技

 バッカーとアンジェ。ゲンゴウとアルタイルの攻防を目にして、ヴィレイナの手にグッと力がこもった。


 Sクラスの冒険者と対峙している二人。鉄壁となり、みんなを守るアーマード。状況を確認し、適切なフォローを行うマリアン。


 対して自分は、この場では役に立っていない。


 カインの力になりたくて付いて来たというのに、争い事となると途端に出来ることがなくなってしまう。


 先日襲って来た転移者との戦いでもそうだ。


 己の力が足りず、役に立つことはできなかった。


 今度こそはと息巻いてみたが、目の前で繰り広げられる攻防を目の当たりにしてしまうと、己の力量が及ばないことを痛感してしまう。何も出来ない。足を引っ張ってしまうという事実が口惜しかった。


 悔しげに眉を顰めるヴィレイナの肩に、そっと手が添えられた。


 見ればヴィレイナの隣に立つトリティが、真っ直ぐな瞳を向けていた。


「ヴィレイナ様。人には役割というものがあります。一人でなにもかもを成せる者は少ない」


「……それは、理解しているつもりです」


 トリティの見透かしたような言葉に、ヴィレイナは歯切れ悪く返した。そんなヴィレイナの心情をも見抜いたのか、トリティは優しく微笑む。


「カイン殿はわかっていますよ。ヴィレイナ様に何が出来るのかを。あの方は、それがわかっているからこそ、この場にヴィレイナ様を残したのです」


「……私に、出来ること?」


「はい。ここは長丁場になります。前線で戦っている三名も、いずれは戦えなくなるかもしれません。けれど、ヴィレイナ様がいらっしゃれば、その者たちを癒すことが出来る。あなたのお力はポーションでは治せない怪我をも癒すことができます。あの三名も、それを理解しているからこそ、無茶な戦いが出来るのです。ですから、お力を抜いていざという時に備えてください。それがヴィレイナ様の役割です」


「……トリティ」


「私もまだ、役には立てていません。ですが、現状で私が役に立つような局面は来ない方が良いのです。私が危険に晒されるということは、前線が崩壊し、ヴィレイナ様やマリアン様にも危険が及ぶということです」


「……確かに、気ばかり急いて役割を忘れてはいけませんね。トリティの言う通りです。わかりました。ですが、せめて次へ繋がるように彼らの戦いを目に焼き付けておきます」


 ヴィレイナは手に持った弓を握り締めて前を向いた。


 素直に応じるヴィレイナを見て、トリティの胸は高鳴った。己が主人と定めた少女は、なんと気高いことか。


 彼女の瞳は明日を見ている。その瞳の奥に映る英雄の姿。その英雄の背をひたむきに追い掛けている。


 トリティは思う。


 彼は、カイン・マークレウスは、真に敬うべき英雄なのではないかと。


 エラー教もミリアム教も、マリアンを取り込む為にカインを英雄へと祭り上げていた。


 いわば利用しようとしているのである。


 だが、その考えは間違っているのではないのだろうか。


 何故なら、ヴィレイナがこんなにも強く瞳を輝かせているのは、間違いなく彼の影響を受けているからだ。それがハッキリとわかる。


 そして、この無茶苦茶な戦いに、誰一人欠けることなく付いて来た仲間たち。


 真の英雄としての資質、その片鱗をトリティはカインに感じていたのだった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ゲンゴウの力強い一撃をアルタイルが受け流した。


 受け流したとはいえ、アルタイルの両腕がビリビリと痺れる。


 重い。


 幾度となく切り結ぶ度にアルタイルの腕は重くなり、剣を握る腕に痺れが走っていった。


 このまま打ち合いを続けるのは流石に分が悪い。


 長い攻防の中、そう判断したアルタイルは、ゲンゴウから一度距離をとる。


 互いに息が荒くなって来た為か、随分あっさりと引かせてくれる。


 あまり踏み込み過ぎても、後ろに控えている騎士たちの間合いに入り込むことになる。それもあってかゲンゴウは無理にアルタイルを追うことはせず、呼吸を整えて刀を構え直した。


 東国の武人は強いと耳にしたことがあった。しかし、アルタイルはこれほどとは想像もしていなかった。


 先の戦闘で完敗した女剣士といい、目の前に立つ大柄な剣士といい。


 鋭い剣戟。流れるような太刀筋。無駄のない動き。剣士として必要な技術を全て兼ね備えている。


 初めて立ち合う二人の武人は、強く、そして上手いと感じさせる実力を有していた。


 アルタイルは深く息を吐いて、心と呼吸を落ち着かせる。


 近距離での打ち合いでは、ゲンゴウに軍配が上がる。


 ならば、技を以って制する他ない。


 そう判断したアルタイルが剣を構え、ゲンゴウとの距離を保ったまま大きく振り抜いた。


 その場で振り抜かれた剣が風圧を纏う。


 ゲンゴウが初手で見せた飛ぶ斬撃。アルタイルはその技を放ったのだ。


 それをゲンゴウは半歩身を引いて躱す。


 幾度も繰り出される飛ぶ斬撃を、ゲンゴウは最小限の動きで躱し続けた。


 すると後ろから騒がしい声がした。


「ゲ、ゲンゴウさん! 躱さないで、いただきたい!」


 リンドーが情け無い声を上げた。


「アーマードが防いでいるのだ。問題あるまい」


「ありますぞ! マリアンたんに攻撃が向くことなど、あってはならないのです! もしもの事があったらどうなさるおつもりですか!」


「チッ、うるさい男だな。だったらお前が体を張れば良かろう」


「言われなくてもそのつもりです! しかし、攻撃の数は少ない方がいいに決まっております!」


 面倒くさい。


 ゲンゴウはそう思った。


 だがしかし、相手が天眼とわかっていながら、飛ぶ斬撃を見せたのは自分だ。多少なりとも非が無いとは言えないだろう。


 ゲンゴウは仕方なく、浮かせた踵を地につけ重心を落として構えた。


 アルタイルが再びゲンゴウの技を放つ。


 それに対して、ゲンゴウも同じ技で斬り返した。


 【魂飛魄斬こんひはくざん


 二人が放った魔力を込めた飛ぶ斬撃がぶつかり合う。


 同等の力を有しているのか、その斬撃は互いの威力を相殺し霧散した。


 アルタイルは二度目、三度目と飛ぶ斬撃を放つ。


 そのことごとくを、ゲンゴウは同じ技で打ち払った。


 しかし、四度目。


 アルタイルの斬撃にゲンゴウの斬撃が打ち負け、相殺し切れなかった余波がゲンゴウに向かっていった。


 危なげなくそれをも躱すゲンゴウであったが……。


「……何故、僕が天眼と呼ばれるかわかりますか?」


「ふん。相手の技を真似るのが得意だからだろう」


「確かにその通りです。ですが、真似る為には深く理解しなくてはいけません」


 相手の体の運び、力の入れ具合、魔力の流れ。術式の形。


 アルタイルの言う通り、技を真似るには、これらの情報を理解する必要がある。


 その本質を見極め自身の中で消化出来なければ、相手と同じ動きなど出来るわけもない。


 つまり、アルタイルにはそれらを見極める為の目があるということだ。そして、理解した技術を即座にやってのけるほどの身体能力と感の良さがある。


 そして何より、技の本質を理解出来たということは、その欠点も理解できるということである。そこに独自の強化を加えれば、その技は一歩先へと昇華される。


 ゲンゴウの斬撃が打ち負けたのは、魔力量の差や力の込め具合が劣っていたからではない。


 相手の技の方が、そもそもの威力が高かったからだ。


「自信があるようだがな、天眼。俺の国では全てを見通す瞳のことを天眼と呼ぶ。技を真似る程度の事で得意げになられても困るぞ」


「元々は東国の言葉である事は僕も知っていますよ。あらゆる物事を知覚出来る能力だそうですね。確かに、お伽話と比較されては僕の持つ力は些末なものでしょう。しかし、相手の一歩先を常に歩けるこの力。容易く破る事が出来るでしょうか?」


「ふん。ミズシゲに遊ばれていた男が何を言う。技はあくまでも技。地力のあるなしには関係ない」


「……では、試されてみますか」


 そう言ってアルタイルは剣を上段に構えた。


 そこから放たれるゲンゴウの技【魂飛魄斬こんひはくざん】。より鋭さを増したそれは、ゲンゴウへと勢いよく迫った。


 その一撃に対してゲンゴウは躱す素振りを見せずに、グッと腰を沈ませる。


 【強理剛剣きょうりごうけん


 単純に膂力を増す為、筋力を高める技である。呼吸一つで行うその技は、魔力を用いるものではない。よってステータスではなく、直接的な筋力に影響を及ぼす。


 体格の良いゲンゴウがその技を使えば、必然、その効果はミズシゲが使用した時よりも高くなる。


 眼前に迫る剣風を、ゲンゴウは構えた長刀を豪快に振って蹴散らした。


 刀を振り抜いた勢いで、ゲンゴウはアルタイルへと接近する。


 その動きは速く、捉えどころがない。


 ミズシゲも使用していた技。


曲水流転きょくすいるてん


 前後左右あらゆる行動が読み難いその技は、筋肉を弛緩させ、独特の歩法に気配を混ぜることで行われる。


 体を前に倒しては下がり、右に動くと思わせては左にいく。


 戦いに慣れた者が当たり前のように行なっている、相手の筋肉の動きや気配を読み取る技術を逆手に取り、判断を誤らせる技である。


強理剛剣きょうりごうけん】と【曲水流転きょくすいるてん】。


 剛の技と柔の技。


 ゲンゴウたちの家系では、この二つを習得して初めて剣士を名乗ることを許される。


 いわば基本。


 だが、この二つの技を習得することは容易ではない。この技を覚えられずに、剣の道を諦めた者も多くいるのだ。


 故に、ゲンゴウたちは強い。


 そして、アルタイルはその技を見て、険しい表情を浮かべた。


 ミズシゲとの戦闘で見たその技の性質は理解している。原理も把握した。


 だが、咄嗟に使おうと思っても同じ動きは出来なかった。理解した動きに体が追い付かない。


 弛まぬ鍛錬の上に積み上げられた、芸術的なその技を、何もない状態から真似ることなど出来る筈もなかったのだ。


 馬鹿な!


 アルタイルは思った。


 ギフトの類でもなければ、真似られない技などなかった。だからこそ、己は天眼などと称されてきたのだ。


 これは技か? いや、技にまで昇華された技術の結晶だ。


 ギフトも、魔力も、術式も必要としない。ただ肉体を研ぎ澄ませただけの技術。一つ一つの小さな動きを狂いなく組み上げた芸術だ。


 見ただけでは。知っただけでは真似できない高みにある。


 ゲンゴウの力強い一撃が繰り出される。それを受け反撃を繰り出そうとすると、その動きが捉えられなくなった。


 防戦一方になるアルタイル。


 ゲンゴウの苛烈な攻めを受け続け、アルタイルの額には次第に汗が滲んでいった。



 その時だった。


 突然、雷鳴のような轟音がダンジョン内に響き渡り、地面を大きく揺らした。


「ぬ!」


「なにごとですか!」


 ゲンゴウたちはもちろん、アンジェやバッカーも拳を収め地に手を付いて周囲を警戒した。


 揺れが収まり暫くすると、アルタイルたちの後方に控えている騎士たちから騒めきが起きた。


 そして、その騒めきは息を飲む音と共に次第と静まっていった。


 コツリ、コツリと音を響かせて、何者かが五階層から降りてくる気配がする。


 その何者かが歩く度に騎士たちから悲鳴のような声が上がり、道を開けるように後退していく。


 騎士たちが岩壁に張り付くように下がると、割れたその道を悠然と歩く者がいた。


 脈打つような尾の生えた赤黒い鎧。


 口元だけを覗かせて、目元まで漆黒のバイザーが覆っている。


 なにやら手に持った黒い物体から、ピチャピチャと赤い液体が地に滴った。


 その禍々しい装いに、その場にいた誰もが息を飲んだ。


「あら、邪魔をしてしまったわね。私の事は気にしなくていいから、続けて頂戴」


 赤黒い鎧を纏った女―――ファライヤは普段の調子でそんな事を言った。


「……よ、よっしゃ! 続きをやるぜ、アンジェ!」


 バッカーが僅かに腰が引けた状態でそんなことを言う。


「あんたは黙ってな。こっちはそれどころじゃないっての」


 アンジェが額に汗を滲ませてファライヤを睨みつけた。


「本当に気にしなくていいのよ。地上で邪魔者を殴り付けたら、丁度よくここまで来てしまっただけなのよ。ああ、折角だからこれをあげるわ」


 ファライヤはそう言って、手に持った何かをアンジェに向かって放った。


 それを受け取ったアンジェの顔が歪む。


「うっ!」


「バン・ドルイドの幹部の首よ。冒険者ギルドへ持っていけば、報奨金が出るのではないかしらね」


 そう言ってアンジェに背を向けたファライヤを見て、騎士たちの中から一人の男が声を上げた。


「今だ! Sクラス、そいつをやれ!」


 その声を聞いて、ファライヤがゆっくりと男に顔を向ける。表情は口元しかわからない。しかし、ニマニマと笑みを浮かべる様を見て、男はひっ、と声を上げて押し黙った。


「マリアン。カインたちは下かしら?」


 直ぐに興味を無くしたファライヤがマリアンへと向き直り言った。


 マリアンはアーマードの後ろから、ひょっこり顔を出すと何故かモジモジする。


「うん、そうだけど」


 普段より歯切れの悪い様子のマリアンに、ファライヤは首を傾げる。


「どうしたのかしら?」


「うーん。ファライヤさ。その格好……」


 ファライヤは言われて、自身の鎧に目をやる。赤黒く脈打つ様子は確かに恐ろしい姿形をしている。


 怯えさせてしまっただろうか?


 そんなファライヤの思考を裏切るように、マリアンは言葉を続けた。


「めちゃんこカッコいいね!」


 ファライヤが驚いた様子を見せると、直ぐにその口元を緩めた。


「ふふ、そう? ありがとう」


 和やかな雰囲気を醸し出す二人とは違い、周囲は威圧的なファライヤの姿に飲まれて、重い空気を纏ったまま沈黙するのであった。

読んで頂きありがとう御座います。


遅くなりました。土日は連投する予定です。

たぶん夕方になると思われます。朝上げれたらいいなぁ(願望)

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