表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/174

011 挟撃と衝撃

 ボルドの街を出てから二日目のことだった。


 追っ手があることも警戒して獣道に近い山道を選択したカインだったが、道が開けた先でわずかな気配を感じた。


「待て」


 へばり気味のマリアンに静止を促し、カインは周囲を警戒した。


 しんと静まり返った森の中では、木々の騒めきと虫の羽音が鳴っている。


 時折聞こえてくる獣の鳴く声。その声に合わせるように、風を切り裂く音が微かに聞こえた。


 カインは腰にいたレイピアを素早く抜き放ち、風切り音に向かって一閃する。


 すると。レイピアに弾かれ、軌道を変えた矢が地面に突き立った。


「ひょう! 見たか今の? 達人みてぇだな」


 卑し気な笑い声を立てて、木の陰からぞろぞろと武装した山賊が現れた。


 人数は八人。いや、奥から矢を向けて狙いをすましている男が一人いるので九人だ。


 これは少しおかしい。確かに山道の開けたこの場所は、待ち伏せするには適している。しかし、馬車も通れない獣道にこれだけの人数を配置するのは効率的とは言えない。普段からこのような采配で獲物を狙っているのなら、この連中はとっくに干上がってしまいそうなものだ。だが、男たちの血色は比較的良い。いや、よく見れば山賊にしては小奇麗過ぎるし、装備の質も高い。


 カインは警戒の色を強め、更に注意深く周囲を警戒した。


 突然、カインの背後から草木を掻き分けて三人の男女が現れた。


 口元を隠すように厚手の布で首元を覆った黒ずくめの男。一目で魔術士だと分かる衣装に木製の杖を握りしめた桃色の髪の女。そして、ミスリル製のプレートを着込み、ギラリと光る剣を手にした厳めしい面構えの男だ。


「よう。元気だったか?」


 ミスリル製の鎧を着込んだ男が口元をニヤリと歪めて言った。


「……ローレン」


 カインがローレンと呼んだ男。この男がクラン、デバイスレインのリーダーである。両手に短剣を持つ黒ずくめの男はジェド。桃色の髪の魔術師はミーアだ。


 この三人はデバイスレインの中でもの指折りの実力者である。カインと同じくBクラスの冒険者ではあるが、リーダーであるローレンの実力は、Aクラスの冒険者とも肩を並べるほどだと噂されている。


「おかしいな。なぜお前たちがここにいる。追ってくるにしても早すぎないか?」


「待機組の方に情報が入ったのさ。カインという冒険者を調べている者がいるってな。もともとコルネリア領の三大都市は抑えてある。ボルドに俺たちが到着していたのは偶々(たまたま)だったがな!」


「なるほど。それで教会の犬になって俺を追ってきたと」


「ハッ。馬鹿を言うな。金額と条件に折り合いが付いたから動いただけだ」


「そんなに簡単に教会の回し者だとバラして大丈夫か?」


「心配するなよ。どの道お前はここで終わりだ」


「お前な。俺がギフト持ちだと分かっていってるのか?」


「ああ。わかってるぜ。お前がミリアムから授かったギフトが、そこの女だってこともな!」


 ローレンがフードを目深かに被ったままのマリアンを指さした。


「…………」


「お前は確かにやっかいなやつだよ。だがな、この人数を相手になにができるっていうんだ」


 山賊と思われた男たちが武器を構える。これは厄介だ。


 山賊かと思われた男たちはおそらく、教会側が雇った冒険者たちなのだろう。目的は当然マリアンの身柄。そして、ローレンの口振りからもわかる通り、教会側は所有権を有しているというカインの存在が邪魔なはずだ。


 城門で普段は行われていない検閲があったことをカインは思い出した。


 あれは恐らく教会側の指示の下で行われていたのだろう。


 二日前に会話をしたエルマという神官。あの男は執拗にマリアンを抱え込もうとしていたが、神の契約と聞いてから意外にもあっさりと引き下がった。そして、その翌日に行動を起こすこともなく静観していた。


 エルマはあの時、既にカインを排除することを決めていたのだろう。そして、神の契約というヒントを元に天秤の塔についての情報をかき集め、攻略者がカインであることを突き止めた。


 同時に、マリアンが神の恩恵であることに確信を得た筈である。


 あとは自前の兵隊を用意し、二人が街を出るのを見計らって兵隊を差し向けた。


 それが、現在の状況へと繋がっているのだろう。


 カインはローレンの言動から、そう推察した。


 しかし、それにしても不可解なことが一つある。


 それは、カインたちの位置を正確に知り得た方法である。


 カインはわざわざ街道を嫌って、歩きにくい山道を選択したのである。


 正式な道もなく、獣道のような細い道を通りここまでやって来た。それまでの間、まるで気配を感じさせずに後ろをピッタリと付いてくることが、果たして可能なのだろうか。


 ましてや山道の開けたこの場所で、当たり前のように挟み撃ちにする為には、相手の動きを正確に把握していなくてはならない。


 であるならば把握されていたと考えるのが正しい。カインはそう結論付ける。


 『追跡』の魔術であれば、それも可能である。


 マリアンは、教会からの贈り物をいくつか受け取っている。何を持ってきているかまではカインも把握していないが、道具屋から貰った小型収納棚には、エラー教の神官服が確実に入ってる筈だ。


 刺繍に術式を編みこんであれば、それ自体が『追跡』対象となるはずである。


 教会はマリアンを逃さない為、カインがボルドに到着するよりも前から色々と小細工をしていたようだ。


 なんにせよ、教会は確実にマリアンを必要としている。


 つまり、現状で最も危険なのはカインだ。強い抵抗をしなければ、マリアンを傷つけるような真似はしないだろう。マリアンを置いて、カイン一人で一時的に撤退するのが最善である。この状況でうまく逃げおおせることが出来ればの話だが。


 カインは思考を巡らせて打開策を探る。


 額に滲んだ汗が頬を伝った。


「やれ!」


 ローレンの掛け声で男たちが一斉に動き出した。


 カインは咄嗟に『土壁』の魔晶石を手に掴むと、胸元にマリアンを引き寄せていた。


 結局。カインはこの粗暴な連中の中に、マリアンを取り残し離脱するという選択が出来なかった。最善と言い難い行動。それを理解しているが故に、カインが苦い顔になる。


 だが、カインとは対照的に、フードを深く被ったままのマリアンの口元は薄い笑みがこぼれていた。そして――。


「アーマード」


 怒号の中、静かな声音が発せられる。


 不思議と響き渡るその声は、ここにいる筈のない人物の名を呼んでいた。


 ざわりと音を立てて茂みの一つが動き出し、大きく大地を揺らした。


 全員の動きが止まり、視線が一か所に集まる。


 そして、そこにはうごめく茂みが―――いや、全身甲冑で覆われた人物が体中から枝葉を生やしたまま、ムクリと起き上がった。


 熊のように大きく、地にめり込んだつちを軽々と担ぎ上げ獣のような殺気を放つ男。


 不落の要塞、アーマード。


 冗談のような登場の仕方。何故そんなところにいたのだとか。どうやって後を付いて来たのだとかそんな野暮な常識はこの男には通用しないのだろう。


 そして、全身に枝葉を付け、朽ち果てたゴーレムのような恰好を恥ずかしげもなくさらすその姿は、要塞の名に恥じぬほど鉄壁の精神力を宿していた。


 土埃で汚れた獅子を模した兜がなんとも言えない哀愁あいしゅうを漂わせ、まるで泣いているかのようであったなどということは決してない。


「ファライヤ」


 マリアンが続いて発したその名に、カインの心臓がドキリと鳴った。


 突然、ドサリと音を立て三人の男が昏倒した。


 再び全員の視線が集まった先には、袖の無い和装に身を包み、妖艶な笑みを浮かべる女の姿。


 首切りの悪魔、ファライヤ。


 カインとアーマードによって倒され、絶命したはずの姿がそこにはあった。


 切断された筈の左手は何事もなく繋がっており、潰された筈の上半身には傷一つ見当たらない。


「二人とも殺しちゃだめよ」


 カインがわけもわからず混乱している中、マリアンが二人に指示を飛ばす。


「「承知!」」


 マリアン合図によって動き出した二人。その実力は圧倒的だった。九人いたはずの男たちが、わけもわからない内に昏倒させられていき、気が付けばその場に立っているのは、デバイスレインの三人だけとなっていた。


 男たちはローレンたちにはやや劣るものの、Bクラスの冒険者というそれなりの実力を有していた筈だった。そんな男たちが成す術もなく倒される状況を、ローレンは唖然とした表情で見ていた。


「な、なんだその連中は! まさか、そっちの男は不落の要塞……なぜだ、カイン。なぜそんな奴等が行動を共にしている」


「……いや、俺も知らん」


「ふざけるな! 知らないわけがないだろう! そうかギフトだな。ギフトを餌にそいつらを抱き込んだのか! お前ら俺たちに付かないか? そこの男になんと言われたか知らないが、その男はギフトすら持ってないただの冒険者だ。俺たちに付けばそんな男と一緒にいるより安全に大金が稼げる。どうだ、条件としては悪くないだろう」


 長々と小者の様な台詞を垂れるローレンだったが、突然その口元が笑う。


「ミーア!」


「了解! 『解放』」


 ローレンの陰に隠れるように立っていたミーアが身体強化の魔術を口にした。


 全ての能力を上昇させる『解放』の魔術。火、水、風、土の各属性を織り交ぜる複雑な術式を必要とするが、ミーアはローレンの陰に隠れるようにして、カイン達に気付かれることなく魔方陣を完成させた。


 ミーアの魔術を悟らせない為に、男たちが昏倒されていく様を茫然と眺めたローレンは、更に無駄口を叩くことで魔術を編む時間を稼いだのだ。


 四色に輝く光がローレンとジェドを包み込み、二人の身体能力を飛躍的に上昇させる。


「ジェド!」


 叫ばれた時、既にジェドは行動を開始していた。『炸裂』の魔晶石を懐から取り出し、ファライヤへと投げつけ、一直線にマリアンへと向かって駆けた。


 ミーアが魔術を発動させたと同時に動き出したファライヤであったが、投げ付けられた魔晶石が、弾けるような小爆発を起こし、その足を止められてしまう。


 だが、マリアンとジェドの間にカインが割って入る。


 レイピアで刺突を繰り出し、ジェドの動きを封じようとするが、短剣によってその攻撃をさばかれてしまう。


「とっておきだ」


 そう言ってローレンが鈍色にびいろの石をアーマードとファライヤの間へと投げつけた。


 鈍色の石がカッと光を放つ。そして、その光が一つの形を創り出す。


 光の中から現れたのは、カマキリの姿をした大型の魔物だった。


 ブレイド・マンティス。


 昆虫型の魔物であり、その甲殻はミスリルよりも堅い。両腕の鎌の部分が磨き上げた剣のように輝き、鋭い切れ味を持つ危険な魔物で討伐難易度はBランクとされている。


 ローレンの投げ込んだ鈍色の石は、召喚石だ。


 倒した魔物の情報を取り込み、魔術によってその姿を創り出す魔石である。魔術によって生み出されているとはいえ、召喚石を媒体にして実体を創り出している。


 自身で倒した魔物でなくては登録できず非常に高価ではあるが、使用者の意のままに魔物を操ることが出来る優れモノだ。


 ブレイド・マンティスは現れたと同時に両腕を振り上げアーマードへと襲い掛かった。その攻撃をアーマードは槌と自慢の鎧で受け止める。


 その横合いからファライヤの短剣が閃く。


 しかし、ギン。という硬質な音が響き、その一薙ぎはブレイド・マンティスの甲殻に弾かれた。


「堅いわね」


 そんな呟きを漏らし欠けた短剣を見つめるファライヤに、ブレイド・マンティスは容赦なく鋭い一撃を振るった。


 だが、ファライヤはブレイド・マンティスの放つ一撃には目も向けず、ゆらゆらと余裕をもって躱す。


 ブレイド・マンティスがアーマードとファライヤを抑えている間、ローレンはカインに向かって攻撃を仕掛けた。


 二人の足止めをしている間に、ジェドと二人掛かりでカインを倒すことを優先したのだ。


 ローレンの鋭い剣戟けんげきがカインを襲う。


 カインはギリギリで躱すが、追従するように攻撃へ転じてきたジェドの一撃を躱しきれず頬に赤い痕を残す。


 ローレンとジェドが猛攻を仕掛ける。


 体勢を崩したカインは捌き切れないと判断し、手に握っていた『土壁』の魔晶石を地に投げつけた。


 地面からせり上がるように土の壁が出現し、ローレンたちの攻撃を遮断した。だが、間髪入れずにミーアによって放たれた『水球』の魔術が、あっさりとせり上がった土の壁を破壊する。崩された土の壁を突き破るようにローレンが斬撃を繰り出してくる。


 しかし、その一間があれば十分だった。


 カインの瞳に闘志が宿る。


 魔術によって肉体を強化されたローレンの一撃は強烈だった。速度、威力共に細身のレイピアで受けきるには難しい。


 だが、そんな攻撃をカインはシャリシャリと音を響かせながら、レイピアで受け流したのだ。


 追従するジェド。彼もまた魔術によって強化され、両腕の短剣を烈火のごとく振るった。


 しかしその攻撃もまた、カインのレイピアによってあしらわれるように受け流されたのだった。


 『イセリア流剣術二之型・流』


 自称最強とうたうカインの師、イセリアによって独自に編み出された剣術である。


 レイピアという細身の剣の周囲に風の魔術を螺旋らせんの様にわせ、受けた剣戟を外側に流す技だ。


 繊細な魔力操作と事前に術式を編む必要がある為、非常に高度な技術を必要とする技なのだが、カインにそんな達人のような真似はできない。


 才能の無かったカインでは、イセリアのような剣の高みには到底辿り付けなかったのだ。


 しかし、それならば剣に機能を付けてしまえば良いとイセリアは言った。使えないのならば使えるように細工をすればいいのだと、イセリアの発想はなんともいい加減なものであった。


 だが、イセリアはそんな自分の発想をそのまま再現してしまった。


 カインの持つレイピアに魔晶石を取り付け、柄から魔力を注ぐだけで達人と同等の剣技が扱えてしまう特製レイピア。そんなアーティファクトにも匹敵する武器をいとも容易く創り出してしまったのだ。


 故に、このレイピアを使用している時だけは、カインでもその技が使用できる。


 そして、魔物との戦闘を想定していたカインは天秤の塔を攻略する際、レイピアを大剣に変えその技を意図的に封じていた。


 迷宮でのカインしか知らないローレン達は、カインがこれほどの剣技を扱うことを想像していなかった。


 身体強化を施され、速度も力も増した手練れ二人を相手に、カインはその全ての攻撃を受け流したのだ。


 その攻防に焦れたジェドの攻撃が大振りのモノへと変わった。


 カインはその攻撃を見逃さない。


 今までよりも僅かに遅いタイミングで攻撃を受け、ジェドの体勢を崩す。


 そして、ローレンの一撃を受け流したあと、攻撃に転じて刺突を繰り出した。たまらず剣で受けたローレンを一歩後退させたあと、腰袋から取り出した短刀をジェドに向かってすくいあげるように放る。


 ジェドは目を見開いて驚き、慌てて投げられた短刀を身をよじって躱した。


 ローレンとジェドが体制を立て直し、再びカインへ攻撃を仕掛けようとした時、メキメキという音が響き、ドンと倒れる音が地面を揺らした。


 みれば、ブレイド・マンティスが両腕を切断され、頭部を粉砕された状態で地に伏したところだった。


 ズシリと大地を踏みしめ、巨大な槌を担ぐように立つアーマード。その隣には恍惚とした表情で口元を歪ませるファライヤが、暗い光を放つ短刀を握りしめて立っていた。


 カインの投げた短刀はジェドを狙ったものではなかった。


 硬質なブレイド・マンティスの甲殻を断ち切らせる為、ファライヤに向かって放ったのだ。


 短刀を手にしたファライヤは、ブレイド・マンティスの両腕を容易く切断し、防戦を強いられていたアーマードが攻撃に移ることができ、その頭部を一撃のもとに粉砕したのだ。


 ローレン達に焦りの色が浮かび上がる。


 身体強化を施した二人の猛攻を受け流したカインでさえ、手を焼く相手だというのに。クラン一丸となってようやく討伐することに成功したブレイド・マンティスを、容易く倒してしまう二人を同時に相手にすることなど不可能だった。


 目の前にはレイピアを構えたカイン。そして、後ろから焦らすように近づいてくる二匹の鬼。


 ローレンの額から冷たい汗が流れ落ちた。

読んで頂き、ありがとう御座います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ