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109 張り合う意地と意地

 ―――ガッ!


 拳と拳が打ち合う音がダンジョン内に響き渡った。


 互いの持つ力を存分にぶつけ合っているのは、バッカーとアンジェ。


 一歩も引かぬ攻防がどれほどの間、続いているのだろうか。


 ゼイゼイと息を切らし、それでも二人は攻撃の手を緩めない。


 引いたら負け。下がったら負けだという暗黙のルールが二人の中では出来上がっており、意地を張り合うように拳を振り続ける。


 バッカーの拳がアンジェの頰に打ち込まれ、それと同時にバッカーの腹にもアンジェの拳が打ち込まれる。


 互いに仰け反り、歯を食いしばって地面を踏みしめて堪える。


 状況は互角。


 いや、もともとのステータス量が高い分、アンジェの方が優勢だと言えるだろう。加えて経験の差が出始めている。


 踏み込みが僅かではあるがアンジェの方が深い。


 その分、アンジェの方が己の力を拳にのせる事が出来ているのだ。


 アンジェが体勢を立て直し、拳を振り抜く。


 負けじとバッカーも気合で上体を戻して、その拳に合わせた。


 再度、ガツンという拳同士がぶつかる音が響く。


 未だ互角。


 そう思われたが、今の一撃でバッカーの腕がビキリと悲鳴を上げて血を滴らせた。


 極限までかかった負荷に、腕の皮膚と血管が破れたのだ。


 苦悶の表情を浮かべるバッカーに対して、好機と見たアンジェは追撃を放つ。


 拳と蹴り技を縦横無尽に放たれ、バッカーは腕を交差させてその攻撃を受けるしかなかった。


 アンジェの強烈な蹴りが、バッカーの両腕を弾き上げる。万歳をするように無防備となったバッカーに向かって、アンジェは容赦ない一撃を放とうとした。


 その時。バッカーの後方から、アンジェに向かって何かが飛来した。


 アンジェは拳を振って容易くそれを打ち払い、勢いのままバッカーへと向かおうとする。しかし、打ち払った瞬間、飛来した何かが脆くも弾けた。


 弾けた瞬間、煙幕のようなものが周囲に広がり視界を覆う。


「ぐっ、げほっ! げほっ! なんだこれは! ……胡椒か!」


 涙目になって咳き込むアンジェ。


 バッカーの後方では、スリングショットを手にしたマリアンが得意げな顔をしていた。


 マリアンに作り出された致命的な隙。


 傷付いたとはいえ、バッカーが全力の一撃を出し切れば、アンジェとの勝敗は決まる。


 それほどの隙ではあったが、何故かバッカーは動かなかった。


 煙幕が晴れ、アンジェが顔を拭って前を見ると、腕を組んで仁王立ちするバッカーの姿があった。


「マリアンちゃん、すまねえ。手を貸してもらっちまったら、俺様の負けになっちまう」


「えー。個人の勝敗にこだわって良い状況じゃないとおもうけど」


「その通りだが、俺様はカインにSクラスを一人受け持てと言われたんだ! 俺様がこの女に勝てば何も問題はないはずだぜ!」


「普通に負けそうだったけど?」


「ぐっ、そ、そんなことは無いんだぜ!」


 バッカーとマリアンの掛け合いを尻目に、アンジェは腰袋から取り出したポーションを自然な動作で口に運ぼうとした。


 だが、


「なんだ? アイテムに頼んのか? はは、好きに使うと良いぜ!」


 そう言って拳を構えてたバッカーに対して、アンジェの手が止まった。


 額にビキリと青筋を立てたアンジェは、手に持ったポーションの瓶へ口をつける前に握り潰したのだ。


「こんなもんに頼らなくても、あんたなんかに負けるわけがないっ! 私を誰だと思ってる!」


「いや、知らねーけど」


「馬鹿が! 拳一つで都市を壊滅させる事が出来る私のことを知らないとはね!」


 (いや、それって普通に犯罪だとおもうけど)


「なにっ! やったのか!?」


「その予定なのさ!」


 (えー。やってないの?)


「はっ! それなら俺様はいずれ、拳一つで国を滅ぼす男だぜ!」


「出来もしないことを! あんたにそれが出来るなら私は大陸を滅ぼせるね!」


「だったら、俺様は……マリアンちゃん! 大陸よりでかい物はなんだ!?」


「えー。世界とか?」


「それだぜ! 俺様は世界を滅ぼすんだぜ!」


 (それって、神とか魔王とかじゃなきゃ、できないとおもうけど)


 アンジェがバッカーの言葉に、グググッと言葉を詰まらせ悔しそうな顔をした。


 それに対して、バッカーは勝ち誇ったように腕を組んだ。


 (うーん。なんかこの二人、波長が似てるかも)


 二人のやり取りに内心でツッコミを入れつつ、マリアンはまあいっかと周囲を見渡した。


 アルタイルとゲンゴウの方は問題無い。後方に下がっている騎士たちも何かをしそうな気配は無い。


 であれば、足止めという目的はしっかりと果たされている。何れはカインたちが戻って来て、なんとかするだろう。


 そう思い、マリアンはこの場の均衡を保つことだけを考えていた。


 だが、そんなマリアンの考えを裏切るように、バッカーは無防備にアンジェへ近付くと言った。


「取り敢えず、さっきのは無しだ! 一発好きに打たせてやるから、そこから再開と行こうぜ!」


「はあ? あんた馬鹿なの? そんなことしたら、一発で勝負が決まるんだけど?」


「出来るなら、やって欲しいもんだぜ! ま、決まらねえと思うけどなっ!」


「……上等。後悔しても知らないよ」


 青筋を浮かべたアンジェの周囲に魔力が集まった。


 既に魔力を目視出来るバッカーにも、それはわかる。


 全力。


 そう、恐ろしく強烈な一撃が来る。


 だが、それを受け切ってこそ完全な勝利である。


 バッカーはそう考える。


 別にマリアンの指摘やカインの指示を忘れたわけではない。自分の成すべきことも理解している。


 その上で、バッカーは自分が納得できる形で、勝利すべきだと思っているのだ。


 幼少の頃に見た、一人の男の背中。


 広く大きなその背が、バッカーに強い憧れを抱かせた。


 武器を持たずに巨大な竜種へ挑んだその男は、カッコ良かった。


 何度も吹き飛ばされ、血反吐を撒き散らしながら戦った男の姿に熱いものを感じた。


 最後まで諦めず、己を貫き通すその姿を漢だと思った。


 その漢に対する憧れが、今のバッカーをつくり上げている。


 強く、正しく、真っ直ぐと突き立てられた信念と心。


 決して折れず、曲がらない気持ちは誰にも負けられない。


 だから、正々堂々真っ直ぐと相手に対峙する。その上で、その相手を打ち負かす。これこそが真の漢の姿だとバッカーは思うから。


 バッカーが腰を落として受けの姿勢を作った。


 それを馬鹿正直に待ったアンジェは、互いに準備が整ったことを確認すると動き出した。


 アンジェが踏み込み、風を纏う拳が唸りを上げる。


 バッカーの腹部に向けられた強烈な一撃。


 その一撃をバッカーは腹に力を入れ、気合いで受け切った。


 強烈な旋風が周囲に巻き起こり、後方に控えるマリアンたちへそれが届かないようにと、アーマードが槌を振って受ける。


 そして、その一撃を受けた当のバッカーは、微動だにせずその場に立っていた。


 アンジェが驚きに目を剥く。


「……ぜん―――ぜんっ! 効かねえぜ!」


 口元から血を吐き出しながら、バッカーは叫んだ。


「確かに強え! だがな、あんたの攻撃は、あねさんの五分の一にも満たねえぜ!」


 誰だ、そいつは!


 そう思いながら、アンジェは一歩下がった。


 バッカーは口元の血を拭うと、何事もなかったかのように構える。


 アンジェの眉間に皺が寄った。


 実のところ、アンジェには魔力の流れが見えている。


 魔法の領域に達する彼女は、魔力を自身の強化に当てることも、その流れを目視することも出来るのだ。


 その彼女が今、目の当たりにした出来事。


 それは、バッカーが自分と同じ魔力操作を行ったということだった。


 先ほどまでは、芸術的なほど考え抜かれた身体強化の魔術を駆使していたこの男が、アンジェの一撃を受ける瞬間だけ魔術ではなく魔力そのものを防御として扱ったのだ。


 気合いや気持ちだけで突然出来る事ではない。


 魔力そのものを体内で動かすことは、訓練も無しに突然出来る事ではないのだ。


 その技術をこの男は咄嗟に使った。


 そして、構えを見せる今は出来ていない。


 ―――天才。


 特殊な身体強化を用いていることもあるのだろう。しかし、実践でその技術を開花させるなど、並の男に出来る事ではない。


 面白い。この連中は面白いやつが多い。


 アンジェの口元から笑みが零れた。


「アンジェだ! あんたの名を聞いておこう」


「俺様はバッカーだ!」


「馬鹿? あんたにお似合いの名前だね」


「違う! バッカーだ! 人の名前を間違えるとか頭悪いのか?」


「皮肉で言ってんだよ! 一々腹の立つやつだね」


 そう言って二人は動き出し、再び意地の張り合いが再開した。

読んで頂きありがとう御座います。


いい加減二章が長いので、簡潔に纏めていこうと思ったけど出来ませんでしたー。

自分に話を短く纏める才能はないらしい。

……二章は諦めて全部書きます。三章こそは短く纏めてみせる!

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