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107 悪魔の笑み

 全身から魔力をほとばしらせながら、エドはファライヤに向かって突進した。


 怒り任せの無謀な突進ではない。


 今のエドには全てが見えているのだ。


 エドの視界に映るもの。それは、『鑑定』を用いて見る、ステータスやスキルだけではない。ファライヤの肉体に隅々まで行き渡る、魔力の流れが手に取るように見えていた。


 『鑑定』の派生スキル『看破』。それは、神秘の原理すらも読み取る事が出来る。


 ボスから知らされた方法は魔法の原理と、魔力を纏いステータスを上昇させるといった技術だった。


 その方法により、エドは己が持つ膨大な魔力を操作し、自身の周りに闘気として纏うすべを習得した。


 その過程において、エドのステータス欄に新たなスキルが表示された。


 それが『看破』である。


 『看破』は、魔力の動き全てを読み取る事ができる。


 神秘とは即ち魔力。その派生からなる神気すらも同様である。つまり、エドは魔法の技術もギフトの詳細すらも、全てを読み取る事が出来る完全なる目を得ることとなったのだ。


 そして、魔力操作を覚えたエドは、当然ながら己の魔力を用いて、自身の高いステータスを何十倍にも引き上げる事に成功した。


 それほどの力を手にしたエドは、ファライヤにも勝てると考えたのだ。


 気掛かりだった、ファライヤの持つギフト。その正体も既に知れた。


 故に、エドは敗北する要素はなくなったと確信していたのであった。


 エドの拳がうなる。


 ただ真っ直ぐに突き出された拳。


 だが、その速度は音速を超えた。


 その一撃を、ファライヤは腰を落として受けてみせる。


 普段のような余裕のある動きではない。


 鋭い目つきで相手を見据え、予測し、並々ならぬ技術を以って正確無比な魔力伝達を行う。


 必要な箇所に必要な量をあてがい、一切の無駄を省いた芸術的な動き。いや、魔力を知覚出来る者でなければ、その針を通すような精密な流れを理解する事は出来ないだろう。


 だが、見る者が見ればわかる。


 その技術がいかに優れているのかを。


 剣の達人が剣を振り続け、スキル補正をも超えた領域に届くように、ファライヤは魔力の流れをひたすらに研ぎ澄ませてきた。


 そうして至った達人の領域。


 それこそが、身体強化を極めた到達地点。『操術そうじゅつ』という名の魔法なのである。


 エドの拳を受けて、ファライヤの右足が地に深く沈んだ。


 硬質な地面をも踏み抜きそうな衝撃。


 しかし、その攻撃を受けても、ファライヤは微動だにしない。


 エドが眉間に皺を寄せて拳を離し、同じような速度で蹴りを放つ。その蹴りにファライヤも蹴りを合わせた。


 二人の繰り出した蹴りがぶつかり合い、その衝撃がダンジョンを揺らした。


 チッと舌打ちをして、エドが一度ファライヤから距離をとった。


 忌々(いまいま)しげに睨み付けるその瞳には、ファライヤに対しての憎しみが強く宿る。


「前の僕が勝てないわけだよ。お前のステータスはほんの一瞬だけ二十万を超えている。『鑑定』では、その一瞬の上昇を捉える事が出来てなかった」


「あら、そんなに大変な数値になっていたのね。私には、あなたのようなスキルは無いからわからなかったわ」


 ファライヤがニマニマと笑いながら言った。


「その薄ら笑いを止めろ! イライラする! 僕を見下していられるのも今のうちだぞ! 僕の得た力はこんなものじゃないんだからな!」


「別に見下してなんていないのよ。転移者、転生者を侮ったことなど一度としてないわ。あなたたちはズルいもの。こちらの世界にやって来て、大した努力もせずに、神から与えられたスキルのみで強くなるのだし」


「それの何がいけないんだ! 僕たちは選ばれた人間なんだ! そこらの有象無象とは違うんだよ!」


「いけないなんて言ってないわ。現にあなたが強い事も認めているのよ。だからこそ、わざわざ私が相手をしに来ているのでしょう?」


「はっ! 理解しているのなら、尻尾を巻いて逃げるべきだったね!」


 エドの言葉にファライヤは溜め息を吐いた。


「やれやれ、どこまでも子供ね。あなたの強さは認めているけれど、別に勝てないとも言っていないでしょう? 転移者や転生者って、どうしてそんなに自尊心が強くて傲慢な奴が多いのかしら? 嫌いよ、そいうの」


「僕もお前が大嫌いだよ! はっ! いいさ、出し惜しみなんてしないで一息に殺してやるよ!」


 そう言うと、エドの魔力が更に膨れ上がった。


 そして、次の瞬間。


 エドの姿が消えた。


 いや、その動きは最早、人の目で捉える事すら叶わない程に早かったのだ。


 瞬きをするよりも短い刹那。


 その刹那の間にファライヤとの距離を詰めたエドは、力任せの剛拳を叩き込んだ。


 放たれた相手が魔法も知らぬ並の戦士であったならば、その僅かな間で勝敗は決していたであろう。おそらくはそれが、Sクラスの冒険者であったとしても同じだ。


 それほどまでに絶大な力を込めて、叩き付けるように放たれた拳であったが、ファライヤはエドとは違いゆっくりとした動作でそれを受け流した。


 受け流された拳が、そのままの勢いで岩壁に突き刺さり、その衝撃が岩壁を縦に割った。


 直ぐさま反転してエドがファライヤへと剛拳を向ける。


 それもまた、流れるような動きで捌き、振り抜かれた拳が岩壁を割る。


 それでもエドは止まらない。


 躱されようとも、受け流されようとも執拗に攻撃を繰り出す。


 そう。エドの行動は無意味なものでは無い。


 ファライヤは確かに強烈なエドの攻撃を、余裕を以っていなしているかのように見える。


 しかし、受け流した腕には赤黒くあざが残り、打ち合った脛当ては砕け、露わになった足が腫れ上がっていた。


 確かにファライヤの芸術的な受けには、眼を見張るものがある。だが、さすがのファライヤを以ってしても、これほどの攻撃を無傷で捌くことはできなかったのである。


 何よりも、躱すことに専念し、一切の攻撃を仕掛けていない。いや、攻撃に転じる事が出来なかったのだ。


 それがわかっているからこそ、エドは強気で攻める。


 『神槍』、『スキル』、『アーティファクト』。


 戦闘で用いる事の出来る技術やアイテムは多い。だが、結局のところはステータスの高さが勝敗を分ける。


 それを理解したエドの心は揺るがない。


 恐れる必要などないのだ。小細工なども必要ない。ただひたすらに攻め続け、消耗させればいい。


 己の魔力は無尽蔵と言えるほどにある。体力、気力、筋力、知力、敏捷、器用、運に至るまで、全てのステータスで相手を凌駕りょうがしているのだ。


 負ける要素など何一つとしてない!


 エドの苛烈な攻撃は止まない。


 指先から血を滴らせて、ファライヤもこのままでは不味いと思ったのか、無理に攻撃に転じようとした。


 しかし。


 ファライヤの振るった拳を躱そうともせず、エドは魔力をたぎらせて前進した。


 エドに当たったファライヤの拳から、ゴキリと嫌な音が響く。そして、跳ね返された反動で、ファライヤの体勢が僅かに崩れた。


 この刹那の攻防において、それは致命的な隙となった。


 迷わず全力で踏み込むエド。その一撃は剣よりも鋭く突き放たれた。


 辛うじて躱したファライヤの肩がえぐれる。


 その先の追撃を躱す手段は、ファライヤには残されていなかった。


 閃光の如く放たれた蹴りがファライヤの腹部に刺さり、その体を大きく吹き飛ばす。


 そして、岩壁にめり込むように打ち付けられて、ファライヤの動きが止まった。


 追撃は……ない。


 エドは壁に埋もれたファライヤを警戒しながら睨み付ける。


「あぶない、あぶない。危うく完全に殺してしまうところだったよ」


 エドはゆっくりとファライヤに歩みよりながら声を上げた。


「お前のギフトは知っている。お前が死んだとき……いや、正確にはお前の体が死ぬと認識した時、その肉体を万全な状態へと巻き戻すんだろう? それがお前の持つギフト、『輪廻』だ!」


 岩壁に埋もれながら、ファライヤは僅かに顔を上げてエドを見た。


 何を思っているのか、その瞳に感情はない。


「なんだ? そんな目で見ても、もう僕の心は揺らがない。お前はここで確実に死ぬんだ!」


「ふふ、おかしな事を言うのね。死なない相手をどうやって殺すというのかしら?」


「はっ! こっちの連中は馬鹿ばっかりだな! 命を断たずに殺す方法なんていくらでもあるだろう。例えばそうだな、お前の脳を機能停止させる。そして、お前の肉体だけは回復させてやるのさ。そうすれば、ギフトを発動することも出来ず、お前は一生ただの肉の塊になる」


「あら、恐ろしいことを考えるのね」


 ファライヤはニマニマと笑みを浮かべた。


 それを見て、エドの額にビキリと青筋が立った。


「……だから、その薄ら笑いをやめろよ。お前が今、しなくちゃいけないことは、そうじゃないんだよ! 懇願して許しを請うのが、お前が取れるただ一つの手段だ!」


 エドが叫ぶように言い放つと、堪え切れなくなったと言わんばかりに、ファライヤが声を上げて笑った。


「うふふふ、そんな事をするわけがないでしょう。醜悪に媚びを売り、頭を下げて許しを請うなんて想像しただけで虫唾が走る」


「だったら、お前が嫌がるそれをやるまで、永遠に痛めつけてやるよ」


「……出来るものならやって欲しいものね」


 そう言ってファライヤは、岩壁から強引に体を引き抜き地面に立った。


 ゆらりと揺れる体。


 その顔には余裕の表情が浮かんでいた。


 エドの苛立ちが増す。


 そして。


 エドは間髪入れずにファライヤへと向かって駆けた。


 先程のような音速の動き。易々とファライヤに接近して、その剛拳を振るおうとする。


 だが―――。


 突然、雷に打たれたような衝撃が胸元で爆発し、音速で迫っていたエドを直角に打ち上げた。


 勢いのまま、エドの体が天井に突き刺さる。


「ぐはぁ!」


 天井にめり込んだエドが苦悶の声を上げた。


 エドが吹き飛ばされたその場には、高々と片足を天井に向け、蹴り上げた姿勢のまま静止するファライヤの姿があった。


 ファライヤはただ、蹴り上げたのだ。


 音速をも超えた動きを見せた、圧倒的なステータスを持つエドを。


 ファライヤはゆっくりと蹴り上げた足を下ろして、静かに言った。


「少しは楽しめると思ったのだけれどね。やはり、ステータスだけの木偶の坊では、私の胸は高鳴らなかったわ」


「……なん、でだ」


 天井にめり込んだまま、驚きの表情を浮かべてエドは言った。


 その姿を下から見上げ、ファライヤは肩を竦めてみせる。


「何故? 魔力操作は奥が深いのよ。どんなに才能があったとしても、僅かな日数で習得することは難しい。何年も訓練を重ねた私の方が、あなたより上手いだけよ」


 そう、ファライヤはエドの攻撃に対して、反撃出来ないわけではなかった。ただ、相手の力量を推し量っていたに過ぎなかったのだ。


 天井の岩壁を砕いて、エドが地面に降り立つ。


「そんな事があるか! 僕のステータスはお前を遥かに凌駕しているんだぞ!」


「……アホね。どんなに力があったとしても、それを上手く伝えられなければ攻撃力にはならないでしょう」


「くっ!」


 エドとてそんな事は承知している。基礎値として存在しているステータスではあるが、力の伝達次第では、その力を出し切れない。力を正確に伝える技術があって、総合的な攻撃力が決まるのは当然のことだ。


 敏捷が有り得ないぐらい高くても、その速度を知覚できなければ自分自信でさえ、己の動きがわからなくなる。


 相手の速度を見切ったと頭で理解できても、体がその動きについていかなければ意味はない。


 そういった肉体における、物理的な壁がある事は重々承知している。


 とはいえ、それでもエドとファライヤの間には、その程度の事象は取るに足らないと思えるほどに開きがあったのだ。


 だというのに、エドは胸を打たれた攻撃に全く反応できなかった。


 そして。


 ジンジンと痛む胸をさする。


 そう。ダメージを負っているのだ。魔力を厚い壁のように纏ったエドの体にダメージを与える。それは、どれ程の攻撃力を持った一撃だったのだろうか。


 ファライヤがニマニマと笑みを浮かべながら、エドに向かって歩を進めた。


 その姿を見てエドは反射的に後退ってしまった。


 恐怖……している?


 僕が? これだけの力を得て?


「数値では計れない技術というものがあるのは理解出来たかしら? であれば、マリアンとの約束もある事だし、技術だけでなく数値でもあなたを圧倒して、その身に恐怖と後悔を植え付けてあげましょう」


 そう言ってファライヤは懐から、赤黒い塊を取り出した。一見すると魔晶石のようにも見えるそれは、カインの持つ魔晶石と同様に、禍々しい魔力を放っている。


「ステータスという基礎値。スキル、魔術、アーティファクト。そして、ギフトに魔法。強くなる為にこれらの技術は必要よ。けれど、一番身近である装備に妥協を許してはダメよ」


 エドは何も言わずにファライヤを睨みつけた。


 そんなエドを嘲るように笑い飛ばし、ファライヤは手に持った赤黒い塊を掲げた。


「『魔装』!」


 ファライヤが声を発すると、手に持った赤黒い塊がその身を包み込むように纏わり付いた。


 そして、黒い霧のようなものが晴れると。


 そこには、赤黒い全身鎧を纏ったファライヤが立っていた。


 龍の鱗を幾重にも重ねた様な鎧。赤黒く血管の様な筋が脈打つように明滅している。


 口元だけを露わにし、目元まで漆黒のバイザーが装着され、生き物の様にうねる尾が取り付けられていた。


「これが、妥協せずに私が手にした装備、魔装『イビルフェイム』よ。あなたのその瞳で見ることが出来るかしら? この子に宿る力が?」


 禍々しい魔力を放つそれを目にして、エドの両足は震えていた。


 馬鹿な。


 そんな筈はない。


 エドの瞳に映る数値。


 その数値は、ただ立っているだけで、エドの引き出せるステータスよりも高かったのだ。


「さて、私の本気を見せてあげましょう」


 そう言って口元を歪めるファライヤの姿は、悪魔のように邪悪なものであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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