106 握る手は己が意志で選ぶ
普段より短かったので、即上げしました。
↑別に理由になってない件
「ぐっ」
巨大ヘビに吹き飛ばされて膝を折ったグレイシスが、苦悶の声を漏らした。
斬られた腕を押さえて蹲るメイガン。それを守るように立つバレンシア。
ダイモンドは既に突進の準備に入り、モーリスは倒れた体勢のまま魔弓を構えていた。
その後ろの騎士たちも、今にも飛びかからん勢いで包囲を狭める。
隙をついた一撃で一人二人は行動不能にしたかったカインであったが、その思惑は見事に外れる。
魔族との間に割って入ったのは良いが、容易く動き出せる状況でもなかった。
カインは相手を警戒しながらも、腰袋から取り出したポーションを魔族へと手渡す。
それを受け取った魔族は意外にも、素直にポーションを口にした。
「なんのつもりだ! 貴様!」
立ち上がったグレイシスが、カインに向かって声を荒げた。
「なんのつもり? それは俺の台詞だ! 俺が先に目を付けた女に強引な手段で迫ったのはお前たちだろう? 女一人口説くのにこんな大所帯でやって来て、恥ずかしくないのか? お前」
「馬鹿が! そいつは魔族だ!」
「そんなことは言われなくても知ってる。つか、だからなんだ? まるで理由になってないな」
「魔族は敵だ! そんな常識も知らないのか!」
「お前の歪んだ常識を押し付けるなよ。こいつが何かしたのか?」
「二年前にそいつは、騎士団の仲間を殺した!」
「お前らが手を出したからじゃないのか? もし、こいつが何かしでかしていたなら、後で俺が注意しておいてやるから、さっさと帰れ」
「ふざけるなっ! 貴様如きに魔族を手懐けることなどできるわけもない! 貴様こそ、今なら殺さずにいておいてやる。さっさと消えろ!」
カインは肩を竦めると、魔族へと視線を向けた。
「だ、そうだ」
「ふん、あの男の言っている事は正しい。人の世で魔族は悪だ。それに、お前に手懐けられる私ではない」
「手懐ける気なんてない。俺はただ、わかり合いたいだけだ、メドゥーサ」
そう言って差し出された手に、魔族の胸は再びざわついた。
何だ、その手は。
私にその手を取れと言っているのか?
手を取り合う? 人間と?
そう思い、魔族はカインの手を取る事を躊躇った。
騙され、蔑まされ、悪意を向けられた種族。
見限った筈の相手。決別した理想。
自身の中でけじめをつけた筈なのに、差し出された手を容易く振り切れない自身に苛立ちが募った。
この男は何故そんな事を言う。
何の為にそんな行動を起こす。
目的は何だ……。
……何を見つめている。
……わからない。
いや。
わからないのではない。認められないのだ。
人間は狡猾に嘘を吐く。
その言葉は信用が出来ない。
だから、目の前に立つ男の言葉にも耳を傾ける事をしなかった。
けれど、この男は最初から言っていた。
話がしたいと。わかり合いたいと。
その想いを、この男は最初から態度で示していたのではないだろうか?
そう考えた時、魔族の中でカインの行動が浮かび上がった。
しつこいほど何度も話しかけ、私の前に姿をみせた。
たった一人で立ち向かい、一度として反撃をすることもなかった。この私を相手にして。
瀕死の怪我を負ったであろうに、それでも諦めずに声をかけて来た。
そして、この状況で当然のようにこの場所までやって来た。
並の気持ちでそんな事が出来るだろうか?
相手を騙す為にここまで体を張れるだろうか?
そして。
……私は、この男ほど必死になれていただろうか?
自分よりも弱い人間を相手にして、この男ほど懸命に声を上げていただろうか?
自分の想いを、誰かに伝える努力をしていたであろうか?
この男は自分よりも強いであろう私に対して、それこそ命を賭けて訴えていたのではないだろうか?
それほどの強い想いで、私は人間に対して声を上げて来たのだろうか?
魔族は強い。人間よりもはるかに。
ならば、この男よりももっと色々な事が出来た筈なのだ。
……私は。
思い違いをしていた。考え方を誤っていた。
大英雄の英雄譚は、強い意志と諦めない心が作り上げた物語だった。
その物語の美しい部分にだけ想いを馳せていた。
その物語を作り上げる為に、どれ程の強い心があったのかも考えずに。
私の目に人間の姿は醜く映った。
それはそうだろう。
私自身が人間はそういう生き物だと決め付け、諦めていたからだ。
私の想いが本物であったのならば、この瞳にはまだ、人間の輝かしい部分が映し出されていた筈なのだ。
……そうか。そうだったのか。
弱かったのは私の心だ。そして、この男の心は強い。
……認めよう。
この男の瞳は、曇っていない。誰よりも真っ直ぐ己の理想を見つめている。
だからきっと、その瞳には魔族の姿が尊く映っているのだろう。
その目が見据える景色はきっと、誰よりもマークレウス様に近しい。
差し出されたその手。
マリア様に似た少女が言っていた。
偶然を運命に変えるのは己だと。
だから、この手を取り、この偶然を運命に変えるのは私自身だ。
手を取るだけではない。これから先に起こる困難も、揺らがぬ意志を突き通し、前だけを見つめる強さを持つこと。
それが出来て、初めてこの偶然は運命になる。
そう思った時、魔族の手は差し出されたカインの手に重ねられていた。
しっかりとその手を握り、金色の瞳を真っ直ぐとカインへと向ける。
「……エリシュナだ。私の名は、エリシュナ・メドゥーサ。覚えておけ、マークレウス」
そう言われてカインは、エリシュナの手を握り返し笑顔を向ける。
「俺はカインだ。よろしく頼む! エリシュナ!」
己の名を呼ばれたことに、恥ずかしそうに顔を背けるエリシュナ。
その姿に微笑を浮かべたカインは、直ぐに表情を引き締めてグレイシスへと視線を向けた。
「まあ、そういうわけで俺とこいつは仲間になった。やり合うってんなら本気で相手になるぞ」
「お前一人が加わったところで何も変わりはしない!」
グレイシスが剣を構える。
腕を落とされたメイガンが下がり、バレンシアとダイモンドが前へと出た。モーリスも体勢を立て直し、魔弓を向けている。
その状況に視線を這わせ、カインはエリシュナへ声をかけた。
「あの大蛇を下がらせる事は出来るか?」
「蛇の魔物であれば、意志の疎通は容易い。何をするつもりだ?」
「大技で一掃する。一先ずあいつを下がらせてくれ」
カインの言葉に従い、エリシュナが巨大ヘビに視線を向けると、巨大ヘビはズルズルと這って横穴へと戻っていった。
「そんじゃあ、やるか!」
「何をするのか知らんが、お前に合わせれば良いのだな?」
「任せてくれるか?」
「ふん、好きにやれ! 失敗したのなら、私が全てを破壊してこの物語は終いだ」
「なら、折角の物語を続けられるように頑張るとするか」
そう言ってカインは刀を構えた。
そのカインに、エリシュナは無言のまま背を預けて敵へと対峙する。
眼前に立ちはだかる四人の強者。そして、二人を取り囲むように構える騎士たち。
これ程の敵に囲まれた事は、カインの人生で一度としてない。だが、そんな状況下にありながらも、カインの心は高鳴っていた。
負ける気がしない。
例え相手の実力が自分よりも上だとしても。
自身の背後に感じる熱が、カインの心を強く震わせた。
読んで頂きありがとう御座います。




