105 示した態度への応え
堅い護りを見せる騎士たちと対峙して、カインたちは膠着状態に陥っていた。
一定の距離を保って対峙している為、護ることが目的の騎士たちは盾を構えたまま動き出さない。
奇策を用いて切り崩そうにも、既に一度失敗している。練度の高い連携を持つ騎士たちに、二度目は通じないだろう。
かといって、このまま手をこまねいているわけにもいかない。
カインは出来ること全てを想定し、目まぐるしく思考を働かせる。
そして、一つの結論に辿り着いた。
「一度引くぞ」
カインの判断に従うように、他の面々はジリジリと後退していった。
カインたちが下がり始めても、騎士たちは追い掛けるような真似はしない。堅く盾を前に突き出したまま、隊列を崩さずじっとしていた。
騎士たちが視界から見えなくなるほど後退すると、カインは入り口の方へと走り出した。目的地とは真逆の方向である。
そして、程なくしてその足を止める。
「どうすんだ?」
足を止めたカインに対してルクスが尋ねた。
「ここから向かう」
そう言ってカインは、通路の横に開いた巨大な横穴を指さした。
「って、あのでっけえヘビの巣穴じゃねえか! 何処まで繋がってるのかもわからねえぞ?」
「ああ。だが、最奥の広間には、大蛇が移動する為の横穴があった。もしかしたら、ここもそこと繋がっているかもしれない」
「繋がってなかったら? 時間だけを浪費することになるぜ?」
「確認するのにそんなに時間は掛からない。魔族が発する魔力はこの目で見た。漏れ出す魔力の流れがこの中にあれば、それを辿って行くだけでいい」
「カイン。横穴を使って最奥へと辿り着けたとして、そのあとはどうするのですか? 敵の主力が揃っている前線へ出て、それらを振り切れるほどこの横穴は広くありません。結局は倒し切る必要がありますよ」
ミズシゲが瞑目したまま言った。
「わかっている。だから、行くのは俺とウルスナだけだ」
「ちょっ! うえっ、わたし?」
「そうだ。俺に考えがある」
そう言ってカインは、作戦を説明した。
「……わかったけど、ちょっと鬼畜過ぎない? あんたも結構ヤバそうだけど?」
「俺の方は気にするな。一応、奥の手もある。騎士どももあれだけ練度が高いんだ。死にはしないだろう」
「……まあ、わたしに異論はないけど」
「よし、じゃあそれで行くぞ」
そう言ってカインがさっさと横穴に入ろうとしたところで、ミズシゲが止めた。
「カイン。私はこの場で待ちますよ。騎士たちがここまでやって来ることがあると少々厄介ですから」
「いや、お前もルクスたちと一緒に、十階層へ移動した方がいいぞ。俺と同じリスクを負うことになる」
「心外な。カインに出来て私に出来ない筈もありません。どちらかといえば、共に向かって未来の旦那の勇姿を直接見たいところです」
「うえええ!」
ミズシゲの発言に、突然ミーアが素っ頓狂な声を上げた。それ以外の面子も事情を知らない為、驚きの表情を浮かべる。
「まじかよ。全然気が付かなかったぜ。いい趣味してんなカイン」
「ほんと、ロリコンだとは思わなかったわ」
「ルクス、ウルスナ。あとで覚えていてください」
ミズシゲが若干怒気を孕んだ声音で言うと、ルクスとウルスナはスッと視線を逸らした。
「ミズシゲ。誤解を招くような言い方をするな。それはお前の家の秘伝を伝授された場合だろ。俺はお前の家に婿入りするなんて言ってない」
カインの言葉に事情を察したのか、ミーアは一人ホッと胸を撫で下ろした。
「ふむ。それはそうなのですけどね……まあいいでしょう」
何がいいのかわからなかったが、これ以上無駄話をしている時間も無い。
カインは切り替えて、横穴へと向かって行こうとした。
その時。
横穴から一匹の巨大ヘビがヌッと顔を覗かせて、その長い体を穴から這い出した。
一同は警戒して武器を構えるが、直ぐにカインがそれを制止する。
「待てっ!」
カインがそう言うと、巨大ヘビはカインへ顔を向けて舌をチロチロ出しながらその大きな瞳で見つめてきた。
暫し見つめ合うカインと巨大ヘビであったが、巨大ヘビは何かを確認すると、クイッと首を横穴へと振った。
「やっぱり。お前は広間にいた奴か? なんだ? 案内してくれるのか?」
カインが言うと、巨大ヘビはチロチロ舌を出して反応し、頭を低く下げる。
どうやら、乗れと言っているらしい。
「おいおい、いつの間に魔物と知り合いになったんだよ」
「こいつは魔族がいる広間にいた奴だ。りんごパイをやったら気に入ってたからな。俺のことを敵じゃないと認めてくれたんだろう。よし、ウルスナこいつに付いて行くぞ!」
「……本気で言ってんの?」
ウルスナが嫌そうな顔をするが、カインは気にせずその手を引いて巨大ヘビの上に乗った。
硬質な鱗のせいで乗り心地は良くないが、鱗の隙間に手を掛けると意外と安定する。
「ウルスナ。ちゃんと掴まっていろよ!」
「なんで私があんたに抱き着かなきゃいけないのよ!」
文句を言いながらもウルスナがカインの腰にしっかり腕を回すと、カインは巨大ヘビに合図を送った。
すると、合図を受けた巨大ヘビがズルズルと這い出し、横穴の中へと入っていった。
「さて、我々も配置に着きますか」
カインを見送ったあと、ミズシゲがそう言うと一同はそれに頷き行動を開始した。
巨大ヘビに乗って、頭上すれすれの狭い横穴を右へ左へと進んで行くカイン。
カインたちを気にして多少速度を落としているようだが、それでもそれなりの速度は出ているようで、砂埃が目に入り前を見ていられない。
だが、探知によって感じる魔族の魔力が、確実に近付いていることはわかった。
魔族以外にも複数名の強い魔力を感じる。ファライヤやミズシゲのような正確さがない為、相手の人数を把握するには至らないが、それでも相手が実力者であることはわかった。
あの魔族を長時間相手に出来るのだ。そもそも弱いわけもないのだが、それでも感心してしまう。真っ向からやり合った場合、自分ではそんなことは出来ないだろうと。
そんな連中をこれから相手にすると思うと、カインの気持ちは昂ぶった。
不安や恐怖心からではない。
ずっと昔。なんの力も持たずに、ヨミの胸を剣が貫いた光景を、ただ見ていることしか出来なかった自分。
相手に対抗出来る可能性すら持ち合わせていなかった無力な自分。
その時の悔しさが、胸の内に溢れてきたのだ。
だが、今は昔とは違う。
英雄の領域に足を踏み入れたカインには、絶対的な強者にも対抗出来る力がある。
だから、今度はきっと手が届く。何かが出来る。
そう思い、カインは高鳴る鼓動を押さえつけ、両腕にグッと力を込めた。
横穴を進んで行くと、魔族の発する魔力が先ほどよりも近くなった。間も無く最奥の広間に到着するのだろう。
そこで、カインは巨大ヘビの背を叩き、停止するように促す。
意味は伝わらなかっただろうが、巨大ヘビは動きを止めてチラリとカインへと視線を向けた。
カインは巨大ヘビの背から降り、ウルスナと共に顔の前に出て「ゆっくり行くぞ」と声を掛けた。
カインの後ろを巨大ヘビはゆっくりと付いてくる。その様子をウルスナは未だに警戒している所為か、チラチラと振り返りながら歩を進めていた。
「止まれ!」
カインが再び合図をすると、巨大ヘビとウルスナは動きを止める。
カインの視線の先には、横穴の出口から僅かに光が射し込んで来ているのが見てとれた。
何者かが争うような音が穴の外から聞こえて来る。
カインは探知を駆使して、中の様子を探る。
目まぐるしい攻防。魔力量だけでは、どちらが優勢なのかがわからない。だが、今飛び出したとしても、状況を変えるだけの一手にはなり得ない。
そう考え、逸る気持ちを沈めて、ぐいぐいと後ろから押して来る巨大ヘビを押さえながらカインは機会を伺った。
相手の中で一番魔力の高い人物が横穴の正面に立った。おそらくはこちらに背を向けているのだろう。
攻めるならば今だ。だが、相手は相応の手練れである。背後から襲った程度では、奇襲になり得ない可能性が高い。せめてもう一つ何かが起きれば。
そう考えていた時、魔族の魔力が揺らいだ。
広間を揺るがすような圧力。
仕掛ける気だ。とんでもない大技を。横穴にいたとしても巻き込まれかねないその膨大な魔力量に、カインは焦りの色を浮かべた。
それでも、今一歩の隙を相手がみせるのを堪えて待った。
そうしてようやく見せた隙。
正面に立つ人物の魔力が大きく揺らいだのだ。
対抗する気だ。
その魔力の動きが、その人物が魔族に意識を集中させていることを教えてくれる。
「今だ!」
カインは今にも飛び出さんともがいていた巨大ヘビから手を離し、自由に動かせると巨大ヘビは物凄い勢いで穴から飛び出して行った。
「ウルスナ! 頼んだぞ!」
ウルスナを残して、カインは巨大ヘビを追って静かに横穴から飛び出したのだ。
飛び出した時、既に巨大ヘビが大剣を持つ男に迫っていた。
予め状況を探っていたカインには、現状が手に取るようにわかる。
カインは大剣の男が今しがた取り出した何かに視線を向けた。魔族が魔力を高めた直後に取り出した何か。それはきっと何かしらの対抗手段なのだろう。
気配を殺し、静かに魔族へ向かって駆け出したカインは、巨大ヘビの不意打ちに気が付いた男の手元に向かって、懐のナイフを投げた。
『投術』のスキル補正もあってか、吸い込まれるように男の手元へと向かったナイフは、男が巨大ヘビの攻撃を回避する直前に男の持つアイテムにぶつかった。
その小さな衝撃と咄嗟の回避によって、男は手に持った何かを取り落とし、それを巨大ヘビが飲み込む。
それを確認すると、カインはそのまま勢いに乗って魔族へ向けて刀を振るった。
剣風が魔族の周囲に巻き起こり、それに気が付いた魔族がチラリとカインへと視線を向けると、驚いたような表情をした。
カインはそのまま魔族の横を通りすぎると、迫り来る四人へ向けて全力の一撃を振るったのだった。
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