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104 その一太刀は深く響く

 どれ程の時間が経過したのだろうか。


 息もつけない攻防が延々と続き、肩で息をしながらもグレイシスたちの攻撃の手が緩むことはなかった。


 グレイシスが斬り込み、魔族が躱す。入れ替わるようにバレンシアとメイガンが追撃し、隙を見せればモーリスの魔弓による矢が閃光の如く放たれる。


 足を止めればダイモンドが、弾丸のような突進を繰り出す。


 連携のとれたこの動きに、魔族は反撃する間を失っていた。


 相手に『神気の盾』がある為、石化の魔眼を無力化されているこの状況はあまりよろしくない。


 数を減らしてしまえば、倒すのもそれほど難しい相手ではないのだが。


 魔族はそう考えていた。


 そして、魔族は何を思ったのか、金色の瞳を細めるとバレンシアとメイガンの攻撃を掻い潜り、大きく跳躍して距離をとった。


 そこに放たれる閃光のような一矢。


 その矢を睨みつけるように見ると、手の甲を正確に当てて軌道をずらす。


 それと同時に弾丸の如くダイモンドが突撃した。


 これまで躱すことに徹していた魔族であったが、今回は違った。


 尾を巻くように地面にあてがい、腰を落として両手を前に突き出す。


 魔族の全身から禍々しいほどの魔力が膨れ上がる。


 そして、激しい勢いで突進して来たダイモンドの頭と肩を掴んでその動きを強引に受け止めたのだ。


 バリッとひび割れる音がして、地面に亀裂が走る。


 両足に力を込める魔族の表情が僅かに歪んだ。


 だが、弾丸のようなダイモンドの突進は、魔族の力技によってその勢いを殺された。


「なにっ!」


 ダイモンドから驚きの声が漏れる。


 そんなダイモンドの顔面を兜ごと強烈な握力を以って掴み上げた魔族は、尾と両足に力を込めて駆け出した。


 ダイモンドを盾にして、既に迫っていたグレイシスへ向かって突進する魔族。


 グレイシスは舌打ちをして、大剣を盾にしてその突進を受けた。


 ダイモンドをぶつけるようにした突進。その威力は、想像以上に高かった。


 大剣ごと大きく吹き飛ばされたグレイシスとダイモンドは、岩壁へと強烈に打ち付けられる。


 崩れた陣形。


 そこへ、守勢に回っていた魔族の反撃が開始された。


 隊列を組んだ騎士たちへと突進し、鞭のようにしならせた尾を振るい蹂躙していく。


 軽石のように吹き飛ばされる騎士たち。


 しかし、思いのほか抵抗が強く、多くを蹴散らすことが出来なかった。


 防御重視の装備。そして、手にした大盾を巧みに扱う騎士たちは、まるで魔族の攻撃を想定した訓練を受けて来たかのようであった。


 練度の高い騎士たちを、容易には崩し切ることが出来なかった魔族。


 その魔族に三方からの攻撃が迫った。


 生き物のように軌道を変えて迫る三本の矢。魔弓から放たれた魔力そのもので創り出されたそれは、追尾するように魔族へと迫る。


 体を回して地面に転がるように避けた魔族に向かって、躱した筈の矢がぐるぐると旋回しながら軌道を変えて再度迫った。


「面倒なっ!」


 矢に向かって尾を振り上げ、尾を避けるようにして向かって来た一本を拳で打ち払う。


 だが、その隙をついて、バレンシアとメイガンが魔族へと迫っていた。


 振り抜かれた『クリムゾンフォロウ』の一撃が、魔族が纏った鱗のような鎧を傷付ける。


 僅かに触れた肌をも傷付け、魔族の肩口から赤い血が滴った。


 バレンシアとメイガンの猛攻が続き、追尾する魔矢を避ける魔族は大きく後退するほかなかった。


 魔族が下がると、バレンシアとメイガンが立ち塞がり、騎士たちの中から三名ほどが前へ出る。


 グレイシスやダイモンドほどの実力はないだろうが、先ほど崩し切れなかった様子を見るに、この三名もそれなりの手練れなのだろう。


 魔族が瞳を細める。


「強いだろう。俺の騎士団は」


 騎士たちの中から声が鳴った。


 見れば、全力で吹き飛ばした筈のグレイシスが立ち上がり、ゆっくりと歩いて前線へと出て来た。


 その後ろからは、ひしゃげた兜を放り投げ、新しい兜を被り直したダイモンドが、首を捻って向かってくる。


 前に出た三名の騎士を下げ、グレイシスとダイモンドが前線に復帰し、再び五名が魔族の前に立ちはだかった。


 蹴散らした筈の騎士たちも、回復を行い立て直し、囲うように隊列を組む。


「貴様を倒す為の準備は万全だ! 持久戦に持ち込んだとしても、勝ち目はないぞ!」


 そう言ったグレイシスに対して、魔族は大きく溜め息を吐いた。


 こいつらは何がしたいのだ。くだらない虚栄を張って、蟻のように群れて力を誇示する。魔族と知れば目くじらを立てて追い回し、反撃を受ければ逆恨みをする。


 相手を打ち倒したとして、そこに何の意味があるのだろう。己で敵を作り、己で憎しみを生み出し、己の行いに酔いしれる。


 人間とはかくも愚かで度し難い。


 魔族とて、争いは起こす。


 寧ろその頻度は人よりも多いだろう。


 だが、魔族は群れたりはしない。己の信念を貫き、自身の為に戦う。


 それは、ただの我儘であり、傲慢でもあるのだろう。だが、その行動には必ず理由があり、その理由は自身の内から湧き出たものだ。


 決して誰かに与えられたものではない。


 しかし、人間はどうだ?


 魔族と聞いただけで、恐怖し、憎しみの目を向ける。言葉を聞くこともせず、盲目的に刃を向ける。


 それでは意思の通じない、ただの魔物と同ではないか。


 魔族の脳裏に大英雄の姿が浮かんだ。


 確かに自分は焦がれた。大英雄カール・マークレウスに。いや、過去の話ではない。今でも胸の内に宿る感情は、大英雄たちが成し遂げた美しき物語に惹かれている。


 その物語を創り上げた全ての者たちには、敬意の感情さえ抱いている。人も魔も種族など関係なく、名を残した者たちを心の底から認めている。


 だからこそ、最初は期待があった。


 完全にすれ違ってしまった人間と魔族ではあったが、そんな中にも分かり合える人々がいるのだと信じて疑わなかった。


 だが、現実は非情であった。


 人間は知らなかったのだ。魔族というものを。


 魔族と違い、世代の移り変わりが激しい人間は、とうの昔に忘れてしまっていたのだ。魔族がどのような存在なのかということを。


 代わりに刷り込まれていたのは、魔族は悪であり敵であるという常識。


 何故そうなる?


 人間は、知らないのか? 三百年前の物語を? それすらも忘れてしまったのか?


 そう思い、数多の人間に問い掛けて来た。


 だが、その答えは、頑なな態度で示された。


 三百年前の物語は知っている。だが、それは脚色された物語である。故に、現実の魔族は危険であり悪である。


 ……それが、人々にとっての答えであった。



 人間が好きだった。


 大英雄を支えた全ての人間が好きだった。


 だからこそ、突きつけられた現実に対しての落胆も大きかった。


 人間は気高く美しい生き物だと思っていた。けれど、思い描いたものは人の世にはなかったのだ。


 向けられたものは悪意のみ。交わした言葉に温もりは無い。


 騙され、追われ、傷付けられてようやく理解できた。


 人間と魔族は分かり合えないと。


 あの物語は、途方も無い奇跡の上に成り立ったものだということを。


 もう、何も期待はしていない。


 目の前に立ち塞がる人間は、ただの敵である。


 それが、自身が出した答えであった。



 魔族は目の前の敵に冷やかな視線を向ける。


 その時、広間の外から争うような音が聞こえて来た。


 目の前に立ちふさがるグレイシスも、僅かに視線を外へと向けて眉間に皺を作り上げる。


 そして、グレイシスは小さく笑い声を漏らした。


「くく、お仲間が助けに来たそうだぞ」


「仲間?」


「貴様が垂らし込んだ冒険者共だよ。ここまで辿り着いたことには驚いたが、僅か数名ではどうにもなるまい」


 その言葉を聞いて、魔族の胸がチクリと痛んだ。


 いや、違う。


 私は今、何を考えたのだ?


 ほんの刹那の間に浮かび上がった感情を無視して、魔族は苛立たしげに尾を地に打ち付ける。


「どうでもいいことを喋るな。お前の薄汚い声は不愉快だ」


 そう言われ、グレイシスは怒りを露わにした。


「……貴様っ」


「ふん、易い挑発に乗るな。幼児か貴様は?」


 その言葉にグレイシスは、怒りを爆発させて走り出した。




 ……………。


 それからどれほどの間、戦っていたのだろう。


 鎧が歪にひしゃげ、体中に擦り傷をつくり、息を切らしているのはグレイシスたちだけでは無い。


 魔族もまた、鱗のような鎧をところどころ破壊され、晒した素肌から血を流しながら荒い呼吸を繰り返していた。


 決着は付かない。


 だが、傷ついた体をグレイシスたちは、隙を見つけてはポーションで回復させていく。


 それに対して、魔族は己の怪我を回復する手段を持ち合わせてはいなかった。酷使しすぎたせいか、二年前から未だに癒えてなかった足が痛みとともに震える。


 これはまずい。


 魔族はそう思った。


 地力では、魔族の力は五人を圧倒している。だが、巧みな連携と湯水のように使うポーションが、その実力差をくつがえしつつあった。


 休まる間もなく、魔族に向かって大剣が振られた。


 この大剣も厄介である。


 本来であれば、魔族を覆う魔力の壁を破らなければ、その体に傷をつけることすら出来ない。


 それだけの威力を引き出す為には、相応の魔力が必要になってくるのだ。


 しかし、この赤い熱を帯びた魔剣は、容易くやってのける。都度大量の魔力を消費して、攻撃を仕掛けるSクラスの冒険者たちとは違い、魔剣を持つ三名は力任せに剣を振るうだけでその威力を賄うことができるのだ。


 お陰で、自慢の鎧も傷だらけとなり、斬られた箇所も血が流れてジクジクと痛む。地を踏みしめると、足にも痛みが走った。


 だが、大剣の一撃を受けるわけにもいかず、魔族は無理矢理体を動かして回避してみせる。


 すると別方向からの追撃だ。


 このパターンにも飽きたが、単純に繰り返されるこの連携がなかなかに崩し難い。


 このままではジリ貧だ。


 そう考えた魔族の視界に、巨大ヘビが通り道にしていた横穴がチラリと映る。


 ……逃げる、か。


 いや、この私が? 人間相手に?


 一瞬脳裏をかすめた考えを直ぐに否定する。


 その一瞬の考えをグレイシスは察したのだろう。


 逃すまいとして、魔族と横穴を遮るように立って剣を向けた。


 逃げ道は塞がれた。いや、別に逃げるつもりなどなかったが。


 だが、戦うのであれば、最早、生半可なことは許されない。


 そう思い、魔族は大きく息を吐いた。


 認めたくはないが、このまま同じように戦い続ければ、いずれ己は倒される。


 それがわかっているとなれば、もう魔力を温存してはいられない。


 二年前に騎士団を蹴散らした魔法を使う!


 この魔法を使えば、己もただでは済まないだろう。崩落したダンジョンの下敷きとなり、そのまま息絶えてしまうかもしれない。


 だが、このまま敗北するよりはましだ。


 そう決意し、金色の瞳が強く輝いた。


 魔族から今まで以上に禍々しい魔力が溢れ出る。そのあまりの圧力に広間全体が震えた。


 しかし、それ程の魔力を見せつけられても、グレイシスは動揺した様子を見せなかった。


 それはそうだろう。強力な魔法とはいえ、これは二年前に見せたものだ。


 万全と言い切った男が、この魔法の対策を怠っているわけも無い。


 だが、果たして対策した程度で防げるかな?


 持ち合わせたものは、武器か? 魔術か? それとも希少なアーティファクトの数々か?


 例え何を用意していたとしても、人間風情に魔族である自分が、全魔力を用いるこの魔法は防げない。


 そう思うだけの自信が魔族にはあった。


 魔族の瞳がギラリと輝く。


 防いで見せろ! 防げたなら、貴様らの勝ちだ!


 心の中で叫び、魔族は膨れ上がった魔力を収束させる。


 そして、魔族の行動に対抗すべく、グレイシスが腰袋から何かを取り出した。


 しかし、その時だった。


「団長! 後ろです!」


 突然、バレンシアが叫んだ。


 グレイシスがその声に反応して振り向くと、背後の横穴から飛び出した巨大ヘビが、大口を開けて迫っていたのだ。


「くっ! こんな時に!」


 慌てて飛び退いて回避するグレイシスだったが、腰袋から取り出した何かを取り落としてしまった。


 バクリと閉じられた巨大ヘビの口が、グレイシスが取り落としたものを飲み込む。


「なっ! まずい!」


 慌てたグレイシスは、巨大ヘビを倒すか、魔法を放とうとしている魔族へと駆けるか迷った。


 その一瞬が命取りであった。巨大ヘビの尾が唸りを上げて迫り、グレイシスへと叩きつけられる。


 吹き飛ばされたグレイシス。


 それを横目で確認しながらも、バレンシア、メイガン、モーリス、ダイモンドの四名は、今正に魔法を放たんとする魔族へと向かって駆けていた。


 放たれれば死ぬ。対抗できるのは、グレイシスの持っていたアーティファクトだけだったのだ。


 全力で四人が迫り、魔族へと攻撃を仕掛けようとするが、その前に魔族の口元が歪んだ。


「……死ね。ベアトリク―――!」


 魔族が言い掛けたその時、剣が閃めいた。


 力強い、恐ろしく速い一閃。


 竜巻のように振られたその一振りは、魔族の周囲に集まった熱を振り払うような風を起こした。


 そして、振り抜かれた一撃はそのまま、魔族へと迫りくる四人へと向けられた。


 慌てて剣で防ごうとしたメイガンの腕を切り落とし、バレンシアの頰を斬り裂き、ダイモンドの鎧を強打して吹き飛ばし、モーリスをも巻き込む。


 たった一振りで、四人の強者の足を止めた剣技。


 その一振りを放った男は、魔族に背を向けて立つと言った。


「そんな大技を使ったら、俺もお前も生き埋めになっちまうだろうが」


 そう言い放った男―――カインは振り返るとニヤリと笑ってみせた。


「……なぜ、だ。どうしてここにいる」


 驚きに目を見開く魔族の体から、禍々しいほど立ち込めていた魔力が次第に薄れていく。


「どうして? そりゃあ、お前を助けようと思ってな」


「助けなど! 助けなど求めていないっ!」


「アホか! 求められなきゃ助けちゃいけないなんて決まり、どこにも無いだろうが」


 ドクリと魔族の心臓が音を鳴らした。


「マリアンに言われて初めて気が付いたんだけどな。俺はどうやら、周りが見えなくなるぐらい魔族のことが好きらしい」


 軽口のように述べられたその一言が、閉ざされた心の奥底に、深く大きなヒビを入れた。

読んで頂きありがとう御座います。

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