103 五人の強者
大量の魔晶石が投げ込まれた。
その全てをアーマードは一人、構えていた大盾で防ぎ切った。
不恰好に繋ぎ合わせられた大盾。それは、カインたちが九階層で倒したシールド・ゴーレムが纏っていた鉱石を取り急ぎで繋ぎ合わせたものであった。
魔術に対して高い防御力を誇るこれを、並の魔術で破壊することは難しい。
討伐隊の指揮官が舌打ちをする。
応戦するように、アーマードの後ろからマリアンズの面々も魔晶石を投げ付ける。
しかし、相手も同様の盾を持っているのか、魔晶石の攻撃は容易く防がれてしまった。
魔術による撃ち合いでは、この膠着状態を打開することは出来ない。
時間稼ぎをしたいアーマードたちからすれば、望むところではあるが、討伐隊にとってそれはよろしくない。
指揮官は魔晶石による切り崩しを止め、兵の数で押し切ることを選択した。
大人が五人ほど並んで走れるほどの通路に、盾を構えて横並びになる騎士。
その騎士たちが指揮官の号令で、一斉にアーマードへ向かって駆け出した。
迫る騎士たちを、アーマードは槌のひとなぎで容易く吹き飛ばす。そして、吹き飛ばされた騎士を飛び越えて、二列目の騎士たちが突進した。
だが、それら全てをアーマードはなぎ払い、一歩足りとも後退することなく立ち塞がった。
全身甲冑を纏い巨漢をたぎらせるアーマードから、湯気のように魔力が立ち昇る。
その威圧的な雰囲気に、指揮官は息を呑んだ。
「まったく、だらしないねえ」
「同感ですね」
騎士を掻き分けて前列に出て来たのは、アンジェとアルタイル。
体をほぐすようにする姿を見る限り、カインとミズシゲから受けたダメージは既に回復している様子である。
「冒険者風情が! まんまと敵を通過させておいて偉そうな口を利くな!」
「それを私らに言う? あの男、結構強かったんだけど?」
「面目無いとしか言えませんが、あの剣士は闘千クラスの実力を持っていたと思いますよ。そもそも、僕らは魔族を討伐しにやって来たわけで、それ以外にあんな強敵がいるなんて聞いていません」
「そんなことは知るか! 高い報酬を出しているんだ! 見合った仕事をしろ!」
「それなら割に合ってないと思うけどね。あのでかぶつだって、かなりのやり手だろうし」
「あれは、不落の要塞ですね。Aクラスの冒険者だと聞いてますが……」
「Aクラスにしちゃあ、雰囲気がただならないね」
「それは同感ですね。なんなんですか、この集団は? 無名の割に強過ぎる」
アンジェとアルタイルが会話をしていると、アーマードの前に一人の男が立った。
短い金髪。甘い顔立ちの男―――バッカーは、腰に手を当てて声を上げる。
「おいっ、女! お前は俺様が相手にしてやるぜ!」
「あんた馬鹿なのかい? 相手を選べるような状況じゃないんだけど?」
呆れ顔で言うアンジェに対して、バッカーはやれやれと肩を竦めてみせた。
「なんだ? 逃げんのか?」
その一言に、アンジェの額にビキッと青筋が立つ。
「……カッチンきた。私が逃げる? 竜種にさえ引けを取らないこの私にそれを言うか!」
「ちょっと、アンジェ。あっさり挑発されないでください!」
「そっちのミズシゲに手も足も出なかった奴は、俺が相手をしてやろう」
ゲンゴウも挑発的な言葉を述べて前へ出た。
しかし、アルタイルはアンジェと違い、易々と挑発には乗らない。
「あなたも、彼女ぐらい強いとでも?」
「いや、あれは天才だ。ミズシゲに勝てる者などおらん。故に、俺は別にお前が弱いとも思ってはおらん」
「そうですか。しかし、一対一をお望みでしょうが、それに付き合う義理もありませんね」
冷静に言葉を返してアルタイルは剣を構えた。
対峙したゲンゴウも刀に手を添える。
「アンジェ、落ち着いてください。冷静になって合わせていきっ……」
アルタイルが言いかけた時には、既にアンジェとバッカーの拳がぶつかっていた。
互いに力でねじ伏せようと放たれた拳がぶつかり、空間を震わせる。
「どっちの方が強えか、ハッキリさせようぜ!」
「はっ! 私に決まってるだろう!」
竜巻の如く激しい攻防が繰り広げられ、騎士たちは巻き込まれないようにと後退した。
「図らずとも、一対一になってしまったようだな」
ゲンゴウがニヤリと口元を歪めると、アルタイルは苦い顔を浮かべた。
「仕方ありません。先ずはあなた方二人を倒すことにしましょうか」
そう言ってアルタイルは、構えた剣を不意打ち気味にゲンゴウへ突き出した。
それをゲンゴウは半歩体を移動させて躱す。
そして、グッとゲンゴウの腰が沈んだ。
嫌な気配を感じ取り、アルタイルは咄嗟に身を引いてゲンゴウとの距離を取る。
ゲンゴウの鞘から長刀が斬り上げるように抜き放たれると、アルタイルの長い髪を掠めた。
アルタイルの髪が数本、パラパラと床に落ちる。そして、ゲンゴウは掲げるように斬り上げた長刀をそのまま力任せに切り返して振り下ろした。
力強く振り下ろされた刀。
長刀とはいえ、アルタイルとの距離を埋めるほどの長さは無い。だが、振り降ろされた斬撃は、届くはずのないアルタイルまで伸びた。
慌てて体を捻り、それを躱すアルタイル。
その斬撃は、アルタイルの後方。隊列を組み盾を構えていた騎士たちに直撃し、その盾に傷を残して消えた。
『魂飛魄斬』。
「飛ぶ斬撃だ。真似てみろ、天眼」
不敵に口元を緩めて言うゲンゴウに対して、アルタイルは苛立ちの表情を浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グレイシスの大剣が魔族に迫った。
掬い上げるように放たれたその一撃を、魔族は右手の甲で受ける。
鉄をも容易く断ち切るその一撃ではあったが、魔族の纏う鱗のような鎧は、その攻撃に対しても傷一つ付くことはなかった。
だが、鎧をまとった騎士を数人まとめて吹き飛ばすほどの衝撃に、魔族の体が僅かに浮く。
追撃を放つべく、グレイシスは振り上げた剣を再び魔族へと振るう。
体が浮き、魔族はその一撃を躱すことができない。そう思われたが、魔族は己の尾で器用に地を叩き、体をズラしてその一撃を躱した。
躱しざまに、鞭のようにしなる尾をグレイシスへ放つと、グレイシスは大剣を盾にしてそれを防ぐ。
重たい衝撃がグレイシスの体に響き渡った。
重い!
二年前と変わらぬ強さ。
あの時はSクラスの冒険者たちの支援があって、初めて真っ向からやり合うことが出来た。
骨が軋むほどの攻撃を掻い潜り、ようやく届いた一撃を容易く弾かれるという絶望的な状況だった。
結局はSクラスの冒険者たちの命を賭した攻撃を以ってしても、相手を負傷させるに留まる結果となってしまった。
あの時の屈辱は忘れない。
顔に負った傷は、己を戒める為に残した。そして、二度とあの屈辱を味わうものかと鍛錬を重ねた。
限界だと思っていた己は更に力をつけ、二年前よりも強くなった。
しかし、やはり一対一で戦うにはまだ足りない。
だが、それでもやり合うことは出来ている。
ならば、準備を重ねた今ならば倒せる!
グレイシスは、大剣を構えたまま左手を上げる。
すると、二人の騎士と二人の冒険者が前へと出た。
そして、グレイシスが再び動き出すとその四名も同時に動き出した。
「『熱鋼』!」
グレイシスが大剣を振り下ろしながら叫ぶと、大剣が赤く熱を帯びる。
その一撃に魔族は目を細めると、受けることはせずに躱してみせる。振り下ろされた大剣が易々と地面を斬り裂いた。
ボルドの街で採掘される熱鉱石。魔力を込めることでその鉱石は熱を帯びる。
その鉱石を鋼とミスリルに混ぜ込み打った一振りの大剣。
魔剣『クリムゾンスレイブ』。
発声することにより発動する効力は、マグマのような熱を剣に宿らせる。その超高熱を宿した剣は、触れた瞬間に全てを溶かす。
硬質なダンジョンの地面をも容易く。
グレイシスの一撃を躱した魔族に対して、左右から追撃が迫った。
グレイシスの大剣と同じく、発声と共に赤い熱を発した剣を振り上げる二人の騎士。
二人の持つ剣もクリムゾンスレイブと同様の効果を持っている。
大剣と同時に打たれた対の剣。
魔剣『クリムゾンフォロウ』。
魔族の左側から迫り、剣を振り抜いた男はバレンシア。長きに渡り熱鋼騎士団を支えてきた老兵である。
そして、右手から迫った男がメイガン。若くして、熱鋼騎士団の副団長を任される剣の天才である。
魔族に迫った二人の動きは、闘千として名を馳せたグレイシスにも引けを取るものではなかった。
その苛烈な攻撃に対して、魔族は尾を使ったカウンターで応戦しようとする。
しかし、その攻撃を邪魔するように、閃光の如く放たれた一本の矢。
魔力を宿したその矢は重たく、魔族の尾をも弾き返す。
Sクラスの冒険者。モーリス・グアン。
二年前に魔族によって倒されたSクラスの冒険者、ダリス・グアンの兄であり、魔弓を得意とする戦士である。
そしてもう一人。
木人形のように凹凸のない、丸みを帯びた全身甲冑を着込んだSクラスの冒険者。
ダイモンド・マックス。
高い防御力を誇るこの男は、決して守りに特化した男ではない。
バレンシアとメイガンの攻撃をギリギリで躱した魔族に向かって、ダイモンドは地に手を付けて構えると一気に突撃したのだ。
体全てが武器であるかのような突進。
銃弾のような速度で繰り出されるその独特な突進を見た者たちに、彼はこう呼ばれた。
弾丸のダイモンドと。
ダイモンドの突進を魔族は片手で受ける。
そしてそのまま、軌道をズラしてダイモンドをいなすと、ダイモンドはそのままの勢いで岩壁に突進し、壁にヒビを入れて停止した。
攻撃の手は緩まない。
いつの間にか背後に回っていたグレイシスが、魔剣を振るってくる。
危なげにそれを躱した魔族の頰に、赤い斬り傷が出来た。
チッと舌打ちをして、魔族は尾を使って飛び上がると空中で金色の瞳を輝かせた。
石化の魔眼。
見るもの全てを石化させる呪いの魔眼が発動されると、五人は一斉に腕を前に掲げる。
五人の腕に取り付けられた腕輪が輝き、各々の体を神気が纏った。
後方で控えている騎士たちも、手を掲げて光を発している。
『神気の盾』。
神気を扱えない者が、呪いや毒を防ぐ為に用いられるものであるが、それ自体に防御力があるわけではない。
だが、呪いである石化の魔眼を防ぐには、非常に効果的なものであった。
魔族がチッと舌打ちをするとグレイシスは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「貴様の手の内は全て知っている。もう勝ち目はないぞ!」
忌々しげに尾を打ち鳴らす魔族に向かって、五人の強者が迫った。
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