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010 所有権の条件

 窓から差し込む強い日差しに刺激されて目が覚める。


 日の昇り具合からして、時刻は昼に差し掛かろうとしているようだ。


 寝すぎてしまった。と、カインは反省するが、昨夜あれほどの怪我を負ったのだ。ポーションを使用したとはいえ、眠りが深かったことにも納得がいく。


 昨日の激闘のあと、激高したアーマードに街中を追い回されたカインであったが、途中で捕まえたマリアンを盾にすることにより、なんとかその矛先を収めさせることが出来た。


 戦闘後の処理は全てアーマードに任せている。A級の賞金首を倒したとはいえ、今ギルドに報告するには余りにも目立つからである。


 アーマードは渋い顔をみせたものの、マリアンの「お願いお兄ちゃん」の一言でコロリと態度を変え、嬉々(きき)として請け負ってくれた。


 本当にあの男はどれだけマリアンに心酔しているのだろうか。そう考え、カインはマリアンの姿が見当たらないことに思い至った。


 部屋を見渡すが姿はない。


 食堂にでもいるのだろうか。だが、まあいいだろう。それほど心配することでもない。そう思い直し、カインはベッドに腰掛けるとコップに水差しから水を注ぎ、一息に飲み干した。


 寝起きの体に水分が染み渡り、未だに夢見心地だった意識が徐々にハッキリとしてきた。


 昨日の出来事が脳裏に蘇る。


 ファライヤとの邂逅かいこう。そして戦闘。窮地に現れたマリアン。それに従うアーマードの姿。


 昨日の一件で、カインにはなんとなくではあったが、世界最強の力とその力を扱う為のギフトの正体がわかった。


 世界最強の力。それは、本人が自称するようにマリアンそのもののことを差しているのだろう。


 裏表のない性格。誰もが一目で魅了されてしまう美しいその容姿。


 道具屋や武器屋での一件もそうだが、エラー教の執拗なまでの反応、平民に対して過剰な対応をする貴族。そして、孤高を貫くことで有名な冒険者、アーマード。


 それらをさも当然のように掌握して扱う、マリアンという少女の行動は正しく異常である。


 マリアンの本質がどんな人物でも魅了してしまうというモノであるとするならば、それは正しく世界に敵の居ない最強の力であると言える。


 思い返せば過剰なほど接触をしてくるマリアンに対し、劣情を催さず言いなりとなっていないのは現状カイン一人である。いや、劣情が湧かなかったわけではない。マリアンに対して気持ちが高ぶった際、冷や水をかけられたかのように、突然心が落ち着いたおかげで篭絡ろうらくされずに済んだのだ。


―――つまり。


 これこそが、カインが与えられたギフトなのだろう。


 世界最強の力を扱う為の力。


 言い換えれば、世界を魅了する少女に魅了されない力だ。


 これは―――カインの求めていたモノとは大きく違う。


 カインは険しい表情をして、強く奥歯を噛み締めた。眉間の皺が深く刻まれる。


 カインが欲していた力は、個で集団を相手取ることが出来る圧倒的な戦闘能力だった。英雄、ベイン・オクトーのような、たった一騎で数千にも及ぶ兵に対抗できる。そんな力だ。


 確かにマリアンを利用すれば、エラー教を含め、多くの組織を纏め上げることが出来るかもしれない。そして、その所有者たるカインに絶対的な権力をもたらすことも夢ではないのだろう。


 だが、それではだめなのだ。


 他の誰かを使役して、名を広めるだけではダメなのだ。


 カインは、己の我儘を貫き通せるほど力がなくてはならないのだ。


 カインは人々から英雄として褒め称えられたいわけではない。人々に悪と定められ、理不尽に打倒されようとしている、そんな誰かの英雄であればそれでいいのだ。


 声すらも聞き届けられない、さげすまされた誰かに耳をかたけることができればそれでいいのだ。


 例え相手が英雄と呼ばれるほどの人物であったとしても。己が守りたいモノだけの為に力を振るい、守り通すだけの力が欲しいのだ。


 カインは頭を振って、己の中に湧いてきた怒りの感情を鎮めようと努める。


 ないモノを強請ねだったとしても仕方がないのだ。あるモノで最善を考える。いつもそうやって考えてきたと自身をいさめる。


 その時、ガチャリと扉が開き、外出用の服にフードの付いたマントを羽織ったマリアンが部屋に入って来た。


「やっと起きた」


 差し込む日差しに銀色の髪を輝かせ、花が咲いたように笑うマリアン。


 天使に無理やり押し付けられ、我儘ばかりで言うことを全く聞かないどうしようもない少女であったが、その眩しい笑顔にカインの心は不思議と穏やかなもので満たされていく。


 カインは無言のままベッドから立ち上がり、微笑むマリアンへと近付く。


 スッと手を差し出し、やや赤みの差した頬に優しく振れる。


 突然のカインの行動を察してか、マリアンは頬を赤く染めながらゆっくりと瞳を閉じた。

 

 艶のある柔らかそうな唇を差し出すようにして、顎をわずかに上げて待ち構える。


 そして、カインはそんなマリアンの頬を撫でると。一気に鷲掴みにした。


「ふぐぅ!」


 アヒルのような口になったマリアンが何事かと暴れ、ぽかぽかとカインを叩くがカインは全く手を放す様子はなかった。


「マリアン。俺は昨日お前に命令したよな? 絶対に宿を出るなって。なのに、なんであの場に来ることが出来た」


 ふごふごと抗議の声を上げるマリアンだったが、両頬を鷲掴みにされた状態では、何を言っているのかわからない。仕方なくカインは手を放し自由にしてやると、マリアンは捲し立てるかのように声を発した。


「いきなりなにするの! 酷い! 虐待よ! 助けてあげたのにその言い草はなに! だいたい、私があの場にいかなかったら、カインは今頃墓の下だったとおもうんだけど! いいえ墓の下なんて生やさしいものじゃないわ。すり身になって鳥についばまれてたでしょうね! 感謝こそされても、文句を言われる筋合いなんて、まったく、全然、これっぽっちもないんですけど!」


「たしかに。そういえば礼をまだ言ってなかったな」


 そう言ってカインは、マリアンに感謝の言葉を伝える。急に態度を改められ不意を打たれた所為で、マリアンの頬が赤く染まった。


「べべべ、べつに感謝しているならいいけど」


「マリアン。感謝はしているが、お前の命令無視は話が別だ。所有者の命令が無視できるなんて聞いてない。今後、俺の命にもかかわってくるほど重要なことだぞ」


 真剣な眼差しで言われた言葉に、マリアンはキョトンとした顔して小首をかしげた。


「無視なんてしてないけど?」


「は?」


「だから、無視なんてしてないって言ってるの」


「俺は、お前に絶対に宿を出るなって言ったよな?」


「言ってたね」


「強く念を押したはずだが?」


「押してたね。でも、それって前振りでしょ?」


「は?」


「ほら、エラーの逸話集の中にもあるじゃない。『やるなよ。絶対にやるなよ』は、前振りだから、やれって意味だって」


「しらねーよ! そんな話!」


 ここで、所有権に関する条件が一つ明らかになった。


 どうやら、命令は所有者が意図している内容で行使されるわけではなく、受け取り手がどのように解釈したかで内容が決まるらしい。


 確かに多少曖昧な方が勝手はいいのかもしれない。今回の例を上げるならば、宿を出るなと命令された場合、言葉の意味としては宿を出ないところまでで命令が完了したと捉えることもできる。その命令に期限が明示されていないのだから、数分間宿を出ないことで命令を完了したともいえるし、宿を出て良いという許可がなくては命令が完了しないという捉え方もできる。


 それらの意図を所有者が、一々明文化するのも面倒であるし、想定していないことが起きた場合。例えば宿が火事になった場合や襲撃にあった場合。命令された者が状況判断出来ず、頑なに命令を守ろうとすれば、命を落としてしまうこともあり、結果として所有者の意図と外れてしまうことも考えられるからだ。


 意思の擦り合わせは、後々でも出来る。ならば、受け取り手の解釈によって命令が行使されるこの条件の方が、失敗は起こりにくいともいえるのだろう。


「マリアン。取り敢えず街を出るぞ。準備しろ」


「そういうと思ったからもうできてるよ。あとこれ」


 そう言ってマリアンは、ポーション二つと魔晶石を五つ、ファライヤとの戦闘で使用した投げナイフ。ファライヤが使用していた暗い光を宿す短刀を手渡してきた。


「これをどうしたんだ」


「アーマードが回収してくれて、持ってきてくれたの」


「ポーションと魔晶石は?」


「マリアンちゃんの護衛なら、もう少しまともな物を持っておけって伝えて欲しいって」


「そうか。ありがたく受け取っておくとするか」


 カインはマリアンから受け取ったアイテムを腰袋に仕舞い、今度アーマードにあったらちゃんと伝えなくてはいけないと心に誓った。護衛ではなく主人だということを。




 宿を出た二人は一度、冒険者ギルドへと向かいラインに伝言が来ていないか確認した。


 しかし、カインの残した伝言は未だ緑色のままで、仲間からの反応はなかった。


 そして、二人はフードを深く被ったまま、街を出る為に城門へと向かった。


 城門を通過しようとした時、門番の一人に呼び止められる。


「おい! そこの二人! 身分証をみせろ」


 普段であれば内から外に出る場合素通り出来る。商人や馬車などで移動している者はそうもいかないが、大した荷物も持ち歩いていない徒歩の人間をわざわざ呼び止めたりはしないのだ。


 そんな城門で身分証の提示を求められることは珍しい。だが、争うわけにもいかず、カインは渋々ながらもギルドプレートを提示した。


「もう一人の方はどうした?」


「こいつは俺の所有物だ」


「ならば、奴隷の登録証があるはずだ」


「登録証はないんだ。入る時もこいつでなんとかした」


 そう言ってカインは門番の兵士にこっそりと銀貨を二枚を握らせると。門番の兵士は僅かに頬を緩めるが直ぐに険しい顔つきに戻った。


「む。そういうことか。いいだろう。だが、お前の身元は確認させてもらう」


 そう言って門番の兵士は、魔道具ではなく、別の兵士にギルドプレートを手渡した。


 沈黙のまま時間が過ぎる。


 身元確認に一体どれだけの時間が掛かるのか。カインは嫌な予感を感じながらもただ待つことしかできなかった。


 有に半鐘分の時間が経過した頃、プレートを手にした兵士がようやく戻って来た。


 兵士は門番へなにやら耳打ちすると、直ぐに走り去っていく。


 耳打ちされた門番の兵士がカインの元へ近づいて来た。カインは、マントの中でぐっと短剣を握りしめて警戒するが、意外にもあっさりと通行の許可を伝えると持ち場へと戻っていく。


 なんだったのだろうと疑問符を浮かべながらも、カインとマリアンはボルドの街を後にするのだった。




「ねえ、カイン。黙って出てきちゃったけど、エラー教を利用しなくていいの?」


 街道を歩き、街が視界に入らなくなってから、マリアンが口を開いた。


「お前の人をたらし込む能力は理解したが、宗教家ってやつは、したたかな連中が多い。上手く利用する前にこちらが食い物にされる恐れがある」


「英雄になりたいなら、その辺もうまく利用できなきゃダメだと思うけど」


「わかってる。だが、元の計画ではアルストレイに避難したあと、コネを使って取引する予定だったんだ」


「取引って誰と?」


「アルストレイ帝国と、だ。もしくは、同じ宗教でもミリアム教に話を持ち掛ける予定だった」


「じゃあ、エラー教の聖女は、もういいの?」


「保留だ! 取引する材料が予定と違ってしまったのと、コネを持っている仲間と合流できていない。コネもないただの冒険者が、そういった連中とまともな話し合いなど出来るわけもないからな。どのみち今はどの組織とも関わり合いを持ちたくない。計画も練り直しだ」


「うーん。良くわからないんだけど、取引ってなにを取引するの? アルストレイ帝国ってさ、十二人のヴァルキュリアと、九人のシグルズが国を守ってるわけでしょ? 他のご新規さんなんて必要としてるのかなぁ」


「必要としてるさ。ヴァルキュリアとシグルズはただの兵隊じゃない。与えられた領地を統治し、腐敗に目を光らせ、戦が起きれば矢面に立つ、国の根幹こんかんと言っても過言ではない連中だ。そんな連中が他国の出来事に干渉する暇があると思うか?」


 ん? とマリアンは首をかしげる。


「災害指定ってのは知ってるか?」


「うん。討伐が困難で災害として扱われてる魔物のことでしょ?」


「そうだ。Sクラスの冒険者、英雄、騎士団ですら討伐を諦めた魔物だが、それを俺が討伐する予定だった」


「え? カインが? 冗談でしょう」


「だから予定だったんだよ。英雄ベイン・オクトーとベルガモット・アービンは、それぞれが、災害指定といわれる魔物の討伐に成功している。俺が望んだギフトさえ手に入れば、それも可能だったはずなんだ。他国に現れた災害指定を、アルストレイの戦士として討伐していくことができれば、アルストレイは他国に大きな貸しが出来る」


「なるほどー。魔物討伐の証言と宣伝をしてもらうだけで、お互いウィンウィンの関係が築けるわけね」


「なんだウィンウィンって?」


「どちらにも得があるって意味。知らないの? 正しくはWIN――」


「ああいい。わかった。どうせエラーの戯言ざれごとだろ」


「戯言じゃないないわ! 名言と言ってよね!」


「意味がわからん言葉に名言もなにもないだろうが」


カインは頭が痛くなり、眉間をおさえた。


「とにかくだ。お前の言う通りアルストレイに魔物討伐の証人を立ててもらい、宣伝をしてもらうことで、一躍英雄の名声を手に入れる筈だった。これがザックリとした概要だ」


「ふんふん。つまり、わたしは、カインを英雄にするために頑張ればいいのね」


「違う! どうしてそうなった! 今は計画を練り直す為に、ペルシアに向かってるんだろうが。お前が目立つ行動をしたお陰でボルドの街で仲間を待てなくなったんだ。いいか、ボルドの時みたいに目立つ行動はするなよ。俺の仲間と合流するまで、お前は影の様にひっそりとしていろ」


「難しいことをいうのね」


「大人しくしていればいいだけだ」


 先行きは不安だと思い、カインはいつも通り溜息を吐いた。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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