1話 銀髪の魔導騎士
本編への序章
〘退栄暦1884年、4の月、3日、22時16分。連合都市ルークス、南区第2エリアにて──〙
綺麗な月の輝く静かな夜…。
とある高層建築物の上で、漆黒の騎士服を着た銀髪の少年が立っていた。
胸元には双竜を模した金の徽章が輝いており、何か特別な地位である事が窺える。
騎士服の上には顔を覆うほど深くフード付きのローブを被っているが、フードの隙間からある程度の容姿が伺える。銀色に輝く髪とやや鋭く蒼い瞳が見え隠れしていた。
「………………」
少年は無言で遠くの赤い光が発生している場所を眺めていた。
そして、彼の周りには数人の男が横たわっており、生きてはいるみたいだが完全に意識を失っているようだ。
外傷は無いようだが男達の近くに落ちている破壊された機械や金属片を見る限り、なんらかの戦闘があったとみえる。
しかし、現在は完全な静寂が訪れている為、それは異様な光景となっていた。
『〜♪〜♪〜♪』
突然静寂を破り、少年の身に付けている騎士服のポケットの中から着信音が鳴った。
彼はいきなり鳴った音にも全く動じた様子も無く、ポケットに手を入れて魔道携帯端末を取り出す。
そして、画面を確認して少し考えるような素振りを見せたが、結局は魔導携帯端末の画面を少年がタッチした。
すると、画面上に金髪の美少女が映し出された。
顔立ちは非常に整っており、大きな瞳は魅力的である。髪は毛先にウェーブのかかった綺麗な金髪を大きな紅いリボンで後ろに結ぶ事により肩までの長さとなっている。背は少し高いくらいだが非常に可愛らしい美少女だ。
そんな可憐な彼女は画面に映し出されたと同時に上品な仕草で制服のスカートの袖を掴み、流れるような動作でお辞儀をしていく。
とても気品が溢れており、まるで聖女のような振る舞いだ。
しかし、顔を上げた途端───、
『カ、カイン様っ!!』
先ほどの上品な雰囲気は一変して、緊張した様子で照れながらも笑顔で少年の名前を呼んだ。
聖女の振る舞いが本来の彼女ではなく、こっちが素の姿らしい。
少年に対する態度から見て分かるように、どうやら彼と連絡を取れたことがよほど嬉しいようだ。
「…………」
そんな彼女に対してカインと呼ばれた少年の方は少し眉をひそめただけで、何か考えるように彼女の事を見つめていた。
対する彼女の方も何かを期待するような眼差しをカインに向けている。
そして、顔を見つめた結果、誰であるかを思い出して──、
「バレスティアか」
『確かに私はベレスタ王国バレスティア公爵家の次女ですが…』
「…なるほど」
カインはそこで彼女が何を期待しているのかを察した。
先日の記憶を探っていき、この前一度だけだが会った時の事を思い出していく。
カインが自分の事を思い出そうとしているのを悟った彼女は不安そうな表情をしながらもカインの言葉をじっと待つ。
そして、少し間があった後───、
「…メルシアだったか?」
『はい、メルシア・バレスティアですっ!名前を覚えて頂き光栄ですっ!!』
カインはなんとか思い出してようやく名前を呼んだ。
どうやら正解だったようで、メルシアはとても嬉しそうに頬を赤く染めて物凄い笑顔で喜んでいる。すぐに名前が出てこなかったとはいえ、ちゃんとカインに名前を覚えてもらっていた事が本当に嬉しいようだ。
しかし、そんなメルシアを見たカインは少し困った表情になる。名前を覚えていただけで、何故そんなに喜ぶのか全く理解出来無いのだ。
どうしてなのか気になるが長くなりそうなので、とりあえずは気にしないことにして話を先に進めていく。
「……まぁ、名前くらいはな。俺の番号を知っていると言う事はナタリーから聞いたという事か…。」
『勝手して申し訳ありません』
実はカイン以外の人物から連絡先を聞いていたメルシア。
さっきまでの笑顔は無くなり、とても申し訳無さそうな顔になる。
しかし、カインにとってそんなに困る事では無いし、それよりも気になる事があった。
先ほど自分を襲って来た者達。そして、ここから眺めて遙か先の方に見える赤い光──火事が発生している区画についてだ。
「別に気にしてない。…それより、何か問題が発生したみたいだな」
『はい…少々手荒なお客様が侵入したようでして…。ですが、わざわざカイン様のお手をお借りする案件では…』
メルシアは今回の件にカインを巻き込んでしまう事を嫌がっている。
それはカインという人物の位がそれほど高いという意味でもあるのだ。
そんなメルシアの気持ちを理解したカインは苦笑してしまう。
「…なるほど、今回の件で連絡してきた訳では無いようだな」
『それは…はい…。ですから、カイン様はお気になさらないで下さい』
どうやらメルシアは今回の件とは違い、カインに別の用事があったみたいだ。
カインにはそれが何かは分からないが、とりあえず今回の件の方が気になるようで──、
「残念ながら、もう巻き込まれているので同じ事だ。さっき、同じ組織と思しき者達に襲われたしな。メルシアも今回の件について、ある程度の情報は持っているだろう?」
『確かに私は今回の件についての情報を持っています』
メルシアは公爵家という身分が関係しているので学園でも立場的にはかなり上位だ。なので、今回の件もある程度の情報は伝わっていた。
カインも連絡をして来た相手がメルシアなので好都合だと思い、教えてもらう事にしたようだ。
「それなら丁度良かった。このままでは俺も安心して眠れないからな。そちらに協力しよう」
カインは少し冗談を交えて、自分に対して依頼しやすくなるようにそう告げた。
ただ協力すると言ってもメルシアが納得するのは難しいと判断したからだ。
『カイン様がそこまで仰るのでしたらお断りする方が失礼になってしまいますね…。畏まりました。では、現状を報告させて頂きます』
若干不満はあるものの、そう言いながら制服のスカートの袖を掴み再び綺麗な仕草でお辞儀をするメルシア。
彼女の様な美少女それをやると普通の人なら思わず見惚れてしまう程の完璧な動作である。
しかし、初めの挨拶でお辞儀をするのはともかく、それをこんな状況で2回もする必要は無い。メルシアがわざわざ完璧なお辞儀をしているのはカインに対して何らかのアピールをしているようにも見える。
女の子がアピールしてまで異性に気が付いてもらいたい事など限られてくるが、カインは1回目の時も2回目の時も特に気にした様子は無いようだ。
『…え、えーと』
顔を上げたメルシアだったが、直ぐに報告を行わずに何かを言いたそうにしておりカインの様子を窺うような素振りを見せる。
どうやらアピールに気が付いてもらえない事が分かり、どうしたら良いのか困っているようだ。
そんな、何も言ってこないメルシアを不審に思ったカインは───、
「メルシア、報告はどうした?」
『あ、あの…。報告を始める前に少し…』
何かを言いたそうにしているが、はっきりとせずに口ごもるメルシア。
そして上目遣いでチラチラとカインを見ており、非常に愛らしい。
そんな可愛い彼女を見てカインは苦笑する。
「遠慮はいらない。元々用事があって俺に連絡してしたのだろう?どうやら大事な事らしいし聞かせてくれ」
『ありがとう御座います。では、お言葉に甘えまして!』
物凄い嬉しそうにしているメルシア。
アピールしたい事について、自分から言い出すのは流石に厳しかったらしい。
『せっかくカイン様とこうして二人きりでお話する機会を得られましたので、私事で恐縮ですが質問させて頂きます』
「……そうか」
私事だと言うそんなメルシアの言葉を聞いて少し眉をひそめるカイン。
言いづらそうにしていたので、国事に関するかなり重要な案件だと思っていたカインの予想とは異なり、メルシアの態度から察するに本当に個人的な質問らしい。
若干嫌な予感もするが、一度聞くと言ったのできちんと聞く姿勢をみせる。
メルシアはそんなカインの態度を見て深呼吸をした。
そして、何かを決心したかのような目で───、
『こ、この制服なのですが、初めはカイン様に見て頂きたいと思い着てみました…。ど、どうですか?』
今着ている服に手を当てながら、恥ずかしそうに上目遣いで問いかけるメルシア。
さっきからカインにアピールしていたのはこの制服だ。白を基調とした生地で金のラインが入っている制服である。あちこちに金の装飾が施されており、高価なものだと見ただけで分かる。
ヒラヒラとした少し短めのスカートではあるが、黒いタイツと革で出来た長い茶色のブーツを履いており、どんなに動いてもあまり隙は無さそうだ。
カインもメルシアが着ている制服の事を知っていたようで───、
「……魔導学園の制服だな」
『は、はいっ!』
カインからの視線を感じて、さっきの精錬された完璧なお辞儀をした人物とは思えないほど、もじもじしているメルシア。
しかも頬を染めながら照れるようカインをチラチラ見ている。どうやら、乙女心から初めて着たオルド魔導学園の制服を最初はカインに見てもらいたかったらしく感想を求めているようだ。
やはり、先程感じた嫌な予感が見事的中してしまった。
だが、カインからしてみれば出会って数日の彼女からそんな事を聞かれる事が理解出来無いし、実は数時間前にも同じような事を友人から聞かれ、しかも対応に失敗している。
そもそも、何故女の子達がそんな事にこだわるのかがカインには分からない。分からないから年頃の女の子はそんなもんだと思うしかない。しかも、聞くだけならいいのだが、間違った回答をすれば物凄く怒るのだ。カインからすればかなり理不尽だが、だからといって失敗する訳にも行かない。
なので、次こそは失敗しないよう言葉を選ばないといけない。カインはそんな思いの中、少し思案した後───、
「メルシアみたいな可愛い子が着れば可愛いと思う」
『そ、そ、そうですかっ!あ、ありがとう御座いますっ!』
そんなカインの言葉に、両手を頬に当てて顔を真っ赤しながら慌て始めるメルシア。とても照れているが緩んだ表情から見て、とても喜んでいるようだ。
そんな彼女見てカインもひと安心。とりあえずこれで対応は間違えなかったと思い本題に戻ろうとするが───、
「さて、そろそろ"そんな事"より報告を頼む」
『そ、そ、そんな事って……そんな事って…』
しかし、カインは乙女心を理解しきれていないらしく余計な一言を足した。
メルシアはそんなカインの言葉を聞いて絶望したように項垂れてしまった。
個人的には非常に大事な事だったので"そんな事"扱いをされたメルシアは、突然殴られたかのように相当なショックを受けたようだ。
さらに、少し上を見上げると対するカインは特にそれを気にした様子もなく平然としているのでなお悪い。そんな彼の態度が非常に不満であるメルシアはカイトを睨みながら頬を膨らませた。
そんな彼女の態度に気が付き、なぜ突然怒ったのかという理由が分からないカインはメルシアの様子を窺って───、
「どうかしたのか?」
『どうせ"そんな事"ですっ!!ですから何でもございませんっ!!』
大声で否定した後、さらに頬を膨らましてそっぽを向くメルシア。
その行動は乙女として当たり前なのだが、カインはどうしてこうなったのか本当に分かっていない。
「……なるほど」
どうやら再び失敗してしまった事だけは分かるのでバツが悪そうな表情になるカイン。
メルシアはそんな彼を見て深く溜息を吐いた後、気持ちを入れ替えたように報告を始めた。
『では、話を戻します。現在、この島に侵入した敵戦力は東区第3エリア内まで進行したようです。学園警備隊が対応しているのですが相手は魔導機兵や軍用魔導飛行船を用いています』
魔導機兵とは魔導騎士に対抗する為に開発された最先端の軍用兵器である。
硬い装甲や魔導障壁を持っている為に非常に防御性能が高く、それに魔導弾という通常弾よりも高火力な銃弾を連射できる為に攻撃性能も高い。
それなりに費用はかかるが、数だけなら魔導騎士よりも勝るので大国では用いられることも多い。
「なるほど、軽く戦争でも始められる程の戦力だな」
『はい。ですから学園警備隊の現在の戦力では抑えるのが精一杯みたいで、援軍を送る話になっています』
さっきまでの不機嫌な様子とは一変して真剣な表情に変わり、物凄く畏まって丁寧に説明をするメルシア。公私を混同させずにやる事はきちんと行う性格をしているようだ。
だが、こんな非常事態になっているのに制服の事を聞くためだけに連絡して来るのだから女の子とは難しい生き物である。
そんな事を考えていたカインだが、考えるだけ無駄だと判断してその話に乗る決断をする。
「わかった、俺が向かおう」
『やはり、カイン様をこの程度の事に巻き込んでしまうのは不本意ですが…』
「気にするな、特に問題はない」
『畏まりました。どうか、よろしくお願い致します』
カインが承諾すると非常に辛そうな表情をしながらメルシアが頭を下げた。このような防衛戦力の不十分といった、警備として恥ずかしい失態の尻拭いをカインにさせる事が本当に申し訳ないといった様子だ。
そんな彼女だったが頭を下げた状態のまま、当然何かを呟き始め───、
『これだから男性は嫌いなのです。普段はあれだけ威張っているのにいざという時には役に立ちません。もう少し態度に見合った働きをしてもらいたいものですね…。全ての男性はカイン様を見習うべきです。まぁ、例え努力したところで、カイン様のように完璧な男性になるのは一生無理なのでしょうけれど…。そもそも…」
さっきまで流れるように丁寧にそして透き通った声でカインに報告をしていた彼女だったが、ぶつぶつと暗くて少し怖い感じの声で急に何か語りだした。
どうやら、メルシアは極度の男嫌いらしい。何があったのかは知らないが普段の振る舞いが変わってしまうほど嫌いであるみたいだ。
完全に自分の世界に入っていしまっている。
しかし、魔導携帯端末はその声をきちんと拾っていた為、もちろんカインには全てでは無いが、男性について批判している事は分かっていた。
そんな急に態度の変わった彼女の様子を窺うカイン。
「メルシア?」
『はい、どうか致しましたか?』
カインの呼び声に対して、さっきの怖い呟きを聞かれていたとは思っていないのか、顔を上げたメルシアは不思議そうな顔をして首を傾げた。
素の状態でこれだけの美少女がそんな事をすれば可愛いのは当たり前なのだが、さっきの事もあるのでカインとしては複雑だ。
しかも、とぼけた様子も見られないので本気で聞かれていたと思ってないらしい。
だがカインもなんとなく、メルシアは男に対して無関心…というか完全に拒絶しており、非常に厳しく当たっているのを知っていた。
なので、裏では自分も同じように言われているのだと思い込んでいる。
「……いや、何でも無い」
少し間があった後、カイン首を降って否定をした。
彼も彼女に対して何か言おうとしたのだが、なんとなく何を言っても意味が無い判断したからだ。それに非常事態時である為、仕方なく話を進めることにした。
「さて、話の続きだが南区第2エリアで"暴れようとしていた"奴らはもう制圧した」
『事前に察知して、しかも制圧なさっているとは流石カイン様です!』
少し興奮した様子でカインを褒めるメルシア。
しかし、カインはそんな彼女と相対的に落ち着いた声で話を続けていく。
「…だが、こっちはただの陽動だったようだ。動けないようにしているが直ぐに学園警備隊を寄越してくれ。俺はこのまま東区へと向かう。」
『畏まりました!やはりカイン様は素晴らしいですね!!』
連続してカインを褒め称えてくるメルシア。
カイン自身も悪い気はしないのだが、反応には非常に困るので苦笑している。
「まぁ、この程度はな」
『それなのに他の男性達は本当に情けない!今回の件が終わったら厳しい罰…コホンっ、もとい指導が必要ですねっ!!』
メルシアはカインの事は褒め称えているが、他の男性達については厳しく非難している。
さっきはカインに気取られぬように抑えめに言っていたが、今では段々と強い口調へと変化している。最後にはついつい本音が漏れてしまったが、咳払いをしてなんとか誤魔化した。
しかし、誤魔化したと言っても聞こえてない訳では無い。
なので、そんな彼女を生温かい目で見ながらカインは軽く溜息を吐く。
「……メルシア、俺は偶然現場に居合わせただけだから気にし無くてもいい」
『ですが!私の敬愛する最高の魔導騎士であらせられるカイン様を!!』
「いや、メルシア…」
『何もかも完璧で全く隙のない素晴らしいお方!』
「おーい、メルシア…」
カインが呼びかけているのにメルシアは全く気付いた様子がない。
それほどまでにカインを語る事に興奮しているようだ。
『そんな偉大なお方をこの程度の案件に付き合わせるなんて我慢出来ません!やはり、私もカイン様とご一緒に───』
「今、お前の最もするべき事は落ち着くことだ!」
メルシアがまだ何か言っていたみたいだが、カインは最後まで言葉を聞かずにそれだけ告げると通信を切った。
あれほど熱くなった彼女を宥めるのは短時間では無理だと判断した為だ。
面倒臭くなって来たからではないだろう、たぶん。
メルシアとは数日前"この島"に来て出会ったばかりだ。
まだまだ彼女については色々と理解できない事が多い。しかし、彼女が異性を嫌っている事は知っている。
だから、カインも自分が嫌われていると思っているらしく、"魔導騎士"だからといってそんなに男嫌いなら自分に対しても気を使わなくても良いと思っていた。
それは、メルシアの望む方向と正反対で可哀想だが仕方無い。
「………………」
カインは気持ちを切り替え、無言で先ほど指定された場所である東区第3エリアの方を見つめる。
一瞬何かを考えていたようだが、先ほど見えた赤い光…広い範囲の建物から火が上がっているのを再確認した後、魔導携帯端末を騎士服の中へ収める。
そして、大きく深呼吸をしてゆっくりと目を閉じると──、
「己の信じた道を貫く」
カインは自分自身に訴えかけるように小さくそう呟いた。
その行動には何か深い意味があるのだろう。カイトの纏っている雰囲気がさっきとは全く別物となっている。
「見ている者が居なくとも、己が知ればそれでいい」
ゆっくりと目を開けて腰に差していた白銀の剣を右手で抜いた。
そのまま剣を横に構えると右手が淡く光り始め、それが剣にも伝染していく。
どうやら右手から発生させた光をその剣へと注ぎ込んでいるようだ。
そして、ある程度輝きが増したところで───、
《custom:Ⅶ・術式読込》
突然、剣の刃の部分に金色の色をした光の文字が浮かび出す。
そして、複雑で大量の光文字は剣の刃から剣全体を覆って駆け巡り高速で移動を始めた。
すると円を描いて術式の様なものへと変化していく。
最終的に金色の光文字は綺麗に並び完全な術式になると──、
《術式起動〚天翔〛》
カインが術式を起動したのだろう。
剣の周りを駆け巡っていた光の術式が輝いて、吹き荒れる風と光がカインの身体全体を包みこんだ。
すると彼の背中に紺碧の光が集まり、翼の様なものを形成していく。
そして、完全な6枚の光翼になると周囲に圧倒的なオーラを放ち始めた。
カインは剣を鞘に戻すと高層建築物の上を高速で駆け抜けた。
そのまま、地面を強く蹴って空へと飛び上がって行くと驚く事にそのまま空を飛んだのだ。
先ほどいた場所から一直線で現場へと急行するカイン。
真夜中で輝くその光の翼は非常に派手だが、あまりの速度に地上からは一筋の閃光に見えていた事だろう。
それも、南区第2エリアから東区第3エリアまで10km以上離れているが、その距離を苦にしない程の速度で移動しているのだから当たり前だ。
その後、たった数分で目的地である東区第3エリアへと到着し、学園警備隊が魔導機兵と戦闘している状況を確認するカイン。
周りの建物はあちこちが破壊されたり燃えたりして酷い有様である。
不幸中の幸いであるが怪我人や死体が無いところを見ると、どうやら一般人の避難は完全に終っているようだ。
それでも悲惨な景色なのは変わらないので、僅かに顔を顰めるカイン。
そのまま戦いが行われている場所の上空へと到着すると、誰かに連絡を取る為なのか、ポケットから魔導携帯端末を取り出したのだった…。
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〘同日、22時31分。連合都市ルークス東区第3エリアにて──〙
「ベルム様!もう持ちません!!」
「狼狽えるなっ!!先程、何故かは分からないがメルシア様から連絡があり、偉大なお方が援軍に向かっているとの事だ!」
「本当ですか!」
もう少しで援軍が来ると聞き、喜ぶ学園警備隊の隊員。それとは相対的に白い制服を着た男──ベルムは何かに怯える表情をしている。
「だが、物凄く怒っているし、このまま逃げたら後が大変だぞ!なんとしてでも持ちこたえるんだ!」
「で、ですが!現在の装備ではあの大型魔導機兵を止めるなど無理ですよ!!魔導障壁が邪魔で攻撃が通りません!!」
彼らは全長10mはある大型魔導機兵1体、全長3mの小型魔導機兵数体と交戦中だ。
ベルムと学園警備隊の隊員達は厳しい状況の中、なんとか攻撃を凌いで……逃げていた。
しかし、こちらの攻撃は届かず一方的に向こうから次々と魔導弾を発射してくる魔導機兵。
その圧倒的火力と防御性能の前に彼等の装備では相手にならないらしく、後退を繰り返しては戦火を広げるばかりとなってしまう。
「学園警備隊といっても大した事ないようだな!」
「我々は学園に用事がある。無駄な抵抗はやめろ」
大型魔導機兵の上空から魔導飛行船による拡声器から学園警備隊を挑発していくテロリスト達。
全長30mある魔導飛行船には魔導障壁による防御や魔導爆撃弾による攻撃手段もあり、1機とはいえ相当な戦力である。
それに、地上から50m上空にいる事もあり、自分達が絶対的な優位な状況だと言う事で学園警備隊に対して降伏を求めているようだ。
「くそっ!テロリスト風情が!」
相手の挑発を受けて顔を歪めながら悔しがるベルム。
実際、現在の装備では大型魔導機兵を倒せないし、ましてや空を飛んでいる魔導飛行船には手も足も出ないので対抗出来無い。それが相手がテロ組織となれば相当な屈辱である。
その顔を見て完全に勝機と判断したテロ組織の頭領は部下に指示を出し始めた。
「さて、このまま"学園"のある中央区へと───」
しかし、近くで大きな爆音が鳴り響き途中でその言葉が中断される事になった。
直後、大きな衝撃波が魔導飛行船の船体を襲い大きく揺れて水平を維持できなくなってしまう。
突然の出来事に状況を理解出来ずに慌て始めるテロリスト達。
「な、何が起きたんだっ!」
「わ、分かりません!暗すぎてここからでは確認出来ないので!」
魔導飛行船は操縦室にある大きなフロントガラスから外を確認するのだが、今は夜である為にサーチライトの照らす範囲しか見えない。
元々フロントガラスで見える範囲にも限界があるので何が起こったのが全く分からないようだ。
「…仕方無い、私が屋外デッキへ向かい直接確認する!」
テロ組織の頭領は部下1名を連れて操縦室から出ると急いで屋外デッキへと向かった。
そして、直ぐに地上の方を見て確認していくと何者かに攻撃を受けたらしく、1体の小型魔導機兵の装甲が真っ二つに切断されいた。
小型とはいえ硬い装甲と魔導障壁に守られた強固な小型魔導機兵が斬られる事など絶対にありえない。
その様子を確認したテロリスト達から動揺が走る。
「ば、馬鹿なっ!き、斬られるとはどういう事だっ!!」
「真黒鋼(鉄の10倍の強度)で出来た装甲と魔導障壁で覆われた小型魔導機兵を斬るなんてっ!」
信じられない事が目の前で起こり、混乱するテロリスト達。
破壊された魔導機兵の付近を見回して状況を確認していく。
すると、突然カッ!と空が光った。
そして、再び凄まじい衝撃波が襲って来て船体が大きく揺れていく。
「な、何が!?」
驚きの連続で思わず叫んでしまうテロ組織の頭領。
直ぐ様、テロリストの2人は空を見上げて何が起きたのかを確認する。
そして、再び空が光りその方角を見ると──、
「なっ!!」
「光の斬撃だと!!」
なんと、空から黒紅色の光の斬撃が降ってきて小型魔導機兵を両断してしまったのだ。
そして、テロリストの部下はその元凶を探して確認したのだが、それは予想外な光景だった。まさかの出来事に驚きながらも、なんとか声を出して自分の頭領へと報告をする。
「と、頭領っ!あ、あいつです!!」
「空に人が浮いてる!」
部下の指を刺した方向を慌てた様子で確認していくテロ組織の頭領。
そこにいたのは漆黒の騎士服を着てフード付きのローブを纏っている人物。フードを深く被っている為、素顔は見えないが背中には紺碧の光翼があった。
その姿を見たテロ組織の頭領は顔は青ざめ始め───、
「漆黒の騎士服という事はゲイルダンの魔導騎士っ!!そ、それにあの光の翼は!?」
フードで顔は隠れているがあの光の翼だけは見間違えようが無かった。
人間が空を一定時間浮くだけなら可能だが、自由自在に空を飛ぶためには一般的に現在自分達が使っている魔導飛行船を使うしか無い。
しかし、空を自由自在に飛ぶ事の出来る天魔導術の〚天翔〛。
その古代魔導文字の読み取り、そして天魔導術として起動可能な人間がたった1人だけ存在する事をテロ組織の頭領は知っていた。
ゲイルダン地方連合ローズベルト王国所属の魔導騎士であり、ゲイルダン連合軍の最高戦力の1人。
その中で序列第一位の魔導騎士でもあり、個人戦力としては世界最強とも言われているコードネーム:〘蒼天〙だと言う事を…。
「よりによって〘蒼天〙が現れるなんて!!」
「あ、あれが〘蒼天〙ですか!!」
「そ、そうだ…あの光翼は〘蒼天〙の証と言われているらしい…。」
「せっかく〘雷華〙が不在の時を狙ったというのにこれでは…。ど、どうすれば!」
頭領の話を聞いて混乱する部下の男。
魔導騎士の中でも世界最強と名高い〘蒼天〙の事はもちろん知っていた。
さっきまでの余裕な姿は無く、完全に怯えており足はガクガクと震えている。
ここは特別な場所という事もあり、魔導騎士が数名この島にいる事は知っていた。
その中でも最も強い力を持っている〘雷華〙は現在この島には居ないという情報を得て、ようやく今回の計画を実行したのだ。
それなのに、まさか〘蒼天〙が出てくるとは完全に予想外だった。
何ヶ月も前から準備し、地道に情報を集めてようやく行動に移ったテロ組織だったが〘蒼天〙が来ている事までは把握していなかったらしい。
もし知っていれば計画を実行する事は絶対に無かったのだから…。
テロリスト達がそうこうしている間に再び光の斬撃が小型魔導機兵を襲い、またもや両断してしまった。
これで3体もの小型魔導機兵が倒された事になる。
「とにかく私達に勝ち目は無い」
「と、頭領でも無理ですか…」
絶対の信頼を寄せている頭領でも勝てないと知り絶望する部下の男。さっきまでの状況とはまるで正反対である。
「そうだ。だから両断された魔導機兵は魔導力機の技術漏洩を防ぐ為に〚自爆〛を発動させろ。それと、この魔導飛行船の魔導端末の情報も全て消去し、その後協力者にも計画は失敗だと連絡をとれ」
「わ、分かりましたっ!」
焦りはあるがなんとか状況を整理して部下に指示を出していく頭領。
自分も"とある国"に所属している為、たとえ敗北したとしても情報を渡すわけには行かない。
その命令を受けた部下の男は直ぐにその場を去り、船内へと入っていく。
1人、屋外デッキに残された頭領は〘蒼天〙のいる夜空の星以外に空に輝いているものを眺めながら───、
「…なんとか時間を稼ぐしかないかな」
さっきまでの話し方とは別人みたいな話し方でボソッと呟くのだった…。
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〘同日、22時32分。連合都市ルークス東区第2エリアにて──〙
カインはテロ組織の暴れている現場の200m上空にいた。
そして、眼下に見える標的を確認すると鞘から右手で白銀の剣を抜きゆっくりと横に構える。
そのまま、先程〚天翔〛を起動した時と同じように右手が輝いていき、続いて剣も輝き始めた。体内に宿るマナを剣へと注ぎ込んでいるのだ。
《custom:Ⅳ・術式読込》
剣の刃に黒紅色の光る文字…黒紅色の魔導文字が出現して、その魔導文字は剣の周りへと展開され魔導術式へと変化していく。
そして、完全な黒紅色の魔導術式となった瞬間、カインは天魔導術を発動した。
《術式起動〚断罪斬光〛》
カインが魔導術式の展開された剣を振るうと、術式が黒紅色の眩い光へと変化してそれが斬撃となった。
光の斬撃は200m上空から地上に向けて超高速で迫っていき、かなり距離があったにも関わらずたった数秒で小型魔導機兵へと直撃。
そして、そのまま小型魔導機兵の展開していた魔導障壁もろとも両断してしまった。
続いて空中を移動しながら同じように天魔導術の〚断罪斬光〛を連続して発動するカイン。
そのまま、テロ組織の小型魔導機兵を次々と破壊して行き、あっと言う間に敵戦力を削って行く。
しかし、最後の5体目を撃破したところでテロ組織の乗った魔導飛行船に動きがあった。
魔導飛行船が地上へと着陸して数名のテロリストを地上へ降ろし始める。
その入れ替わりで大型魔導機兵を屋外デッキに乗せて行き、屋外デッキの幅ギリギリ収まった大型魔導機兵を乗せた魔導飛行船は、直ぐに離陸してカインのいる方へ向かって来ているみたいだ。
確かにもっと空を飛ばないと上空200mにいるカインには攻撃が届かないからそれしか方法は無いのだから仕方無いのだが…。
その様子を観察するように見つめていたカインは、向かってくる魔導飛行船を見ながら何か考えるような素振りを見せた。
そして数秒経った後、自分の方から魔導飛行船の方へ向かって行った。
〚天翔〛による超高速飛行により、一瞬で魔導飛行船の近くへ辿り着くと────、
「俺はゲイルダン地方連合ローズベルト王国所属の魔導騎士だ。色々と好き勝手やってくれたみたいだが、大人しく投降するなら無用な危害を加えるつもりはない」
カインは自らの身分を明かし降伏を促した。
白銀の剣は鞘におさめており、ズボンのポケットに両手を入れている事で敵意が無い事をアピールしている。
するとその声を聞いたテロ組織の方にも動きがあり、魔導飛行船を停止させると屋外デッキに1人の人間が出てきた。
デッキの幅ギリギリに収まっている大型魔導機兵へ飛び上がり、装甲の肩部分へと移動すると────、
「私が現在この組織の統括をしている者で名はダルフ。貴公を〘蒼天〙殿とお見受けするが相違無いか?」
ダルフと名乗ったテロ組織の頭領は両手を広げ武装をしていないと言う素振りを見せながらカインに質問してくる。
一応、大型魔導機兵も機能を停止しているようだ。
「…そうだ、俺のコードネームは〘蒼天〙。今度は俺から質問だ。お前達の所属する国と目的を教えてもらおうか」
カインは上から高圧的に質問をしていく。
魔導騎士という立場はそれほど位の高い身分でもあり、しかもカインはその中でも最上位の存在だ。
だからこそダルフも嫌そうな顔をしないでそれを当たり前のように受け入れている。
「私達の所属する国は無い。王政の撤廃を────」
「その大型魔導機兵、色も形も変えているようだがヴァルベータ帝国のものだな」
「…………」
カインからの質問をとぼけた様子で答えていたダルフだったが、その言葉の途中で自分達の使っていた大型魔導機兵の事を言われて無言になった。
頬をピクリと引くつかせており、カインに対する敵意が少し漏れてしまっている。
そんなダルフからの敵意を感じながらも、全く表情を変えなかったカインはまるで推理しているかのように話を続けた。
「それに、その魔導機兵と魔導飛行船の核となる魔導力機。その魔導文字のパターンもヴァルベータ帝国のものと酷似しているな。帝国の特殊兵器に当たる大型魔導機兵を非政府組織が入手出来る筈がない。要するに、お前達はヴァルベータ帝国に準ずる組織という事だな?」
全てを見透かしたように話していくカイン。
それが正解なのかは分からないがダルフが否定する様子は無い。
おそらく否定しても無意味だと判断したのだろう。
「……魔導力機に刻まれた魔導文字を解析もせず分かるはず無い、と言いたいところだが…」
「残念だったな、俺は一定範囲内の"マナを直接見る"ことが出来る。だから、船内にお前しか残っていないという事も分かる」
ダルフが言い逃れ出来ないように逃げ道を潰しながら話していくカイン。
それに、"特殊な目"を使用する事によって魔導飛行船の中にいる人数もちゃんと確認していた。
カインには一定範囲内にいる魔導機兵や魔導飛行船、そして人間の中に存在しているマナを覆っている物質や細胞を無視して直接見ることが出来るのだ。
「ふぅ、そのことまでバレているなんてな。マナを感知するのでは無く、マナを直接見る…。なるほど、これが世界最強と言われる魔導騎士〘蒼天〙か」
「言い逃れはやめることだな」
ダルフは降参したかのように、やれやれと言った感じて話し始める。
これ以上は言い逃れ出来無いと判断したようだ。
カインに気付かれないようにゆっくりと攻撃する為の準備をしていくダルフ。
カインはそれに気付いて無いのか、平然とした様子で──、
「……それにヴァルベータ帝国に準ずる組織という事は、目的はオルド学園に保管されたゲイルダン連合の軍事機密に当たる魔導知識や魔導文字、魔導工学などの技術か?」
「…もはや否定はしない」
ダルフはもう言い逃れは出来無いと分かり否定することを止めた。
否定したところでカインに看破されるだけで意味など無いのだから…。
「確かにオルド学園の警備は軍事基地よりは緩いだろう。しかも〘雷華〙の不在を狙ったのも納得できる」
「……それも、〘蒼天〙が来たせいで失敗だ」
「俺がこの島に来たのは先日だ。しかも、今回の件に介入したのも偶然だからな。どちらにしてもお前達は運が無かった。…さて、そろそろ降伏したらどうだ?」
カインはそろそろ頃合いだと思いダルフに対して降伏を促した。
そして、ダルフを拘束する為にゆっくりと降下しながら屋外デッキへと近づいていく。
「確かに私では貴公に勝てない」
「そうだな、無駄な抵抗になるだろう」
絶対の自身があるのか全く揺るぎない言葉で肯定するカイン。
そんな言葉を聞いてダルフは僅かに眉を細めた。
「無駄な抵抗か…。だが、時間を稼ぎくらいはさせてもらうぞ!!」
ダルフが突然攻撃を仕掛けてきた。
停止させていた大型魔導機兵を起動させるとカインに向けて魔導弾を数十弾一斉に発射させて行く。
その数十弾の魔導弾はどうやらカインに対して着弾したものの、何かで防いでいるらしく辺りに凄まじい火花が飛び散っていた。
そして、大型魔導機兵の魔導弾による攻撃は休むこと無く続いている中、ダルフは追撃を仕掛けようと懐に隠していた魔導力演算機を取り出した。
それと同時にマナを注ぎ込み、赤色の魔導文字を出現させる。
そのまま魔導力演算機の周りに赤色の魔導術式に展開させると魔導術である〚火炎玉〛を発動。
その大きな火球は全てを燃やし尽くす業火の如く、唸りを上げてカインに迫ってていくのだが───、
「誰を攻撃をしている?」
突然、ダルフの背後に周りこんでいたカインが後ろから声をかけた。
大型魔導機兵による魔導弾の攻撃は同じように続いており、〚火炎玉〛も確かに標的に着弾している筈だった。
しかし、カイン本人は自分の背後にいるという、ダルフにとっては訳の分からない状況だ。
大型魔導機兵が攻撃した際も今の魔導術も確かに手応えがあった。
それなのにいきなり背後を取られた事に動揺するダルフ。
「た、確かに当たったのに!」
「そうだな、確かに俺の光翼には当たった」
カインは相手から殺す気で攻撃されたにも関わらず、まだ剣を構えるどころかズボンのポケットに手を入れており相変わらず飄々(ひょうひょう)としている。
「ちっ!」
ダルフは後ろを振り返りそんなカインの姿を確認して舌打ちをする。
そして、自分との距離が近すぎるせいで大型魔導機兵の魔導弾は使用出来ないので、ダルフはカインから少し距離を取りながら先程と同じように短剣にマナを注ぎ込み〚火炎玉〛の発動を試みるが───、
「がはっ!!!」
しかし、今度はカインのいる位置とは真逆の背後からの何かが物凄い勢いでぶつかって来て、ダルフは身体がふっ飛ばされてしまう。
そのまま、屋内へと通じる扉まで吹き飛ばされながらも、なんとか受け身を取り体制を整える。
そして、直ぐにカインのいる場所を探していくが───、
「大型魔導機兵が…」
驚く事にそこには既に両断された大型魔導機兵。そして、ポケットに両手を入れたまま平然と大型魔導機兵の上に立っているカインの姿があった。
「……なるほど、私がさっき攻撃したのはその光翼だけだったという訳か」
吹き飛ばされた痛みを堪えながらも納得するダルフ。
背後を取られて振り返った時に一瞬だけ見えたカインの背中には光翼が無かった。
それにより、先程自分をふっ飛ばしたものが光翼であると理解したダルフ。それと同時にさっきまで大型魔導機兵と自分が攻撃していたものも光翼だと分かったようだ。
全ての魔導弾と魔導術をカインの居ないただの光翼に向けて発射していたという事。
つまり、実際カインはただ移動しただけで、武器も抜かず防御、囮、奇襲の全てを光翼を操ることで行った事になる。
「さて、時間稼ぎにはもう十分じゃないか?」
「………まぁ、バレているか。分かっていて私に付き合う理由はなんだ?貴公なら私程度はとっくに制圧しているだろう?」
先程喰らった攻撃の痛みを堪えゆっくりと立ち上がっていくダルフ。
実力差を身を持って思い知った今ではカインの行動の意図が掴めないのだ。彼がその気なら自分が攻撃する事自体が阻止されていたと今だから分かる。
それでも、なんとか抗おうとカインに質問をしながら、次の攻撃準備も密かに行うダルフ。
対するカインは相変わらず隙だらけと言った感じである。
「それなんだが──」
『〜♪〜♪〜♪』
「──丁度連絡が来たようだな」
カインが何かを言いかけたところで着信音が鳴った。
ようやくズボンのポケットから出した手には魔導携帯端末が握られており、そのまま画面をタッチ。
そして、相手の映像は無いようでカインは魔導携帯端末を耳にあてて通話を始めた。
「……そっちも制圧したようだな。……こっちも問題無い。………やはり、内通者は学園の…。……そうだ、ヴァルベータ帝国の間者だ。……わかった、そっちの事は任せる。…では、またな。」
カインは手短に確認しただけのような通信を終えるとダルフの方を向き直す。
ダルフはさっきの通信を、少し聞こえたカインの言葉から自分達の件についてだと判断した。
「……私の部下達と協力者を捕まえたのだな」
「そういう事だ。後はお前だけだな」
自分が時間稼ぎをして逃がす算段だったのだが、逆に自分以外が先に捕まってしまったらしい。
どんな手を使ったのかは分からないが納得出来無いダルフ。
「魔導騎士には敵わないが私の部下達はそれなりの訓練を受けている。協力者も合わせてこんなに早く捕まえられるとは…」
「俺の従者は優秀だからな。少し前に連絡をしたら直ぐに対処してくれた」
カインは残りのテロリスト達を制圧したは自分の従者だと告げた。
その言葉を聞いて、ダルフは〘蒼天〙の従者という事から1人の人物を想像する。ゲイルダン地方連合の魔導騎士で最強の男といえば〘蒼天〙。
そして、唯一従者であるのに魔導騎士となった人物といえば──、
「〘煉獄〙…。なるほど、ゲイルダン連合の魔導騎士序列第八位か。たかが私達に〘蒼天〙と〘煉獄〙とは手厚い歓迎だな」
「大型魔導機兵や軍用魔導飛行船まで持ち出した事、それにお前達が勝手に俺を巻き込んだんだから自業自得だ。俺は元々介入する気は無かったんだからな」
少し前の事を思い出して苦笑するカイン。
そもそも今回の件はダルフ達がカインを勝手に巻き込んだようだ。
知らなかったとはいえ、ゲイルダン地方連合の最高戦力を巻き込んでしまうなんて不運としか言いようがない。
しかし、ダルフとしてはどんなに絶望的であっても捕まるわけにも情報を渡すわけにも行かなかった。自らの意思ではなく、そうするように訓練を受けていたからだ。
斯くなる上は全ての情報を自ら諸共まとめて消去するしかない。
カインに両断された大型魔導機兵の機能は停止しているが、魔導力機に刻み込まれた〚自爆〛の発動は可能だった。
大型魔導機兵クラスの魔導力機が自爆すれば魔導飛行船も巻き込んで全てを破壊する事が出来る。
「まだやれる事はある…」
ダルフはそう呟くと大型魔導機兵の操縦器にマナを注ぎ込んだ。
そして、〚自爆〛の魔導文字を読み取り、魔導術式を展開していく。
大型魔導機兵の機体全体が大きな魔導術式に包まれていき、莫大なエネルギーが放出されようとしていた。
「さようなら…」
最後の言葉としてダルフはこの世に別れを告げた。
小さく、そして儚い声だった。
通常、魔導術式が展開されてしまうと起動者以外には発動を止めることは出来無い。
マナを視覚出来るほど情報化した状態である魔導術式には干渉する事が出来なくなってしまうのだ。
つまり、既に展開された今となってはカインが何をしても手遅れに───、
「お前の死に場所はここじゃねぇ…」
カインは小さくそう呟くと、白銀の剣抜いた。
それと同時にマナが急速に集まっていく。
そして、今までとは違い魔導文字を読み取らずに、そのまま剣を大型魔導機兵に向けて振るった。
一瞬の間に凄まじい量のマナを込めた斬撃は展開されていた魔導術式に直撃すると──パリンッ!と大きな音を立てて魔導術式が弾き飛ばしてしまった。
それも魔導機兵には全く傷を付けずに魔導術式のみをである。
つまり、物理的に干渉できない筈の魔導術式だけを砕いたという事になる。
「て、展開された魔導術式を破壊したなんて!!」
目の前で見たありえない光景に驚愕するダルフ。
マナで造られた魔導術式を阻害して発動出来なくする手段はあっても、あのように破壊される事など普通はありえない。
「《術式破壊》。扱いが難しいから実際に使用する者は少な───」
カインは言葉途中でダルフに向かって超高速で接近し、ダルフの短剣を手刀ではたき落とした。
突然、ダルフが喉元に短剣を突き付けて自害しようとしたからだ。
カインはそのままダルフの手を掴み、身動きが出来ないように拘束をした。
わざと痛みを感じるようにきつく押さえ付けている。どうやらダルフした行動相に対して当怒っているようだ。
周囲の空気を変えるほど異常に濃い威圧感を放っている。
「……お前、何をしているんだ?」
静かに怒りを抑えたような声色で問いかけるカイン。
しかし、漏れ出た怒りにより物理的に押さえ付けられてる以上に強いプレッシャーがダルフの身体に押し寄せる。
ダルフは異常な汗をかきながら震える声で──、
「に、任務に失敗した私はもう生きては…」
ダルフの表情は何もかも諦めた顔だ。
生きる事になんの意味も持っておらず執着もしてない。
「生きる事を諦めんじゃねぇよ!!」
カインの怒号が響いた。そして、さっきよりも更に強めにダルフを押え付けた。
言葉には出さないが痛みによりダルフの顔が歪んでいく。それでもなんとか拘束を解こうと必死にもがいていた。
しかし、カインは腕の関節がギリギリ外れるか外れないかの所で押さえているので全く意味は無いようだが。
少し間があった後で──、
「……お前は帝国孤児兵か?」
「………」
カインに問いかけられたが黙り込むダルフ。
何も言わないがダルフがソウマから顔を背けているところを見る限り事実なのだろう。
帝国孤児兵はこの大陸最大の軍事国家であるヴァルベータ帝国ではよく見られる存在だ。
幼い頃から戦闘をするための厳しい訓練を受け、ただ戦いに使われる為だけに育てられた。場合によって使い捨てにされた者も大勢いる。
子供達の親は死んだか、親に売られたか、様々な理由によって本人の意志とは関係なくそういうふうに育てられてしまったのだ。
戦闘以外は何も出来ないただの道具として…。
「お前にはその生き方しか出来なかったのかもしれない…。選択する事が出来なかったのかもしれない」
「………私はその為に育てられた」
ダルフはボソッと呟くようにそう言い放つ。
そんなダルフと目を合わせる為、カインは顔を近づけていく。
ダルフとカイトの顔の距離が僅かに数cmとなり、しっかりと目を合わせる2人。
僅かにダルフの頬がやや赤く染まる。
「そういう風に育てられたとか関係ない。どんなふうに育てられたとしても、ずっとそのままである必要は無いんだ。人は変われる。自分が変わりたいと強く望めば変われるんだ。お前もそう望むならきっと変われる。だから、お前も少しは別の生き方というのも考えてみる事だ」
「…別の生き方を考える?」
言葉を繰り返し自分に刻み込むように呟くダルフ。
カインから目を離さないでしっかりと見つめ返している。
そんなダルフにカインは笑いかけながら──、
「そうだ。何が出来るか、何をすれば変われるのかをよく考えろ。そして、考えた結果出した答えをその時には俺に聞かせてくれ。その時に”本名”も…な!お嬢さん?」
「えっ!!」
お嬢さんと言われた事に驚きダルフ(?)は目を見開きながら、反射的に思わずカインから少し距離を取った。
まさかそこまでバレているとは思わなかったからだ。
「言っただろ、俺はマナを見ることが出来るって。マナは生物や物質によって色が異なる。そして、人間のマナは性別によってその色が違うんだ。つまり──」
「私のマナは女性の色だったと言うことか…」
「まぁ、そういう事だ。では、落ち着いた所でそろそろ学園警──」
「カイン様ぁーー!!」
一段落したところで後処理の為に学園警備隊に連絡しようとしたのだが、突然遠くの方からカインを呼ぶ声が聞こえて来た。
どうやら拡声器から聞こえて来た声らしいが、女性の声でありしかもカインの聞いたことのある声だった。
「この声は…」
カインはその声の聞こえた方向を見て、金の天馬──オルド学園の紋章の入った魔導飛行船がこっちに向かって来ているのを確認した。
なんとなく、面倒臭い事態になる予感がしてしまう。しかし、このままテロを起こした捕虜を放置して逃げるわけには行かないので本当に面倒臭い…。
カインは軽く溜息を吐きながら───、
「どうしてわざわざ迎えに来るんだ…」
思わずカインの声が漏れてしまった。
小さく呟いただけだが押さえ付けているほどカインとダルフの距離が近いので、もちろんダルフにもその声が聞こえてしまっている。
「貴方も大変そうね」
そんなカインの様子見て、ダルフも大体の事を察したらしい。
これだけ強くて容姿も良くて地位もある魔導騎士が慕われない訳が無い。
少し笑いながらもカイトに同情しているようだ。
「テロを起こして、大変な状況にしたお前にそんな事言われたくないんだが…。」
複雑な表情をしながらカインは告げた。
カインも今回の元凶であるダルフにだけは絶対に言われたく無い。
元々、ダルフ達がテロを起こさなければもっと静かな夜を過ごしていた筈だ。
それなのにわざわざ巻き込まれて面倒臭い事態となっている。あれもこれも目の前の彼女が悪いようなものだ。
少し怒ったような感じで力を入れ、再びダルフの拘束を強める。
「い、痛い!離して!あ、謝りますからぁっ!!」
さっきまでの我慢した様子はなく痛い事を素直に言うダルフ。
カインの言葉を聞いて空元気なのか吹っ切れたのかは分からないが、こうして感情を表に出している事は良い事だろう。
そんなダルフの変化にカインも気が付いたようだ。
「お前はもっと反省してくれ」
「私は捕虜だから好きにしていいわよ」
どうやらもう自分を偽るのを止めたようだ
ダルフはさっきよりもスッキリとした表情をしている。
「じゃあ、お前はあの元気なお嬢様の出迎えるか?あの子は色々と怖いぞ」
苦笑しながらもそう告げるカイン。
「無理無理無理!!!それになんかあの子怖いんだけど!」
急に自分の身について不安になってきたダルフ。
何を感じたのかは分からないが少し震えているようだ。
カインはそんな彼女の様子を全く気にした様子は無く───、
「では、仕方無いな…。行くぞ!!」
「え?」
突然行くぞと言われて首を傾げたダルフ(?)を、カインは躊躇無く抱き上げた。
そして、近くに浮いていた紺碧の光翼を背中に呼び寄せると、飛んでくる魔導飛行船とは反対方向へ飛翔。
一瞬で超加速し、どんどん魔導飛行船から離れていく。
これはカインが面倒臭いと思った事からの戦力的撤退、もとい逃亡である。
「きゃぁぁあーっ!!」
「カ、カイン様ぁーー!!待ってくださーい!!!」
2人の女性の叫び声が夜空へと響き渡る。
こうして、この日の夜を賑わしたテロは銀髪の魔導騎士によって鎮圧されたのだった…。
タイトルどうしようかなぁ…。