プロローグ
二人は、やがて…
〘退栄歴????年、?の月、?日、19時10分、とある森の中───〙
一人の少年が深い森の中を周囲を警戒しつつ、ゆっくりと歩いていた。
周りには高い木が無数にそびえ立っており、視界も悪く物陰から何が飛び出して来てもおかしくない場所である。普通の人ならば入ることさえ躊躇ってしまうこの森の中、この少年は夜にも関わらず全く躊躇なく、しっかりとした足取りで進んでいた。
おそらく何度もここを訪れており、こんな森にも慣れているのだろう。
「……………」
そんな感じでずっと森の中を進んでいた少年が、突然歩みを止めた。
周りには植物以外何も存在しておらず、ほとんど音もない静かな状況ではある。しかし、少年は何を感じたのかゆっくりと腰にぶら下げていた剣に右手を添えた。
少しの沈黙の後、木を折る激しい音が聞こえ始め、徐々にその音が強くなっきた。
そして、少年に向かって巨大な黒い影が飛び出し───、
「ガルルルッ!!!」
と、大きな咆哮を上げながら少年へと襲い掛かって来た。
「……黒鋼熊だな」
少年は落ち着いた様子で襲ってきた魔獣を確認した。
全長4m以上はある巨大な黒い熊である黒鋼熊は、身体全体をまるで鉄のような毛で覆っており、並の者ではその身体に、傷すら付ける事は不可能と言われている魔獣だ。逆に鋭い爪は鉄をも切り裂くほど鋭いと言われており、討伐ランクも高い。
そんな凶暴な魔獣が急速に迫ってくるのに対して全く動揺せず、ゆっくりと右手で剣を抜いて構える少年。すると少年の右手から何か力のようなものが放出され始めた。
そして、その力はどうやら少年の持っている剣に収束しているようだ。
しかし、相手の黒鋼熊はそんな事は気にしないといった感じで、その凶悪な爪を振りぶって少年へと向かって攻撃をしていく。
その爪で少年が切り裂かれる…ということはなく、物凄い勢いで放たれた攻撃を半身だけ身体をズラす事で簡単に回避し、それと同時に迷うことなく黒鋼熊を一閃。
まさに一筋の光のような鋭い斬撃は、あの鉄のように硬い黒鋼熊一瞬で真っ二つにしてしまう。
「ガッ!!」
真っ二つにされた黒鋼熊は声にならないような声を出しながら、力なく崩れ落ちていき絶命した。
その様子を少年は全く表情を変えずに確認し終わると、ゆっくりと剣を鞘に戻した。右手から放出していた力も落ち着き始め、少年が剣を抜く前の状態へと戻っていた。
その後、少年は目の前に転がっている黒鋼熊の死体に近付いていき、懐からナイフを取り出すと、黒鋼熊の体内に存在している魔心石だけを回収した。
それを腰に下げていた袋に入れてナイフを懐にしまうと、黒鋼熊の死体をその場に残したまま再び移動を開始していく。
それから20分ほど、ずっと森の中を進んでいた少年だったが、ようやく終わりがやってきた。
真っ暗でほとんど何も見えなかった深い森の奥から月明かりとおぼしき光が見え始めたのだ。
その光の方へ真っ直ぐ進んでいく少年。そしてそのまま高い木々に囲まれていた森を抜けると、そこには……辺り一面が真っ白い花で埋め尽くされた、丘が広がっていた。
その丘の真ん中には一つだけ置かれたような木が一本だけ生えており、その木の下には一人の少女が座っている。
その少女の姿を確認した少年は───、
「やっぱり、ここにいたか…」
ややため息を吐きながら、安心したかのように呟いた。
彼女とのこれまでの付き合いから、またここに来ているのだろうと予測してここまでやって来たのだが、実際に無事発見する事が出来て安堵したようだ。
少女のところへ向かう途中、一度彼女と目が合ったが特になにを言う訳でもなく、そのまま少女のいる場所へと近付いていき、黙って彼女の隣へ座る少年。
すると、少女の方から無言のまま自分の頭をごく自然な感じで少年の肩に預けてきた。
「「…………」」
その後も、しばらくの間、黙ってその景色を眺めていた二人だったが、少女が沈黙を破って───、
「怒ってる?」
と、頭を肩に預けたまま少年を見上げるような感じで問いかけた。
そんな彼女に対して少年は苦笑した。まず再会して初めて話した一言が自分が怒ってるかどうかというものだったからだ。
もちろん少年は怒っていた訳ではなく、ただ心配して迎えに来ただけなので彼女がそんな事を気にしているのが少しおかしく思えた。
「いや、心配しただけだ」
「…ありがとう」
そんなふうに少年が自分の事をただ本当に心配していたという事が伝わったのか、少女は頬を赤く染めながら嬉しそうに感謝の言葉を告げた。
「…まぁ当たり前だ」
とてもストレートな彼女の感謝の言葉を聞いて少し恥ずかしそうに答える少年。
「何度目だろうな」
少年はそう呟きながら、この場所でこのやり取りを行うのはもう何回目になるだろうかと、そんな事を考える。
なにか嫌な事や考えたい事があれば彼女はすぐにこの場所を訪れて、そんな少女を心配した少年が迎えに行くというのは最早お決まりのパターンとなっていた。
それだけ付き合いが長いというのもあるし、それだけ深い付き合いをしているという事にもなる。
「ここに来ると落ち着くんだぁ。心が洗われるっていうか、いろんな感情を整理できるから」
「まぁ俺達にとっては思い出の場所だからな」
「そうだね。初めて貴方と出会えた日に見つけた大切な場所」
今でこそ、こうして懐かしい思い出として話せるこの場所だが、あの頃はとてもじゃないけどこんなふうに何回も訪れる事になるとは思っていなかった。この場所にくるだけでも本当に苦労したし、ここに着くまでの出来事を考えたら普通は二度と来ないだろう。
そんなこの場所を今ではちょっとした気分転換の為に訪れると言う事は、それだけ自分達も成長したのだと実感できる。
「ねぇ、この花の花言葉って知ってる?」
これまでの事を思い出していた少年に対して、ふと少女がそんな事を聞いてきた。
この丘一面を埋め尽くしているこの白い花のことを言っているのだろう。
品のある真っ白い綺麗な花で、夜になるとスッキリとした甘いいい香りがするこの花は形が星に似ていた。
あまり有名では無い花ではあるが少女の影響からか少年も名前くらいは知っていた。
「アングレカム……名前は知ってるけど花言葉までは知らないな」
「ふふ、そうだよね。この花の花言葉は…『祈り』。願いや夢をこの花に祈る事でそれが叶うかもしれないね」
「夢…か」
少年は自然とその言葉を呟いた。
彼には成し遂げたい夢があった。
自分の過去、そして今までの経験から何をすればいいのか、自分に何ができるのかを一生懸命考えて導き出し、最近になってようやく見つけた夢。
その夢は生半可な覚悟では到底成し遂げる事が不可能な遠くて、険しいものだ。
ここにいる彼女とここにはいない仲間達に必ずやってみせると誓った大切な夢だ。
何年、何十年かかったとしても少年は諦めずにその夢に向けて全力で取り組んでいくだろう。
そんな事強い想いを抱いている少年が遠くを見つめてボーッとし始めたその頃。少女は何を思ったのか急に立ち上がり、近くに生えいたアングレカムの花を手に取って戻ってきた。
そんな少女が戻って来るまで彼女が自分の側を離れた事にも気が付かなかった少年はのんびりし過ぎていたかなと反省しながら立ち上がる。
「その花をどうするんだ?」
「貴方に贈ります」
何かするつもりなのかと聞いてきた少年に、急に敬語で話しかけながらアングレカムの花を渡し始める少女。
少し戸惑いながらもその花を受けとる少年。正直渡されても困るものではあるが、なにやらとても真剣な表情を彼女がしていたので仕方なく受け取ったようだ。
「なんで俺に?」
「…ねぇ、私が今回どうしてここに来たか、なんとなくわかってるでしょ?」
「それは…まぁな」
少女から言われた言葉に少し気まずい様子で少年は答える。心当たりがあるというか、ほぼ確実にそうなんだろうなと予測することが出来るからだ。
実は少年はとある理由から、最近彼女の事を避けてしまっていた。自分でも急な出来事だった為に、なかなか整理することが出来ずに彼女から少し距離を置いていたのだ。
その事を周りにはバレないようにしていたつもりだったのだが、残念な事に少女に完全に悟られてしまっていたようだ。
「私には貴方が何に悩んでいるのか分からないし、それを貴方が自分から言わない人だって事も分かってる。だから私も何も言わないし何も聞かない。だけどね、私の想いは分かって欲しい…」
少女はゆっくりと少年に近付いていく。
そして、少年が持っているアングレカムの花を少年の手ごと両手で包みながらそっと言葉を告げた。
「私は……」
次回から本編へが始まります。
読んで頂きありがとぅございました´ω`)ノ
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