Deep Blue
澄んだ空気の空の下、無邪気に笑い走り回る、そんな子供達を眺めていた。この惑星は本当に蒼いのか、ずっと謎だった答えを私は知っている。本当にこの惑星は蒼く澄んでいて、規則正しい朝と夜を繰り返す、命ある全ての生命を乗せながら廻っている、当初その事に感動し独りで涙を流した事をふと思い出す。
時間の概念も無く歳も取らない、私のような存在は沢山存在するが、会話をする事は無い、というか出来ないようになっているようだった。早い子はもう地上に戻り、自分の子を育てる者もいる。何をそんなに焦る必要があるのか、私はそんな事を思いながらも、もうずっとこの惑星を眺める事に慣れ切ってしまいこの惑星が何周したのかを忘れてしまった。
私達が守り抜いたこの惑星、この蒼を皆どんな気持ちで眺めているのだろうか、そんな事を想像しながら独りでずっと眺めていた。私が魔法少女になったきっかけ、もう記憶には無いが報われない何か、確かそんなものだったような、そんな感覚だけは何処か覚えているというか、それぐらいの事しか分からない。
白く淡い光を私はこれまで数え切れないぐらい見て来たが、それは終えた命そのものの光なんだろう、そんな事を思いながら浮かんで行くそれらをぼんやり、この蒼と共にずっと見て過ごして来た。皆が皆私のような晴れやかな「かつて魔法少女だった者」ではない、寧ろ恨みや憎しみ、それらを抱えた者がほとんどだったろう、魔法少女とはそういうものだ、それだけは何処か覚えていて未だにそれらの多くは消える事無く漂い続けているように思う。
この惑星を、蒼を壊してみせる、そんな思いを感じる瞬間も今まで沢山あったのだ。それを出来る存在を彼女達は知っている。代わりにやってのける者、地上に戻ってしまったらそれらの記憶は無くなってしまう。
「かつて魔法少女だった者」は「未だに魔法少女である存在」を知っている。手段を選ばず唯一壊せる存在の中に入り込むだろう、その時が来たら一斉に、その存在がどうなろうと知った事ではない、自分達が報われなかった願いと祈りと共に、この蒼の崩壊に手を貸す事になるだろう。
残念ながら私にそれらを止める事は出来ない。この美しい蒼が灰色に染まる事が無いように祈るのみ、魔法少女とはそういうもの、哀しみと絶望を消えてからも残してしまう、憐れな存在でしかないのだ。
今もこの惑星は廻っている。光と影に姿を変えながら、美しい蒼を、私はいつまでもその姿を眺めている。ただそんな存在でしかない。
ーーー
「結奈は可愛いねぇ、こんな孫を持って私はとっても幸せだよ。」
「おばあちゃんって、魔法少女だったんでしょ?どんな魔法を使う事が出来るの?」
「..私はもう魔法を使う事は出来ないが、そうねぇ、傷を負った魔法少女の傷を癒す事、ぐらいの事しか私は出来なかったかねぇ..」
「凄い!傷を癒す事が出来るなんて、それはとっても必要とされたんじゃない?」
「..そうねぇ、とても必要とされたが、とても辛かった記憶しか無いかねぇ..」
「どうして?」
「彼女達の傷を癒す時、彼女達の痛みや苦しみが私に伝わって来てねぇ、自分の心が張り裂けそうになってしまうんだよ。もうあんな想いは味わいたくない、それ以上に、彼女達は苦しみを抱いて散って行った事を想えば、私は何も考えたくなくなるんだよ。」
「..ごめんなさい。」
「謝る事じゃないさ結奈、分かったかい?魔法少女は憧れるものじゃない、私は逃げて生き延びてしまったが、あんな想いをあんたに味わって欲しくないのさ。結奈のお母さんは分かってくれないんだがね、魔法少女の事を少しでも理解して彼女達が存在していた事を知って欲しい、そしてそれがいかに哀しい事なのかをあんたに少しでも知って欲しいから喋るんだよ。それでも彼女達に憧れる日が来たら、彼女達の為に祈ると良いよ、この惑星を守ってくれてありがとう、魔法少女が必要の無い世界にしてくれてありがとう、私は魔法少女の夢だけを見る事が出来る、そんな世界にしてくれてありがとう、とね。」
ーーー
私が魔法少女である事を私が知ってしまった以上、結奈を守れる存在は私しかいない、あの日からその事ばかりを考えていた。変に物理的に距離を置くより、多少辛くても結奈といる時は平然と過ごす。結奈の気持ちが不安定にならないように、前のように過ごせるように..。
ただ、それが無駄な事ではないか、いづれあの子も「こっち側」の存在になるのではないか、それを止める事は出来ない何かを私はずっと感じて過ごして来た。それよりも恐ろしかったのは、あの子から様々な「声」が聞こえて来た事。結奈は自覚は無いようであったが、私にはそれらがダイレクトに伝わって来て苦しくなっていた、それらは結奈には聞こえてはいないように思えた。それらの声のようなものが、私にではなく全て結奈に向けられていた事。結奈がこっち側の存在となりそれらがもしダイレクトに結奈に向けられたとしたら..あの子は絶対に耐えられない、それだけが心配で私は私が魔法少女であるのならあの子を絶対に守ってみせる、それだけを考える日々を送っていた。
本当なら自分の心配をしなければならないのかもしれない。何故私はこんな身体になったのか、何故私は魔法少女であったのか..ただ、不思議と「あの子を守る」為だけに私はいるのだと考えたら、妙に納得する事が出来たのも事実であった事。結奈の宿命のようなもの、それらと戦う事が私の義務、不思議とそんな考えに導かれるような、そんな感覚を身体で感じていたのも事実であった事。私達が出逢った意味、最初から決められていたような感覚、遅かれ早かれ結奈が魔法少女そのものである事を知る日が来る直感のようなもの。
その日が来ても、私は驚くよりもまず、彼女が必要としている事、求められているものを把握し理性的に手を差し伸べる事、それをして行く事が求められるのだろうな、そんな妙な心構えが私の中で少しづつ積み重なるように出来上がっていた。
誰かが苦しんでいる時、それが私にとって見捨てる事など出来ない存在であった場合何をしてやれるのか。今の私に求められるのはそういうものでしかないのではないか。きっかけは小さな呟きでも、いづれ自分だって魔法少女になっていた、そんな気さえしている。魔法少女の血を持つ以上、どうしてもそういう者は導かれるものでもあるのだろう、それは、何となく分かる。
でも結奈は違う。あの子が抱えるものの大きさは計り知れないもの、魔法少女になってしまった今だからこそ分かってしまうもの。あの子は見えない何かに狙われている、それも大きな見えない何か、そんな存在を守ろうなんていう存在は何処にもいないだろう。だからこそ私が結奈を守る、守る為だけに魔法少女として存在する、そう覚悟を決めると私の心のザワつきは不思議と収まって行く、つまりは私の存在はそういう意味なのだろう..私はあんたを守る、見えない「何か」に潰されてしまわないように、その覚悟が私の存在する意味のように思えてならなかった。
だから全力であんたを守ってみせる、間違っているのか正しい事なのか分からないその思いだけが、確かに今の私を突き動かしていた。
ーーーー
誰かの叫び声が聴こえる。幼子が泣いている声も。多くの救急車のサイレンの音、飛び交うヘリコプターの音。何なのだろう、何が起きているのか。これは現代の音なのか、昔の記憶の音なのか..。そんな夢の中にいる私に届く、小さく呟くような声。
「助けて、連れてって、あなたも行くの、あの向こう側に。あなたの祈りを全部叶えてあげる。あなたの望んだ世界、あなたが欲しい世界、待っててね、今に叶えてあげるから。」
私は黙って聞いていた。何も景色が無いここはきっと私の中の世界。平穏でありふれたものに慣らされた私の心の中の音、煩わしいそれらを閉じるように、私は暗闇の中でそっと耳を閉じた。
「ふふふ。」
とその女の子は笑っているような気がした。