お月さま
3歳の……いつだったのかはきちんと覚えていないけれど、秋頃だったような気がする。
もかもかしたコートを着てる季節じゃなかったのは確かだ。
多分、ヤマハの帰り道だったんじゃないかな?
習い事は1つしかさせていないから、帰りが遅くなるのは習い事の後だけなのだ。
微妙に終わる時間が遅いからと、駅前のサイゼリアでご飯を食べた。
店を出ると、結構暗い。
テクテク歩いて、家に向かう。
右手の人差し指をプラプラさせるのは『手を繋ごう』という、私とポンポコリーナの間の無言の合図。
ポンポコリーナの湿った手の平が、いつものようにソレをキュッと握りしめる。
駅前の商店街を抜けて天ぷら屋さんの前を通り過ぎようとした時に、ふと、ポンポコリーナが右手で中空に何かを握るかのようにしているのに気が付く。
なんだか、風船を持っているみたいだな。
そう思って空を見上げると、そこには丸く見えるお月さま。
私は乱視がひど過ぎて、三日月がバナナみたいに見えるから本当はまん丸ではないのかもしれないけれど、私の目にはまん丸に見えるソレに向かって、ポンポコリーナの右手から糸が伸びている錯覚に陥る。
「それ、なにしてんの?」
私が訊ねると、ポンポコリーナは嬉しそうに笑いながら答える。
「おさんぽしてるの」
「お月さまと?」
にこにこしながら肯定する娘さんを眺めて、もう一度月を見上げた。
「お月さまのお散歩かぁ。メルヘンだねぇ。」
結婚して然程経たない頃に、義妹が自分の息子が日の入りを『お日様寝んね』と表現すると口にしていた事を思い出す。
子供の発想ってすごいな。
是非とも、大人になってもその感性を持ち続けて欲しいものだ。