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聖少女カシェリーナ  作者: 神村 律子
聖女カシェリーナ サードモンスタープラン
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その三十一 追いつめられた狂気

 カシェリーナとアタマスは、デイリー・アースのニューホンコン支局に到着し、車に乗り換え、教えられた発信源に向かっていた。

「どうやら、アバスの工場の下が発信源のようです。デイアネイラもそこから現れたようですから、まず間違いないでしょう」

 デイアネイラの出現で街の大半の人々が逃げ出したニューホンコンの道路は、置き去りにされて焼失した車があちこちにあるくらいで、人の姿は全く見当たらなかった。カシェリーナは相当のスピードで車を走らせていたので、目の前にいきなり女が現れたのに気づいて、大慌てでブレーキを踏んだ。女は長い黒髪にサングラスをかけて、深いスリットの入ったチャイナドレスを着ていた。

「危ないわよ! 何てことするの!」

 カシェリーナは飛び出した女に叫んだ。するとその女はサングラスを外して、

「久しぶりね、カシェリーナ。また会えて良かったわ」

 カシェリーナはビックリして目を見開き、

「あ、貴女は……」

 カシェリーナの前に現れたのは、ヒュプシピュレ・カオスであった。

「ダウ・バフ・マーンがいる所に行くつもりでしょ? 私が案内するわ」

 ヒュプシビュレはアタマスを後部座席に移らせて、助手席に乗り込んだ。

「アバスの工場の地下のアジトは、何も知らない者が入ると、命を落とす事になるの」

 ヒュプシピュレは愉快そうに言った。カシェリーナは唖然としてしまった。


 クロノスはデイアネイラの攻撃をかわしながら、ミサイル攻撃を続けていたが、少し損傷させる事はあっても、決定的なダメージを与える事が出来ないでいた。

「このままじゃ、どうにもならない。残弾も少なくなって来ている。戦法を変えよう」

 レージンが言った。ロイが、

「クロノスをデイアネイラにぶつけて中に乗り込み、直接乗員を倒すしかないですね」

「そうだな」

 ロベルトも同意した。シェリーは渋々頷いた。ロイは、

「そうと決まったら、即行動だ!」

 クロノスをデイアネイラに突進させた。

「何をするつもりだ?」

 デイアネイラに向かって来るクロノスを見て、ディズムは眉をひそめた。

「まさか!」

 視界いっぱいに広がったクロノスが、何をしようとしているのかわかった時は、もう遅かった。

「うおっ!」

 クロノス激突のショックで、ディズムは倒れ、乗員は皆シートから投げ出されてしまった。只一人、カロンだけが、縛られていたおかげで何ともなかった。彼は倒れているディズムを尻目に、キャプテンシートから抜け出した。

「おのれ」

 ディズムがようやく立ち上がった時には、カロンはすでに乗員全員を手刀で殺していた。カロンはディズムを見て、

「終わりだ、ディズム」

 デイアネイラは推力を失って、地上に落下していた。ディズムは歯ぎしりしてカロンを睨んだ。

 クロノスの先端は、デイアネイラのブリッジの下に突き刺さっていた。

「デイアネイラが落下を始めたぞ。どうしたんだろう?」

 シェリーが言うと、ロベルトが、

「衝突の衝撃で、乗員が気を失ったんじゃないか?」

「ならばこのまま地上に叩きつけてやる!」

 ロイはクロノスの噴射を強くした。

 クロノスは勢いを増してデイアネイラを押し始めた。デイアネイラ自体の落下速度にクロノスの推力が加わり、両者は急速に地上へ落下して行った。そして膨大な砂埃と、強烈な衝撃と共に、デイアネイラは地上に激突した。

「形勢逆転だな」

 その落下の衝撃のせいで、今度はカロンが倒れ、ディズムが立っていた。ディズムはカロンにゆっくりと銃を向けた。

「……」

 カロンは落ち着き払ってディズムを見上げていた。ディズムはニヤリとして、

「死ね、カロン・ギギネイ!」

 引き金に指をかけた。その時、カロンの右足がディズムの右手を蹴り上げた。

「グッ!」

 銃は天井に当たって床に落ちた。カロンは素早く立ち上がると、銃を蹴ってブリッジの隅へと滑らせた。

「一つ確かめておこうか」

 カロンはジャケットの内ポケットから何かを取り出し、ディズムに見せた。それは若い女の写真であった。

「この女、何者かわかるか?」

「何?」

 ディズムはその写真の女を見た。その時、レージンとロイとロベルトが、ブリッジに乗り込んで来た。

「カ、カロン・ギギネイ!」

 レージンはカロンを見て仰天した。ロイとロベルトも名前は知っていたらしく、レージンの声にビクッとしてカロンを見た。カロンは三人をチラッと見てから、再びディズムを見た。

「答えろ。この女は何者だ?」

 しかしディズムは何も言わなかった。カロンはフッと笑った。

「そうか。答えないつもりか。いや、答えられないと言った方が正しいか」

 ディズムは額に汗をかいていた。カロンは写真の女をチラリと見て、

「この女は、本物のディズムが子を産ませるために会っていた女だ。名はカリュア・アソス」

 ディズムの顔に焦りの色が見えた。

「何だ?」

 レージン達はわけが分からず、顔を見合わせた。カロンは写真を内ポケットに戻すと、

「この女を知らないお前は、本物ではない。影武者だな」

「ええっ?」

 レージン達は仰天して、ディズムを見た。


 カシェリーナ達は、アバスの工場に到着していた。

「さっ、こっちよ」

 工場の端にある長い通路を、ヒュプシピュレが先頭に立って歩き出した。カシェリーナとアタマスは顔を見合わせてからヒュプシピュレを追った。

「何故私達を?」

 カシェリーナが尋ねた。ヒュプシピュレは二人を押し止めて通路の先にいる見張り二人を銃で撃ち殺して、

「ダウ・バフ・マーンには命を助けられた事があるのよ。それにカロンの手助けでもあるの」

 カシェリーナは、以前そんな話をマーンから聞いた事を思い出した。そして、

「カロンさんの? それはどういうことですか?」

 カシェリーナは血を流して倒れている見張り二人の死体を横目で見ながら尋ねた。ヒュプシピュレは次に現れた敵をまたあっさりと撃ち殺して、

「カロンは今デイアネイラに搭乗しているわ。ディズムとともにね」

「ええっ?」

 カシェリーナとアタマスはすっかり驚いてしまい、ヒュプシピュレが、

「危ないわよ!」

 突き飛ばしていなければ、危うくマシンガンの餌食になるところだった。

「全く!」

 ヒュプシピュレはカシェリーナ達の素人加減に呆れながらも、手榴弾で敵を片付け、先に立って歩き出した。そして、

「ぼんやりしていると、私でも守り切れないわよ。ここは敵地だってこと、忘れないでよ」

 厳しい口調で言った。カシェリーナはしょんぼりして、

「す、すみません」

 謝ってから、またアタマスと顔を見合わせた。


 レージン達は信じられないという顔で、カロンとディズムを交互に見た。

「影武者であるお前が、どうしてここまでのことができたのだ? 答えろ」

 カロンはディズムに一歩詰め寄って尋ねた。ディズムはフッと笑ってカロンを見て、

「私はベン・ドム・ディズム以外の何者でもない。過去などいっさい関係なくな」

 カロンはムッとして、

「ふざけるな。カリュア・アソスを知らない貴様が、本物のわけがない」

「カリュア・アソスを知っている者が本物だと、どうして断言できる?」

 ディズムのその問いに、カロンはたじろいだ。レージンも息を呑んだ。するとロイが、

「貴様が本物であろうとなかろうと、今の世の中にとっては悪以外の何者でもない」

 口を挟んだ。ディズムは若造が、という顔でロイを見て、

「悪? 何故私が悪なのだ?」

「何だと?」

 ロイがカッとなってディズムに掴みかかろうとするのをレージンとロベルトが止めた。代わりにレージンが、

「悪ではないというのか?」

 ディズムは今度はレージンを見て、

「当然だ。悪とは時代の敗者、あるいは少数派を示す言葉。私は勝者となるから、悪ではない」

 ディズムはまさに勝ち誇ったように言い切った。

「ならば貴様はやはり悪だ! ここで死ぬのだからな!」

 カロンがディズムに掴みかかろうとした時、デイアネイラがグラッと揺れた。ニュートウキョウの緩んだ地盤が崩れて、デイアネイラが大きく傾いたのだ。

「うわっ!」

 カロン、そしてレージン達は、ブリッジを転げた。ディズムはその隙を突いて、ブリッジから逃走してしまった。

「くそっ!」

 カロンは立ち上がり、ディズムを追った。レージン達もカロンに続いてブリッジを飛び出した。


 カシェリーナはヒュプシピュレに従って工場の巨大なエレベーターに乗り、地下深くへ降下していた。

「マーンは、地下の一番奥にいるはずよ。扉が開いたら、すぐに伏せて。ここから先は、もっと激しい銃撃戦になるわ」

 ヒュプシビュレは、銃に弾丸を装填しながら言った。カシェリーナはギクッとして、

「銃撃戦?」

 鸚鵡返しに言った。その時、エレベーターが停止した。カシェリーナは思わず唾を呑み込んだ。扉がガコンと音を立て、ゆっくりと開き出した。

「伏せて!」

 カシェリーナとアタマスがヒュプシピュレの声に反応して床に伏せた途端に、嵐のような銃撃が襲って来た。時々、ヒュプシピュレが弾丸を装填する音が聞こえた。敵の叫び声もした。ヒュプシピュレの舌打ちも聞こえた。カシェリーナは半日くらい伏せていたような気がしていた。

 しばらくして、

「終わったわよ」

 ヒュプシピュレの声がした。カシェリーナとアタマスは顔を上げた。エレベーターの外には、多数の死体が転がっていた。カシェリーナは吐きそうだった。その死体の山の向こうに長い廊下が見える。

「さ、マーンはこの先にいるわ」

 ヒュプシピュレは歩き出した。もう敵はいないようだ。カシェリーナはアタマスに目配せして歩き出した。

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