その三十 セカンドVSサード
カシェリーナの乗るヘリは、ヤンスーリバー上空を通過していた。
「ニューホンコンは今のところ何も起こっていないようです。爆発も沈静化して、火事も収まりつつあります」
アタマスが言った。カシェリーナは頷いて、
「危険はなさそうですね」
「ええ。幸い、ウチのニューホンコン支局も焼失を免れましたから、少しずつではありますが、情報が入って来るようになりましたよ」
「そうですか」
カシェリーナは前方に目を向けた。
( レージン達、大丈夫かしら? )
デイアネイラ三号機はついにフジサンを越え、カントウに入っていた。ディズムはムスッとしたままで、街を見下ろしていた。
「妙だな」
彼はニュートウキョウの軍が全く何もして来ない事を不審に思っていた。それに、フジを通過するまで追尾していたゲリュオンが姿を消している。何かあることは確かだった。
「ガールスめ、つまらんことを企んでいるようだな」
ディズムは眉をひそめ、遠くに見えるニュートウキョウの街並をもう一度見渡した。
ガールスはデイアネイラがカントウに入った事を聞いていた。
「よし、作戦開始だ。奴をニュートウキョウの真ん中までおびき寄せれば、勝てる」
ガールスは得意満面で言った。
デイアネイラは、ゆっくりとニュートウキョウ上空に入った。その時、街の各地で火の手が上がった。
「何だ?」
ディズムは乗員に怒鳴った。乗員はキーボードを叩き、マウスをクリックしながら、
「爆弾です。ニュートウキョウのあちこちに、爆弾が仕掛けられているようです」
「なるほど。そういうことか。急速上昇しろ!」
爆発が次々と起こり、デイアネイラは爆雲の中に呑み込まれた。爆弾が仕掛けられているのは、地下であった。何も聞かされていない市民は、何が起こったのか全くわからないまま、炎に焼かれ、爆風に身体を八つ裂きにされて死んで行った。
「やったか?」
衛星からの画像に見入っていたガールスが呟いた。爆雲の中にデイアネイラが消えて、数十秒が経過していた。
「ダメです! デイアネイラ、上昇しています!」
「何だと?」
ガールスはモニターの爆雲から現れたデイアネイラを驚愕して見ていた。
「そんな、バカな……」
ガールスは作戦の失敗を知り、項垂れた。
「もうおしまいだ。地球は奴に破壊し尽くされてしまう……」
ガールスは、シートに沈み込んでそう呟いた。
デイアネイラは凄まじい噴射をしながら上昇し、高度一万メートルまで来ると、停止した。
「ニュートウキョウに巨大な罠を張り、市民を囮にし、何も知らぬ援軍まで犠牲にして、結果がこれか、ガールス。相変わらず、読みと詰めが甘いな」
ディズムはガールスの愚策を笑った。そして、
「核融合砲用意」
カロンはそれを聞いてギョッとした。
(核融合砲だと? この三号機にはそんなものまで装備されていたのか……)
「撃て!」
デイアネイラの下部から現れた巨大な砲塔が唸りを上げて光束を放った。その光束は議長官邸付近に突き刺さった。たちまち各所で誘爆が始まった。
「ニュートウキョウが……」
カロンは唖然とした。ニュートウキョウは、その地層諸共消滅するのではないかと思われるほどの爆発を起こしていた。
「間に合わなかったのか?」
クロノスはまだトウカイ上空にいたが、そこからもそれとわかるほど凄まじい爆雲が見えた。見ようによっては、フジが噴火しているようでもあった。
「一体どうなったんだ? デイアネイラは?」
レージンがシェリーを見た。シェリーはディスプレイに出る数字を見て、
「爆発があまりにも広範囲に渡り、全く映像が入って来ません。もしあの爆発にデイアネイラが巻き込まれているのだとしたら、いくらデイアネイラでも、無事ではすまないでしょう」
「そうか」
レージンは再び爆雲を見た。するとロイが、
「さっき、光の筋が空から地上に走ったの、見えなかったか?」
ロベルトに尋ねた。ロベルトは首を横に振って、
「いや、見えなかったけど……」
「そうか……」
ロイは前を向き、クロノスを加速させた。
爆雲をかき分けるようにして、デイアネイラは下降した。まさしく廃墟と化したニュートウキョウに降り立ったデイアネイラは、ハルマゲドンを制した魔王のようであった。
「ダウの放送を再開しろ」
ディズムは命じた。乗員達はキーボードを叩き始め、忙しく動いた。
「何をするつもりだ?」
カロンが尋ねた。ディズムはニヤリとしてカロンを見、
「絶対支配者の演説だ。地球と月の全てを治めるな」
「……」
カロンは黙ってディズムを睨むだけだった。
( 狂っているのか。それとも、天才的な頭脳故なのか?)
「ニュートウキョウは灰燼に帰した。コペルニクスクレータも壊滅した。もはや地球にも月にも、我が軍に対抗する力はない。我に服せ、民よ。生き残る道は、他にない」
再びテレビとインターネットに、マーンの演説が流れ始めた。地球の人々も、月の人々も、恐怖に引きつった顔でマーンの放送を見ていた。
「先生……」
カシェリーナもヘリの中のモニターでマーンの放送を見ていた。
( どこか変だ。何が変なのだろう? 先生なのに、先生じゃない気がする……)
「カシェリーナさん、今の放送のおかげでまた発信源がわかり始めました。ニューホンコンのどこなのか、特定できそうですよ」
アタマスが言うと、カシェリーナはハッとして、
「そ、そうですか」
力なく応えた。アタマスは前を向いたままで、
「カシェリーナさん、お気持ちはわかりますが、クヨクヨしてみても何の解決にもなりません。マーン教授は操られているのですから……」
「ええ」
カシェリーナはもしマーンが自分の意志でこんなことをしているのなら、どうしたらいいのだろうと考えていた。
( 私にはどうすることもできないの? )
「私は今、地球及び月の全権を掌握し、総帥に就任した。これから国民は、私を神と崇め、敬え」
マーンは実に力強く語った。それはディズム以上のカリスマ性を秘めているようであった。
「これからは議会もなく、裁判所もない。ましてや、評議会など存在しない。警察もいらぬ。全ては軍が執行し、私が決定する。統治は究極形態となり、決して崩壊する事はない。そして、恒久の平和が訪れるのだ」
シノンとエリザベスとテミスは、デイリー・アースの会議室でテレビを見ていた。
「……」
シノンは何も言わずに放送を見ていた。エリザベスとテミスは顔を見合わせて手を取り合い、声も出せないでいた。
「約束しよう。全ての民に幸福を。そして犯罪のない世の中を」
マーンはフッと笑った。
「全ての民に幸福? 犯罪のない世の中だと?」
クロノスの中でモニターを見ていたロイが叫んだ。彼はさらに、
「ふざけるな! そんな世の中、あるものか! 仮にあったとしたら、ガチガチに拘束された、息苦しい管理国家じゃないか。何も考えず、何も望まず、何も求めず……。そんなもの、人間の社会じゃない!」
レージンはロイを見て、
「ディズムを見つけ出して、倒すしかない。そんな世の中、俺もごめんだ」
声をかけた。ロイはレージンを見て頷いた。ロベルトもレージンを見て頷いた。そしてシェリーも。
ディズムはクロノスが接近している事を知り、すぐにデイアネイラを発進させた。
「何者だ? クロノスはニューホンコンに眠っているはずだぞ」
「わかりません。しかし、現に……」
乗員が言うと、ディズムはキッとして、
「撃ち落とせ!」
と叫んだ。
ロイ達も、デイアネイラが爆発していないばかりか、こちらに向かっている事を知った。
「ロイ、接近戦に持ち込むんだ。小さい分、クロノスの方が有利のはずだ」
レージンが提案した。ロイは操縦桿を握りしめて、
「了解!」
クロノスはデイアネイラの機銃を軽くかわすと、一気に接近し、逆に機銃で攻撃した。しかしデイアネイラはかすり傷すら負わない。
「ミサイルを使おう」
シェリーがキーボードを叩いて、ミサイルランチャーを出した。
「ミサイルを撃たせるな!」
ディズムが叫ぶ。デイアネイラも機銃座を次々に出し、クロノスを狙って撃った。クロノスはこれを巧みにかいくぐりながら、ミサイルを発射した。ミサイルはデイアネイラに命中し、デイアネイラは大きく傾いた。しかし損傷はほとんど見受けられなかった。
「エンジンを狙うんだ。いくら奴でも、エンジンをやられれば只ではすまないはずだ」
レージンが言うと、ロイはクロノスを大きく右旋回させて、デイアネイラの後方に回り込もうとした。
「後ろに回り込ませるな! 攻撃、弱いぞ。もっと集中させろ!」
ディズムは必死になって指示を出していた。彼はカロンが妙な動きをしている事に気づいていない。
( ディズムめ。貴様と心中はごめんだ )