その二十九 狂気VS狂気
一方カシェリーナは、アタマスの操縦するジェットヘリでニューホンコンに向かっていた。
「デイアネイラはカンサイ上空に入ったようです。ニュートウキョウが攻撃されるのも、時間の問題ですよ」
インカムを着けたアタマスが言った。するとカシェリーナは外を見るのを止めてアタマスに目を向け、
「レージン達が何とかしてくれます。私達は、マーン先生を救出することだけ考えましょう」
「はァ。そうですね」
ヘリは南の空へ消えて行った。
アイトゥナとデイアネイラ二号機の距離は、肉眼でも確認できるほど接近していた。
「撃て!」
パイアの命令で、アイトゥナの全砲門が火を噴いた。デイアネイラも主砲を撃って来た。
「ミサイル連続掃射! デイアネイラに迎撃できないくらい撃て!」
パイアの甲高い声がブリッジに響いた。
デイアネイラはアイトゥナのミサイルと砲弾を受けながらも主砲を連射していた。アイトゥナもあちこちを爆発させながら、攻撃を続けた。両者の間に飛び交った弾とミサイルは数え切れないほどであった。
「被弾箇所、処置急げ! 消火班、効率良く消火に当たれ。敵に休む暇を与えるなよ」
パイアの顔は酷く険しくなり、目は落ちくぼんでいた。テセウスは心配そうにパイアを見守っていた。
アイトゥナとデイアネイラの交戦を見物していたサランドは頃合いと判断し、動く事にした。
「デイアネイラも危険だが、アイトゥナも同じくらい危険だ。両者が疲弊したところを一気に叩く。そうすれば、月の平和は恒久化する」
サランドは言い、全艦隊を率いて、中央の入り江を発進した。
デイアネイラ三号機は、カンサイを通過し、チュウブに入っていた。
「ニホン各地と付近の共和国軍が、ニュートウキョウに向かっているようです」
乗員が報告すると、ディズムはニヤリとして、
「愚かな。例え百万の軍で押し寄せても、今の共和国軍にデイアネイラを墜とす力はない」
と呟いた。
( 確かにそうだ。しかし、ガールスもそれほどバカではないはず。核や物量作戦で勝てるとは思っていないだろう。何かあるはずだ……)
カロンは思った。彼は彼なりに、地球の行く末を憂えているのである。
ガールスもニューホンコン支部の輸送機に乗り、ニホンに向かっていた。
( まさかディズムも、この俺がニュートウキョウを丸ごと罠にして爆弾を抱えさせているとは思うまい )
彼はディズムに気づかれないために、ニュートウキョウに援軍に向かっている他地域の軍にも、もちろんニュートウキョウの市民にも、全く何の情報も与えていなかった。デイアネイラ接近を知って逃げ出す者もいたが、大半の市民は、地下のシェルターに避難していた。そして迎撃をするために展開している地上部隊と、後方支援の空軍も、デイアネイラを引きつけて叩くという事以外、何も聞かされておらず、自分達が犠牲になるとは夢にも思っていなかった。ガールスは爆弾を地下に仕掛けさせ、デイアネイラが到達したと同時に、一気に爆発させるつもりだった。戦後のことを考え、さすがに核弾頭は撤収させたのだが、それでも壮絶な戦術に変わりはない。この作戦が実行されれば、ニュートウキョウはその人口の四分の三を失う事になる。約一千万人が犠牲になる作戦。どちらが狂人か、わからないような戦いである。
「人は増え過ぎた。ある意味でこの戦いは聖戦だ。人類死活のな」
ガールスは誰にともなくそう言った。周囲のパイロットや部下達は、顔を見合わせた。
アイトゥナは沈む一歩手前というくらい、被弾していた。
「パイア……」
テセウスが声をかけると、パイアはハッとして、
「テス……」
テセウスを見た。それから彼女は、
「このままじゃ、やられるだけだ。何か方法は……」
思案した。部下達もパイアを見た。するとテセウスが、
「そうだ。アイトゥナはたくさんのパーツから成り立っているのだから、その一部をミサイルに見立てて、デイアネイラにぶつけるんだ。そして月に叩きつけて、粉砕する」
「奇抜な作戦だね。でもかわされるよ」
パイアが反論すると、テセウスは、
「かわせないくらい接近すればいいよ」
パイアはビックリしたような顔でテセウスを見ていたが、やがてクスクス笑い出して、
「了解。アイトゥナ、前進! デイアネイラに艦首を叩き込むよ」
と命令した。
アイトゥナはあちこちから煙を出しながら、デイアネイラに向かって動き出した。デイアネイラも反撃を続けていたが、大きさが違う分、アイトゥナの方が有利だった。アイトゥナの艦首がデイアネイラにぶち当たった。
「錨を撃ち込め! デイアネイラが逃げられないようにするんだ!」
アイトゥナの巨大な錨が、デイアネイラに突き刺さった。
「艦首を切り離せ!」
アイトゥナの艦首が噴射を開始し、デイアネイラ諸共彼方に飛び去って行った。
「少し方向を誤ったな。あれじゃあ月を一周して、衛星になっちまうよ」
パイアが言うと、テセウスは笑って、
「だったら戻って来たところを叩き落とせばいいさ」
二人は顔を見合わせてニッコリし、キスを交わした。パイアの部下達はホッとして互いに微笑み合った。
サランド艦隊は神酒の海に向かって前進していたが、前方から接近する飛行物体に気づき、慌てていた。
「何だ? 何が接近している?」
サランドは大汗をかいて怒鳴った。
「わかりません! 識別不能です! 猛スピードで我が艦隊に接近して来ます!」
レーダー係は悲鳴に近い声で言った。
「撃てっ! 撃ち落とせェッ!」
サランドの命令で、無数の砲火が接近する飛行物体に撃たれた。しかし飛行物体のスピードが速過ぎ、ほとんど当たらなかった。しかも当たったものは反射され、次々に戻って来た。
「全速回避!」
しかしサランドの必死の命令も最早手遅れだった。
「うおおおっ!」
飛行物体とは、もちろんデイアネイラであったが、デイアネイラはサランドの艦のブリッジを根こそぎもぎ取り、艦隊の真っ只中に突入し、多くの戦艦に激突して大爆発を起こした。サランド艦隊はその三分の二を失うほどの損害を出した。
「何があったの?」
パイアがレーダー係に尋ねた。レーダー係は、
「距離と方位から考えて、連邦軍の艦隊のようです。デイアネイラが激突して、爆発したようです」
「何で連邦軍がそんなところにいたのさ?」
漁父の利を得ようとしたサランドが、その欲のために死んだとはパイアにわかるわけがなかった。
「二号機が爆発しました」
乗員が報告すると、ディズムは不機嫌そうな顔になった。
「どういうことだ?」
「状況がよくわかりません。何故爆発したのか、不明です」
ディズムはムッとしてそれ以上尋ねなかった。
クロノスはチュウゴク上空まで来ていた。
「間に合うのか?」
ロベルトがボソッと言うと、ロイがムッとして、
「間に合わせるよ。間に合わせなきゃいけないんだ」
ロベルトはビックリしたようにロイを見て、
「あ、ああ、そうだな」
シェリーが、
「ガールスがニュートウキョウに何か仕掛けたようだよ。本部の軍はニュートウキョウから離れたのに、援軍はニュートウキョウの中心部に向かっている。それに市民に避難勧告が出されていないみたいだよ」
レージンは腕組みをして、
「奴め、何を企んでいるんだ?」
と呟いた。