その二十八 それぞれの策謀
デイアネイラ三号機はキュウシュウ上空に差しかかっていた。
「どうやら共和国軍は、議長達の遺品を使うつもりらしいな」
ディズムが言った。カロンは、五年前、ディズムを追って降りた議長官邸の地下にあった大型ミサイルを思い出した。
「だが、何をやっても無駄だということが、すぐにわかるだろう」
ディズムはニヤリとして言った。彼は故意にカロンに聞こえるように話しているようだ。カロンはそれに気づき、黙ったままディズムの背中を穴が開くほど睨みつけていた。
カシェリーナ達はデイリー・アースのニューペキン支局に到着し、政治部のフロアでアタマス・エスコと再会していた。
「お久しぶりです、シノン先生。それに、カシェリーナ先生」
アタマスは二人と握手を交わしながら言った。シノンが、
「早速で申し訳ないが、マーン君の事、何かわかったかね?」
「電波を出している地点がおおよそ絞れたのですが、まだはっきりとわかったわけではありません。ニューホンコンには違いないのですが……」
アタマスが答えると、カシェリーナが、
「とにかく私、ニューホンコンに行ってみようと思っているんです。局のヘリか何かをお貸しいただけませんか?」
「ええっ? カシェリーナさんが? 危険ですよ」
アタマスはビックリして反対した。しかしそんなことを言われて怯むようなカシェリーナなら、今頃アパートのベッドに潜り込んで、震えているはずである。彼女は憤然として、
「五年前、私はもっと危険な事をしましたよ」
「そ、それはそうですが……」
アタマスもそう言われてしまうと何も言い返せなかった。彼は溜息を吐いて、
「わかりました。それでは私がパイロットとして同行しましょう」
「ありがとう、エスコさん」
カシェリーナは微笑んで礼を言った。
ロイ達が乗るクロノスは猛スピードでデイアネイラを追跡していた。彼らはすでにコリアン半島上空にいた。
「デイアネイラはキュウシュウ上空を通過して、カンサイ方面に向かっているところです」
ロベルトが伝えた。レージンは腕組みして、
「デイアネイラの攻撃も防がなければならないが、共和国軍が核を使うのも防がないとならないな」
「ニュートウキョウに着く前に、デイアネイラを沈めるしかないですね」
ロイが言った。レージンは頷いて、
「そうだな。何としても、チュウブあたりでデイアネイラに追いついて、叩き落とさないとな」
「ニホンにいる共和国軍全てが、デイアネイラ撃墜のために展開しているようです」
ロベルトが言った。するとシェリーがコンピュータを操作しながら、
「ニホンだけじゃないよ。ニューペキン、キャラフト、ウラジオ。とにかく、付近の軍が全て、ニュートウキョウに向かい始めているよ」
「デイアネイラばかりでなく、ニュートウキョウまでもが消滅してしまうような戦いになりそうだな」
ロベルトはシェリーを見て言った。レージンは苛立たしそうにシートの肘掛けを叩いて、
「全面戦争のような戦い方は、戦場を拡大して、死者を出すばかりだということがわからないのか、軍は!」
と叫んだ。
アイトゥナは各被弾箇所を補修しながら、デイアネイラ二号機に再反撃をくわえるため、動き出した。そのアイトゥナから、ヘルミオネを乗せた脱出用の宇宙船が何隻か飛び立った。
「先程のデイアネイラの反撃ですが、我が方の攻撃を何らかの方法で反射したものと思われます」
部下が報告すると、パイアは、
「ならレーザーの類いは使用を禁止、ミサイル、その他の火器で攻撃しろ。それに離れていると、奴の小細工がわからない。危険だが、できるだけ接近しろ」
テセウスは全身汗まみれでパイアを見つめていた。
「テス」
パイアは前を向いたまま話しかけた。テセウスはハッとして、
「何、パイア?」
「さっきの、嬉しかったよ。私、正直言ってこんなに嬉しかった事はないんだ。ありがとう」
「う、うん」
テセウスは照れながら頷いた。パイアはフッと笑って、
「生きて帰れたら、また思いっきり気持ちいい事しようね」
「パ、パイア……」
パイアのあまりにも大胆で過激な発言に、テセウスは真っ赤になってしまった。
議長達の乗る専用シャトルは、デイアネイラ一号機がパイアのアイトゥナに撃墜された情報は入手していたが、二号機と三号機が現れた情報は掴んでいなかった。ガールスが情報を操作し、議長がそのままニュートウキョウへ降りるように仕組んだのだ。
「月へ向かったクロノスの情報が入らないのはどういうわけだ? 直接回線があるだろう?」
議長は尋ねた。秘書官は首を傾げて、
「妙です。全く通じないようです」
「どういうことだ? 何が起こっている?」
議長はムッとして窓の外を睨んだ。
ディズムは、議長の乗るシャトルがナリタに近づいているという情報を得ていた。
「もはや帰る場所などないというのにな。哀れな男だ」
ディズムは呟き、
「撃墜しろ。目障りだ」
と命令した。
デイアネイラの機銃が動いたので、追尾していたゲリュオン編隊は、色めき立った。
「仕掛けて来るのか?」
編隊の隊長は各機に散開するよう指示し、デイアネイラから離れた。しかしデイアネイラの機銃は上を向き、発射された。
「何だ?」
ゲリュオンのパイロット達は、同時に上を見た。隊長も上を見た。
「何かいたのか?」
しばらくして、爆雲が見え、爆発音が聞こえた。
「議長の乗っていたシャトルが、撃墜されたようです」
部下の報告に隊長はギョッとした。
「議長のシャトルだと? 何故こんなところを飛行していたんだ?」
その理由は、ガールスしか知らなかった。
ガールスは議長のシャトルが撃墜されたのを受けて一気にデイアネイラ撃滅作戦を展開する事にした。
「これで事実上も名目上も、軍の最高指揮官はこの私だ。何も邪魔する存在はない」
ガールスはニヤッとした。
「ニュートウキョウそのものは犠牲になってもやむを得ん。とにかく、デイアネイラを沈めるのだ」
彼は言った。
ロイ達もゲリュオンとニューホンコン支部との通信を傍受して、議長のシャトルが撃墜された事を知った。
「これで軍に対する歯止めがなくなってしまったな。ガールスはニューホンコンだ。奴が暴走を始めるぞ」
レージンが言うと、ロイは頷いて、
「可能性大ですね。ガールスはディズムの直属の部下だった男です。そんな奴が軍の司令長官じゃ、先が見えてますよ」
「全くだ。あのスケベ親父、これからどうするつもりだろう?」
ロベルトは言った。シェリーはキーボードを叩く手を休めて、
「軍の展開が早まってる。それにニュートウキョウの軍は逆に散開を始めているよ」
「まさか、ニュートウキョウを巨大な罠にして、デイアネイラをおびき寄せるつもりか?」
レージンがピクンとして言った。ロイはムッとして、
「そんなこと、させない!」
クロノスをさらに加速させた。