その二十七 アイトゥナ炎上
カシェリーナ達の乗るシャトルは地球を一周してニューペキン空港に戻って来て、着陸した。時間的にはデイアネイラがニホンに差しかかる頃であった。
「カシェリーナ!」
「先生!」
緊急用のタラップを滑り降りて出て来たカシェリーナ達に、シノンとロイ達が叫んだ。
「レージン、ロベルト、早くクロノスに乗り込んでくれ。デイアネイラがニュートウキョウに向かっているんだ」
シノンは言った。レージンはカシェリーナを助け起こしながら、
「クロノスに?」
シノンは大きく頷いて、
「そうだ。シェリーがニューホンコンから本物に乗って来てくれたんだよ」
「本物?」
ロベルトがシェリーを見た。シェリーはニッコリしてから、
「そうだよ。詳しい説明は中でするから、急いで!」
「わかった」
ロベルトとレージンはクロノスに走り出した。
「エリーとテミスは残れ」
ロイが言うと、エリザベスは不満そうだったが、
「わかったわ」
ロイはエリザベスの頬にキスをすると、クロノスに走った。シェリーもエリザベスとテミスに手を振り、クロノスに向かった。
「生きて帰って、ロイ」
エリザベスが呟くと、テミスがウィンクして、
「大丈夫。あいつはそんな簡単に死ぬような奴じゃないわよ」
「そ、そうね」
エリザベスは不安そうな顔をしていたが、それを振り払うように微笑んだ。
アイトゥナは、デイアネイラが神酒の海付近に来ているのを察知し、動き出した。
「奴のあの主砲には気をつけろ。あれをまともに食らったら、このアイトゥナも只じゃすまないよ」
パイアは言った。彼女は手にジットリと汗を滲ませていた。
「そういうことだったのか」
レージンはニュートウキョウに向かうクロノスの中で、個体認識装置に登録をすませながら、ロイとシェリーから、クロノスのコピーの話、マーンの口座から金が引き出されていた話を聞いた。
「じゃあ、シノン教授はやっぱりこの一連の事件の黒幕はディズムだと考えているんだな?」
レージンは操縦しているロイに尋ねた。ロイは前を向いたままで、
「みたいですね。俺もそう思いますよ。マーン先生は操り人形にされているんですよ、多分」
「だとすると、ただディズムを倒すだけじゃなくて、マーン先生を救出することも考えないとな」
レージンが腕組みして言うと、シェリーが、
「マーン先生の放送がどこで行われたのかは、教授が調べてます。デイリー・アースのアタマス・エスコさんという人と協力して」
「アタマスさんか。カシェリーナが地球と月に呼びかけの放送をした時、手伝ってくれた人だったな」
レージンは感慨深そうに呟いた。
「共和国軍がとんでもないモノを持ち出しましたよ」
通信機を操作していたロベルトが言った。レージンはロベルトを見て、
「どうしたんだ?」
シェリーもロベルトを見た。ロベルトはレージンとシェリーを交互に見ながら、
「議長官邸の地下にあった、ミサイルを使うつもりです」
「何だって? あの博物館行きのものをか?」
レージンは呆れていた。しかしロベルトは、
「いくら博物館行きと言われるほど古くても、核付きもあったらしいですからね。もしその核付きが使用可能なら、デイアネイラでも只ではすまないでしょうし……」
「何より、ニュートウキョウが汚染されてしまうな」
ロイが口を挟んだ。レージンはロイをチラッと見てから、
「ロイの言う通りだ。軍も何を考えているのか……」
憤然として言った。
カシェリーナの運転で、シノン、テミス、エリザベスは、デイリー・アースに向かっていた。
「マーン君はニューホンコンにいると思われる。今、アタマスにその辺を探らせているんだが、今一つ情報が足りなくてな」
シノンが言うと、カシェリーナはアクセルを踏みながら、
「私、ニューホンコンに行ってみようかしら。何か掴めるかも知れないし……」
「うむ。しかし、危険だぞ。ディズムが潜んでいた場所だ。仮に奴がデイアネイラでニュートウキョウに向かったとしても、何が待ち受けているかわからんぞ」
「でもマーン先生がいる可能性があるのなら、行ってみる価値はあると思うわ」
カシェリーナは譲らない。シノンは肩を竦めて、
「わかったよ。言い出したら聞かないのは、ダムン家の血筋だからな。行って来い」
「ありがとう、お父さん」
カシェリーナは嬉しそうに言った。そして、
「それより、ナターシャさんは大丈夫?」
テミスに尋ねた。テミスはカシェリーナを見て、
「はい。教授の知り合いのお医者様と、ナターシャさんの大学時代のお友達が来てくれたので、心配ないです」
カシェリーナは、
「そう。なら、安心ね」
と言い、交差点を左折した。
神酒の海に向かっているデイアネイラはついにアイトゥナを射程に捉え、主砲を準備していた。二号機のデイアネイラは無人で、コンピュータが全てを制御していた。
「デイアネイラが攻撃態勢に入りました」
部下の報告にパイアはキッと前方を見据えて、
「全砲門展開。目標、デイアネイラ。必ずこの一撃で沈めろ!」
アイトゥナの各砲塔が展開し、デイアネイラ迎撃の態勢を整えていた。
「発射準備完了!」
「撃てッ!」
パイアは大声で言った。アイトゥナの砲門が一斉に吠え、デイアネイラに向かって光の束を放った。
デイアネイラの主砲が輝き出して発射されたのは、その直後だった。
「デイアネイラの主砲です!」
「全速回避!」
アイトゥナは右に大きく旋回した。しかしデイアネイラの主砲の方が早く、アイトゥナは左舷前部に被弾した。
「うわっ!」
ブリッジにもその振動が伝わり、パイアは危うくシートから転げ落ちるところだった。
「消火作業急げっ! デイアネイラの方はどうか?」
パイアが尋ねた時、レーダー係が大声で、
「無数の高エネルギー体が高速接近中です!」
「何だって?」
パイアは慌てて次の指示を出そうとした。しかし遅かった。アイトゥナに向かって来たのは、アイトゥナが発射したものだったのだ。アイトゥナは全体に被弾し、爆発を拡大して行った。
「何が起こったんだ?」
かろうじて直撃を免れたブリッジも、煙に包まれていた。パイアは咳き込みながら、テセウスに近づいた。
「大丈夫、テス?」
「大丈夫だよ、パイア。一体何が起こったんだ?」
「わからない。デイアネイラの反撃とは思えないんだけど……」
パイアはテセウスとヘルミオネと共に、ブリッジから通路に出た。
「全員に伝えろ。アイトゥナを脱出せよと」
「はい」
パイアはテセウスがヘルミオネと話している一瞬の隙を突いて、ブリッジに戻った。
「パイア!」
後を追おうとしたテセウスの前で、ドアは閉じられた。
「パイア! 何をする気なんだ?」
テセウスは大声で叫んだ。
「テス。お母さんと脱出しなさい。デイアネイラは、私とアイトゥナで必ず沈めてみせるから」
パイアはドアに背中を押しつけて言った。しかしテセウスは、
「嫌だ! 僕はパイアと一緒に暮らしたいんだ。二人の子供ができたら、母さんと一緒に楽しく暮らしたいんだ。バカなこと考えないで!」
と泣きながら言った。パイアも目を潤ませて、
「ありがとう、テス。気持ちだけ受け取っとくよ」
「パイア!」
「早く脱出しなさい! アイトゥナはもうすぐ爆発するかも知れないんだ」
「嫌だ! 絶対に嫌だ! ここを動かない。決して動かない! 僕はパイアと生きて行くって決めたんだ!」
テセウスはあらん限りの大声で言い返した。しばらく静寂が続いた。やがてドアは開かれた。パイアは、
「負けたわ、テス。残りなさい。でも、お母さんは脱出させるのよ」
「うん、パイア」
テセウスはニッコリして涙を拭った。そして、ヘルミオネに、
「母さんは脱出して」
「でも、テス……」
ヘルミオネは不安だった。自分一人が取り残されてしまう気がした。しかしテセウスは、
「大丈夫。死んだりしないよ。必ず生きて帰るよ」
「……」
ヘルミオネは黙って頷き、パイアの部下に伴われて通路を去って行った。彼女はその間何度も振り返った。
「さァ、今度こそ、デイアネイラを沈めるよ。何があったのか、調べるんだ」
パイアはコンピュータを操作しながら、シートに戻った。テセウスはパイアの隣に立った。