その二十六 狂気の真相
サランドは、レトからの通信が途絶えた事、デイアネイラらしき飛行物体が再び現れた事を知らされた。彼はレーダー係に、
「デイアネイラらしき飛行物体はどこに向かっているのだ?」
「航跡がはっきりしませんので、確かな事はわかりませんが、神酒の海に向かっているのではないかと思われます」
レーダー係が答えると、サランドはフッと笑って、
「そうか、神酒の海か。パイア・ギノが邪魔だと判断したわけだな」
と言い、
「我が軍は中央の入り江ドーム上空に集結しつつ、第一戦闘配備。デイアネイラの動きを見守る事にする」
命令した。しかしサランドの読みは浅かった。
「針路をニュートウキョウに採れ。首都を壊滅させ、新都を定めるためにな」
車椅子の男は命令した。デイアネイラはゆっくりと方向転換し、北東に針路を採った。
「これで何もかも総帥の思惑通りですね」
サングラスの男が言うと、車椅子の男はチラッとサングラスの男の方を見て、
「そうでもない」
「は?」
サングラスの男は呆気にとられたようだった。車椅子の男は前を向き、
「まだお前が生きているうちは安心できんよ、カロン・ギギネイ」
サングラスの男はギクッとした。
「うまく変装して私に接近したつもりだったのだろうが、最初からわかっていたのだ」
サングラスの男の額に汗が伝わった。車椅子の男は淡々と続けた。
「お前は私を三度殺し損ねている。だから本物の私を殺すまで、何度でも私を殺すつもりだったのだろう?」
「……」
サングラスの男は何も言わなかった。
( 三度? と言う事は……)
車椅子の男は義足に見せかけたカバーを外し、仮面を取り、手を覆っていた金属を投げ出し、立ち上がった。
「残念だったな、ギギネイ。私は核融合砲基地には行かなかったのだよ」
そこに立っていたのは、全くどこも傷を負っていないディズムであった。サングラスの男、いや、カロン・ギギネイは唖然とした。
「まだお前は殺さぬ。使い道があるのでな。私の忠実な部下として」
「何?」
カロンはサングラスと防塵マスクを外した。彼の目は怒りで吊り上がっていた。
「では何故五年も潜んでいた?」
カロンは怒鳴った。ディズムはフッと笑って、
「資金集めと、デイアネイラの完成のためだ。資金はダウが集めてくれたので、予定より早くピュトンの工場を買収する事ができた」
カロンは立ち上がった。すると周囲の乗員も立ち上がり、銃を構えた。ディズムはそれを手で制して、
「お前もダウと同じく、脳波コントロールにより、別人格にしてやろう。私の言う事のみを聞く男にな」
「……」
カロンは歯ぎしりした。
( 最初から俺とわかっていて、雇ったのか、この男は……)
カシェリーナ達の乗るシャトルは大気圏に突入していた。彼らの肉眼にも見えるほど、ニューホンコンの火災は広がっており、炎が高く舞い上がっていた。
( デイアネイラが地球にも現れたって、本当だったのね )
真っ赤になったシャトルの中で、カシェリーナは思った。
( 先生……)
レージンに対するものとは明らかに違うのであるが、カシェリーナはマーンを愛していた。師として、男として。
シノン達もデイアネイラがニューホンコンを焼き尽くして、ゆっくりとニュートウキョウに向かい始めたのを知っていた。
「教授、どうします? カシェリーナ先生達が到着するのを待っていたら、デイアネイラがニュートウキョウに到達してしまいますよ」
ロイが言うと、シノンは考え込んで、
「うーむ」
唸ったまま何も言わない。するとシェリーが、
「でもロイ、ロベルトとレージン隊長も一緒なんでしょ? 二人がいた方が、心強いよ」
「そうだな。待つか。そして賭けるしかないな」
ロイの目配せに、エリザベスとテミスは頷いた。
カロンは両手に手錠をかけられ、キャプテンシートに縛り付けられていた。ディズムはそれを愉快そうに眺めながら、
「お前に歴史のありようをみせてやろう。特別にな」
「……」
カロンは何も言わなかった。
( 狂ってやがる。それより、ヒュピーは無事だろうか……)
彼はニューホンコンの郊外に残して来たヒュプシピュレの事が気にかかっていた。デイアネイラの攻撃は郊外まで及んでいなかったが、延焼の恐れはある。
( あいつは俺が心配するほど、ヤワな女じゃなかったな )
カロンはそう思ってフッと笑った。
ガールスは、支部ビルがデイアネイラに攻撃されたので脱出し、郊外へ逃れていた。
「このままやられるのだけは避けたいな」
ガールスは呟いた。しかしデイアネイラはニューホンコンの軍を無視して、飛び去ってしまった。
「ニュートウキョウへ行くつもりか?」
ガールスは焦った。
( 何か、何か手立てはないのか……)
彼はニュートウキョウの軍本部に議長官邸の地下から発見された大型ミサイルがあるのを思い出した。
「あの中には確か核付きのものもあったはず……」
ガールスは勝算あり、と考えた。そして、ニヤリとした。
「デイアネイラか?」
パイアはレーダー係に尋ねた。レーダー係は、パイアの方を見て、
「間違いありません。先程撃破したものと同じものです。宇宙線レーダーにしか反応がありませんし」
パイアは顎に手を当てて思案した。
( まずいな。月の軍より、私のアイトゥナの方が戦力的に上だと判断して、こちらに向かっているのか……)
「さっきのようなわけにはいかないよ。全艦磁力コーティングせよ。火器の攻撃のダメージに備える」
パイアは真剣な顔で命令していた。テセウスはそんなパイアを見て、今度は簡単にはいかないのだと感じていた。
ニュートウキョウを目指すデイアネイラを、遠巻きに共和国軍の戦闘機ゲリュオンが追尾していた。
「下手に攻撃は仕掛けるな。こいつもあのクロノス同様、オートディフェンスシステムがあるはずだ」
編隊の隊長は言った。もとよりゲリュオンは、デイアネイラが本当にニュートウキョウへ行くのか監視しているだけで、攻撃するつもりはなかった。デイアネイラもゲリュオンごときに撃墜されるはずもないので、全くこの追尾を無視していた。
ニュートウキョウの軍本部には、本部長に降格されたジョリアス・ダロネンがいた。彼はガールスからの連絡で、基地の隅にある倉庫の中から、歴代議長が隠していた大型ミサイルを運び出させていた。
「あの男の命令で動くのは何とも忌ま忌ましいが、化け物が接近しているとなれば、そうも言っていられんな」
五年前と比較して、口髭を剃った分、逆に若く見えるようになったジョリアスは、追放されたのに再び長官に返り咲いたガールスのことをあまり快く思っていなかった。確執はあった。しかし今は、地球共和国存亡の危機である。五年前に死んだはずの狂人が、甦って動き始めたのだ。そんなことに拘ってはいられないのである。
「しかし、何故五年も経ってから、奴は動き出したんだ?」
ジョリアスは、軍の中でただ一人、ディズムは死んでいないと主張していた。しかし何年経ってもディズムが現れないので、半ば持論を捨てかけていたのだった。
「この五年は、一体何を意味しているんだ?」
ジョリアスは、それが非常に不気味に思われた。
「一つ教えてほしい事がある」
カロンは抵抗をやめて、ディズムに尋ねた。ディズムは前を向いたままで、
「何だ?」
「何故ダウ・バフ・マーンを偽の支配者に仕立て上げた? どんな必要性がある?」
カロンが言うと、ディズムはチラッとカロンを見てから、バカにするかのような笑みを浮かべて、
「偽の支配者などではない。奴には実際に地球と月を治めてもらう。私の右腕としてな」
「そうか。貴様は飽くまで表に出ないつもりか」
カロンは苦々しそうに言った。ディズムはカロンの方に向き直って、
「私は究極の政治形態を発見したのだ。矢面に立たされる者と、真の為政者は別であるべきだと」
「つまり国民が不満を表明したら、首だけすげ替えて、中身はそのままということか。そんなものは何百年も前からあることだ」
カロンが笑って言うと、ディズムは、
「違うな。そうではない。私が言っているのは、弾圧し、税を徴収し、自由を奪う者と、それを命令する者は別であるべきだ、ということだ。さらに実行する者は、自分の意志を持たない。これが究極の政治形態だ」
カロンは唖然とした。
( 自分の操り人形で世界を治め、操り人形に憎しみが集中するように仕向ける? 何を考えているんだ? )
「政治とは本来そういうものなのだ。為政者は国民を欺かなければ国を治められない。しかし為政者自らが欺こうとすると、どうしてもためらいが生まれる。ならばそんなためらいを持たぬ人間が国民を欺く方が良い」
ディズムは前を向いた。カロンは黙ったままディズムの背中を睨んだ。
「そうすれば国は治まる。全てが円滑に進むようになる」
ディズムはそう言うと、フッと笑った。
「しかしその影の為政者が死ねば、全ては元に戻ってしまうぞ」
カロンは反論した。しかしディズムは、
「そうだな。影の為政者が唯一自分でやらねばならぬことは、後継者を育てる事だ」
カロンは沈黙した。