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聖少女カシェリーナ  作者: 神村 律子
聖女カシェリーナ サードモンスタープラン
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その二十五 地獄から還った男

 ニューホンコンの軍需工場の作業員達は、振動で工場が揺れるのに気づいた。

「地震か?」

 彼らは周囲を見渡した。しかし、海面は普通に波が打ち寄せているだけであるし、工場以外の建築物は全く揺れていなかった。

「何だ? 何だよ?」

 作業員達が不安がってオロオロしていると、突然中央にあった工場の一つが真ん中から二つに分かれ始めた。

「うわっ!」

 床も二つに分かれ始めたので、付近にいた作業員達の何人かがその隙間に落ちてしまった。

「うわーっ!」

 他の作業員達はそれを見てパニックになり、その場から逃げ出した。床はすっかり分かれて、下に大きな空洞が現れた。

「あの音、何だ?」

 作業員の一人が、空洞の底から聞こえて来る音に気づいて言った。

「エンジンの音か?」

 作業員達がざわついていると、その空洞の下から戦艦とも戦闘機ともつかない形の物体が浮上して来た。作業員達はそれを見て仰天した。

「何だ?」

 その浮上して来た物体こそ、車椅子の男が言っていた、デイアネイラ三号機であった。

「逃げろっ!」

 作業員達は一斉に逃げ出した。


 ガールスは、ニューホンコンの軍支部で、アバスの工場に謎の飛行物体が出現した事を知らされた。

「まさか……」

( デイアネイラが一機だけだと思い込んでいたのが間違いだった……。アバスが怪しいと思った時に、工場を徹底的に調査させるべきだった……。アバスは議長ではなく、ディズムと繋がっていたのだからな)

 ガールスは気を取り直して、

「月を攻撃しているデイアネイラより先にアバスの工場に現れた方を叩く。付近の支部に出撃させろ」

と命令した。

( ディズムめ。貴様は本当に死んだのか? 今度の一件、息子のダウ・バフ・マーンが黒幕とは思えない )


 レト・アオキはアパートを引き払い、ニューホンコン空港に向かうタクシーの中で、デイアネイラ3号機を目撃した。

「あれは?」

 彼女にはデイアネイラがまるで悪魔のように見えた。

「何なの、あれ?」

 レトはタクシーを降りた。街の中は大混乱しており、渋滞が起こっていてもう先に進めない状態になっていた。レトは人混みをかき分けながら、デイアネイラの方へ走った。

( 月に接近していたのはデイアネイラで、それはパイア・ギノによって撃墜されたと聞いた。ではあれは何だ? ダウ・バフ・マーンが言ったデイアネイラとは、一機ではなかったということか? )

 レトの額に汗が流れた。


 一方ロイ達は、シノンがコンピュータで軍の情報を探り、ニューホンコンに謎の飛行物体が現れたという情報を得ていた。

「アバスの工場の下から、それは現れたようだな」

 キーボードを叩きながら、シノンが言った。ロイは顎に手を当てて、

「何でしょうか?」

「わからん。しかしタイミングから考えると、別のデイアネイラだな」

 シノンは手を休めて答えた。ロイはシェリーを見て、

「アバスが造らせていたのか?」

「わからないわ。少なくとも、私の知る限りでは工場の下にそんなものがあるなんて、誰も知らなかったと思うよ」

 シェリーは答えた。ロイはシノンを見て、

「マーン先生が造らせたんでしょうか?」

「違うな。私はさっきからマーン君の放送の事が気になっていたんだがな」

 シノンはコンピュータから顔を上げてロイを見た。そして、

「もしマーン君が全ての黒幕だとすれば、時間が足りない。彼が姿を消したのは、まだ一週間前だ。しかしニューホンコンに現れた飛行物体は、とても一週間で造れるようなものじゃない。それにマーン君は、ここ何年もの間、ニューペキンを離れていない」

 ロイはエリザベスと顔を見合わせた。シノンは腕組みをして、

「それから、銀行のホストコンピュータにアクセスして、マーン君の口座を調べた。この五年で、彼の口座には、多くの著書の印税と、講演料が振り込まれていて億を超える額になっていた。ところが、一年ほど前を皮切りに、その金のほとんどが引き出されている」

「ええっ?」

 ロイとエリザベス、そしてシェリーとテミスが同時に叫んだ。シノンは続けた。

「最初に巨額が引き出された日と、アバス・アドがニューホンコンの工場を購入した日が一致している」

「ど、どういうことです?」

 ロイは身を乗り出して尋ねた。シノンは、

「何者かがマーン君の口座から不正に金を引き出し、アバスにニューホンコンの工場を買わせた、と考えている」

「……」

 ロイ達は、シノンの大胆な仮説に言葉を失った。

「その何者かとは?」

 しばらくして、ようやくロイが口を開いた。シノンはロイに目をやり、

「ベン・ドム・ディズムだ」

「!」

 ロイ達は顔を見合わせ、再びシノンを見た。シノンは、

「ディズムは死んだはずだ、と言いたそうだね?」

「ええ。五年前、ディズムは核融合砲基地で爆死したはずです」

 シェリーが口を挟んだ。シノンはシェリーを見て、

「しかしディズムの影武者のうち四人が姿をくらまして、今の時点でも発見されていない」

 エリザベスが恐る恐る、

「じゃあディズム総帥の影武者と思われる人物の中に、実は本物がいるということですか?」

「多分ね。エリー、これは君がカシェリーナに言った事だよ」

 シノンが言うと、エリザベスは赤くなって、

「そ、そうでしたね」

と答えた。


 パイアは再びデイアネイラらしき飛行物体が月に向かっているのを知り、慌てていた。

「デイアネイラは一機だけじゃなかったのか」

 彼女はシートに座り、腕を組んだ。

「やはり黒幕はディズム……。マーンは操り人形と考えるのが正しいね」

 テセウスとヘルミオネは、パイアを見ていた。パイアはその視線に気づき、

「とにかく、デイアネイラが何機現れようと、このアイトゥナが全て撃墜します」

 ヘルミオネは黙って頷いたが、テセウスは、

「無理しないでよ、パイア」

「わかってるわよ、テス」

 パイアはウィンクして答えた。しかし彼女は内心焦っていた。

( ディズムという男は、常に決め手を最後まで隠していた男。もしこの一連の事件が、奴の仕業なら、さっきのようなわけにはいかない)


 車椅子の男とサングラスの男は、デイアネイラ三号機のブリッジにいた。デイアネイラ三号機は、戦闘機と言うより、やはり戦艦と言う方がふさわしい大きさだった。全長は五十メートル近くあり、全高は二十メートルはあった。

「手始めにニューホンコンを焼き払え。地球の連中に抵抗する気をなくさせろ」

 車椅子の男が命令した。

「了解」

 ブリッジの前寄りの席にいる乗員の一人が応えた。サングラスの男はキャプテンシートに座っており、車椅子の男はその前に車椅子を固定して座っていた。

 デイアネイラは急速上昇した。たちまちニューホンコンの街並の全てが見える高さになった。デイアネイラの前方が開き、主砲が現れた。

「撃てっ!」

 車椅子の男が命令した。乗員が発射レバーを引いた。

「発射!」

 主砲が唸った。巨大な光束が放たれ、ニューホンコンのビル街に突き刺さった。次の瞬間、光が強く輝き、周囲のビルが次々に焼失して行った。

「何?」

 レトも何もわからないまま、燃え尽きてしまった。

( お母さん……)

 それがレトの最後の思索だった。


 ガールスはビル街の一角が焼失したのを知り、愕然とした。

「軍の集結を急がせろ。到着した連中から、あの化け物の攻撃に入れ」

 ガールスは命令した。しかし彼に勝算はなかった。

「ディズムの亡霊か……」

 彼は呟き、歯ぎしりした。

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