その二十三 アイトゥナ
「連邦軍の艦隊が、全滅したようです」
パイアは部下から報告を受けていた。彼女の傍らには、テセウスとヘルミオネが立っていた。
「連邦軍も月中から艦隊を終結させているはず。もうすぐ決戦になるね」
「パイア……」
テセウスが心配そうに声をかけた。パイアはテセウスを見てニッコリし、
「大丈夫。このアイトゥナは、核の直撃でない限り、耐えられるように造られている。相手が例えデイアネイラでも、やられることはないよ」
テセウスもホッとした顔で、
「そう。それなら大丈夫だね」
しかしヘルミオネは心配そうだった。
「アイトゥナが動き出したようです」
サングラスの男が言うと、車椅子の男は、
「パイア・ギノか。放っておけ。あの女には何もできはしない」
サングラスの男はかすかに頷き、去って行った。車椅子の男は天井を見上げた。
ロイ達はシノンの車でニューペキン空港に向かっていた。普段なら一時間以上かかる距離だが、マーンの放送に恐れをなした市民達が地下壕や周辺のシェルターに逃げ込んだため、交通はほとんどなく、歩行者は一人もいなかった。店も全て閉店しており、シャッターが閉められていた。
「シェリーは今、どの辺りまで来てますか?」
運転席でロイが尋ねた。後部座席でテミスと共にラップトップコンピュータを操作しているシノンは、
「まだニューナンキンだな。あと一時間ほどで来るだろう」
助手席のエリザベスは、
「ナターシャさん、大丈夫かしら?」
テミスに尋ねた。テミスはエリザベスを見て、
「睡眠導入剤を飲ませたから、しばらくは眠っているはずよ。心配ないわ」
「それならいいんだけど」
エリザベスは空を見上げた。
ガールスはクロノス追跡を中止し、地球中の軍にデイアネイラ撃滅作戦を展開するよう指示した。
「今の地球の戦力で、コペルニクスクレータを瞬時に焼き尽くすような化け物に立ち向かえるとは思えんが……」
それがガールスの本音だった。
「何をしているのです、リノス? 早くアルフォンススを焼き払いなさい」
モニターのサングラスの男が言った。リノスはハッと我に返り、
「アルフォンススにはもう誰もいない。そんなところを攻撃して、どうするつもりだ?」
サングラスの男はそれには答えず、
「命令に背くつもりですか? デイアネイラを自爆させますよ」
「う……」
リノスは仕方なく主砲の準備をした。そして、
「一つだけ教えてくれ。この破壊活動が完了したら、俺はどうなるんだ?」
「総帥の側近として、権力の中枢に就いてもらう事になります」
「そうか……」
リノスは主砲の発射レバーを引いた。光束が放たれ、アルフォンススのドームを焼き尽くして行った。
「次は地球です」
「……」
リノスは主砲を収納すると、デイアネイラを地球に向けて発進させた。その時、振動が伝わった。
「何だ?」
リノスはレーダーを見たが、何も映っていない。
「敵か?」
また振動が伝わる。
「デイアネイラのレーダーの外から攻撃しているのか……。何て射程だ」
リノスは機体に損傷がないのを確認すると、かまわず前進した。
「デイアネイラに直撃です。しかし、損傷を与えた様子がありません」
パイアはシートに座って部下の報告を聞いていた。
「ビームコートもしているのか。多分ショックを吸収する特殊樹脂も使われているね。こいつは思ったより手強いかも」
パイアはニヤリとした。その隣のシートに、ヘルミオネと並んで座っていたテセウスが、
「デイアネイラはどうしたの?」
するとパイアはパネルスクリーンに月を映し出して、
「デイアネイラはアルフォンススから月を離脱しようとしている。月から出て行ってくれるのなら、もうこれ以上攻撃する必要もないわね」
「でも地球を攻撃するつもりなんだろう?」
テセウスは身を乗り出して言った。パイアはテセウスを見て、
「地球が攻撃されても、私には関係ないよ」
肩を竦めた。テセウスはムッとして、
「でも今は、パイアの部下の人達も地球にいるんだろう? 関係なくないよ。助けてあげないの?」
パイアは真顔になって、
「わかったよ」
前を見て、
「これよりアイトゥナはデイアネイラ追撃に入る。地球に向け、発進!」
テセウスはそれを聞いてニッコリし、シートに戻った。
一方メンツを潰された形になった連邦大統領の命令で、月各地の連邦軍が艦隊を編成し、そのトップであるバラムイア・サランド率いる艦隊のところに集結しつつあった。
「我が国の中心コペルニクスクレータを潰された礼は、キッチリさせてもらう」
キャプテンシートに沈み込んで、サランドは呟いた。
カシェリーナ達の乗るシャトルは、地球まであと三十万キロメートルのところに来ていた。
「隊長、地球から緊急入電です」
隊員の一人が電子メールのプリントをレージンに渡した。レージンはそれに目を通すとカシェリーナを見て、
「君の親父さんからだ」
プリントをカシェリーナに渡した。カシェリーナはそれを受け取って読み、
「着陸場所をニューペキンに変更しろ? どういうことかしら?」
「あの放送を見て、ニュートウキョウは危険だと判断したんだろう。俺も実はそう思っていた」
「じゃあ、ニューペキンに降りるのね?」
カシェリーナが尋ねると、レージンは頷いて、
「進路変更。ニューペキンに降下するぞ」
パイロットに指示した。
シェリーの乗るクロノスは、ニューペキン空港上空に来ていた。
「さすがに人気がないな」
シェリーはクロノスを降下させながら呟いた。
「来た来た!」
ロイが滑走路へ飛び出して行った。クロノスはやがて着陸し、停止した。
「シェリー!」
エアロックを開いて出て来たシェリーに、エリザベスが抱きついた。シェリーはニッコリして、
「エリー、私、そういう趣味はないんだけど」
「もう、シェリーは!」
エリザベスもニッコリしてシェリーから離れた。シノンがロイに、
「さァ、クロノスに乗り込んでくれ。あとカシェリーナ達がロベルトと戻ってくれば、五年前の四人組が勢揃いするな」
そう言うと、ロイは嬉しそうに、
「そうですね。四人揃うのは、久しぶりですよ」
シノンは頷いてからシェリーを見て、
「そうだ。ディズムの影武者の情報はどうだったかね?」
「情報部の子に訊いてみたんですけど、誰も知らないみたいです。警察の方も、手がかりなしのようですし……」
シェリーは残念そうに答えた。シノンは溜息混じりに、
「そうか。わからんか……」
意気消沈して言った。
リノスは、アイトゥナの他に無数の艦がデイアネイラを追跡している事をレーダーで知った。
「バカな奴らだ。まだ戦うつもりか」
リノスは月連邦軍を哀れんだ。
「勝てる見込みのない戦いをするというのは、苦痛だろうな」