その二十二 狂気の始まり
「月のコペルニクスクレータを壊滅させたのは、我が軍が誇る最新兵器であるデイアネイラだ。その破壊力については、今更語る事もあるまい」
マーンは続けた。
「どういうことだ? デイアネイラはディズムの計画……。何故ダウ・バフ・マーンが……」
その時ようやく、ガールスはディズムとマーンが実の親子だということを思い出した。
「そうか。ディズムが死んだ後、奴の野望をその息子が受け継いだという事か……」
ガールスは自嘲して言った。
「抵抗はやめよ。無駄な戦いは好まない」
マーンは話を続けていた。
「しかし、現在の政治体制と自治体制は全て破壊し尽くし、私の手に全ての権力を集中させる。そのため、これから地球と月の主要都市をデイアネイラで壊滅させる」
「何だと?」
レージンは叫んだ。カシェリーナは目に涙を溜めたまま、何も言わない。ロベルトは唇を噛み締めていた。
「死にたくなければ、脱出する事だ。これは私の慈悲である」
マーンはフッと笑って言った。
「何を、何を言っているんですか、先生!」
カシェリーナは大声で叫んだ。
「ど、どうしてこんなことに……」
彼女は泣き崩れてしまった。レージンは悔しそうにモニターを睨み、
「それがあんたの本音なのか、マーン先生……」
と呟いた。
( 所詮あんたは、ディズムの息子だという事か? )
リノスはこの映像をモニターで見て驚愕していた。
( ダウ・バフ・マーンが黒幕だったのか。じゃあ、あの車椅子の男はディズムじゃないのか? )
彼は口に出して言うのを控えていた。盗聴されているのに気づいたのだ。
( 俺は結局は操り人形ってことか )
シェリーもまた、クロノスの中でマーンの映像をモニターで見ていた。
「あの人が、ダウ・バフ・マーン……。ディズムの息子……」
シェリーは呟いた。
テセウスとヘルミオネも、宇宙船の中でマーンの放送を見ていた。
「何てことだ……。五年前、地球と月を救った人が、今度は……」
テセウスは蒼ざめて言った。ヘルミオネは何も言わずに震えていた。
( 神よ……)
彼女は心の中で祈った。
「次はアルフォンススを攻撃する。早く脱出するように」
マーンがそう言うと放送は終わり、画面は砂嵐となった。
「アルフォンススだと? 確かそこは、ディズムの生まれ故郷のはずだ」
シノンが言った。ロイが身を乗り出して、
「一体どういう事なんです? どうしてマーン教授が、あんな格好で、あんなことを言って……」
「わからん。私にも全くわからんよ」
シノンは悔しそうに答えた。
「ダウ……」
いつの間に起きて来たのか、彼らの後ろにナターシャが立っていた。彼女はどうやらマーンの放送を見てしまったらしかった。シノンはびっくりして振り返り、
「ナターシャ! 見てしまったのか、今の放送を……」
ロイ達もナターシャを見た。
「……」
ナターシャは心ここにあらずという顔で立っていた。シノンはテミスに目配せをした。テミスは頷いてナターシャに近づき、
「ナターシャさん、部屋に戻りましょ?」
しかしナターシャは無反応だった。テミスは仕方なくナターシャを強制的に連れて行った。
「……」
シノンは無言のまま窓に近づき、空を見上げた。
( シェリー、早く来てくれ。カシェリーナ、レージン、早く戻ってくれ。手遅れにならないうちに……)
アルフォンススのドームでは、パニックが起こっていた。各宇宙港は脱出しようとする人々でごった返し、車は渋滞し、あらゆる交通機関が麻痺状態になっていた。
そんなパニック状態のドームの上に、デイアネイラが姿を現した。
「……」
リノスは、ドームの中を逃げ惑う人々の姿を目の当たりにしていた。
( 俺は今何をしているんだ……? )
殺戮が生き甲斐だったはずの彼が、今はとても人を殺す気になれなくなっていた。
( 一体何のためにそこまで破壊する? 月を滅ぼすつもりがないなら、何故ドームを攻撃する? )
リノスはマーンの考えが理解できなかった。
パイアのアイトゥナはついに発進した。全長一キロメートルほどもある、超巨大戦艦と化したアイトゥナは全ての砲門を展開させ、戦闘体制を整えた。
「デイアネイラは、すでにアルフォンスス上空に飛来している。ここに来られる前に、始末をつけるよ」
パイアはブリッジのキャプテンシートに座りながら言った。
「このアイトゥナが発進する時は、月を統べる時だと思っていたけど、逆に守るために発進する事になるとはね」
パイアはそう呟いて苦笑いした。
「テセウス・アス様の宇宙船が接近しています」
部下が報告した。パイアは正面を見据えたまま、
「収容しろ。テスとあの子の母親には、ブリッジに上がってもらいなさい」
「はっ!」
アイトゥナはテセウスの宇宙船を収容すると、速度を増し、アルフォンススを目指した。
「くそう。ディズムの亡霊が……」
何とかコペルニクスクレータを脱出し、専用シャトルに乗り込んだ議長は、歯ぎしりして悔しがっていた。
「私の計画を台無しにしおって!」
彼は秘書官を見て、
「クロノスはどうした? あとどれくらいで到達するのだ?」
「あと四時間ほどです」
「……」
議長はムッとして窓の外に目をやった。
エウロス艦隊は、やっとの思いでデイアネイラに追いつき、攻撃準備をしていた。
「アルフォンススを潰させてはならない。連邦軍の名誉に賭けてもだ」
エウロスは立ち上がって指揮をとっていた。
「あの化け物がどれほど頑丈でもワンポイント攻撃をしかければ、必ず破壊できるはずだ。奴の左エンジンを全艦で狙え!」
エウロスは大声で命令した。主砲、副砲、機銃、ミサイル発射孔の全てが、デイアネイラの左エンジンに狙いを定めた。
「撃てっ!」
エウロスの号令の下、無数の光束とミサイルがデイアネイラに向かった。
「ムッ?」
リノスは、エウロス艦隊の攻撃に気づいたが、回避もせずにいた。
「うおっ!」
デイアネイラは光束とミサイルの直撃を受け、爆雲に包まれて見えなくなってしまった。
「やったか?」
エウロスは身を乗り出して前方を見た。爆雲はゆっくりと散って行き、やがてその向こうに、全く無傷のデイアネイラの姿が見えて来た。
「何だと?」
エウロスは色を失った。
( 何て化け物だ……。損傷していないのか、あれほどの攻撃を受けて……)
デイアネイラの後方にミサイルランチャーが現れた。それはリノスの操作によるものではなかった。
「何だ? 勝手に武器が作動している……」
リノスは焦っていた。デイアネイラはクロノス同様、オートディフェンスシステムを搭載していた。敵に攻撃されると、パイロットの意志を待たずに反撃を開始するのだ。
「全艦、回避運動!」
エウロスはデイアネイラがミサイルを掃射したのを見て、大声で叫んだ。しかし無駄だった。デイアネイラから放たれたミサイルは、三段階に広がる、多弾頭ミサイルであり、エウロス艦隊をすっかり取り囲んでしまったのだ。
「くそっ!」
エウロス艦隊は、デイアネイラの反撃で、全滅した。
( 親父……。まだ当分地球と月は、わかり合えそうにないな……)
エウロスは死ぬ間際に、父であるライオス・パレが教壇で熱っぽく語っている姿を思い出した。