その十七 開戦
レージンは連邦軍本部に到着してすぐに事情を説明したが、なかなか信じてもらえない。あまりレージンがしつこいので、彼はロビーで待つように言われ、ソファに座っていた。
( 全く、どこの世界も、お偉いさんは頭が固いんだからな )
レージンが苛々しながら待っていると、将軍らしき軍服を着た人物がゾロゾロと五人の兵士を連れて現れた。
( やっとわかってくれたようだな )
レージンはそう思って立ち上がった。その時、彼は信じられない光景を見た。兵士五人が、銃を向けたのだ。
「これは一体何のマネだ?」
レージンは将軍らしき人物に尋ねた。するとその男は、
「とぼけるな。その謎の飛行物体というのは、クロノスだろう? 地球人め、やはり月を滅ぼす準備をしていたのだな」
「何だって?」
レージンはとんでもない勘違いをされたと思った。しかし否定するだけの情報がない。
「お前は我が国の捕虜だ。議長ご一行にも、いずれこちらに来ていただく事になろう」
「……」
レージンは銃を突きつけられ、本部の奥に連行されてしまった。
ロイはエリザベスと共に、バスでシノンの邸に向かっていた。バスには二人の他に誰もいず、まるで貸し切り状態であった。ロイは座席に座りながら、
「教授の話だと、デイアネイラが月に向かっているってことだ。それに、ニューホンコンからクロノスが月に向かったらしい」
「どういうことなのかしら?」
エリザベスは隣に座って言った。ロイは腕組みをして、
「シェリーが何か知っているんじゃないかな」
「そうね。シェリーはニューホンコンの軍需工場にいるんですものね」
「とにかく教授に相談してみよう。クロノスが絡んでいるとなると、とても他人事とは思えないからな」
ロイが言うと、エリザベスは頷いた。
カシェリーナは、レージンが軍本部で捕虜になっているとも知らずに、会場近くまで来ていた。
( 変ね。レージンの姿が見えない。それに、デイアネイラ接近の情報が伝わっているにしては、何の対処も見受けられない……)
カシェリーナは会場入り口に立っていたロベルトに声をかけた。
「ねェ、君」
「はい」
ロベルトは、声をかけて来た女性がカシェリーナだと気づき、赤くなって、
「何でしょうか?」
とついつい、彼女のスラッとした脚に目をやってしまった。カシェリーナはそれに気づかずに、
「隊長はどうしたの?」
「た、隊長は、連邦軍本部に行くと言われて、ここを出て行かれたままです」
「戻っていないの?」
カシェリーナは眉をひそめて尋ねた。ロベルトはやっとカシェリーナの顔を見て、
「はい。自分らも探しておるのですが。連邦軍本部に問い合わせても、もう帰ったとしか言ってくれないですし」
「ええっ?」
( おかしいわね。レージンがデイアネイラ接近を連邦軍に知らせているのに、連邦軍が動いた様子はない。そして、レージンは行方不明。どういうことなのかしら? )
カシェリーナが考え込んでいると、ロベルトが、
「隊長がどこに行ったのかわからないのも妙なのですが、我々も会場に入れなくなったのです。そればかりか、議長の車にも監視がつけられ、議長も連邦軍の兵士に連行されるように会場に入って行きました」
「そう……」
カシェリーナは嫌な予感がした。
( まさか、デイアネイラが接近しているのは地球政府の差し金だと思われたの? )
コペルニクスクレータの外周部にある軍事基地から、十隻の戦艦クラスの艦が発進し、クロノス撃墜作戦を展開しつつあった。
「相手はたった一隻ではあるが、月の絶滅を目的に造られた化け物だ。心してかかれよ」
艦隊の旗艦であるポルピュリオンのブリッジで、命令を下している男がいた。エウロス・パレと言う、無骨な感じのする大男の軍人である。その厳めしい顔の半分くらいを埋めている黒い髭が、彼のトレードマークだ。
( 月と地球は、一体いつになったらわかり合えるんだろうか……。なァ、親父 )
エウロスは心の中でそう思った。
「クロノス迎撃のため、月の艦隊が動き出した模様です」
サングラスの男が、車椅子の男に言った。車椅子の男は、キーキーと息をしながら、
「デイアネイラは無敵だ。何も心配はいらぬ……」
と答えた。サングラスの男は黙って頷いた。車椅子の男は首を少し右に傾けて、
「そろそろあれの準備をさせろ。コペルニクスクレータを壊滅させた後に、地球だけでなく、月の各都市にも映像を流す……」
「はっ」
サングラスの男は一礼し、その場を離れた。
「デイアネイラ? 何、それは?」
パイアはテセウスからの連絡を受けていた。コンピュータのディスプレイに映ったテセウスは、
「スキュラ、クロノスに次ぐ、第三の化け物のことだよ。月を壊滅させるために造られた、巨大な戦闘機なんだ」
「そんなものが、月に向かっているっていうの?」
パイアはソファから立ち上がった。テセウスはパイアを見上げて、
「まだデイアネイラと決まったわけじゃないよ。でも、地球共和国軍のものでないとすれば、その可能性は高いけどね」
「ニューホンコンにいる部下にいろいろと探らせているけど、クロノスが月に向かったっていう情報くらいしか入っていないし……。どうする、テス?」
パイアはテセウスを見た。テセウスは考え込んでいたが、
「パニックを引き起こすかも知れないけれど、コペルニクスクレータに避難勧告を出そう。このままじゃ、連邦国民二千万万人の命が危ないよ」
「それはもう軍がやっているらしいよ。クロノスが接近しているっていう情報が入っているからね」
パイアは答えた。しかしテセウスは、
「いや、記念式典は続行するつもりらしいし、軍は本気で国民を避難させるつもりはないよ」
「かも知れないわね」
パイアは、そんなことは私の知った事ではない、という顔でソファに身を沈めた。
「クロノスが来ると思っているからだよ。確かにクロノスなら、今の連邦軍の戦力で十分かも知れない。しかし、実際にあともう少しで月に到達するのは、デイアネイラかも知れないんだよ」
テセウスはパイアの冷たい態度に憤然として言った。パイアはテセウスのそんな顔を見てフッと笑い、
「わかったわよ。避難勧告を出しなさい。私んとこの望遠鏡で捉えた、デイアネイラとかの写真をメールで送るわ。それを使ってうまくやれば」
「ありがとう、パイア」
テセウスは本当に嬉しそうに笑った。パイアは照れ臭くなってニコッとした。