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聖少女カシェリーナ  作者: 神村 律子
聖女カシェリーナ サードモンスタープラン
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その十六 二重の陰謀

 レージン達は議長の一行が会場内に消えたのを確認すると、今度は会場の出入り口の警備に移った。

「隊長!」

 隊員の一人が、会場の中から声をかけた。レージンはそちらに目をやり、

「何だ?」

「お電話です。カシェリーナ・ダムン先生からです」

「カシェリーナから?」

 レージンは少し迷惑そうな顔をし、隊員が差し出したコードレスフォンを受け取った。

「俺だ。一体なんだ?」

 レージンは横柄な言い方で尋ねたが、カシェリーナの話を聞くうちに、顔が見る見るうちに強ばった。

「本当か、それは?」

 レージンは廊下の隅に移動し、話を続けた。周囲にいる憲兵隊員達は、素知らぬフリをして、レージンの声に耳を傾けていた。

「わかった」

 レージンは言うと、コードレスフォンを切り、隊員に返した。そして、

「俺は連邦軍本部に行って来る。後を頼む」

と言い、足早に会場を出て行った。ロベルト達は互いに顔を見合わせてから、走って行くレージンの後ろ姿を見送った。

「一体何があったんだろう?」

 ロベルトは呟いた。


 謎の飛行物体は言うまでもなく、リノス・リマウが搭乗しているデイアネイラである。

「月まであと十万キロメートルか。二時間半ほどで到達するな」

 リノスは呟いた。彼は宇宙服を着込み、デイアネイラを操縦していた。

( クロノスは最低でも二人いないと操縦できなかったが、こいつはそのクロノスの欠点を全てクリアしている。破壊力だけじゃなく、操縦性能でも、クロノスより数段上だな )

 リノスは前方に見える月を見据えた。

「まず最初は小手調べにコペルニクスクレータの外に威嚇攻撃をしろと言っていたな。回りくどいやり方だが、仕方ないか」

 デイアネイラは、月に向かって時速四万キロメートルで飛行している。一秒間に十一キロメートルという、想像を絶するスピードである。しかし、それほどの速度でも、月まであと二時間半かかる。地球と月との距離は三十八万キロメートルだから、デイアネイラでも、九時間半かかる計算になる。しかしそれは決して月の人々にとって長い時間ではなかった。


 シノンはカシェリーナからの電話を受け、その内容に驚愕していた。そしてすぐさまコンピュータを使って、地球各地の情報収集を始めた。

「軍や政府が気づいている様子はない。クロノスが月に向かったらしいことはわかっているが、時間的に違うものだ」

 シノンはテミスの入れてくれたコーヒーを飲みながら、キーボードを叩き続けた。テミスは心配そうにディスプレイを見ていた。

「どこかで誰かが目撃していないか、インターネットの掲示板を使って、あちこちに照会してみるか」

 シノンはカップを置き、両手でキーボードを叩き始めた。

「一体何が起こっているんです、教授?」

 テミスが尋ねると、シノンはディスプレイを見たまま、

「カシェリーナは、サードモンスタープランが動き出したんじゃないかと言っていたがな。もしかすると、それが正解かも知れん」

と答えた。テミスは思わず身震いした。


 宇宙でそんな一大事が起こっているなどとは全く思っていないロイは、いつも通り、ガイア大学に行っていた。彼はエリザベスとロビーで合流し、教室へ向かう途中だった。

「ロイ、エリー」

 その時二人にクストスが声をかけた。ロイは迷惑そうに、

「何だよ?」

と言った。しかし、クストスはニコニコして、

「シノン・ダムンて、カシェリーナ先生のお父さんの名前だよね?」

「ああ、そうだよ。それがどうしたの?」

 ロイは素っ気ない。エリザベスがロイをキッと睨んでからクストスに、

「何、クストス?」

と尋ねた。クストスはエリザベスとの距離があまりに近いので真っ赤になりながら、

「いや、その、シノン元教授が、インターネットの掲示板で、変な事を尋ねていたんだ。これがその画面をプリントしたものなんだけどさ」

とエリザベスに差し出した。エリザベスはそれを受け取り、

「『デイアネイラを見た人は連絡を下さい   シノン・ダムン』」

と読み上げた。そしてロイに目を転じた。ロイはエリザベスからそのプリントを引ったくるようにして受け取り、

「デイアネイラを見た人だって? 一体どういうことだろう?」

「何があったのかしら?」

 エリザベスが言うと、ロイは、

「こりゃ、暢気に講義なんか受けてる場合じゃないぞ。すぐにシノン教授に連絡を取ってみよう」

「ええ」

 二人はロビーの端に行き、携帯でシノンに連絡を取った。クストスは何が何だかわからずにポカンとしていた。


 ガールスは憲兵隊がアバスの遺体を担架で運んで行くのを見ていたが、

「クロノスは月に向かったに違いない。月までどのくらいかかる?」

とシェリーに尋ねた。シェリーは一瞬虚を突かれたように呆然としたが、

「クロノスは宇宙では時速三万五千キロメートルで航行できます。大気圏脱出に十五分ほどかかりますから、十一時間ほどで到達するはずです」

と答えた。しかしガールスは、

「いや、そんなはずはない。クロノスはもっと速いはずだ。時速四万キロメートルは出せるはずだ」

と反論した。するとシェリーは意外なことを言い出した。

「いいえ、あのクロノスは三万五千キロメートルが限界です。あれはプロトタイプのコピーなんです。本当のクロノスは、工場の奥にあります。手つかずで」

 ガールスは唖然とした。

「ど、どういうことだ、それは?」

「社長、いえ、アバスがそうしたんです。アバスはクロノスが月に向かうことを知っていたらしく、クロノスのコピーを造らせたんです。詳しい事は、私にはわかりませんが」

 シェリーは肩を竦めた。ガールスは腕組みをして、

「地球政府を陰で操りながら、何故月を滅ぼす計画を邪魔するようなことをするんだ?」

と呟いた。そして、

「何にしても、アバスに操られていたのは議長だと言う事は間違いない。しかし、アバスを操っていたのが誰なのかはわからないな」

と言うと、シェリーをその場に残し、憲兵隊の車に向かい、同乗して憲兵隊支部へと向かった。

( 月にはロベルトがいるんだ。大丈夫かな、あいつ……)

 シェリーは天空に微かに見えている月を見上げた。


 その頃レト・アオキは、ガールスの軍服の勲章の一つに仕掛けた盗聴器で聞いたクロノスの一件を、電子メールで月の情報部に送信していた。ここは彼女がニューホンコンに借りているアパートである。

「それにしても……」

 レトは信じられないという思いでいっぱいだった。

「コペルニクスクレータの復興記念式典に合わせて、クロノスで月を攻撃しようとするなんて……。地球人はやっぱり、月の人間とは相容れないのかしら……」

 レトは虚しかった。情報部員としてはやっと任務を果たせたのだが、一人の人間として知りたくない事を知ってしまった気がしたからだ。

「何か、悲しいわ……」

 レトはシェリーと同じく、窓の外にうっすらと見える月を見上げた。

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