その十三 それぞれの思惑
バラムイア・サランドは軍司令本部に戻り、レト・アオキからの報告書に目を通していた。ここは司令長官室である。
「ガールスは何も知らんようだな」
サランドは回転椅子に座り、報告書を机の上に投げ出した。
「そのようです。何者かが月を狙っているという情報は入っていますが、それはどうやら地球共和国軍ではないようですね」
と答えたのは、ゲスの死後、情報局を解体して軍情報部に組織変更した後、局長に就任したカライス・エトルである。悪党面でいかつい身体つきだが、頭脳明晰な男だ。
「男の口が一番軽くなるのは、寝物語の時です。その時ですら、奴は何もレトに話していません。何も知らないという線が、正しいと思います」
「只の女好きというだけかも知れんがな」
サランドはニヤリとして言った。カライスもニヤリとし、
「もしそうでしたら、レトは抱かれ損ということになります」
「それも仕方なかろう。全ては祖国月連邦のためなのだ」
サランドは冷酷に言った。
「レトはどうしますか?」
カライスが真顔に戻って尋ねた。サランドはジッと報告書を見たままで、
「ガールスが怪しんでいる様子がなければ、身辺の調査を続けさせろ。謎の敵の存在も気になるが、地球人共の動きも気になる」
カライスは黙って頷いた。
一方パイア・ギノは、リノス・リマウらしき人物を乗せたリムジンが、ニューホンコンを走っているのを目撃したという情報を入手し、色めき立った。
「リノスが動き出したか。地球政府や軍が情報部を使って探らせていたのに、全く行方がわからなかったリノスが、一体何のためにどこに行ったのか……」
パイアは手にしたグラスのワインを一気に飲み干すと、
「ディズムの影武者らしき人物も、ニューホンコンで見かけられている。臭いね」
そして、
「何人か使って、ニューホンコンを探らせな。とんでもないことが起こっているような気がする」
近くに控えていた幹部の女に言った。その女は、
「はい、首領」
そう応じて部屋を出て行った。パイアは、
「ダウ・バフ・マーンが姿を消したという話も聞いた。キナ臭いね、全く」
ソファに身を沈めた。
カシェリーナはロイに空港まで送ってもらい、シャトルに乗って月に向かっていた。
「先生……」
ロイ達と空港に向かっている間は、マーンの事を考えないようにしていたのだが、一人になって、音のない宇宙空間まで出て来ると、マーンの事が頭から離れなくなってしまった。
( 何があったのですか? ご無事なんですか? )
カシェリーナは祈るような気持ちで、マーンの事を考えた。
ロイとエリザベスは結局どこへ行く事もなく、レンタカーを返し、大学に行った。
「そう言えば、テミスは今日休んだのかしら?」
エリザベスが法学部棟のロビーに入ったところで言った。ロイは、
「さァね。あいつはゼミ以外で見かけた事がないからな。今日はゼミはないし」
「そうかァ」
エリザベスは何か考え込むように顎に手を当てていたが、
「取り敢えず、クストスに会って、ノートを見せてもらいましょう」
ロイは頷いて、
「そうだな。あいつ、お前に気があるからな。きっと一生懸命ノートをとってくれたと思うよ」
冷やかすように言うと、エリザベスはツンとして、
「クストスは貴方と違って真面目な人だから、きちんとノートをとっているのよ」
「何だよ、その言い方は?」
ロイがムッとしてそう言った時、その話題の人であるクストスが現れた。度の強い眼鏡をかけた、長身痩躯の男である。
「相変わらず、仲がいいね、二人共」
クストスはニコニコしながら言った。エリザベスもニッコリして、
「ごめんなさいね、クストス。ロイが変な事頼んじゃって」
「いや、いいんだよ。君達だけじゃなくて、他に何人もノートをコピーしたがっている連中がいるんだ。二人の分は、ついでだよ」
クストスは、エリザベスの顔をまともに見られず、俯いて答えた。ロイが、
「ついででも何でもいいよ。早いとこ、ノートを貸してくれ。民法三部は、特によくわからないんだ」
エリザベスはキッとしてロイを睨み、
「クストスにお礼くらい言いなさいよ、ロイ!」
「はいはい、ありがとな、クストス」
ロイは投げやりな言い方をした。エリザベスはクストスを見て、
「ごめんなさい。この人、こういう言い方しかできないのよ。悪く思わないでね」
「わ、悪くなんか思ったりしないよ」
クストスはエリザベスの顔が間近にあるので真っ赤になりながら言った。ロイはそんな二人のやり取りを、ムスッとした顔で見ていた。