その十二 滅亡への序章
「お前も帰ってしまうのか?」
カシェリーナは昼食を終えてしばらく歓談した後、ロイとエリザベスが暇を告げたので、便乗してアパートに戻る事にした。それに対して、シノンが言った言葉だ。
「しばらくここにいたいけど、やっぱり式典には出ておきたいの。今夜の便で立って、月に行くわ」
「と言うより、レージンが恋しいんだろう?」
シノンがにやけて言うと、カシェリーナは舌を出して、
「ま、本音はそうかもね。でも式典では私も祝辞を頼まれているから、欠席するわけにはいかないのよ」
「そうか。まァ、式典が終わったらまた来い。それまでにはマーン君のことも、何かわかるだろうから」
「ええ。何かわかったら、すぐに連絡ちょうだいね」
カシェリーナはシノンとお別れのキスをして、玄関を出た。ロイはそれを羨ましそうに見ていたのをエリザベスに気づかれ、思い切り脇腹を抓られた。
「ロイ、エリー、また遊びに来てね」
エプロン姿のテミスが現れて言った。ロイはテミスを見てニッコリし、
「ああ、また来るよ。あんなうまい料理、久しぶりに食ったからな」
「それ、どういう意味?」
エリザベスがムッとして詰め寄った。ロイはまずい、という顔で口を手で押さえた。テミスは笑って、
「ほらほら、もう揉めないで」
仲裁し、話をそらそうとでも思ったのかエリザベスに、
「そう言えば、シェリーはどうしているか、知ってる?」
エリザベスは唐突な質問に一瞬キョトンとしたが、
「ああ、シェリーなら、ニューホンコンの軍需工場に行っているみたいよ。何をしているのかは秘密だって、言ってたわ」
「そうなんだ。ロベルトはニュートウキョウだし……。昔の友達は、みんな遠くか。何か、寂しいな」
テミスはしんみりとした口調で言った。するとロイが、
「ああ! 思い出したぞ、テミス! さっき俺が謝ったの、撤回だ」
テミスはビクッとして、
「な、何が?」
ロイを見た。エリザベスもカシェリーナも、シノンまでもがロイを見た。ロイはテミスを睨みつけて、
「お前、ロベルトにも結婚してくれって言ったんだってな。ロベルトに聞いたの、今思い出したぞ」
「えっ?」
今度はテミスが焦る番だった。エリザベスが呆れて、
「テミス、貴女ねェ……」
「ハハハ」
テミスは笑って誤摩化そうとした。ロイも呆れ気味に、
「今更そんなこと言ってみても仕方ないよな。まァ、これでおあいこだからいいとするか」
と言った。
レージンはロベルトを誘って、コペルニクスクレータの端にある、酒場のバーにいた。
「遠慮せずに飲め。今日は俺のおごりだ」
レージンは運ばれて来たビールの大ジョッキを前にして言った。ロベルトは恐縮しながら、
「はい」
ジョッキを手に取るとビールを飲んだ。レージンはそれを見ながらジョッキを持ち、グッと一息にビールを飲み干した。
「少しは羽目を外せ、ロベルト。そう真面目では、肩が凝るだろう?」
「はァ。しかし、あいつにばれると、ホントに怖いんです」
ロベルトは溜息混じりに言った。レージンは二杯目を注文してから、
「そう言えば、お前の彼女は何をしているんだ?」
「軍の技術部で、メカニックをやってます。クロノス事件以来、すっかりメカの虜になってしまって」
ロベルトは項垂れて言った。レージンは笑って、
「なるほど。じゃあ何かすれば、すぐに彼女の耳に入っちまうってことか」
「ええ。それでなくても、あいつは地獄耳ですから」
「まァ、それだけ愛されているってことさ。喜ばしいじゃないか」
レージンは二杯目をあおりながら、無責任なことを言った。ロベルトはそんなレージンをチラッと見てから、またフーッと溜息を吐いて、
「そんなもんですかねェ……」
呟くように言った。彼は、自分の恋人がガールスに目をつけられて、身体を狙われているなどとは、夢にも思っていなかった。
リノスは車椅子の男の後について、広間の隅にあるエレベーターの前に行った。
「このエレベーターで降りた、地下五十メートルの格納庫に、デイアネイラがあります」
サングラスの男が言った。リノスは後ろに立っている二人の大男を気にしながら、
「なるほど」
車椅子の男は、軋むような息をしているだけで、何も喋らなかった。
やがてリノスは、デイアネイラがある格納庫へと降りて行った。
「これは……」
エレベーターの扉が開き、目の前に広がった場所は、ニューホンコンのアバスの工場並みの広さがあり、そのほぼ中央に、クロノスより二周りは大きいと思われる、デイアネイラがあった。端的に言い表せば、五メートルを超える巨人用に造られた戦闘機という感じだった。
「すげえ……。確かにクロノスなんかよりずっと上だ……」
「参考にしたのは、クロノスに搭載されているメインコンピュータのみです。後は我々独自の技術で開発しました」
サングラスの男は車椅子を押して前に進みながら説明した。リノスはその後を追うように続いた。
「一体いつから、これほどのものの準備に取りかかったんだ?」
リノスがデイアネイラを眺めながら尋ねると、サングラスの男もデイアネイラを眺めて、
「核融合砲計画が失敗し、総帥の政権が倒れた時からです」
「……」
リノスは、ディズムと言う男の執念を見た思いがした。
( つくづく恐ろしい男だ……)
彼は車椅子に座っている、半分機械のような男を見た。
「中もごらんになりますか?」
サングラスの男が尋ねた。リノスはニヤリとして、
「ああ。見せてもらおうか」
と答えた。