その十一 生きていた男
リノスはようやく目隠しを外された。一瞬目が眩むような眩しい光が見え、リノスは顔を背けた。やがて目が慣れるにつれ、そこが宮殿の大広間のようなところである事がわかって来た。
「ムッ?」
彼は自分をここに連れて来たサングラスの男が立っている隣に、車椅子に乗っている人物がいることに気づいた。
「何だ?」
その車椅子の人物は、両脚共金属に覆われており、右手も義手のようだ。着ているのは、共和国軍の将軍クラスの軍服で、顔の大半は金属で覆われていて、髪の毛が少しだけ見えている程度だった。
「この方が、総帥閣下です」
サングラスの男は言った。リノスは目を見張った。
( こいつ、ほとんどつくりものじゃないか……。一体誰なんだ? まさか……)
共和国軍の軍服、そして総帥と呼ばれている……。答えは一つしかないように思われた。
( こいつ、ディズムなのか? 核融合砲基地の爆発から生還していたというのか? )
リノスがいろいろ思案していると、
「リノス・リマウ、よく来た」
その車椅子の人物が喋った。その声は人口声帯のようだった。
( 地獄から舞い戻ったのか、この男……)
リノスの額に汗がにじんだ。
「お前が私を怨んでいることはよく知っている。だが、協力してもらいたい」
車椅子の人物の声は、時々キーキーと耳障りな雑音が混じった。リノスはその音に顔を歪めた。
「俺にどうしろというんだ?」
リノスはニヤリとして尋ねた。車椅子の人物はしばらくゼーゼーと息をしていたが、
「デイアネイラで、月を破壊し尽くしてほしい」
リノスはギョッとした。
( こいつ、まだ月を滅ぼすつもりなのか……。あれから五年も経っているというのに……。いや、この男が月を憎しみの対象にしてから、四十年以上経っているはずだ。何て執念深い男なんだ……)
「返事はすぐにしなくてもよい」
キーキーという雑音混じりで、車椅子の男は続けた。リノスはフッと笑って、
「今すぐ返事をするよ。了解した。そのデイアネイラとやらで、月を破壊し尽くしてやるぜ」
( そして、次はてめえだ。二度と地獄から舞い戻れないように、跡形もなく消し飛ばしてやるよ )
リノスは狡猾な笑みを口元に浮かべた。
( そうなれば、地球と月の支配者は、この俺だ )
単純明快な計算だった。しかし事がそう簡単に運ぶはずがないのだ。
「妙な事は考えないようにして下さい。ちょっとでも貴方に叛意が見えれば、デイアネイラを自爆させます」
サングラスの男はリノスの腹の内を見透かしたかのように言い添えた。リノスはビクッとして、
「ま、まさか……。そんなつもりはない」
リノスは作り笑いをして、サングラスの男を見た。
ガールスはアバスと落ち合い、再び工場の視察に出向いていた。彼はその巨大な建物の一角に見慣れない戦闘機を見つけた。それは、クロノスだった。しかしガールスは、クロノス事件の時、任を解かれていたので、何も情報が入って来ていないのだ。
「アバス、あれは何だ?」
ガールスは、クロノスを指差した。アバスはクロノスを見て、
「ああ、あれがクロノスですよ。ご存じなかったのですか?」
「ああ」
ガールスは、クロノスの名前は知っていたので、自分がちょうど外されていた時の事だとわかり、ムッとした。そして、
「あれが、スキュラ作戦後、月を直接叩くために開発途上だった、クロノスなのか……」
目を細めた。アバスはニヤリとして、
「ニューペキンの軍支部にあったものを整備のためにここへ移送したのです。まァ、改造も兼ねてですが」
「改造? クロノスをか?」
ガールスは、またしても自分の知らない事が行われている事を知って不愉快になり、アバスを睨んだ。アバスは肩を竦めて、
「そうです。これはトップシークレットで、政府の上層部の方しか知らないという事です」
「なるほどな」
ガールスは、苦虫を噛み潰したような顔でクロノスを睨んだ。その時彼は、若い女のメカニックがクロノスの近くで作業しているのに気づいた。
「あの女は?」
ガールスが尋ねると、アバスもそのメカニックを見て、
「ああ、彼女はクロノス専属のメカニックです」
ガールスは眉をひそめて、
「クロノス専属だと?」
「彼女は、例のクロノス事件で、クロノスに搭乗した四人の一人なんです」
アバスが説明すると、ガールスはニヤリとして、
「そういうことか」
納得顔で頷いた。
そのメカニック──言うまでもなく、ロベルトの恋人であるシェリー・キモトである──は、油まみれのつなぎを着て、顔を黒くしながらクロノスの整備をしていた。五年前はただ生意気そうな女子高生だった彼女も、高校を卒業後すぐに軍の技術専門学校に入学した。そしてそこで三年間技術を勉強して、その経験と感性を買われ、一年前にクロノス専属のメカニックに任命され、今日までクロノスの整備を全て任されていた。メカを扱うので、自慢の赤い髪の毛をショートカットにし、化粧もほとんどしていない。つなぎの上からもわかる抜群のプロポーションがなければ、一見美少年に間違えられそうである。
「シェリー、ちょっと来てくれ」
アバスが声をかけたので、シェリーは手を休めてアバスの方に歩き出した。
「あの女、フリーか?」
ガールスが言うと、アバスは、
「いいえ。軍に恋人がいます。憲兵隊の隊員です」
呆れ気味に答えた。ガールスはそれでも、
「そうか」
嬉しそうに言った。
「何でしょうか、社長?」
シェリーは手袋を外して、尻のポケットに押し込みながら尋ねた。アバスはチラッとガールスを見て、
「こちらは、共和国軍司令長官のダス・ガールス様だ」
シェリーはハッとして敬礼し、
「し、失礼しました!」
ガールスはフッと笑って、
「そうかしこまらなくてもいい。お前の名前を教えろ」
「シェリー・キモトであります」
シェリーは敬礼したまま答えた。ガールスは真顔になって、
「所属は?」
「共和国軍技術部でありますが、現在はアド産業に出向中であります」
「そうか。ご苦労」
ガールスはアバスに目を向けてから、
「急用を思い出した。私はこのままニューホンコンの支部に向かう」
「はァ」
アバスは気の抜けたような返事をした。ガールスはシェリーを見てニヤリとし、歩いて行った。
「どうされたのですか、長官は?」
シェリーはガールスを見送りながらアバスに尋ねた。アバスはシェリーを見て、
「好色の虫が騒ぎ出したのさ。君もそのつなぎを脱がされんように気をつけたまえ」
「えっ?」
シェリーはキョトンとしてアバスを見た。