その九 思わぬ出会い
「よく来てくれた、カシェリーナ」
カシェリーナはドアを開いて出迎えたのがシノンだったので、少々面食らいながら、
「ところで、ナターシャさんは?」
中を覗いた。シノンは奥の方をチラッと見て、
「寝室で休んでいる。まだ少し興奮気味でな」
「そう」
カシェリーナは中に入ってから、
「さ、どうぞ」
ロイとエリザベスの方を向いて言った。その時シノンは初めて二人に気づき、
「おや、君達は?」
「俺達、先生の講義を受けている、ガイア大生です」
ロイが答えると、シノンは苦笑して、
「そんなことはわかっているよ。確か君はロイ・アマギ。それから、そちらの品のいいお嬢さんがエリザベス・イトー。そうだね?」
ロイとエリザベスはびっくりしてしまった。
「な、何で知っているんですか?」
ロイは尋ねた。シノンは得意そうな笑みを浮かべて、
「私のコンピュータには、クロノス事件の全容が納められている。君達の他に、ロベルト・トキワとシェリー・キモトという子がクロノスに搭乗したということも、知っているぞ」
ロイとエリザベスは驚きを通り越して、呆然としてしまった。
「全く、相変わらず、ハッカーみたいなことをして、あっちこっちから情報を引き出しているのね」
カシェリーナも呆れ顔で言った。シノンはカシェリーナに目を転じて、
「まァ、そう言うな。そのおかげで、警察の動きもわかったんだからな」
「警察の動きが?」
カシェリーナはリヴィングルームのソファをロイとエリザベスに勧めながら、自分も腰を下ろして言った。
「ああ。マーン君のことでいろいろと調べていたら、警察も少しは動いている事がわかったんだ。連中、誘拐と失踪の両面で調べている」
「何か掴んでいるの、警察は?」
カシェリーナはロイとエリザベスをチラッと見てから、シノンを見た。ロイとエリザベスも、シノンを見た。シノンは三人を見て、
「掴んでいると言えば、掴んでいるな。警察は、ディズムの影武者らしき人物を見かけたという情報を得て、そのことで動いていたんだよ」
「総帥の影武者?」
カシェリーナはギョッとしてエリザベスを見た。エリザベスはカシェリーナ以上に驚いていた。ロイも同じだ。
「そこへディズムの息子であるマーン君が行方不明という情報が入って来たので、腰の重い警察も、放っておくわけにはいかなくなって、捜査を開始したということらしい」
シノンは続けて言った。カシェリーナは黙って頷いた。
「教授、ナターシャさんが目を覚ましましたよ」
奥からテミスが現れた。その声にエリザベスがハッとした。
「あら、テミスじゃない? どうしてここにいるの?」
ロイもテミスを見て、
「あ、ホントだ。テミス、どうしてお前ここにいるんだ?」
テミスはギクッとして、
「あ、あんた達こそ、どうしてここにいるのよ?」
カシェリーナとシノンは、しまった、という顔で見合った。
テミスとシノンの関係は、カシェリーナがうまくロイとエリザベスに説明した。
「別に私の父とテミスは、何もやましい関係じゃないけど、大学で他の学生には話さないでね」
カシェリーナは念を押した。エリザベスは微笑んで、
「話したりしませんよ。ね、ロイ?」
ロイを見た。するとロイはニヤッとして、
「先生が、憲法と行政法と刑法の単位を保証してくれるのなら、いいですよ」
カシェリーナはこんな時、全然ユーモア感覚を失ってしまう。彼女は思わず、
「ふざけないでよ!」
大声で怒鳴ってしまった。ロイはビクッとして、
「す、すみません、悪い冗談でした」
するとテミスが、
「私は別に話されても構いません。私は教授を愛しているのではなく、敬愛しているのですから。何も困る事なんかないです」
開き直ったように言ってのけたので、ロイはテミスを見て、
「悪かったよ、テミス。喋ったりしないって。お前とは小学校も一緒だったんだから、そんな酷い事しないよ」
「信用できない」
テミスはムッとした顔でロイを睨んだ。ロイはハッとして、
「な、何でさ?」
「だってあんたは、小学校一年の時、私と結婚してくれるって言ったのに、それから半年も立たないうちに、エリーと結婚の約束したじゃない。私、それが元で転校したのよ。あんたの顔見るの、辛くなったので」
「えっ?」
ロイはもうこの上なく焦りまくってエリザベスを見た。しかしエリザベスは怒っている様子はなかった。それどころかニッコリして、
「ごめんね、テミス。それ、私が悪いの。私がロイに、私と結婚してくれなければ、一生呪ってやるって言ったのよ。だからロイは私と結婚の約束をしてくれたの」
これにはテミスも返す言葉がない。ロイは真っ赤になってしまった。カシェリーナは呆れてシノンと顔を見合わせた。
「負けたわ、エリー」
テミスは肩を竦めて言い、シノンを見て、
「教授、話を戻しますけど、ナターシャさんが目を覚ましました」
「わかった」
シノンは立ち上がり、カシェリーナを見た。カシェリーナは頷いて、
「私、ナターシャさんに会って来るわ。あなた達はテミスとここにいて」
シノンと奥に行きかけた。そして去り際に、
「もめないでね」
ウィンクして奥に入って行った。ロイはムッとしたが、エリザベスはクスッと笑ってテミスを見た。テミスもニッコリしてからロイを見て、クスッと笑った。
リノスは、全長が七メートルはあろうかというリムジンに乗せられ、ニューホンコンの市街を移動していた。しかし彼は目隠しをされており、リムジンがどこへ向かっているのかは知らされていない。
「俺をどこへ連れて行くつもりだ?」
リノスは隣に座っている男に尋ねた。男は黒い防塵マスクを着け、大きなサングラスをかけた、オールバックの髪型で、ほとんどその表情は読み取れないが( リノスは目隠しされているので尚更だが )、明らかにニヤリとしたようだった。彼は、
「貴方は総帥閣下のご命令で、クロノスの設計図とマニュアルを盗むわけでしたが、失敗しました」
「……」
リノスの全身に汗がにじんだ。彼はギュッと歯を食いしばり、
( 殺されるのか、俺は……? )
しかしサングラスの男は、
「危害を加えたりしませんから、安心して下さい。貴方には、サードモンスターのパイロットになっていただきます」
「サードモンスター?」
リノスはサングラスの男に顔を向けて尋ねた。サングラスの男はリノスをチラリとも見ず、前を向いたままで、
「そのことについては、今はまだお話しできません」
リノスは警戒心を解かずにいた。
( サードモンスター……。どこかで聞いた事がある……。何だ? )