その八 新たな動き
ロイ達の乗るレンタカーは、ニューペキンの高級住宅街に入っていた。
「へェ。すっげえな。この辺、みんなこんな凄い家ばっかなんですか?」
ロイは立ち並ぶ家の大きさに、すっかり圧倒されていた。エリザベスもポカンと口を開けたまま、巨大な邸宅を眺めていた。
「ここら辺は、土地が安かったのよ。二十年前はね。でも今じゃとても手が出ないわ」
カシェリーナがロイとエリザベスの間に顔を出して言った。ロイはその横顔を間近で見て、ドキッとした。
( やっぱり、大人の女性だよなァ。ちょっと開けっぴろげな感じもするけど )
しばらくして、三人はシノンの家に到着した。
「ガレージはこの奥にあるわ」
カシェリーナが降りながら言うと、ロイは、
「いえ、すぐ行きますから」
「そんなこと言わないで。私、料理は未だにダメだけど、コーヒーを入れるのは得意なのよ。この前、研究室でご馳走してあげたでしょ」
カシェリーナは振り返って言った。
「どうする?」
ロイはエリザベスを見た。エリザベスは肩を竦めて、
「別にいいんじゃない? どこへ行くつもりもなかったんだから」
「そうだな」
エリザベスが降りて、バンとドアを閉じると、ロイは邸の裏手にあるガレージに車を向かわせた。エリザベスはしばらくそれを見送っていたが、やがてハッとして、
「先生!」
玄関に近づいて行くカシェリーナに声をかけた。カシェリーナは立ち止まってエリザベスを見て、
「何、エリー?」
エリザベスは少しモジモジしながらカシェリーナに近づき、
「この間はごめんなさい。私、先生に喧嘩腰で話して……」
「私がロイを盗っちゃうと思ったの?」
カシェリーナがニッコリして尋ねると、エリザベスは真っ赤になって、
「いえ、そうは思いませんでした。ただ、ロイがあんまり先生に夢中なので、つい……」
「でも、今は大丈夫なんでしょ?」
カシェリーナは声を低くして言った。エリザベスは小さく頷いた。
「じゃ、何も問題ないわ」
カシェリーナが満面の笑みをたたえて言った時、ロイが戻って来た。
「お待たせ」
カシェリーナとエリザベスは、ロイがキョトンとするのもかまわず、顔を見合わせてクスクス笑った。
リノスは掘っ建て小屋の中で寝息を立てて眠っていたが、ドアの開く気配にハッとして飛び起きた。
「誰だ?」
リノスは身構えながら、ドアの向こうに立っている一つのシルエットに尋ねた。するとそのシルエットの主が、
「リノス・リマウ様ですね。総帥閣下のご命令で、お迎えに上がりました」
リノスは眉をひそめて、
「総帥? 迎え? どういうことだ?」
再び尋ねた。シルエットの人物は、
「ご同行願えれば、おわかりいただけます。総帥閣下が、貴方にクロノスの設計図とマニュアルを盗み出すように依頼した方なのです」
「何?」
リノスは身構えるのをやめた。