その一 出会い
五年前の戦争で、共和国軍は事実上崩壊したも同然であった。反ディズムを掲げて戦った軍の者達が、全てを破壊し、組織作りから始めて、共和国軍を再生したのは、一年前であった。
その中心にいたのが、カシェリーナが心の底から愛していると公言してはばからない、レージン・ストラススキーである。
彼は反ディズム軍のリーダー達と会い、軍の立て直しを話し合った。立案に一年、実行に三年。しかしそれだけに満足のいくものができた、とレージンは自負している。
確かに以前に比べて軍の権限は縮小され、クーデターによって政府の転覆を謀れないように、憲兵隊が組織された。しかし、どれほど人間が知恵を絞っても、神ではないのだから、完全なものは作れない。これから起こる悲劇は、その盲点を突いたものだったのだ。
レージンは、憲兵隊の第一分隊の隊長を務めている。彼がいるのはニュートウキョウにある軍本部脇に新しくできた、憲兵隊本部の第一棟である。
「コペルニクスクレータも、あと何日かで首都としての機能を回復するそうです」
分隊長室には、二人の男がいた。一人はもちろんレージンである。彼は憲兵隊専用の軍服姿がかなり様になりつつあった。そしてもう一人は、第一分隊の隊員の一人である。
「式典には議長も出席されるし、護衛として、憲兵隊から選りすぐりが同行することになる」
レージンは分隊長の椅子になじめないような顔つきで、座っていた。隊員はレージンと机を挟んで向かい合って立っているのであるが、小柄なため、座っているレージンとさして頭の高さが変わらない。
「五年も経ったんだな。早いものだ」
レージンは机に両手を置いて呟いた。そして隊員を見て、
「そうだ。君は新人だそうだな。姓名は?」
と尋ねた。隊員はかしこまって敬礼し、
「はい、ロベルト・トキワであります!」
と答えた。レージンは、その声があまりにも甲高くて上ずっていたので、笑いを噛み殺して、
「あのクロノス事件の当事者の一人だそうだな?」
「は、はい」
ロベルトは少し赤面して返事をした。レージンはとうとう我慢し切れなくなったのか、笑い出して、
「そうかしこまるなよ。士官学校に行っていた頃は、随分暴れていたそうじゃないか。あの頃の威勢の良さは、どこに行っちまったんだ?」
と言った。ロベルトはシドロモドロになりながら、
「いえ、あの、その……」
と答えに窮していた。レージンはフッと笑って、
「君達がクロノスを奪って、ニュートウキョウに現れてくれたから、俺は助かったし、カシェリーナはディズムに会えたんだからな。感謝しているよ」
「はァ」
ロベルトは溜息のような返事をした。そして意を決したように、
「隊長とカシェリーナ・ダムン先生とは、どういうご関係ですか?」
と尋ねた。レージンはフフンと鼻を鳴らせて、
「女王様と召使いの関係さ」
「ええっ?」
あまりに意外な答えに、ロベルトは仰天してしまった。レージンは大笑いして、
「冗談だよ。そんなことを言ったと知れたら、あいつに蹴飛ばされる」
「そ、そうでありますか」
ロベルトは、目を白黒させていた。そんな彼の反応を、レージンは面白そうに見ていた。
カシェリーナの講義は終わった。彼女は学生達に囲まれてしばらくいろいろ話をしていたが、やがて次の講義が始まる頃になると、大半の者は次々にホールを出て行った。カシェリーナも教職員専用のドアから外に出ようと歩き出した。
「先生!」
と声をかけた者がいた。カシェリーナは振り返って声の主を探した。そこには男子学生が一人と女子学生が一人立っていた。男子の方は、髪の毛を長く伸ばし、後ろで束ねており、Tシャツにジーンズ。女子の方は、ブロンドの髪と青色の瞳で、淡色系のスリーピースを着た清楚な感じの学生である。
「何かしら?」
カシェリーナは抱えていた本を持ち直して、ニッコリした。男子の方が、
「俺、この前の戦争で先生を見てから、ずっと憧れていました。今日はとっても興奮しています。こうして話しているのも、信じられないくらいです」
と熱っぽく語った。カシェリーナは微笑んだままで男子を見て、
「そう。ありがとう。あの放送を見たのね。私、あの頃と比べて、年取ったでしょ?」
「そ、そんなことないですよ。先生はあの頃のままです。いや、あの頃より美しくなられたような……」
「まァ、お世辞が上手ね」
カシェリーナは右手で口を隠しながらクスッと笑った。男子はますます興奮したように、
「ハ、ハハハ……」
と引きつった笑い方をし、頭を掻いた。隣にいる女子が、少しムッとした顔で自分のことを見ているのに気づいたカシェリーナは、女子の方を見た。
「二人は恋人同士?」
「そうです」
男子の方が何か言おうとするのを遮るように女子が言った。それはほとんど叫びに近かった。
「先生、私、ずっと以前から凄く疑問に思っていることがあるんです。お尋ねしてもいいですか?」
「え、ええ……」
カシェリーナはビクッとして頷いた。
( 何かしら、この子のこの迫力? )
その女子はキッとカシェリーナを睨み据えて、
「五年前の戦争の張本人であるベン・ドム・ディズム総帥は、太平洋にあった核融合砲基地で爆死した、というのが報道された事実ですよね」
「おい、先生はな……」
男子が止めようとすると、女子はキッとして、
「うるさいわね! 口を挟まないでよ!」
と言い返した。そして再びカシェリーナを見て、
「では、ディズム総帥が使っていた影武者のうち、生き残った四人はどうしたかご存じですか?」
「えっ?」
カシェリーナの記憶が五年前に遡った。彼女は戦争終結後、ディズムの影武者四人の行方がわからなくなったというニュースを見たが、その後どうなったのかは、現在に至るまで知らないでいた。
「影武者四人、と言いましたが、本当は、影武者と思われる四人と言うのが正しいと思います」
「何が言いたいの、貴女は?」
カシェリーナは真剣な顔で尋ねた。女子学生は、
「私が言いたいのは、核融合砲基地で爆死したのは、本物のディズム総帥かどうかわからない、ということです」
「……」
カシェリーナも一度は考えたことがあった。しかしやめていた。もうあの悪夢を思い出すのはやめよう、と身体の中から拒否する思いが溢れて来たからだ。
「そうね。その可能性はあるわね。行方不明の影武者が全員見つかって、やはりその四人は影武者だったと証明されるまではね」
カシェリーナはゆっくりと慎重に答えた。そして、
「もういいかしら?」
「あ、はい。申し訳ありませんでした」
女子学生はさっきまでの気迫をすっかり消失させて答えた。カシェリーナは一度立ち去ろうとしたが、
「そうだ、名前を教えて」
と振り返って言った。男子学生は嬉しそうな顔をして、
「俺、ロイ・アマギです。ニホンのカンサイ地区から来ました」
と言った。女子も、
「私はエリザベス・イトーです。カンサイ地区から来ました」
カシェリーナは再びニッコリして、
「二人共、講義が終わったら、私の部屋にいらっしゃい。もう少し詳しい話をしましょう」
「はい」
カシェリーナは二人に手を振ってホールを出て行った。ロイとエリザベスは顔を見合わせた。