プロローグ 新任講師
時の流れるのは早い。地球と月を震撼させたあのベン・ドム・ディズムの悪夢から、五年の歳月が流れていた。
ここニューペキンも戦後の復興がすっかり終わり、その一部を構成している大学群も、完全にもとの状態に戻りつつあった。五年の間に生まれた子供達に、何年か前に戦争があって、たくさんの人が死んだのだと話しても、信じてもらえないほどに……。
ニューペキンの最高学府の一つ、ガイア大学は創立五十周年を迎える名門である。先の戦争ではほとんど被害はなかったが、軍が接収して少しの間使用していたので、学生の成績や大学の様々な情報を納めたホストコンピュータのデータが消失し、バックアップデータも紛失してしまい、一年ほどのブランクができてしまった。そのせいで、損をした学生と得をした学生がいたらしい。
そのガイア大学の法学部棟の小ホールは、立ち見が出るほどの賑わいになっていた。勉強熱心な学生が多いわけではない。いつの時代も大学生とは暢気な生き物なのだ。ではどうして立ち見が出るほど賑わっているのか?
理由は単純にして明瞭である。新しい年度を迎えた法学部に、新しい講師が着任したためだ。その講師の名は、カシェリーナ・ダムン。地球と月を救った聖女とまで呼ばれた、ガイア大学の卒業生である。
「凄いわね……。何、こんなに……」
カシェリーナは、五年前に比べると落ち着いた雰囲気になっていたが、相変わらず胸元の大きく開いた白のブラウスに、膝上二十センチメートルはあろうかという、タイトな黒のミニスカート姿が似合っていた。髪はストレートをやめて少しウェープをかけていたが、自慢の黒髪は脱色やカラーリングはされておらず、つやつやしていた。
彼女は意を決してホールに足を踏み入れた。その存在に気づいた男子学生達の間から、
「おおっ!」
歓声が上がり、女子学生からは強烈な嫉妬の視線が浴びせられた。カシェリーナはそんな学生の反応にニッコリ微笑んで応じながら、教壇に立った。
「初めまして。今年度から、法学部法律学科の憲法の講師を勤めることになりました、カシェリーナ・ダムンです。よろしくお願いします」
カシェリーナがそう言い終わると、ホール内にまるで嵐のような拍手がわき起こった。カシェリーナはギョッとして一歩退いたが、すぐに気を取り直し、拍手が鳴り止み始めたのを見計らってから、
「とにかく、私の初めての講義にこれだけの人が出席してくれたのは、大変光栄です。ありがとう」
学生達を見渡した。中には手を振っている男子学生もいる。カシェリーナは笑顔でもう一度学生を見渡して、
「それでは、早速講義を始めます」
と話し出した。
それと同じ頃、ニューペキンから離れたある場所で、ある男が真っ暗闇の中、ニヤリとした。
「まだ終わってはいない」
男はそう呟き、もう一度ニヤリとした。