敵機との遭遇
軍本部から発進した五機の戦闘機は、本部の索敵コンピュータと監視衛星からの情報を元に、クロノスの飛行経路を割り出し、先回りするべく、飛行していた。
「クロノスって、確か一機というより、一隻と言った方が正しいくらいでかい奴だよな」
パイロットの一人が、誰にともなく無線で話しかけた。すると別のパイロットが、
「ああ、そうだ。フル装備すれば、我々の搭乗している一般の戦闘機では、とても太刀打ちできない化け物さ。だが、今のクロノスはプロトタイプだ。だから実戦配備されたものではない。こちらの方が、圧倒的に有利さ」
と答えた。またもう一人は、
「それに搭乗しているのは、ガキらしいじゃないか。演習より簡単に、任務完了になるはずだ」
「そうだな」
しかし彼らは甘かった。クロノスは彼らが考えているような、軽装備の戦闘機ではなかったのである。
ロイ達は、ニュートウキョウ付近まで来ていた。
「ここからどこへ行けばいいんだ、ロベルト? リノスはチョーフにいるらしいが、お前の本当の取引相手がいるのはどこなんだ?」
ナビゲーションシステムを操作しながら、ロイが尋ねた。
「ウラヤスだ。ヒュプシピュレ・カオスっていう、とんでもなく奇麗で危険なお姉様さ」
ロベルトが言うと、シェリーがキッとして睨んだ。
「あんた、そんな話、初耳だよ。どういう女なのさ、そのヒュプシ何とかっていうのは?」
ロベルトはシェリーの剣幕に気圧されながら、
「暗黒街のボス的存在さ。リノスなんかより、ずっと金を持ってるし、力もある。二億で話がついてるよ」
「二億? 即金でか?」
ロイが仰天して尋ねた。ロベルトはフフンし得意そうに鼻を鳴らして、
「ああ、もちろんだ。その怖いお姉様を裏切ろうっていうんだから、覚悟がいるぜ、ロイ。地の果てまで逃げても、逃げ切れないかも知れねェ」
「それでも逃げるまでさ。俺達は無敵の戦闘機に乗っているんだからな」
ロイは微笑んで言った。ロベルトは肩を竦めて、
「そうだったな。戦局が変われば、クロノスは無価値になるかも知れないから、それに懸けてみるか。金にならないものを、ヒュプシピュレさんも追いかけたりしないだろ?」
「そうだな」
ロイは前を見て言った。そして、
「どうやら完全に見つかっちまったようだぞ。五個の機影が、こちらに急速に接近して来ている」
「接触までどのくらいだ?」
ロベルトはゲージを確認して尋ねた。ロイは、
「一分てとこかな」
「逃げられないの?」
エリザベスが口を挟んだ。ロイは至って冷静に、
「そいつは無理だ。五機はクロノスを囲むように接近している。監視衛星からの情報で、こちらの動きは手に取るようにわかっているさ。どこに逃げても、すぐ追いつかれる」
「そんな……」
エリザベスはシェリーと顔を見合わせた。
「装甲の強さは、カンサイ支部で実証済みだから、強行突破するか?」
ロベルトが言った。ロイは、
「いや、無理だよ。対空ミサイルと、戦闘機に搭載されているミサイルでは、破壊力が違う。いくらクロノスでも、無傷ってわけにはいかないと思う」
と悲観的だ。ロベルトが何か言おうとした時、
「来たぞ!」
とロイが叫んだ。レーダーにも、そして正面のスクリーンにも、確実にクロノスに迫る機影が確認できた。
「目標確認。これより撃墜行動に入る」
戦闘機のパイロット達は連携しながらクロノスを囲むように飛行し、次第に距離を詰めて来ていた。
「ロックオン完了。発射!」
五機の戦闘機から、一斉にミサイルが発射されて、クロノスに一直線に向かって行った。
「ミサイルか?」
ロベルトが叫んだ。エリザベスとシェリーは手を握り合って目を瞑っていた。ロイは、
「かわす事は無理だ。どうする?」
と自問した。その時だった。
「何だ?」
ロイの席の脇にある計器類が勝手に動き出したのだ。
「何だ、一体? 何が始まっているんだ?」
ロベルトも仰天していた。二人の声にエリザベスとシェリーも目を開けた。
「ああっ!」
その時まさにミサイルがクロノスに接近していた。
「これまでか?」
ロイが呟いた時、クロノスの装甲の一部が開き、そこからミサイルランチャーが現れた。
「何だ、あれは?」
戦闘機のパイロットの一人が呟いた。
次の瞬間、ランチャーから無数のミサイルが発射され、五基のミサイルは全て撃墜、そして五機の戦闘機も、瞬く間に爆発して消滅してしまった。
「……」
ロイとロベルトは声も出せずに互いの顔を見た。エリザベスとシェリーは震えながら抱き合った。
「た、助かったのか、俺達?」
やっとロイが言った。ロベルトはグッタリと席に座り、
「そのようだな。何が何だかよくわかんねェけどさ」
と応じた。
「さてと。取り敢えず、どうする?」
ロイが尋ねた。ロベルトはロイを見て、
「ウラヤスに向かおう。何にしても、お姉様にちょっとだけ誠意を見せておかないとな」
「とか何とか言って、色香に迷って考え変えたりしたら、只じゃおかないからね!」
シェリーの迫力満点の声に、ロベルトばかりでなく、ロイまでギクッとして固まってしまった。
「全機撃墜、だと?」
本部長は、思っても見なかった報告に唖然としてしまった。
「クロノスには、ミサイルランチャーが搭載されていたようです。一号機からの配信映像で、確認されました」
と報告に来た参謀総長が言った。
「このことが、ジョリアス長官の耳に入ると、まずいことになるのでは……」
「うむ……」
責任はカンサイ支部に押しつけて、手柄だけ頂こうと思っていた本部長は、途方に暮れた。
リノスもまた、クロノスが五機の戦闘機を撃墜したという情報を得ていた。
「やはり、クロノスは完成していたのだ。恐らく、ディズムの秘密主義のせいで、軍の大半の者が何も知らされていないのだ。スキュラ作戦が成功し、核融合砲でセカンドムーンを破壊した今、後は月の裏側をクロノスで叩くだけだからな」
リノスはニヤリとした。
「早く来い、ロベルト。お前にも礼をせんといかんからな」
その顔は、とても礼をしようという者の顔ではなく、謀略者の顔であった。
しかし、リノスは待ちぼうけを食わされた。
いつになってもロベルト達は、チョーフに現れなかったのだ。
騙そうとして騙されたリノスは、怒りのあまり、ヘリのコクピットを破壊し、飛行不能にしてしまった。それはまた後日わかったことであるが。