追跡
クロノス追跡隊が発進した頃、クロノスはトウカイ地区に差しかかっていた。
「ちょっと、ロイ、少しスピード落とせない? Gがきつくて気持ち悪いんだけど」
シェリーが言った。ロイは、
「悪いけど、もう少し我慢してくれ。今、スピードを落とすと、追いつかれる可能性がある」
「えっ、どういうこと?」
エリザベスがギョッとして尋ねた。ロイはエリザベスを見て、
「カンサイ支部から、戦闘機10機、哨戒機3機が発進しているんだ。レーダーに捕捉される恐れがある」
「それってやばいじゃないの。仕方ないわ、我慢する」
シェリーは物わかりはいい女の子である。エリザベスと比較して、そこだけは彼女の方がいいなと、ロイが唯一認めるところだ。
エリザベスに知られたら、引っぱたかれてしまうだろうが。
「それにしても、慌てて脱出したから、いろいろ不都合なことがわかって来た」
ロベルトが言った。シェリーとエリザベスはギクッとして彼を見た。
「クロノスは元々発進予定がなかったから、エネルギーである燃料電池を本来五基搭載していなければならないんだが、三基しか積んでいない」
「ということは?」
シェリーが恐る恐る尋ねる。ロベルトは、
「つまり、このままだと、どこかに降りなければならないってことだ」
「ええっ? 捕まっちゃうじゃないのよ!」
シェリーは大声で言った。するとロイが、
「大丈夫だ。今、対レーダーコートをした。これで少しは時間が稼げるよ。スピードを落とすぞ」
と答えた。シェリーとエリザベスは、ホッとして互いに微笑み合った。
「あっ、そうだ!」
スピードダウンして楽になった身体で、シェリーはバッと立ち上がり、
「この!」
とハイヒールでロベルトの頭を殴った。
「いってェ! 何するんだよ!」
ロベルトは涙目でシェリーを睨んだ。シェリーは仁王立ちで、
「さっき私のプロポーションのことを鼻で笑ったお礼よ」
「チェッ、執念深い奴だな」
「何ですって?」
「ちょっと、二人共!」
取っ組み合い寸前のシェリーとロベルトの間にエリザベスが割って入った。ロイが、
「寛いでいる場合じゃないぜ。お空の目はまだ俺達をキッチリ捉えているし、各支部のソナーに引っかかる恐れもある」
「そうか、監視衛星があったな。ソナーの探知を逃れるのは、クロノスにもできないしな」
ロベルトがシェリーから離れてロイに言った。ロイは頷いてロベルトを見て、
「今現在、どこの基地からも追跡機は発進していない。カンサイ支部の追跡隊は完全に振り切ったから、いますぐに何かあるわけじゃないが、これから向かう先は、軍本部のあるニュートウキョウだからな」
「そうだな。やばいよな、確かに」
とロベルトは真剣な表情で呟いた。
支部長は、クロノスがレーダーから忽然と姿を消したという報告を受け、絶望的になっていた。
「クロノスを奪った子供達は、クロノスのマニュアルでも持っているというのか。対レーダーコートを使ったようだな」
「はァ」
参謀もその言葉に応じるだけで、何も考える気力がないようだった。
「すでに本部はクロノスの動きを監視衛星で捕捉しているだろう。我々は軍法会議にかけられてしまうな」
「……」
支部長の言葉に、参謀は血の気が引いてしまった。そうなれば間違いなく銃殺刑だからだ。
リノスのヘリは、すでに朝靄煙るチョーフの飛行場跡地に到着していた。彼は同行した5人の部下と共にヘリを降り、ロイ達の到着を待っていた。
「傍受した軍の無線によりますと、クロノスはトウカイ地区に入った辺りで、レーダーから消えた模様です」
部下の一人が報告した。リノスはニヤリとして、
「うまくやったらしいな、ロベルトの相棒は。予定ではあと一時間ほどで到着する。楽しみだな」
と言った。すると別の部下が、
「しかし、軍本部の監視衛星が稼働しているようですし、各支部のソナーも探知する可能性があります。まっすぐここに辿り着けるかどうか……」
と報告を付け加えた。リノスはその部下をキッと睨みつけ、
「その程度の事をくぐり抜けられなくて、何が秘密兵器だ! 何の問題もない。クロノスはここに来る」
と言い返した。部下は恐れおののき、身を縮ませて下がった。
カンサイ支部の支部長の心配していた通り、軍本部はクロノスの動きを捕捉していた。
本部はすぐに、クロノス撃墜を決定した。
奪還するのは不可能と判断したのである。
敵の手に渡るくらいなら、破壊する方が得策と考えたのだ。
本部から次々に戦闘機が飛び立ち、クロノス撃墜に向かった。
「クロノスがいくら強力な兵器とは言え、盗み出したのがガキでは、たかが知れている」
と本部長は呟き、ニヤリとした。
本部は各支部に秘密で、調査員を潜入させていた。だから支部の動きなど筒抜けなのである。隠し事をしているつもりでも、全部知られていたのだ。
「責任はカンサイ支部に押しつけ、手柄だけ私が頂くとするか」
本部長は狡猾な笑みを浮かべて、一人悦に入っていた。
「ロベルト、どうやら軍本部が動き出したようだぞ。5機の戦闘機が、こちらに向かっている」
ロイがレーダーを見ながら言った。ロベルトは舌打ちして、
「やばいな。そこら中の基地から、クロノス撃墜の戦闘機が飛んで来たら、武器らしい武器を積んでないから、ホントにまずいことになるぞ」
ロベルトの言葉に、シェリーが、
「ちょっと、何言ってるのよ? 何とかしなさいよ。考えなさいよ!」
「うるせェな。そんなこと言われなくたって考えてるよ。どうすりゃいいのかな!」
ロベルトは苛ついていた。
逆にロイは冷静だった。
エリザベスの頼みは、ロイのこの冷静さだった。
「なァ、ロベルト、ホントにクロノスは装備が不十分なのかな。俺にはそんなことはないように思えるんだけど」
ロイの楽観的な言葉に、ロベルトは呆れたようだ。
「クロノスはプロトタイプで、実戦に対応していないんだ。武器はついてないし、燃料電池だって、十分じゃないだろ。だから、まずいんだって」
ロベルトの反論に、ロイは、
「その燃料電池なんだけど、さっきからほとんど消費していないんだよ。俺もちょっと意外だったんだけどさ」
「どういうことだ?」
ロベルトは燃料電池のゲージを見た。確かにまだ十分残量があった。
「クロノスの実体は、カンサイ支部にすら、隠されていたんじゃないかな? いや、もしかすると、軍本部にも」
「まさか。じゃあ、真実を知ってるのは誰なんだよ?」
「ディズムだけってことさ」
ロイの答えに、ロベルトはギョッとした。
「あのオヤジなら、やりかねねェな」
「ああ」
それがロイの冷静さの根拠だったのだ。クロノスがただのプロトタイプだったら、四人の運命は風前の灯火であるのだが。