クロノス発進
支部長はクロノスの格納庫に四人の子供達が侵入したことを告げられ、仰天していた。
「バカな。クロノスの格納庫の電子ロックを解除して、中に入られただと? 信じられん」
「しかし、現に、高校生くらいの男女四人が、格納庫の中にいます。内部の監視カメラの映像の一部ですが、この後彼らに映像をシャットダウンさせられてしまいました」
参謀が渡したのは非常に解像度の悪い監視カメラの映像の一部のプリントであった。支部長はそれを受け取って凝視し、
「こんなものでは一体どこの誰が侵入者なのかわからんではないか。反乱軍との戦闘より、クロノスの死守だ。戦力の半分をそちらに回せ。もしそいつらが反乱軍の別働隊だとすると、ますますことは厄介になるぞ」
「はい」
支部長は、頭が割れるかと思うくらい、ズキズキして来た。
「どうして私のところにあんなものが回って来てしまったのだ?」
彼は知らなかったのだが、クロノスがカンサイ支部に任されたのにはワケがあった。
この支部長の生真面目さだ。欲に駆られた連中では、良からぬ事を企むと考えた軍上層部が、彼の支部を選択したのである。
つまり、原因は自分自身にあったということなのだ。何とも気の毒な話ではあるが。
ロイ達はクロノスの中で悪戦苦闘していた。
「何とか明かりは点いたが、こりゃ、思った以上に厄介なものみたいだぜ、ロベルト」
ロイは、居並ぶ計器類に溜息を吐いた。ロベルトも中を見回して、
「確かにな。どこから手をつけていいのか、見当がつかねェな」
「ちょっと、どうするのよ、ロベルト?」
シェリーがロベルトを突ついた。ロベルトは彼女を見て、
「ロイにすがるしかねェよ。俺には何もできねェ」
「全く、情けないね、あんたは」
シェリーは肩を竦めてエリザベスと顔を見合わせた。するとロイが、
「ありゃ、これは……」
「どうした?」
ロイの声に三人が一斉に彼を見た。ロイは三人を見て、
「このマニュアル、解説の部分にダミーがある。全部読まないと、どこが本当の解説なのか、わからないようになっているよ。大丈夫だ、よく読めば、絶対に動かせる」
「そうか、良かった」
ロベルトがホッとした時、格納庫の外が騒がしくなって来た。
「何だ、一体?」
「外部モニターはこれだな」
ロイがパネルを操作した。何もなかった真っ黒な部分が、パッと光り、外の映像が映った。
「へェ、ここにスクリーンがあったのか。すげェな、ホントに」
ロベルトが言うと、エリザベスが、
「ねェ、格納庫の外で凄い音がしてるわよ。ここに突入しようとしているんじゃないの?」
ロイはマニュアルを食い入るように読んでいたが、
「そう慌てるなって。簡単に破られたりしないよ。電子ロックが使われてる格納庫が、そんなに貧弱なわけないだろ」
と言っただけで、全く急ぐ様子がない。
「ちょっと、ロイ、少しは急いでよ。尋常な音じゃないのよ!」
エリザベスは少し震えながらロイの肩を揺すった。
「心配いらないよ」
ロイがそう言った時、ついに扉が破られ、特殊な黒いスーツに身を包んだ部隊が格納庫になだれ込んで来た。
「おい、もう破られちまったぞ、ロイ! まだか?」
気ぜわしく外とロイを互い違いに見ていたロベルトが叫んだ。
「あれ、もう入って来たのか? 意外に早かったな」
ロイはそれでも全然焦っていない。シェリーまでが、
「ロイ、いい加減にしてよ。いくら何でも、余裕かまし過ぎだよ、あんた」
と怒鳴った。ロイはニヤリとして、
「はいはい。慌てなくてもいいって言ってるのになァ。俺達は軍の秘密兵器に乗ってるんだぜ。こんな安全な場所はないんだよ」
「そりゃそうかも知れないけど。中に入って来られたら、私達引きずり出されちゃうんじゃないの?」
エリザベスが心配そうに尋ねた。ロイは、
「それは大丈夫だよ。クロノスには個体認識装置が付いているんだ。さっき俺達の指紋と声紋と網膜の毛細血管と掌の静脈を記録した。だから、クロノスは俺達四人以外を全員敵と看做すから、あの突入して来た連中、これから大変な目に遭うぞ」
「ええっ?」
エリザベスとシェリーはびっくりして外を見た。ロベルトが、
「そうか、そこまで解読したのか。さっすが、ロイだ」
「まァな」
ロイは少々照れ気味に応じた。
格納庫に突入して来たのは、カンサイ支部の特殊部隊の精鋭だったが、クロノスの秘密を全て知っているわけではなかった。
「迂闊に近づくな。こいつはプロトタイプとは言え、軍の最高機密なんだ。どんな反撃があるかわからんぞ」
部隊の隊長が隊員に言った。隊員の一人が、
「しかし、搭乗しているのは子供だと聞いています。クロノスはまだ始動していないのではないですか?」
「いや、もう始動してしまっている。ナイトスコープみたいなものが、こっちを監視しているのが見える。これ以上近づくのは、危険だ」
「そんな。どうするんですか?」
隊長は思案していたが、
「とにかく、遠巻きにして連中の出方を見守るしかない。奪還のチャンスは必ずあるはずだ」
と答えた。
「メインエンジン始動。動かすぜ」
ロイが操縦席に座り、ロベルトがその隣に座った。エリザベスとシェリーは、他の空いている席に座った。ロイは二人の女の子を見て、
「シートベルトはきちんとしとけよ。どんな脱出方法になるか、わからないからな」
「ええ」
シェリーとエリザベスは、真剣な表情で応えた。
「動き出したぞ」
「退避!」
精鋭部隊は、格納庫から出た。クロノスはゆっくりと前進し、格納庫の扉をいとも簡単に破壊し、そのまま外に出た。
「ふェーッ、連中があれほど苦労してぶち破った扉を、ドスンとぶつかっただけで、あっさり壊しちまったぜ。すげェ」
ひしゃげて倒れてしまった扉を見て、ロベルトが感嘆の声を上げた。
「こいつは想像以上の頑丈な奴だな」
ロイは呟いた。そして、
「このまま滑走路に向かうぞ。脱出だ」
「ああ」
ロイとロベルトは、インカムを着け、前を睨んだ。シェリーとエリザベスは、手を握り合って互いを見た。
「こ、これがクロノスか?」
隊長はあまりに異様な戦闘機の形を日の光の下で見て、仰天していた。
「ボディーは重装甲だ。どんな火器も受け付けはしない。しかし、足は違う。ただのゴムのタイヤだ。あれを狙え!」
精鋭部隊の火器の攻撃が、クロノスのタイヤに集中した。
「お、おい、ロイ、大丈夫か?」
ロベルトが動揺して尋ねた。ロイも、
「ちょっとだけやばいかもな。タイヤだけは普通のゴムみたいだ。撃たれたら、パンクしちまう」
「ええっ? どうするのよ?」
シェリーが大声を上げた。ロベルトは、
「とにかく、急いで脱出だ。それしかない」
「そうだな」
ロイはクロノスの前進スピードを上げた。
「逃がすな! 早くタイヤを撃ち抜くんだ!」
精鋭部隊の攻撃がタイヤを狙い撃ちしている。ロイは巧みにそれをかわしていたが、やがてタイヤのうち2本が撃ち抜かれ、クロノスは方向が定まらない動きになってしまった。
「くそっ、これまでか?」
ロベルトが歯ぎしりした。もう1本のタイヤも撃ち抜かれ、ついにクロノスは停止してしまった。精鋭部隊は、それを確認すると、ジワジワとクロノスに近づいて来た。もちろん、警戒は怠っていなかった。
「ど、とうなっちゃうの、私達?」
シェリーが震えてエリザベスに尋ねた。エリザベスは、
「大丈夫よ、シェリー。二人が必ず何とかしてくれるわ」
と答えた。