早朝の決戦
まだカンサイ地区は朝焼けすら現れていない時間。
共和国軍カンサイ支部の周辺に、ジワリジワリと動くモノがあった。
ディズム体制に反対する者達の、襲撃部隊である。
彼らは軽機関銃とわずかな数の手榴弾を腰に下げ、静かに基地を取り囲んで行った。
そんな反対派の動きのさらに外側で、ロイとロベルトは待機していた。
「まだ始まらねェな。早くしてくれねェかなァ」
ロベルトは欠伸をしながら呟いた。そのすぐ隣で基地を眺めていたロイは、
「仕方ないさ。彼らも慎重なんだよ。恐らく、彼らだってクロノスの情報は掴んでいるはずだ。他の基地とは違うって、覚悟を決めているんだよ」
と応じた。ロベルトは、
「にしてもさ、どうしてついて来たんだよ、お前ら?」
と後ろにいるシェリーとエリザベスに言った。シェリーは憤然として、
「あんたね、お前達を危ない目に遭わせたくない、とか言ってさ、あんた達に何かあったらさ、別行動とってる私達が真っ先に確保されるの、わかってるんでしょ?」
「そりゃ、そうかも知れねェけどよ」
ロベルトが言葉を濁すと、シェリーはさらに、
「それがわかってて、私達が寝ている間に出て行こうとするって、どういうことよ?」
と怒鳴った。ロベルトは慌てて、
「声がでかいよ! 基地に気づかれたらどうするんだよ!」
とシェリーの口を塞いだ。エリザベスはロイを見て、
「私は、貴方のそばにいたいわ。離れていたら、もう二度と会えないような気がするの」
「エリー……」
ロイはエリザベスの髪を右手で撫で下ろした。
「おい、動いたみてェだ」
ロベルトが声をかけた。ロイはエリザベスの頬に軽くキスをしてから、
「どこだ?」
「あれだ。かすかに光が動いてるだろ? 基地の鉄条網に近づいてるようだぜ」
ロベルトはナイトスコープをロイに差し出した。ロイはそれで目標を確認した。
「五人ほど先発したようだな。大型のカッターを持ってる。鉄条網をねじ切るつもりか」
「そのようだな。でも、警報が鳴るぜ、そんなことすると。ま、俺達にはその方が好都合だけどな」
ロベルトはナイトスコープをポケットにしまってニヤリとした。
やがてロベルトの警告通り、鉄条網が破られる事によって警報が鳴り響いた。
「敵襲だと?」
支部長は軍服の襟を留めながら言った。
「はっ。反乱軍です」
参謀が支部長を早足で追いかけながら答えた。二人は司令室に到着した。
「すぐに迎撃体制を整えろ」
「はっ!」
支部長は司令席に座り、インカムを着けた。
「連中の狙いはクロノスだ。クロノスに近づかせるな。必ず撃退しろ」
「敵、数およそ六十」
索敵係の答えに、支部長はムッとした。
「六十、だと? ここも随分と舐められたものだな」
彼は舌打ちをし、椅子を軋ませた。
「全火力を総動員し、敵を殲滅せよ」
重火器で反撃を開始したカンサイ支部の部隊は、圧倒的な差で反対派の部隊を押し戻し始めた。
戦車の砲弾や、バズーカの攻撃で、襲撃部隊はたちまち基地の外へと追いやられてしまった。
「おいおい、早過ぎるぜ。もう負けちまったのかよ?」
その様子を見ていたロベルトが呟いた。しかしロイは、
「いや、妙だ。押し返されてはいたが、それにしてもあまりにあっさり退いたぞ。何かある」
「そうか?」
ロベルトはロイの言葉を鼻で笑ったが、次の瞬間、それが大当たりだったと気づいた。勢いに任せて、逃げる襲撃部隊を追いかけた戦車や装甲車が、基地外のある場所まで行くと、突然視界から消えたのだ。
「トラップか?」
ロベルトがロイを見た。ロイは頷き、
「ああ。恐らく落とし穴だ。連中がここに来てから動き出すまでがあまりに長かったんだよ。絶対何か仕掛けていると思ったのさ」
「それであいつら、軽装備だったのか。なるほどな」
ロベルトは愉快そうに笑い、
「じゃあ、そろそろ行くか」
「ああ」
ロイはエリザベスに別れのキスをしようと彼女を見た。するとエリザベスとシェリーは、先に突入に使うためにロベルトが調達して来たカートの後部座席に乗り込んでいた。
「お、おい……」
ロイとロベルトは異口同音にシェリーとエリザベスに言った。
「何してるの、早くしなさいよ。あの連中がもう一度基地に戻って来る前に、横からかすめ取る以外、私達にチャンスはないんだよ」
シェリーが言った。ロベルトは、
「かも知れねェな」
と運転席に飛び乗った。ロイもエリザベスに何か言おうとしたが、肩を竦めて助手席に乗り込んだ。
支部長の元に、戦車と装甲車数台が、反乱軍の罠で落とし穴に落ちたと報告が入った。
「何をしているのだ? 深追いをするなど、軍事の初心者のする事だ。この基地にはそんな間抜け共しかいないのか!」
彼は苛立っていた。
罠にかかった先発隊を助けに行った部隊まで返り討ちに遭い、部隊は四分五裂状態だ。
数六十の反乱軍に、総勢五千のカンサイ支部が翻弄されているのだ。
その頃、リノスも自家用ヘリに乗り込み、ニュートウキョウを目指していた。
ロベルト達と落ち合うのは、ニュートウキョウ郊外の、チョーフにある元飛行場であった。
「あと半日もすれば、俺が地球の支配者だ。ディズムめ、目にもの見せてやる」
リノスは目をギラつかせて呟いた。
正規軍の半数を叩いた襲撃部隊は、勢力を盛り返し、一気に基地内に突入した。
激しい銃撃戦と砲撃戦が始まった。
そんな戦いの行われているほぼ反対側から、ロイ達の乗るカートは鉄条網に接近していた。
「警報大丈夫なの?」
「もう平気だよ。あれだけドンパチやってれば、もう仮に鳴ったって聞こえはしないさ」
エリザベスの素朴な疑問にロイが答えた。
「ここから先は俺達だけで行く。ここで待ってろ」
ロベルトが言うと、シェリーは、
「冗談じゃないわよ。こんな危ないとこにいられるわけないでしょ! 一緒に行くよ」
「おい」
「うるさい!」
シェリーの一喝にロベルトとロイはビクッとした。
戦いが一向に終わらないのを憂えた支部長は、奇策に出る事にした。
「実戦配備はまだ危険だが、クロノスを出し、一気に反撃に転じるしかない」
支部長が言うと、参謀も、
「そうですね。それしか道はないと思います」
「すぐに準備に取りかかれ」
「はっ!」
支部長は立ち上がって各所から送信されて来る被害状況に耳を傾けた。
「間に合うのか……?」
彼は誰にともなく言った。