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聖少女カシェリーナ  作者: 神村 律子
聖少女カシェリーナ外伝 もう一つの戦争
35/77

決断

 カンサイ支部にネオモント消滅の情報が入ったのは、核融合砲が発射されてから三十分後のことであった。

「セカンドムーンが墜落するのを阻止できたのはいいがな。これからどうなるというのだ?」

 支部長は、ニュートウキョウの軍本部からのメールを見ながら呟いた。

「核融合砲によるセカンドムーンの破壊は戦局を一変させた。しかし、反政府ゲリラの連中の闘志をかき立てる事にもなろう。総帥はどうなさるつもりなのか……」

 支部長はメールが印刷された紙をシュレッダーに放り込んで言った。

「力で押さえつける事ばかりでは、解決できない事もある。それがわからない者は、最終的には滅びるはずだ」

 支部長は椅子に身を沈めて目を閉じた。

「無神論者の私が、神に祈りたくなるとはな……」

と彼は言って、フッと自嘲気味に笑った。


 夜になった。

 ロイはロベルト達とハンバーガーをかじりながら、ディズムの月への警告の放送を見ていた。

 敗北が必至となった月には、ディズムのどんな提言も呑むしか道はないように思われた。

「本当かな?」

 ロベルトが言った。ロイはハンバーガーを頬張りながら、

「何が?」

「月を滅ぼすつもりはないっていう、ディズムの言葉さ」

「そんなわけないよ。あのオッサンなら、本気で月を二つに割るまで攻撃しかねないよ」

「だよなァ。あり得ねえよな」

 ロベルトはハンバーガーをコーラで流し込んで頷いた。

「なァ、ロベルト」

「何だ、かしこまって?」

 ロベルトはロイの声のトーンとその真剣な顔つきから、何か嫌な予感を覚えたが、それでも尋ねてみた。

「クロノス、本当に戦争阻止のために奪わないか? 俺さ、何だかそうしないといけない気がして来たよ」

「おいおい、お前まであのお姉さんの信者かよ?」

 ロベルトの言葉に、エリザベスがキッとしてロイを睨んだ。ロイはエリザベスの視線に気づいて、

「違うよ。そうじゃない。確かに彼女の話に影響はされたけど、彼女の言った事だけでそう考えたわけじゃないよ」

と二人に対して説明した。

 エリザベスは睨むのをやめたが、ロベルトは納得しかねていた。

「リノス・リマウくらいだったら、騙したって大した事はないけど、俺が本当に取引するつもりの奴は、あんなゴロツキとは違う、本物のヤバい系なんだ。それはできねェよ。絶対殺されるぞ」

 ロベルトの真顔は、久しぶりだな、とロイは思いながら、

「そいつにクロノスを渡したら、今度はそいつがディズムに成り代わって、地球を支配しようとするんじゃないのか?」

 ロベルトはロイの言葉にグッと詰まったが、

「かも知れねェけどさァ。危な過ぎなんだよ。やめといた方がいい。俺達には、そこまでする理由も必要も、義理もねェしな」

と反論した。ロイはロベルトの考えに同意できなかったが、命の危険がある事は事実なので、それ以上強く迫れなかった。するとシェリーが、

「何言ってんのよ? クロノスをそんなバカに渡したら、今以上に危ない事になるかも知れないんだよ。そんなこともわからないほど、あんたってバカだったの?」

と怒鳴った。ロベルトはムッとしてシェリーを見て、

「バカだと? どうして俺がバカなんだよ?」

と怒鳴り返した。シェリーはそれよりも大きな声で、

「バカだからバカって言ったんだよ。それともあんた、自分の事、バカじゃないとでも思ってるの?」

「何だと?」

「よせよ!」

 ロイがロベルトを止め、エリザベスがシェリーを止めた。

「よしなさいよ、シェリー。貴女達がいがみ合ってどうするのよ」

「……」

 ロベルトとシェリーは落ち着いたように見えたが、目は互いを睨んだままだ。

「ロイ、貴方の今の考えには、私、大賛成よ。反戦のためなら、協力するわ。ね、シェリー?」

 エリザベスがシェリーを見る。シェリーはエリザベスのあまりにも真っ直ぐな瞳を眩しそうに見て、

「そ、そうね。いいかも」

と同意した。ロベルトはムスッとしたままだったが、

「知らねェぞ、ホントによ」

「命を狙われたって、月を滅ぼすために造った戦闘機に乗ってれば、そんなバカ怖くないって、ロベルト」

 シェリーのお気楽発言に、ロベルトは呆れ顔で彼女を見た。

「お前なァ……」

「よし、決まりだな。そうしよう、ロベルト」

 ロイが畳みかけるように言った。ロベルトはついに降参したと両手を上げて、

「はいはい、わかりましたよ」

と渋々同意した。


 同じニホン列島のトウホク地区に、ロベルトの表向きの取引相手のリノス・リマウはいた。

「カシェリーナ・ダムンという女の放送がいいきっかけになった。事は予定より早く運びそうだな」

 リノスはその巨体を揺らして、メールをプリントした紙を机の上に投げ出し、回転椅子を軋ませて座った。

 彼は、現体制すなわち、ディズムによる軍事独裁政権を武力によって倒そうと考えている自称革命家である。

 しかし彼の率いる部隊は、ロベルトが言ったように「命知らず揃い」だが「バカ揃い」で、どう見ても山賊か夜盗の集団にしか見えなかった。

「さてと。ロベルト、うまくやれよ。お前の友達のコンピュータの知識が頼りなんだからな」

 リノスはニヤリとして呟いた。

 リノスの野望はディズムを倒して共和制を復活させる事ではなく、無政府状態を作り出し、自分達の好き勝手に生きられる時代にすることだ。革命家とは全然違う。いや、多くの革命家と称する者達は、リノスと同じなのかも知れない。

「評議会の連中も気に食わなかったが、ディズムのヤロウはもっと気に食わねェ。この手で叩き殺してやりたいくらいだ」

 リノスは右の拳をギュッと握りしめた。

 彼には、ディズムを怨む理由が二つある。

 一つは、彼が資金源としていた油田を取り上げられた事だ。ニホン列島は資源の少ない島だが、リノスは油田を掘り当て、闇ルートで大儲けしていた。時代遅れの石油だが、ブラックマーケットではそれなりの商品価値があり、高値がついたのだ。ところがディズムが政権を奪取すると、途端にリノスの油田は、強制徴収されてしまった。それでリノスは酷くディズムを怨んでいる。

 そしてもう一つは、軍がリノスが儲けで買った土地を接収し、基地にしてしまった事だ。リノスは私怨を晴らすために、革命を起こすと息巻いている、どうしようもなく身勝手な男である。


 いよいよ決行の時が近づいて来ると、ロイとロベルトは落ち着かなくなっていた。エリザベスとシェリーは、隣の寝室で二人で同じベッドに寝ていたが、ロイとロベルトは、さすがに眠くならなかった。

「しくじれば、死ぬかもな」

 ロイが独り言のように言った。ロベルトは、

「あんまりそういうことは考えないようにしようや。気が滅入るだけだ」

「そうだな」

 ロイはロベルトと顔を見合わせて、ニッと笑った。

「死ぬなよ、ロイ」

「お前こそな、ロベルト」

 二人はガッチリと握手を交わし、立ち上がった。

「眠れなくても、一応横になった方がいい。少しは気が休まるしな」

 ロベルトが提案した。ロイは頷き、

「そうだな」

と応じた。

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