反対派の決起
元々、ディズム政権は盤石なものではなかった。
彼のカリスマ性はそれほど高度ではなく、その政治手腕は未知数であったので、多くのスポンサー的存在の財界人は、揃いも揃って日和見主義者ばかりであった。
そんな状態で、カシェリーナの放送があり、何よりも財産が大事な連中は、さっさとディズムに見切りをつけ始めた。
そもそもディズムが軍事産業の巨人であるピュトンの工場を接収したのを見て、財界は色めき立っていた。彼の目指すところは、月の支配、つまり新しい金づるの開発ではなく、只単に月を敵視し、何もかも破壊してしまうことなのだ、と財界人は考えるようになっていた。ディズムの体制は思わぬところからほころび始めていたのだ。
軍の内部も、全て「ディズム総帥万歳!」で統一されているわけではなかった。ディズムの恐ろしさを知っているのは、彼の近くにいる者達ばかりで、遠方の軍事基地の兵士は、ディズムのことを快く思っていない者が多く、その傾向は若くなるほど顕著であった。
ただその意志がまとまらなかったのは、誰もそれを口にしなかったからだ。そんなことを言い出して、自分と同じことを考えている者がほとんどいなかったら、命が危ないのは自分だからである。
そんな中で、カシェリーナの放送は反ディズムの決起に大いに貢献した。
地球各地で若い兵士達が立ち上がり、軍事基地を次々に制圧し始めたのである。ロベルトがリノスという男から得た情報は、それほど信用できないものではなかったのだ。
たくさんの基地の中には、完全に反対派に占拠されてしまったところもあった。また逆に主戦派( 後の軍事評論家はこう呼んだ )が反対派を殲滅し、多くの血を流して終わってしまった基地もあった。
しかし大半の基地は、反対派が主戦派を圧倒し、次々に制圧していた。カシェリーナ達の行動は、こうして結実していったのだ。
「こんな状況をもし月の連中に知られたら、戦局は逆転してしまうかも知れない。セカンドムーンの展開も早まっているという情報も入って来ている。内部で対立している場合ではないのだ」
地球共和国軍カンサイ支部の支部長は、実直で職務に忠実なだけが取り柄の男である。彼は軍が分裂し、地球軍が月連邦軍( ディズムの言うところの反乱軍 )に敗北することになるのでは、と心配していた。
「確かにそのとおりです。しかしすでに軍の半分近くが造反しているのです。下手に抵抗をして、傷口を広げるようなマネは、どうかと思いますが」
参謀が答えた。支部長は苛立ったように部屋を歩き回り、
「それだけではない。あのクロノスのプロトタイプを狙っている組織があるという情報も入っているのだ。あれを奪われたりしたら、我々は免職になるくらいではすまんぞ」
「はァ」
支部長は胃に穴が開くのではないかと思うくらい、悩んでいた。ここ何日かで一気に老け込んだような気もする。
ところで、支部長が口にしていた「クロノス」とは何か?
それこそまさしく、ロベルトがおいしい話があると言っていた、「新型の戦闘機」のことなのである。
もちろんプロトタイプであるから、まだ戦闘には出られないが、搭載されているコンピュータは、人工知能の最先端のものを採用しており、一度戦った敵機や陣営を全て記憶し、作戦を考案して戦闘することができるものなのだ。戦うコンピュータなのである。
そればかりではなく、戦闘実績を積むことにより、進化もするのである。ロベルトが「一億は値を付けてくれる」というのも、強ち大袈裟ではないのだ。支部長が、それを盗まれたら、と心配するのも無理はなかった。
「スキュラ作戦とかいう、極秘の作戦が発動したとも聞く。詳細はまだわからんのか?」
「はァ。軍本部でも、極一部の者しか把握していないらしく、情報は伝わって来ません」
支部長は参謀の答えに眉をひそめて、
「あのカシェリーナ・ダムンとかいう娘の放送がなければ、スキュラ作戦の存在すら知ることはなかった。こんなことでは軍の分裂を防ぐことなどできん。総帥は一体何を考えておいでなのだ」
と呟いた。
ロイ達はようやくエリザベスを落ち着かせ、会議を再開していた。
ロベルトの作戦は簡単明瞭だった。カンサイ地区の空軍基地に反対派の部隊が制圧作戦を展開する。その隙に乗じて、新型戦闘機を奪おうというのだ。
「そんな簡単に事が運ぶのか? それほどの戦闘機なら、警備も厳重だろう?」
ロイが尋ねると、ロベルトは、
「基地の人間の一部しかその計画を知らないらしいんだ。だから警備は手薄。しかも警備している連中も、それがそんなにすごいものだとは知らされていないらしいぜ」
「フーン。つけ入る隙はあるらしいな。でもそれにしても、無謀な気がする」
ロイは慎重になっていた。以前基地に侵入して、たちまち銃殺された同級生がいるのだ。もちろんロベルトもそのことは知っているはずなのだ。
「忘れたの、ロベルト? ギルのことを」
エリザベスが口を挟んだ。ロベルトはエリザベスを見て、
「忘れちゃいねェよ。だからその辺は慎重に慎重を重ねて、完璧な作戦を考えてるのさ。でもそれにはどうしてもエリーのダーリンの協力が必要なんだよ」
と言ったので、エリザベスは赤面して、
「ダ、ダーリンなんて、そんな嫌らしい言い方しないで!」
と反論した。ロベルトはニヤリとしてからロイに目を向けて、
「反対派の部隊が正面から戦闘を仕掛ける。新型が格納されている倉庫は、基地の裏手だ。戦闘が激化すれば、警備の人間も加勢に向かうはず。人がほとんどいなくなったのを見計らって、侵入する」
「侵入して奪うまではいいが、その戦闘機をバッグに詰めて運び出すわけにはいかないんだろう? 操縦できるのかよ?」
ロイが言うと、ロベルトは、
「心配するな。リノスが操縦マニュアルのコピーを入手している。それをもらったから、その辺は大丈夫だ」
「そこまでしていて、どうしてリノスは自分でやらないんだ? あいつには命知らずの部下がたくさんいるだろう?」
ロイの反論に、ロベルトは妙に嬉しそうに笑い、
「そこさ。確かにあいつの部下は命知らず揃いだ。でもそれと同時に、バカ揃いなのさ。操縦マニュアルを読んでも、リノスを始め誰一人理解できる人間がいなかったんだよ」
とロイの肩をポンポンと叩いた。エリザベスが、
「だからロイがいないとダメなのね。マニュアルに専門用語がたくさん出て来て何の事だかわからないんでしょ」
「そういうことだ」
ロベルトが得意そうに言うと、シェリーがロベルトの頭を小突いて、
「そんなこと言ってるあんたも、チンプンカンプンで、ロイにすがるしかなかったんでしょ!」
「それをここで言うなよ、シェリー!」
ロベルトはバツが悪そうにシェリーに言い返した。ロイとエリザベスは顔を見合わせて笑った。
「ま、つまり、お前抜きじゃ無理だってことさ。頼めるか?」
ロベルトは神妙な顔で言った。ロイはニッと笑って、
「作戦の内容はともかく、リノス・リマウを出し抜けるかも知れないってわかったら、俄然やる気が出て来たよ。いつ決行なんだ?」
ロベルトはロイの返答と問いにフッと笑って、
「明日の午前5時。反対派の部隊が午前4時頃に戦闘を開始するんだ。それが激しくなって来た頃合いを見て、裏から突入して、戦闘機を奪う」
「了解だ。しかし5時かァ。起きられるかな?」
ロイの心配にロベルトはやや呆れ気味に、
「その前に眠れねェよ。興奮しちまってさ」
「かもな」
二人は顔を見合わせて大笑いした。エリザベスが、
「本気なの、二人共? ギルと同じ目に遭うかも知れないのよ?」
と涙ぐんで言うと、ロイが、
「大丈夫だよ。ギルは酔っぱらって侵入して、軍人の制止も聞かずにそのまま進んで銃で撃たれたんだ。俺達はそんなことはしないよ」
「全く、楽天的なんだから!」
エリザベスはプイと顔を背けた。ロイはロベルトの顔を見て肩を竦めた。