作戦会議開始
一時の感情でロイのところを飛び出して来てしまったロベルトは、後悔はしていたが、それでも戻ることができるほど恥知らずでもなかった。
「全く、気が短過ぎるよ、ロベルト。戻って謝っちゃいなよ」
シェリーが言うと、ロベルトは、
「うるせえよ。何で俺が謝らなくちゃならねェんだよ。何もわりぃことなんかしちゃいねえのによ」
とカリカリしたまま歩を速めた。シェリーは小走りでロベルトを追いかけながら、
「だってさ、今度の計画は、ロイ抜きじゃ無理なんだろ? 意地張ってる場合じゃないよ」
「……」
ロベルトはそれには答えず、歩き続けた。
シェリーは溜息を吐いて、仕方なさそうにロベルトに続いた。
「戻って来ないな」
バソコンの電源を切りながら、ロイは独り言のように言った。
エリザベスはソッポを向いたままでソファに座り、ロイの言葉が聞こえているにもかかわらず、何の反応もしなかった。
ロイはそんなエリザベスの様子に溜息を吐いた。そして、
「あのなァ、いつまで怒ってんだよ。いい加減機嫌直せよ」
「何が?」
エリザベスは顔を背けたままで、ムスッとした口調で尋ねた。
「わかった。もうお前とはこれきりだな。あの程度のことでそこまで怒るなんて、付き合い切れないからな。俺はロベルトのところに行って来る。ここに戻って来るまでに、出て行くか、今俺と一緒に出て行くか、どっちにするんだ?」
堪りかねたロイがそう切り出すと、さすがにエリザベスはビクッとしてロイを見た。
ロイの目は冗談を言っている目ではなかった。
エリザベスの目が涙で溢れそうになった。
「な、何よ、そんなこと言わないでよ! 私は何も間違ったことなんて言ってないわ! どうしてロイがそんなに怒るのか、私、全然わからない!」
エリザベスは絶叫に近い声で怒鳴った。ロイはそれでも、
「どっちにするんだ?」
と冷静に再度尋ねた。エリザベスは顔を俯かせて、ヒクヒクしゃくり上げながら、
「いやよ、追い出さないでよ。でも、私は悪くないわ、絶対に」
「そんなのはわかってるよ。だから機嫌を直せよ。お前のことは大好きだけど、その癇癪だけはいただけないぞ。その癖、何とかしてくれ」
ロイはエリザベスの顔を覗き込んで言った。
エリザベスは涙と鼻水でグシャグシャの顔を見られたくないのか、顔をさらに俯かせて両手で覆ってしまった。
「お前の言っていることは正しいよ。でも、ロベルトの話を全部聞いてから反論するなり、批判するなりしても良かったと思うんだけどな。あいつだって売り言葉に買い言葉で飛び出しちまったけど、ホントのところは、後悔してると思うぜ。シェリーはロベルトと会うより前から、お前と親友なんだから、お前と仲違いすれば、絶対シェリーも自分の味方になってくれないってあいつもわかってるからさ」
「……」
エリザベスはハンカチで涙と鼻水を拭いながら少しだけ顔を上げた。
「美人が台無しだよ、ミス・ハイスクール」
ロイは机の端に飾ってある写真立ての中の写真をエリザベスに見せた。
そこには、トロフィーを片手に、王冠をかぶって白いガウンをはおった満面の笑顔のエリザベスが、その横でVサインを出しているロイと並んで写っていた。
彼女は今年のカンサイ地区のミス・ハイスクールで優勝しているのだ。彼女は自分の容姿に自信がある。だからこそ、大会にも出たし、優勝も目指した。そして優勝した。
それなのに、ロイはカシェリーナとかいう年上の女の人に「きれいだ」とか私の目の前で平気で口にする。そもそも私が怒りたくなったのは、ロイのせいなのに、どういうわけか、ロベルトに当たってしまって。バカみたい。
そんなことを思いめぐらせるうちに、エリザベスは自分がつまらないことにこだわっていたのを恥ずかしく思った。そして意地を張るのをやめることにした。
「もう」
エリザベスは微笑んでロイを見た。ロイはニヤッとして、
「そうそう、エリーは怒った顔より笑った顔の方が絶対きれいだよ」
「もういいわよ、そんなお世辞は」
エリザベスは恥ずかしいのと照れ臭いのとで、ロイが顔を近づけているのを押し戻した。ロイはそんなエリザベスの手を握りしめ、
「さっ、ロベルトのところに行こうか」
と話しかけた。エリザベスはロイを見て黙って頷いた。そして二人はドアに近づいた。ロイがドアノブを回そうとしたその瞬間、ドアが開いてシェリーが現れた。
「シェリー?」
ロイとエリザベスはびっくりして彼女を見た。シェリーは苦笑いして、
「ごめんね、エリー。バカを謝らせに引っ張って来たから」
とロベルトを部屋の中に押し込んだ。
「あれ、その顔?」
ロイはロベルトの左頬が赤く腫れているのに気づいたが、それ以上は追求しなかった。ロベルトにも立場というものがある、と思ったからだ。
「いいのよ、私の方が悪いんだから。気にしないで」
エリザベスが言うとシェリーは、
「そんなこと言われちゃうとさ、このバカを説教した私が無駄な労力使ったみたいで嫌だから、取り敢えず謝らせてよ」
とロベルトを小突きながら言った。ロベルトは不貞腐れた顔で、
「悪かったな、エリー」
とボソボソと言った。シェリーが、
「もっとちゃんと謝りなよ、ロベルト!」
とパシーンと頭を叩いた。ロベルトは痛いな、という顔でシェリーをチラッと見てから、
「申し訳ありませんでした。私が間違っておりました」
と大声で言ってから、頭を下げた。
シェリーはまだその態度に不満があるようだったが、ロイが、
「さっきの話を続けてくれ。作戦会議を開いて、絶対に成功させるんだよ」
と割り込んで言ったので、渋々引き下がった。ロベルトもロイの助け舟にすぐに乗り、
「わかった。綿密な計画は一応立ててみたから、お前の意見を聞かせてくれ」
とポケットから紙切れを取り出し、パソコンデスクの脇のスペースに広げた。そして、
「カンサイの空軍基地は、あのお姉さんの放送でかなり浮き足立ってるみたいなんだ。内部の人間の話をある男から入手したんだが」
「何だそれ? 誰なんだよ、そいつは?」
ロイの問いかけに、ロベルトは言いにくそうにしていたが、
「リノス。リノス・リマウって男だ」
「!」
ロイはその男の名を知っていた。
プロレスラーのような体格の身体に、狡猾そのものの顔が鎮座している、決して背中を見せてはいけないような悪党である。
「ロベルト、そいつはあまりにも危ない情報じゃないか? リノスは信用ならないぞ」
ロイの言葉を、ロベルトは予測していたようだ。彼はニヤリとして、
「それはわかってるさ。だから、あいつを出し抜いて、もっといい商売相手と交渉しようってわけさ」
「もっといい商売相手?」
堪りかねたエリザベスがまた間に入った。
「もう、ホントにやめてよ、そういうことは」
「いいから先を話してくれ、ロベルト」
「ロイ!」
「まァまァ、エリー」
四人の会話は交錯し、話はこじれかけていた。




