カンサイの少年少女
カシェリーナの放送をインターネットで見ている一人の少年がいた。
彼の名前はロイ・アマギ。ニホン列島のカンサイ地区に住む、高校二年生だ。
見た目はそれほど派手でもなく、かと言って地味でもない、どこにでもいる少年だ。長い黒髪を後ろで束ね、黒のタンクトップにジーパンという出立ちだ。
彼のいるのは高校からそれほど離れていない区域のアパートで、両親から独立して仕送りもしてもらわず、アルバイトなどで生活していた。
「にしても、美人だよなァ、このお姉さんは」
ロイはポテトチップスをボリボリ食べながら回転椅子にふんぞり返って、ディスプレイに映るカシェリーナを見つめていた。
「そうかしら」
ソファにきちんと膝を揃えて腰掛け、そう不満そうに呟いたのは、ロイのガールフレンドのエリザベス・イトーという少女だ。
私はそんな軽い女ではありません、という雰囲気の、とても堅い印象を与える白のブラウスに紺のスカート。
もちろん膝なんて見えはしない。靴は何のファション性も感じないスニーカー。非常に珍しいブロンドの髪を肩まで伸ばし、青く澄んだ瞳をクリクリさせて、まるで恋敵を見るようにカシェリーナを睨んでいた。
「美人じゃないって言うのか?」
ロイはポテチを口にいっぱい含んだままでエリザベスの方を見た。エリザベスはバイキンでも見るような目でロイを見て、
「そうは言ってないわよ。あの人、大変なことをしているのよ。美人だとか、そうじゃないとかの論議の対象じゃないでしょ? ミスコンじゃないんだから」
「ま、そりゃそうだけどさ」
その時ドアフォンが鳴った。ロイはそれに反応して立ち上がり、ドアを開いた。
「よォ、ロイ。見てるか、美人のお姉さんの放送?」
と入って来たのは、ロイの小学校時代からの悪友のロベルト・トキワである。
ロイとは逆に短く刈り込んだ黒髪に、飛び出すのではないかというくらい大きな黒い目、それに比べるとこじんまりとした口と鼻。
黒のパーカーと黒のジャージを履いて、靴ではなくサンダル。こんな軽い服装をしているが、軍の士官学校に通っている男である。
そのロベルトの後ろにいるのが、エリザベスの親友シェリー・キモトだ。
赤い髪をショートカットにした鳶色の瞳の活動的な少女だ。
ショッキングピンクのTシャツに白いミニスカート、その下に黒のスパッツを履いている。エリザベスの親友とは思えないほど、派手な服装だ。
「ああ、見てるよ。お前そんなこと確かめにわざわざ来たのか? いくら隣のアパートだからって、随分と暇だな?」
ロイが皮肉めいたことを言うと、ロベルトは肩を竦めて、
「まさか。俺もそこまで暇じゃねえよ」
ロベルトはソファにドッカと腰を下ろした。するとシェリーはその隣にスッと座った。
随分仲が良さそうだが、本当はシェリーが酷いヤキモチ焼きで、常にロベルトのそばから離れないだけなのだ。
その反対に、エリザベスはまるで伝染病でも移されるとでも思っているかのように、ロベルトから離れて立ち上がった。
「実はさ、おいしい話があるんで、そのことで来たんだ」
ロベルトが言うと、エリザベスがスッとロベルトとロイとの間に入り、
「やめてよ、ロベルト。ロイをおかしなことに巻き込まないで!」
しかし当のロイは別に気にかけもせずに、
「どんな話だ?」
「ロイ!」
エリザベスがたしなめるようにロイを睨んだ。すると今度はシェリーが、
「まァまァ、エリー。そう目くじら立てなくてもさ」
とエリザベスのスカートの裾を引っ張った。エリザベスはシェリーを睨んで、
「でもシェリー、この二人が一緒に行動すると、何をやらかすかわからないのよ。私達、小学生の頃からいつも酷い目に遭っているじゃないの」
「ま、それはそうなんだけどさァ」
シェリーは肩を竦めた。エリザベスは呆れ顔になって、
「貴女、ロベルトのことが心配じゃないの?」
「そんなことないって。心配よ、それは」
「だったら……」
そんな二人のやり取りを無視して、ロイとロベルトは話を進めていた。
「実はさ、軍が秘密裏に開発中の新型戦闘機のプロトタイプが、空軍基地にあるらしいんだよ」
「へェ」
ロイは半分信じていないので、空返事同然だったが、ロベルトはそれには気づかず、
「そいつに使われているコンピュータがさ、最高水準のものらしいんだ」
「ほォ」
ロイはポテトチップスを食べながら頷いた。ロベルトもポテトチップスを口に運び、
「それを手に入れれば、ある筋の連中が、一億は値を付けてくれるって話なんだ」
「なるほど」
ロイの気のない返事にようやく気づいたロベルトは、
「おい、真面目に聞けよ。その気がないんなら、話はもうやめだ」
と大声で言った。その声でエリザベスとシェリーが二人の方を見た。ロイは苦笑いをして、
「悪かったよ。真面目に聞くから、話を続けてくれ」
「ホントだな?」
ロベルトはロイの目を見て尋ねた。ロイはロベルトの目を真っ直ぐ見つめ返して、
「ああ、ホントだ。一億なんて金が手に入れば、もう一生遊んで暮らせるからな」
ロベルトはニヤリとして、
「だろ?」
と得意そうに言った。するとエリザベスが、
「何を企んでいるのよ、ロベルト。危ないことをするのなら、一人でやってよ」
と割って入った。ロベルトはエリザベスを見上げて、
「おいおい、エリー、お前さ、いっつも俺を悪役に仕立て上げるけどさ、ホントはロイが先頭に立って悪さしてたんだぜ。いい加減気づいてくれよな」
「そんなことないわよ。いつも誘うのはロベルトじゃないの。ロイは犠牲者だわ」
エリザベスは決して譲らない。ロベルトは肩を竦めて、
「聞く耳持たねえってことかよ。わーったよ」
と言うと立ち上がり、
「ロイ、さっきの話、聞かなかったことにしてくれ。エリーに邪魔されたら、実行は無理だからな」
「おい」
ロイが止めようとしたが、ロベルトはシェリーに目配せして、部屋を出て行ったしまった。
「もう、短気なんだから、ロベルトは!」
シェリーはエリザベスにウィンクしてロベルトを追って出て行った。
「あのな、エリー、いくら何でも言い過ぎだぞ、あれは」
ロイは立ち上がってエリザベスに言った。しかしそれは少しも非難めいていなかった。エリザベスは口を尖らせて、
「全然言い過ぎなんかじゃないわよ。ロベルトは危なくなると貴方を楯にして逃げていたんだから、たまには反省してもらわないと」
「そうかも知れないけどさ、あいつは俺の親友なんだぜ」
ロイは回転椅子に座り、ポテチの袋をゴミ箱に投げ込んで言った。するとエリザベスは、
「じゃあ、私は貴方の何なのよ?」
とロイに詰め寄った。ロイはビクッとしてエリザベスを見上げ、
「あ、いや、その」
「私は貴方の召使い? それとも奴隷? それともただの知り合い?」
エリザベスは泣き出しそうな顔で叫んだ。ロイは困りきった顔をしていたが、
「お前は俺の恋人だよ。何物にも代え難いな」
と言った。エリザベスはそんな答えをさすがに期待していなかったのか、真っ赤になってしまった。そして、ロイに背を向けると、
「な、何よ、とってつけたようなことを言って! 全然嬉しくないわ!」
と言いながらも、内心は嬉しいのか、何とも複雑な顔をしていた。ロイはどうしたものかと思案顔になっていた。その時、彼の耳に再びカシェリーナの声が聞こえて来た。
「皆さん、気づいて下さい。そして考えて下さい。今何をなすべきなのかを。私はこのような意味のない戦争が一刻も早く集結することを望んでいます」
ロイはカシェリーナが消えた後も、しばらくディスプレイを見つめていた。