エピローグ 顛末
カシェリーナ達は高速ヘリで軍本部に戻っていた。カロンはそこでヒュプシピュレと共に姿を消してしまった。
「ディズムが死んだことで、共和国軍同士の戦いも終わったようだ。ようやく戦争が終結した」
レージンが本部の中から出て来て言った。カシェリーナはマーンを見た。マーンは、
「あの男があそこまで暴走した真の理由は結局わからなかった。しかし、第二、第三のディズムを生み出さないためにも、この戦争は教訓として生かさなければならないな」
「ええ」
とカシェリーナは頷いた。そして、
「私、総帥に訊かれたことの答えを見つけようと思います」
「訊かれたこと?」
レージンが尋ねると、カシェリーナは彼を見て、
「そうよ。『ではどうすれば戦争はなくなるのだ?』って訊かれて、私、何も答えられなかった。だから、必ずその答えを見つけようと思うの」
「それは難題だな」
「まァね。でも、政治学を専攻した大学生としては、当然のことよ」
カシェリーナが言うと、マーンは頷いて、
「そうだな。私もまだその答えを見つけていない。私も探すことにするよ」
「レージンはどうするの?」
カシェリーナはレージンを見た。するとレージンは大真面目な顔で、
「そうだなァ。俺はまだカシェリーナのスリーサイズを知らないから、それを教えてもらおうと思う」
「バカ!」
「ハハハ」
カシェリーナはそう言いながらも、嬉しそうに笑った。
「カロン、これからどうするの?」
車を運転しながら、ヒュプシピュレが尋ねた。カロンは朝日を見ながら、
「そうだな。ディズムを結局殺れなかったから、この世界から足を洗うか」
「本当?」
ヒュプシピュレは嬉しそうに言った。カロンは苦笑いをして、
「そんなに嬉しいか?」
「ええ、もちろん。私、貴方と一緒にいられるなら、他にもう何もいらないわ」
「また10年前に戻るか?」
「それもいいかもね」
二人の乗る車は、ニュートウキョウの郊外に消えた。
シノンとナターシャは車でニューペキンに向かっていた。
「本当に良かったですね。戦争が終わって」
「そうだな。これでマーン君と結婚できるな、ナターシャ」
「い、嫌ですわ、教授」
ナターシャは真っ赤になった。シノンはそれを見て大笑いした。
夜になった。カシェリーナ達は、半分廃墟と化したニューペキン空港のロビーから出て来た。
「おかえり、カシェリーナ」
シノンが出迎えた。ナターシャも一緒である。
「只今、お父さん」
カシェリーナは晴れ晴れとした顔で応えた。シノンはマーンに目を転じて、
「マーン君、ディズムのことは残念だった。他に手だてがなかったかと悔やまれる」
「はい……。しかしあれで良かったのだと思います。あれで……」
とマーンは答えた。ナターシャがマーンに駆け寄り、
「おかえりなさい、ダウ」
と声をかけた。マーンはナターシャをニッコリして見つめ、
「ナターシャ」
二人は寄り添うようにしてナターシャの車に歩いて行った。そして振り返り、カシェリーナ達に手を振ると、車に乗り込んだ。
「あ、そうそう。お父さん、私、レージンと暮らすことにしたの」
カシェリーナがマーン達を見送りながら言うと、シノンは目を丸くして、
「何だって?」
とレージンを見た。レージンはハッとして、
「いえ、そういう意味じゃないんです。俺の親父が戦死して、学費を送ってもらえなくなったので、カシェリーナと共同生活して、少しでも出費を減らそうと思いましてですね……」
「下手な言い訳はするな、レージン。君のお父上は少佐だったんだろう? 遺族年金がたくさん出て、生活に困ることはないと思うのだが?」
「ハハハ、やっぱりばれましたね」
レージンは頭を掻いた。カシェリーナが慌てて、
「べ、別に何も疾しいことはしてないから、大丈夫よ、お父さん」
と言い訳気味に言ったので、シノンは、
「ナターシャはマーン君のところに行ってしまうし、カシェリーナはレージンにとられるしで……。私はこれから寂しくなるなァ」
「お父さん」
カシェリーナは涙ぐんだ。するとシノンはニタリとして、
「心配するな。また若い娘が来てくれるよ。料理が得意で美人のな」
「あっきれた」
カシェリーナは泣き笑いをした。
その次の日、地球共和国と月連邦は終戦協定を正式に締結し、事実上も書類上も、戦争は終結した。
カシェリーナ達の行動は広く地球と月の人々に知られることとなり、特に命を賭けて人々に訴えかけたカシェリーナの放送はとりわけ感動を与えた。彼女は、その昔、フランスの危機を救ったジャンヌ・ダルクの再来とまで讃えられ、「聖少女」と呼ばれた。
「聖少女カシェリーナ」の話は、後の世まで語り継がれる伝説となるであろう。