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聖少女カシェリーナ  作者: 神村 律子
聖少女カシェリーナ
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第二十五章 終結

 テセウスは中央の入り江の別荘に戻ると、寝る間も惜しんで各地に連絡を取り、中央の入り江のドームの中にある仮設の議事堂前に集まるように同級生達に呼びかけた。上院議員や下院議員、又は軍の幹部の子供達が通う高校の生徒であるテセウスにとって、自分にできることと言えば、このくらいのことであった。しかし彼にしかできないことなのだ。

「少し休みなさい、テス。貴方はもう十分活動したわ。後は結果がどう出るかよ」

 ヘルミオネは紅茶のカップをテセウスに渡しながら言った。テセウスは居間のソファで毛布に包まって携帯電話で連絡を取り続けていたのだ。彼はニッコリして、

「ええ、そうします、お母さん」

と言うと、紅茶を飲み干し、ソファに横になって眠ってしまった。ヘルミオネは毛布をかけ直して、しみじみとテセウスの寝顔を見た。

「本当に……。本当に立派になってくれたわね、テス」

 彼女は涙ぐんで呟いた。


 ディズムはヘリの音に気づき、砲塔の窓から外を見た。

「軍の高速ヘリか……。ダウか、それともカロン・ギギネイか……」

と彼は呟き、銃を手にした。ヘリはやがて戦闘機の隣に着陸した。ディズムは砲塔の中から出て、ヘリに近づいた。ヘリからはまずカシェリーナが降り立ち、レージンがマーンを支えながら降り立った。

「よくここがわかったな」

 ディズムは銃を背中に隠して言った。カシェリーナが前に進み出て、

「お忘れですか? 私達が核融合砲計画を地球中に暴露したのですよ」

「……」

 ディズムは無言でカシェリーナを見た。カシェリーナはさらに続けた。

「この島の正確な位置は、解体した原発を運んだ業者の見積書から私の父が知ったのです。業者のホストコンピュータに強制的にアクセスして」

「なるほどな。お前の父親は、大学にいた頃からコンピュータが好きだったな」

 ディズムはさも愉快そうに言った。マーンがよろけながら進み出て、

「何故核融合砲を撃った? 一体どこを破壊したんだ?」

と怒鳴った。ディズムはマーンに目を転じて、

「コペルニクスクレータだ。予告通りな。月が私の再提案を受け入れなかったのでな」

「もう決着はついていたはずだ。あの攻撃は無意味だった」

 マーンが憤然として言うと、ディズムはフッと笑って、

「無意味などではない。あの攻撃で月はその中枢機能の全てを失った。独立国家としてのな」

と答えた。マーンはハッとした。

「やはりお前の目的は、月を滅ぼすことではなく、地球の属州にすることだったのか」

「違う。植民地とすることだ」

「何?」

 マーンはギョッとした。植民地などという言葉は、何百年も昔に使われなくなった言語だ。若い世代の中には、植民地の意味すら知らない者がいるのだ。

「月が一つの国家として成り立っている限り、地球と月は常に対立して行くことになる。しかしそれでは平和な時代は望めぬのだ。平和を真に永遠にするためには、月は地球に従属していなければならない」

 ディズムが言うと、カシェリーナが、

「それは違うと思います。戦争が起こるのは、国が二つあるからではありません。一つの国の中でも戦争は起こるのです。力で屈服させようとすれば、必ず抗う者が現れるのです。月が植民地になったとしても、争いがなくなるということはありません。そんな方法は何の解決にもならないのです」

と口を挟んだ。ディズムはカシェリーナを見て、

「ではどうすれば戦争はなくなるのだ? 答えろ」

「そ、それは……」

 カシェリーナはつい口籠ってしまった。頭の中をたくさんの言葉が駆け巡るのだが、口から出て来ないのだ。ディズムはフッと笑うと、三人に背を向けて砲塔に向かって歩き出した。マーンが、

「待て!」

と言ったが、ディズムはそれを無視して中に入って行ってしまった。

「また核融合砲を撃つつもりか」

 マーンは呟き、砲塔に駆け込んだ。カシェリーナとレージンもこれに続いた。

「あの数字は……」

 カシェリーナはパネルのデジタルの数字が示す時間を見て言った。それはすでに600秒を切っていた。

「カウントダウンは10分を切った。次は中央の入り江を潰す。月が全面降伏をし、地球の属国となるまで、核融合砲は月に撃ち込まれる」

 ディズムは振り返り、ニヤリとした。マーンもカシェリーナもレージンも、ゾッとした。


 一方、月の仮設の議事堂に集まった議員達は、本会議場で、月連邦のこれからのとるべき道を思案していた。

「どうすればいいのだ? 和平交渉をしていたイリアンド・ララルが戦死してしまった今となっては、連邦軍は役に立たぬ。一体誰を中心にしてこの国はまとまっていけば良いのだ?」

 議員の一人が言った。するともう一人が、

「とにかく、情報局の報告によれば、ディズムはまだ生きていて、核融合砲とやらを再び月に向けて発射しようとしているらしいのだ。もしかすると、次はこの中央の入り江ドーム群が狙われているかも知れんのだぞ。一刻も早く、ディズムとの和平交渉に臨まねば、月は本当に割られてしまうぞ」

と言った。他の議員達は頷き、そして途方に暮れた。


 カウントダウンは無情に続いていた。

「一体何を望んでいるんだ?」

 マーンが口を開いた。ディズムはマーンに目をやり、

「私の望みは月を滅すること。それ以外の何ものでもない。月の連中は愚かであるから、私の忠告など聞かぬだろう。しかしそれこそが私の狙い。月を植民地にするより、滅することの方が今の私にとってはより大きな望みだ」

「月は貴方の故郷なのでしょう? それなのに何故?」

 カシェリーナが尋ねた。ディズムは怒りの形相でカシェリーナを睨みつけ、

「故郷だと? 私にとって、月は忌まわしい過去しか思い出さぬ、愚にもつかぬ場所だ」

「忌まわしい過去……」

 カシェリーナはどうしてディズムがこうまで月を憎むのかわからなかった。彼が月にいたのは、四十年も昔の話なのだ。それなのに何故、そんなに長い間、月を憎み続けることができたのか、カシェリーナには理解できなかった。

「お前は月を憎んでいるんじゃない。お前は自分自身を憎んでいるのだ。ピロメラ・マーンを死なせてしまった自分自身をな」

 マーンが言った。ディズムの顔がより険しくなった。

「ダウ、ピロメラの話はやめろ。今度その名を口にしたら、殺す!」

 ディズムは銃をマーンに向けた。カシェリーナは仰天し、立ちすくんだ。レージンが思わずマーンに駆け寄ろうとした。

「動くな!」

 銃弾が床を貫いた。フワッと上がる硝煙を、レージンは呆然として見つめていた。

「これから先、私の邪魔をする者は誰であろうと殺す」

 ディズムはマーン、カシェリーナ、レージンを順番に見て警告した。マーンはやっと、

「一つだけ教えてくれ。議長官邸で私を撃ったのは、本物のお前か? それとも替え玉だったのか?」

と尋ねた。するとディズムは、

「私はお前達が議長官邸を出た後すぐに、ここへ向かった。その後カロン・ギギネイが殺したのは、皆私の影武者だ」

と答えた。心なしか、マーンはホッとしたようだった。

( よかった……。少なくとも先生は、実の親に撃たれた訳じゃなかったのね )

 カシェリーナもホッとしていた。しかしホッとしてばかりいられなかった。カウントダウンが400秒を切っていたのだ。

「もうやめて下さい。これ以上月を破壊するのは……。罪もない人々を殺すのはやめて下さい」

 カシェリーナは叫んだ。しかしディズムは、

「もはやこのカウントダウンは私にすら止められぬ。どうすることもできん」

と言った。カシェリーナは唖然としてマーンを見た。マーンも言葉を失っていた。

「止めるのは不可能でも、壊すことはできるさ!」

 レージンはディズムに突進した。ディズムは虚を突かれて、レージンの体当たりをまともに喰らい、床に倒れて銃を投げ出した。

「先生、銃を!」

 レージンが叫んだ。マーンはすぐさま銃に駆け寄り、拾い上げた。

「くっ……」

 ディズムは歯ぎしりしながら立ち上がった。マーンは銃をディズムに向けた。

「核融合砲は発射させない。必ず止めてみせる」

 レージンは言い、操作盤に近づいた。

「カウントダウンを発射システムに伝えている箇所がわかれば、何とか止められるはずだ」

 レージンは服のポケットからドライバーを取り出して、操作盤の解体を始めた。カシェリーナが彼に近づき、

「何とかなりそう?」

「ああ、何とかしてみせるよ」

 レージンは言って、配線を探った。

「お前の野望もここまでだな」

 マーンはディズムに言った。しかしディズムは不敵に笑った。

「技師でなければ決してそんなことはできぬ。配線を切断するのは構わんが、自爆装置が作動することになるぞ」

「何?」

 レージンはギクリとして手を止めた。カシェリーナはハッとしてディズムを見た。

「止められんと言ったはずだ。この核融合砲を造った連中は、皆私が始末した。だからカウントダウンを止められる者は、一人もおらんのだ」

 ディズムが言い放つと、マーンは憎しみの目でディズムを睨み、

「どこまで汚いんだ、お前は?」

と怒鳴った。ディズムはニヤリとして、

「何とでも言うがいい」

とマーンをあざ笑った。

「あと100秒しかない!」

 レージンは無情にカウントダウンしていくデジタル表示を見て叫んだ。

「どうすればいいんだ……」

「レージン……」

 絶望的になっていくレージンにカシェリーナが抱きついた。

「焦らないで。冷静になって」

「わかってる」

 レージンはカシェリーナの髪を撫でて応えた。数字はすでに60秒を切っていた。

「一分を切った……」

 マーンが呟いた。ディズムは高笑いをして、

「もうどうすることもできまい。中央の入り江は、あと50秒ほどで、廃墟と化すのだ」

と叫んだ。

「30秒を切ったわ……」

 カシェリーナが絶望に打ちひしがれて言った。数字はどんどん小さくなって行く。やがて20秒を切り、15秒を切り、10秒を切った。その時、

「うろたえるな。ディズムのハッタリだ!」

と声がして、銃声が響いた。レージンはびっくりして操作盤から離れた。パネルが撃ち抜かれ、火花が飛び散ったのだ。カウントダウンをしていたデジタル表示は消え、核融合砲は停止した。

「貴様……」

 ディズムは砲塔の入り口に立っている男を見て言った。それはカロンだった。

「どうしてここが?」

 カシェリーナが尋ねると、カロンはフッと笑って、

「あんたの服の襟の裏に発信機を取り付けておいたんだ。それでここがわかった。戦闘機を奪って飛んで来たんだが、ぎりぎりだったな」

「音がしなかったけど……?」

とカシェリーナが言うと、カロンは、

「戦闘機は途中で乗り捨てて、パラシュートでこの島に降りたんだ」

と言いつつ、ディズムを見た。

「どうやら今度こそ本物のようだな。死んでもらうぞ、ディズム」

「……」

 ディズムは何も言わなかった。カロンが銃を上げると、カシェリーナがその前に立ちはだかった。

「やめて下さい」

「そこをどけ。いくらあんたでも、しまいには怒るぞ」

 カロンは言った。カシェリーナは、

「いいえ、どきません! 私、自分の目の前で人が殺されるのを黙ってみていられるほど、臆病者になりたくありません」

 銃弾がカシェリーナの髪をかすめ、何本かを吹き飛ばした。カロンは無表情に銃を構えていた。

「あ、あ……」

 カシェリーナはヘナヘナと座り込んでしまった。マーンが慌てて銃をカロンに向けたが、無駄だった。

「うわっ!」

 マーンは銃をはじき飛ばされた。レージンが動こうとすると、カロンが鋭い目つきで彼を見て、

「俺を甘く見るなよ。この世界じゃ、最高のスナイパーなんだぜ」

と言った。レージンはギクッとして身じろいだ。カロンは再びディズムを見た。

「そうか、お前には殺され方のリクエストをさせようと思っていたんだ。さァ、どういう方法がいい?」

 カロンが尋ねると、ディズムはフッと笑って、

「私はお前には殺されない」

と言いながら、ポケットから何かのスイッチを出し、ボタンを押した。

「何をした?」

 カロンが怒鳴った。ディズムは勝ち誇ったように、

「この島の自爆装置を作動させた。あと5分で、この島全体が跡形もなく吹き飛ぶ」

「またハッタリか」

「ハッタリと思うなら、ここで私と一緒に死ぬがいい」

「……」

 カロンは辺りを見回した。しかし、わからなかった。そのうちにゴゴゴッと地鳴りが始まった。

「あと4分かな」

 ディズムが笑いながら言うと、カロンは、

「貴様…」

とディズムを睨んだ。

「早く脱出せんと、死ぬぞ」

 外で爆発が起こったらしく、火の手が上がった。カロンは、

「ヘリを動かすんだ。爆発で吹っ飛んだら、脱出できないぞ」

「あ、ああ」 

 レージンが慌てて外へ走った。カロンはカシェリーナを見て、

「早く先生を連れて脱出しろ。ヒュピーの命の恩人を死なせたら、俺はあいつに合わせる顔がない」

「で、でもカロンさんは?」

「俺の心配などしなくてもいい」

 カシェリーナはマーンと一緒に出て行こうとした。その時ディズム呼びかけた。

「待て」

「えっ?」

 カシェリーナはディズムを見た。ディズムはカシェリーナを見て、

「何故さっき私を庇った?」

「何故って……。誰であろうと、人が殺されそうな時、黙って見ている訳にはいきませんから……」

「そうか」

 ディズムはフッと笑った。カロンが叫んだ。

「早く行けっ!」

「は、はい」

 カシェリーナとマーンは、ヘリに向かって走った。

「お前はどうするつもりだ、ディズム?」

 カロンが尋ねる。ディズムはカロンを見て、

「お前には殺されんと言ったはずだ」

「そうか。俺は貴様と心中するつもりはない」

 カロンはそう言って外へ走った。ディズムは満足そうに笑みを浮かべていた。

 ヘリはすでに浮上し始めていた。カシェリーナはマーンに手を貸してまず彼を乗せ、それから自分で飛び乗った。

「カロンさん!」

 カロンが走って来るのを見て、カシェリーナが叫んだ。カロンはバッとジャンプし、ヘリに飛び乗った。

「早く上昇しろ。火の手が迫っている」

 高速ヘリは一気に上昇した。その直後、島全体が紅蓮の炎に包まれた。

「ディズムは?」

 レージンが尋ねると、カロンが、

「俺に殺されたくなかったようだ」

とだけ答えた。ヘリが島から数キロメートル離れた時、島は大爆発を起こし、まるで火山の噴火のように火柱を上げた。

「ディズム総帥……」

 カシェリーナは呟き、涙を一筋流した。

( ついに本心を知ることができなかったな…… )

 マーンは心の中で思った。


 翌朝、ディズム爆死のニュースが地球中、そして月中を駆け巡った。

「ついに、ついにディズムが死んだ……」

 月の上院議員達は手を取り合って喜んだ。

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